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ビジネス便利屋兼ライター 永嶋信晴のブログ

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国内旅行365

2020年08月08日
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カテゴリ:国内旅行365

こんにちは。

 

久しぶりに、4月発売の最新刊 「​​​おもしろ歴史ウォーキング 最新関東編​​​​」からのネタです。



 

ご紹介するのは、第8章の『 平将門伝説に彩られた土地と尾瀬の湿原をイメージできる大町公園を歩く 千葉県市川市 』

 

諸事情があって、冒頭の部分だけですが…。

 

すべての記事は、​​こちら​​ですよ。

 

是非、本書もご覧いただければ幸いです。

 

ちなみに記事は、201912月に行った時のもの。取材した頃のように、何の心配もなく出歩ける日が返ってくることを祈っています。 

 

1.平将門にまつわる伝承とゆかりのお寺

 

 今回も、北総線沿線の迷宮散歩を続けます。ここからウォーキングコースは、小刻みに右に左にと揺れ動きます。

 

『突き当たり手前のT字路を左折し、少し進み、右手の階段を下り、直進する』『突き当たりを右折後、左手の階段を上り、直進する』

 

 だんだん文章の表現の癖がわかってくると、迷わず次々に難関をクリアしていきました。

 

 慣れてくると、ガイドマップは意外と、懇切丁寧に書かれていることがわかりました。

 

 楽勝で到着したのが、本将寺。



 

 鎌倉時代に開山されたそうですが、ずいぶんハイカラなお寺だなと感じました。最近になって、この土地に移ったのですか。

 

 このお寺の「将」の文字は、平将門に由来すると伝えられているそうです。

 

 1000年以上たった今も、この地区の人たちは将門を好意的に迎えているのだということがわかります。 

 

 なんでも、将門が藤原秀郷と戦って戦死したとき、将門のこめかみに突き刺さった矢が、南天の木の矢だったらしい。だから、この地区に住む人たちの庭には、南天の木を植えないそうな。

 

 また成田不動尊は、将門調伏の祈祷を行ったから、お参りに行かないという話もあるそうですね。

 

 付近に、南天の木が本当にないかどうか調べようと思いましたが、そもそも南天の木がどんな形なのか知らないのでした。

 

2.万葉集にちなむ植物が楽しめる市川市万葉植物園

 

 次に向かったのは、JR武蔵野線市川大野駅近くにある「市川市万葉植物園」。



 南天の木を探そうと思いましたが、時間がないので自重しましたので念のため。

 

 それはともかく、なぜ、市川と万葉集? と思ってしまいました。調べてみると、万葉集の中に、この地域を詠んだ歌が10首ほど収められているのですか。

 

 市川は、古来下総国の国府や国分寺が置かれるなど、歴史豊かな街なのですね。

 

 この植物園は、敷地面積がおよそ3500平方メートルだからそれほど広くはない。

 

 でも、静かで落ち着ける和式庭園が印象的でした。池を中心に万葉集に出てくる植物、およそ200種類が植えられています。

 

 その植物には、万葉歌とその作者などを記した案内板があって、興味のある人にはうれしい趣向ですね。

 

3.さまざまな古刹にみられる現代との接点

 

 植物園を出て、武蔵野線のガードをくぐり、室町時代に創立されたという本光寺にお参りします。



 本堂の屋根の太陽光発電のパネルが現代的なお寺のイメージ。境内はあまり広くないですが、そこにはギッシリと参拝者が楽しめる工夫があります。


 

 古くて質素なお寺もいいですが、このようなエンタテイメント性もあるお寺も個性的でいいと思いました。

 

次に、すぐ近くにある浄光寺に向かいます。



 こちらのお寺も立派なお寺ですが、境内がフェンスも無くそのまま幼稚園の庭になっているのは珍しいかも。

 

 行った日は、本堂や仁王門の周辺で園児たちが楽しそうに遊びまわっていました。

 

 

 昔の人たちは子供の頃、お寺で勉強する機会が多かったと聞きます。仏像や仁王さまに囲まれて、とても充実した時間を過ごせるような気がしました。

 

 子供とお寺と言うと、どうしても一休さんをイメージしてしまうのですが…。

 

4.平将門築城伝説もある戦国の城・大野城

 

 浄光寺からすぐのところに中学校があります。このあたりは丘陵になっていて、かつて大野城という城があったらしい。


 

 現在では、そう言われない限り、城跡だと明白にわかるものは残っていませんね。ただ、付近には「御門」「殿台」といった地名が今も残っているのですか。

 

 ネットで調べてみると、お城ファンがこんなあやふやな城にもちゃんと訪れていて、しっかり由来や縄張りなどに言及していました。

 

 今まで生きてきて、私より城について詳しい人には、リアルで出会ったことはないのですが、やっぱり世の中は広い。

 

 上には上があるものじゃ、と感心しました。

 

 ただ、中学校がそのまま城跡になっているので、さすがのお城ファンも中には踏み込めなかったみたい。

 

 デジカメを持って、校内をうろつく不審な人物と断定されてしまうと、いくらお城ファンだと主張しても、普通の人には理解されないですからね。

 

 行った日は体育館で女子中学生がバレーボールをしている声が外にも聞こえているし…。

 

 土塁や空堀の跡を見たさに、警察のご厄介になる勇気はないので、私も外から眺めるだけでした。

 

 ただ、急な階段を下り、上を見上げると切り立った崖から中世の城跡の姿をかすかにイメージすることはできます。



 ところで、この大野城。

 

 いつ、誰が作ったのかは明らかではないのだとか。

 

 将門伝説が豊富なこの土地ですから、当然、平将門が作った出城という説もあるそうのですね。

 

 ただ、昭和に行われた発掘調査の結果では、中世戦国時代に相当する城跡だと言われているらしい。

 

 平安時代の関東の城がどういう形態をしているのか、私にはイメージしづらいものがあります。将門も恐らくこの土地を訪れたことはあるのでしょう。

 

 この丘陵の急峻な崖に注目して、なんらかの防御施設を作ったということも考えられるな、と妄想は膨らみました。



 中学校のある丘陵と谷一つ隔てた小高い丘に、天満天神宮があります。



 ここは、江戸時代初期に菅原道真を祭神として勧進されたと伝わるらしい。

 

 ただ、神社の由来を伝えた掛け軸によると、平将門が京都の北野天満宮を勧請したという記載があるそうですね。



 それはともかく、大野城に隣接する高台ということで、ここにも出城など何らかの防御施設があったはず。

 

 この土地と将門伝説のミステリーを解き明かすべく、浅見光彦になった気分でテクテク歩いていると、また道を迷ってしまいました。

 

5.ダウンタウンの「笑ってはいけない」に似た伝統行事がある駒形大神社

 

 次の目的地は、駒形大神社

 

 『天神宮へは、左手に商店のある十字路を左折する。駒形様へは、同十字路を左折後、次のY字路を右折し、道なりに進む』

 

 十字路を左折してから、次のY字路と思われる場所を右折して道なりに進んだのだけれど、やがてその「道なり」がいろんな小道と交差してわかりませぬ。

 

 仕方ない、戻るかと、今日何度目かの振り出しに戻る作戦を選択したのですが、また途中でわからなくなってしまいました。

 

 しまった、ヘンデルとグレーテルみたいに森へ入るときは、パンくずを落として目印にすればよかったと悔やむものの後の祭り。地元の人に聞こうにも、なぜか出会いませぬ。

 

 

(以下、「​おもしろ歴史ウォーキング 最新関東編​」に続く)

 

 このあと、ようやく見つけた駒形大神社で、おもしろい伝統行事に出会いました。ダウンタウンの年末のバラエティー番組に似た行事なのですよ。



 これは、ちょっとエントリーしてみたい、と…。

 

最後に向かった大町公園は、動植物園やアスレチックなど魅力が満載です。

 

中でも市川市動植物園は、流しソーメンならぬ「流しカワウソ」が名物なのだとか。



無料で見学できる市川市観賞植物園近くでは、尾瀬の湿地帯の木道を歩く気分が味わえました。



ストレスがたまる生活を強いられる昨今、また訪れてみたいと思う今日この頃。

 

関東の歴史ウォーキングの醍醐味が味わえる続きは、是非、​​こちら​​をご覧いただければ幸いです。

 

​​​おもしろ歴史ウォーキング 最新関東編​​




 

(参考)

目次より

第1章 絶景とスリルに満ちた駅伝歴史ハイクで、エメラルドの伝説に挑む 埼玉県小川町
 1.新春恒例の駅伝ハイクin埼玉県小川町 
 2.第1中継所は、名前負けしない眺望の金勝山
 3.第2中継所は、エメラルドグリーンの天王沼
 4.過去を思い出す薄暗い杉林を貫く九十九折りの山道
 5.第3中継所は、360度の大パノラマの官ノ倉山と石尊山
 6.フィールドアスレチック好きにはたまらない鎖場がある
 7.第4中継所は、埼玉県最大級の方墳・穴八幡古墳
 8.駅伝ハイクのゴールは、住宅地に奇跡的に残る中城跡

第2章 美しい花々と緑にあふれる智光山公園と日本三大夜戦にも関わった柏原城を歩く 埼玉県狭山市
 1.広大な芝生広場とさまざまな花に出会える狭山稲荷山公園
 2.大河ドラマの名シーンを今に伝える影隠地蔵
 3.53.8ヘクタールの敷地に、動物園や植物園などの施設が点在する智光山公園
 4.花菖蒲園と都市緑化植物園は、美しい花々と緑がいっぱい
 5.関東管領・上杉憲政が半年間も陣を敷いた柏原城
 6.北条氏飛躍のターニングポイントになった三ツ木原古戦場跡

第3章 航空の町・所沢は、飛行機やヘリコプターだけでなく、伝説や歴史スポットもいっぱい 埼玉県所沢市
 1.日本の航空発祥の地・所沢
 2.南北朝時代の武将の伝説が残る薬王寺
 3.春には見事な桜並木が楽しめる東川沿いの遊歩道
 4.関東一の木造閻魔像がある長栄寺
 5.日本初の航空機専用飛行場の跡に作られた所沢航空公園
 6.50ヘクタールの広さの園内に、航空関連のアイテムがいっぱい
 7.歴史的な飛行機やヘリコプターが満載の所沢航空発祥記念館
 8.戦後初であるとともに、唯一の国産旅客機YS-11

第4章 鎌倉時代から続く栃木の名門・小山氏ゆかりの城跡、神社仏閣を歩く 栃木県小山市
 1.都心からのアクセスが良く、魅力的な歴史スポットが満載の小山
 2.小山氏の菩提寺であり、境内に残る土塁や空堀が見事な天翁院
 3.藤原秀郷の子孫といわれる名門小山氏の居城・小山城
 4.戦国オールスターキャストの小山評定所跡と将軍家の宿泊所であった小山御殿
 5.須賀神社と思川沿いの散歩道
 6.小山氏の本拠地になったこともある国の史跡・鷲城
 7.今も土塁が残る小山氏の城館・神鳥谷曲輪跡

第5章 観光スポットとしての期待が高まる戦国の城のツートップ・津辺城と成東城 千葉県山武市
 1.山武市の呼び方を知っていますか?
 2.駅から歩いて行ける戦国時代の魅力的な城が2つも
 3.台風15号の被害で、さらに難攻不落になった津辺城
 4.倒木と複雑な縄張りに阻まれ、攻城戦に敗北
 5.訪れるたびに新たな発見がある成東城
 6.推定本丸と推定二の丸の謎

第6章 眺望バツグンの波切不動尊と「野菊の墓」の作者ゆかりの土地を歩く 千葉県山武市
 1.清水の舞台のような建物が目を引く波切不動尊
 2.天平、平安時代のもっとも有名な僧ゆかりの寺院 
 3.お参りするのを忘れるほどの見事な眺望
 4.日本初の天然記念物に指定された食虫植物群落がある
 5.名作の主人公の銅像が印象的な伊藤左千夫記念公園
 6.野菊の墓の雰囲気を今に残す伊藤左千夫の生家
 7.野菊の墓の作者の意外な前職に驚く山武市歴史民族資料館

第7章 東京近郊のラビリンス、北総線沿線の歴史・絶景スポットを歩く 千葉県松戸市・市川市
 1.住みやすさで人気上昇中の北総線沿線
 2.迷宮の地図のようなウォーキングガイド
 3.川が流れていない場所にある橋をさがせ
 4.広島の厳島神社のミニ鳥居が印象的な神社がある
 5.単独の貝塚としては日本で一番規模が大きいと言われる曽谷貝塚
 6.畑や原っぱに、縄文時代の白い貝殻が散らばる

第8章 平将門伝説に彩られた土地と尾瀬の湿原をイメージできる大町公園を歩く 千葉県市川市 
 1.平将門にまつわる伝承とゆかりのお寺
 2.万葉集にちなむ植物が楽しめる市川市万葉植物園
 3.さまざまな古刹にみられる現代との接点
 4.平将門築城伝説もある戦国の城・大野城
 5.ダウンタウンの「笑ってはいけない」に似た伝統行事がある駒形大神社
 6.動植物園、アスレチックなど魅力満載の大町公園
 7.尾瀬の湿地帯の木道を歩く気分が味わえる

第9章 クレヨンしんちゃんだけじゃない! 歴史スポット満載の宿場町・粕壁を歩く 埼玉県春日部市
 1.日光道中四番目の宿場町・粕壁
 2.江戸時代の粕壁宿にタイムスリップできる春日部市郷土資料館
 3.歴史アイテムを堪能できる宿場町そぞろ歩き
 4.巨大なモニュメントとライトアップが楽しい古利根公園橋
 5.南北朝時代の非業の武将、春日部重行の墳丘が残る最勝院
 6.春日部氏の居館跡に建つ春日部の総鎮守・八幡神社

 







最終更新日  2020年08月08日 13時12分20秒
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2020年07月25日
カテゴリ:国内旅行365

こんにちは。

 

今回も、4月発売の最新刊 「​​おもしろ歴史ウォーキング 最新関東編​​​」からのネタです。



 

ご紹介するのは、第7章の『 東京近郊のラビリンス、北総線沿線の歴史・絶景スポットを歩く 千葉県松戸市・市川市 』

 

諸事情があって、冒頭の部分だけですが…。

 

すべての記事は、​こちらですよ。

 

是非、本書もご覧いただければ幸いです。

 

ちなみに記事は、201912月に行った時のもの。取材した頃のように、何の心配もなく出歩ける日が返ってくることを祈っています。 

 

 

1.住みやすさで人気上昇中の北総線沿線

 

 今回は、千葉県松戸市から市川市にかけて歩きます。

 

 松戸や市川は歴史スポットが豊富にあってたまに出かけるのですが、まだ行っていない場所があるのですよ。

 

 それは、北総線沿線。

 

 ちなみに北総線とは、東京都の京成高砂駅から千葉県の北部を横断して、終点の印旛日本医大駅まで続いている路線です。

 

私がよく利用している都営地下鉄と接続しており、行くのに便利はいいのですが…。

 

 京成やJRが走っている場所は二度、三度と訪れているのに、なぜ、空白地帯が生まれてしまったのか。

 

 そのココロは、結構運賃が高いから。

 

 私の住んでいるところから片道で軽く1000円を超えるのです。同じ運賃なら、もっと遠くへ行くことができるのですよ。

 

 でも、沿線にある印西牧の原駅周辺は、住みやすさランキングで1位になったことがあるらしい。

 

沿線に見所でもあれば行ってもいいのだけれど、と思っていました。

 

 少し前になりますが、都営地下鉄の駅で「ほくそう」という小冊子を見つけたのです。無料なので、条件反射で手が出てそれを読んでみると、ありました、ウォーキングコース。

 

 北総線の秋山駅から松飛台駅まで、約11キロ、所要時間2時間20分のコースですと。

 

 こりゃ、お手頃だし、コースを見ると神社仏閣、遺跡、そしてなんとお城までトッピングされている。

 

 これは、行くしかないですね。私の脚力なら、さらにその先の大町駅まで行けそう。

 

 …ということで、年末近くの肌寒い日に出かけることにしました。

 

都営浅草線からそのまま京成線へ乗り入れ、京成高砂駅で降り北総線に乗り換えます。

 

 地下鉄から直接終点の印旛日本医大まで走っている電車もあって、ルート選択はなかなかややこしい。

 

 これは間違える人もいるだろうなと思いましたが、私は無事、目指す秋山駅に到着。



  

 ホームを歩いていると、おじさん2人に呼び止められました。何でも、柴又まで行くつもりが、迷ってしまったらしい。

 

 いつまで乗っても着かず、だんだん郊外へ向かっているようで不安になって降りたのですか。

 

 目が泳ぎ、映画で見る寅さんの舞台とは似ても似つかぬ風景に戸惑っている様子がありありでした。

 

 京成高砂駅で京成線に乗らず、北総線に乗ってしまったみたい。

 

 高砂駅まで戻ったほうが良いと言うと、2人は肩を落としてトボトボと反対側のホームへ向かうのでした。

 

 駅前は、大きなマンションが建ち、東京近郊の典型的なベッドタウンの雰囲気。あまり商店はないなと思いましたが、少し歩くと新しくできたスーパーやドラッグストアがあり、買い物に不便はないだろうなと思いました。

 

2.迷宮の地図のようなウォーキングガイド

 

 小冊子の地図を見ながら、まず向かったのは春日神社。


 

 古くて急な石段を上がると、趣のある社殿がありました。


 

 この近所に春日神社が多いのは、昔、この近くにあった下総国の国府に赴任した都の役人がそのまま土着し、都で彼らが崇拝していた春日神社を祭ったのが始まりとか。

 

 1000年以上前にも、Iターンがあったのですね。生まれた土地に対する愛着は当時の人たちも強かったのでしょうか。

 

 そんなことを思い、小冊子を読みつつ、次の目的地を目指します。

 

 それにしてもこの小冊子。

 

 地図はあるのだけれど、市街図のようにいろいろな目印が書かれていないのでわかりづらい。

 

 それをサポートする意味で、地図に文章が書き込まれている。

 

 たとえば…

 

『参道を進み、五差路を右斜め前の道に入り、大通りへと出たら右折し、高校正門先の横断歩道を渡る』

 

 うう、国語の読解力が試されているような。

 

 これは、どう読み解けばいいのだろうと、立ち止まって考え込みました。

 

 もっとも、海賊キッドの宝探しみたいで楽しかったですけどね。

 

3.川が流れていない場所にある橋をさがせ

 

 でも、次の文章には困りました。

 

『突き当たり手前のT字路を左折し小路へと入り、小橋を渡り、坂を上る』

 

 この言葉通り進んだつもりが、地図と実態とが全然適合しない。

 

 ひぃぃぃ、早くも迷子ですか。

 

 あせるな、こういうときこそ、冷静になるのじゃと、自分を励まして、文章から地理的状況を推理しました。

 

 小橋があるってことは、川が近くに流れているはず。それに坂があるということは高台もなければならない。

 

 その二つの条件を満たす場所が、この近くにあるかどうか探せばよいのじゃ。

 

 …と探したけれど、どこにもないっす。

 

 第一、住宅街の真ん中でどこにも川なんて流れてないよう。

 

 仕方なく、地図と現実がマッチすると思われる場所まで戻ることにしました。

 

 そしてもう一度、さきほどの文章を読み解いて、自分が思い違いをしていることに気づいたのです。

 

 私は、突き当たりのT字路を左折してしまったのですが、正しくは突き当たり手前のT字路を左折するのですな。

 

 その条件で探すと、ありました。T字路と小路が…。

 

 そしてそこを進んでいくと、おお、これが小橋ですか。



 確かに、「小橋」だけど、個人的に思い描いていたイメージとはかなりの隔たりが…。

 

 ホントに日本語の表現って、難しいですね。

 

 それにしても、何でこんな小さな窪みに橋を架けたのでしょうか。そう思って、よくよく見ると、かつて小川が流れていた痕跡が。

 

 小川を暗渠にしたものの、橋はそのまま残したのかもしれませんね。

 

 耳を澄ますと、今でも、水がさらさら流れている音が聞こえました。

 

 やっと、コースに戻れたと喜んだのも束の間、また次の目的地がわからなくなってしまいました。

 

4.広島の厳島神社のミニ鳥居が印象的な神社がある

 

 それでも、目印となる高校が地図に書き込まれていたのでなんとか、その隣にある厳島神社に到着。



 厳島神社といえば、安芸宮島の厳島神社が有名ですが、そこは平家一門の守護神としても有名ですな。

 

 そういえば、広島の厳島神社の鳥居を小さくしたような形ですね。



 なぜ、関東に平氏が、という疑問もわきますが、関東にも平氏のスーパースターがおられるのでした。

 

 それは、承平天慶の乱の立役者である平将門。

 

 この地域は、平将門にまつわる伝承が今も数多く残っているのですね。真偽のほどはわかりませんが、この厳島神社も、平将門にゆかりの神社ではないかと考えられているらしい。

 

 平将門については詳しくないのですが、朝廷に反旗をひるがえして、関東一円を手中に収めた平安時代の武将だという記憶があります。独立国を立ち上げようと画策したものの、平貞盛や藤原秀郷らによって討死した悲劇のヒーロー。

 

 ずっと前の大河ドラマ「風と雲と虹と」で、若き日の加藤剛が将門を演じてかっこよかったという記憶がありますね。

 

 比較的新興の住宅街だと思いきや、こんな古い歴史があるとはすごいです。

 

 この辺りの場所は、湧水地としても有名らしい。

 

 境内には、水量豊富な池がありますが、もう少し、きれいだと良いのですが…。テレビ番組の「池の水ぜんぶ抜く」に決まったら、手伝いに行こうかな。

 

5.単独の貝塚としては日本で一番規模が大きいと言われる曽谷貝塚

 

 そして次に向かったのは、もっと古い歴史がある場所なのですが、またしても迷ってしまいました。

 

(以下、「​おもしろ歴史ウォーキング 最新関東編​」に続く)

 

 このあと、闇雲に歩き回って探すのでなく、街並みの違いに着目。そこから、街の成り立ちを推理することで、ラビリンスからの脱出に成功したのでした。

 

 あとで気が付くと、脱出ルートは、松戸市と市川市の境界線だったみたい。

 

 苦労して行きついた曽谷貝塚は、驚く景色が広がっていました。

 

 貝塚からあふれ出した貝殻が、畑の土と一体となって白っぽく見えるのですよ。

 

 原っぱの下にはとてつもない量の貝が埋まっているのかも。

 

関東の歴史ウォーキングの醍醐味が味わえる続きは、是非、​​こちら​​をご覧いただければ幸いです。

 

​​おもしろ歴史ウォーキング 最新関東編​​」




 

(参考)

目次より

第1章 絶景とスリルに満ちた駅伝歴史ハイクで、エメラルドの伝説に挑む 埼玉県小川町
 1.新春恒例の駅伝ハイクin埼玉県小川町 
 2.第1中継所は、名前負けしない眺望の金勝山
 3.第2中継所は、エメラルドグリーンの天王沼
 4.過去を思い出す薄暗い杉林を貫く九十九折りの山道
 5.第3中継所は、360度の大パノラマの官ノ倉山と石尊山
 6.フィールドアスレチック好きにはたまらない鎖場がある
 7.第4中継所は、埼玉県最大級の方墳・穴八幡古墳
 8.駅伝ハイクのゴールは、住宅地に奇跡的に残る中城跡

第2章 美しい花々と緑にあふれる智光山公園と日本三大夜戦にも関わった柏原城を歩く 埼玉県狭山市
 1.広大な芝生広場とさまざまな花に出会える狭山稲荷山公園
 2.大河ドラマの名シーンを今に伝える影隠地蔵
 3.53.8ヘクタールの敷地に、動物園や植物園などの施設が点在する智光山公園
 4.花菖蒲園と都市緑化植物園は、美しい花々と緑がいっぱい
 5.関東管領・上杉憲政が半年間も陣を敷いた柏原城
 6.北条氏飛躍のターニングポイントになった三ツ木原古戦場跡

第3章 航空の町・所沢は、飛行機やヘリコプターだけでなく、伝説や歴史スポットもいっぱい 埼玉県所沢市
 1.日本の航空発祥の地・所沢
 2.南北朝時代の武将の伝説が残る薬王寺
 3.春には見事な桜並木が楽しめる東川沿いの遊歩道
 4.関東一の木造閻魔像がある長栄寺
 5.日本初の航空機専用飛行場の跡に作られた所沢航空公園
 6.50ヘクタールの広さの園内に、航空関連のアイテムがいっぱい
 7.歴史的な飛行機やヘリコプターが満載の所沢航空発祥記念館
 8.戦後初であるとともに、唯一の国産旅客機YS-11

第4章 鎌倉時代から続く栃木の名門・小山氏ゆかりの城跡、神社仏閣を歩く 栃木県小山市
 1.都心からのアクセスが良く、魅力的な歴史スポットが満載の小山
 2.小山氏の菩提寺であり、境内に残る土塁や空堀が見事な天翁院
 3.藤原秀郷の子孫といわれる名門小山氏の居城・小山城
 4.戦国オールスターキャストの小山評定所跡と将軍家の宿泊所であった小山御殿
 5.須賀神社と思川沿いの散歩道
 6.小山氏の本拠地になったこともある国の史跡・鷲城
 7.今も土塁が残る小山氏の城館・神鳥谷曲輪跡

第5章 観光スポットとしての期待が高まる戦国の城のツートップ・津辺城と成東城 千葉県山武市
 1.山武市の呼び方を知っていますか?
 2.駅から歩いて行ける戦国時代の魅力的な城が2つも
 3.台風15号の被害で、さらに難攻不落になった津辺城
 4.倒木と複雑な縄張りに阻まれ、攻城戦に敗北
 5.訪れるたびに新たな発見がある成東城
 6.推定本丸と推定二の丸の謎

第6章 眺望バツグンの波切不動尊と「野菊の墓」の作者ゆかりの土地を歩く 千葉県山武市
 1.清水の舞台のような建物が目を引く波切不動尊
 2.天平、平安時代のもっとも有名な僧ゆかりの寺院 
 3.お参りするのを忘れるほどの見事な眺望
 4.日本初の天然記念物に指定された食虫植物群落がある
 5.名作の主人公の銅像が印象的な伊藤左千夫記念公園
 6.野菊の墓の雰囲気を今に残す伊藤左千夫の生家
 7.野菊の墓の作者の意外な前職に驚く山武市歴史民族資料館

第7章 東京近郊のラビリンス、北総線沿線の歴史・絶景スポットを歩く 千葉県松戸市・市川市
 1.住みやすさで人気上昇中の北総線沿線
 2.迷宮の地図のようなウォーキングガイド
 3.川が流れていない場所にある橋をさがせ
 4.広島の厳島神社のミニ鳥居が印象的な神社がある
 5.単独の貝塚としては日本で一番規模が大きいと言われる曽谷貝塚
 6.畑や原っぱに、縄文時代の白い貝殻が散らばる

第8章 平将門伝説に彩られた土地と尾瀬の湿原をイメージできる大町公園を歩く 千葉県市川市 
 1.平将門にまつわる伝承とゆかりのお寺
 2.万葉集にちなむ植物が楽しめる市川市万葉植物園
 3.さまざまな古刹にみられる現代との接点
 4.平将門築城伝説もある戦国の城・大野城
 5.ダウンタウンの「笑ってはいけない」に似た伝統行事がある駒形大神社
 6.動植物園、アスレチックなど魅力満載の大町公園
 7.尾瀬の湿地帯の木道を歩く気分が味わえる

第9章 クレヨンしんちゃんだけじゃない! 歴史スポット満載の宿場町・粕壁を歩く 埼玉県春日部市
 1.日光道中四番目の宿場町・粕壁
 2.江戸時代の粕壁宿にタイムスリップできる春日部市郷土資料館
 3.歴史アイテムを堪能できる宿場町そぞろ歩き
 4.巨大なモニュメントとライトアップが楽しい古利根公園橋
 5.南北朝時代の非業の武将、春日部重行の墳丘が残る最勝院
 6.春日部氏の居館跡に建つ春日部の総鎮守・八幡神社

 







最終更新日  2020年07月25日 13時25分28秒
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2020年07月11日
カテゴリ:国内旅行365

こんにちは。

 

今回も、4月発売の最新刊 「​​おもしろ歴史ウォーキング 最新関東編​​​」からのネタです。



 

ご紹介するのは、第6章の『 眺望バツグンの波切不動尊と「野菊の墓」の作者ゆかりの土地を歩く 千葉県山武市 』

 

諸事情があって、冒頭の部分だけですが…。

 

すべての記事は、​こちら​ですよ。

 

是非、本書もご覧いただければ幸いです。

 

ちなみに記事は、20201月に行った時のもの。取材した頃のように、何の心配もなく出歩ける日が返ってくることを祈っています。 

 

 

1.清水の舞台のような建物が目を引く波切不動尊

 

 今回も、山武市内を歩きます。成東城跡を堪能したあと、再びヘアピンカーブを通って市街へ。

 

 本行寺という、コンパクトな庭が美しいお寺にお参りした後、昭和にタイムスリップしたような懐かしい雰囲気の商店街を歩きます。



 しばらく歩くと、朱塗りのあざやかな門が現れました。



 門をくぐった先には、小ぶりな丘があり、その中腹には特徴的な建物が…。


 

露出した大岩の上にダイナミックに突き出るような形。清水の舞台を小さくしたような外観ですな。ちなみにこれを、懸崖造りというらしい。

 

鮮やかな赤色で、一見、新築されたように見えます。ただ、江戸時代に作られた建物を現代まで改築を加えながら守り続けてきたのですか。

 

 「波切不動尊」と呼ばれており、正式には、「長勝寺」と言うのですな。「波切不動」のネーミングは、江戸時代、漂流した漁船を寺の灯りが導いて、無事に難を逃れたことに由来するらしい。

 

  その灯りが、荒波を切り裂いて、海上を走ったという言い伝えがあるそうです。 

 

2.天平、平安時代のもっとも有名な僧ゆかりの寺院 

 

この寺の縁起によれば、創建は天平時代の731年で、行基が東国を訪れたことに始まるらしい。この付近の海で難破する船が多いことから、海難除けとして不動尊像を作り、一寺を建てたのですか。

 

平安時代の初めになって、弘法大師がこの地を訪れ、現在の場所に寺を移したと言われています。

 

行基と弘法大師という、それぞれの時代を代表するお坊様に関連があるとはすごいですね。

 

早速、お参りせねばと、岩山に作られた階段を上ります。

 

階段の途中には、弘法大師の袈裟掛け石と硯石がありました。私が訪れるお寺には、弘法大師ゆかりの伝説が残っているところが多い。それだけ、西国はもちろん東国も数多く歩き回られたのですね。ウォーキングのカリスマという一面も尊敬するのでした。

 

 中腹には、古いお堂があり、そこには、「ぼけにかつ」という紙を持ったお坊さんのイラストがあります。



 私は、体力的にはまだ大丈夫だと感じていますが、最近、物忘れに不安が出てきたのを思い出しました。

 

 ボケ封じのために、しっかりとお参りしたのは言うまでもありませぬ。

 

3.お参りするのを忘れるほどの見事な眺望

 

 そこから、本堂まで急な階段を上ります。下からお堂を見上げると、柱がたくさん並ぶ様子は、まさにミニ清水の舞台。


 

 本堂の周りは回廊になっていて、そこからは、街が一望できました。


 

 遥かかなたに、太平洋の大海原がぼんやり霞んで見えます。



 ちなみに、この本堂がある石塚山は、標高約30メートル。中腹にあるということで、お堂の高さはもう少し低くなるまず。都心だったら、この山より高いビルはたくさんあるでしょう。



 周りに高層ビルがない風景は、写真で見た昭和30年代の東京をイメージしてしまいます。

 

 回廊に立っているときは気づかなかったですが、板一枚下には何もない。傍から見ると、かなりスリルを感じてしまいますな。


 

社殿の背後には、千葉県天然記念物に指定されている石塚の森という自然林がありました。



 解説板によると、岩山の上に発達したスダジイ林で、スダジイの平均樹高は715メートル。それが南斜面に密生し、北斜面にはアラカシやアカガシなどのカシ類、東斜面にはイロハカエデ、 ムクノキ、エノキなどの落葉広葉樹など、さまざまな木が自生しているらしい。

 

 申し訳ないですが、文系人間としてはあまり植物には詳しくありませぬ。

 

 興味があるのは、成東城の近くに、見事な眺望の高台が存在すること。物見櫓とか作られていなかったかなと痕跡を探したのですが、よくわかりませんでした。

 

 もっとも標高は、成東城のほうが少し高いので、わざわざ見張り所を置くニーズは少ないかもしれませんが…。

 

絶景に大満足して、再び急な階段を下り、門をくぐって次の目的地へ行こうとしたとき、大失態を演じてしまったのに気付きました。

 

本堂に、お参りし忘れた…。

 

眺望に満足して、回廊をぐるっと、歩いただけで降りて来てしまったのでした。お寺にお参りするのが目的だったのに…。

 

先ほど書いたように、本堂に安置されている不動明王は、奈良時代の僧行基が彫ったと伝えられています。前回、来た時はしっかりお参りしたと思いますが、仏像の記憶はほとんどありません。

 

 もう一度、岩山を登ろうかと悩んだのですが、この先も歩かないといけないので仕方なく断念。

 

 門のところからのお参りを余儀なくされたのでした。

 

 それにしても、お寺に来て、お参りを忘れるとは…。

 

 先ほどのボケ封じは、当日は効力がないのかもしれないと思ったのでした。

 

4.日本初の天然記念物に指定された成東・東金食虫植物群落がある

 

 山武市の観光スポットで忘れてならないのが、天然記念物に指定されている食虫植物群落地があること。

 

 今回は、津辺城へ行ったので、残念ながらここへは行けませんでした。ただ、前回訪れて、そこへ行くまでの道が魅力的だったので、ご紹介しておきましょう。

 

(以下、「​おもしろ歴史ウォーキング 最新関東編​」に続く)

 

 このあと、伊藤左千夫記念公園で、「野菊の花」の主人公の民さんと政夫の銅像に出会います。



 伊藤左千夫が後世に大きな名を残したのは、43歳のとき書いた「野菊の墓」の存在があるからでしょう。

 

 「野菊の花」と言っても、現代の若者は知っていますかね。私たちの年代も怪しかったのですが、あるアイドル歌手が映画で民さんを演じたことで、一気に知名度がアップしました。

 

 ここ山武市は、伊藤佐千夫の故郷であり、今も生家が残っているのですよ。生家の隣には、山武市歴史民族資料館があり、2階の常設展示室には、伊藤左千夫の生涯や作品、遺品などが展示されています。


 

 ここで私が目を引いたのは、彼の風貌と作家になる前の職業でした。作品の内容から、作者をイメージすることはできない、と…。

 

関東の歴史ウォーキングの醍醐味が味わえる続きは、是非、​​こちら​​をご覧いただければ幸いです。

 

​​おもしろ歴史ウォーキング 最新関東編​​」



 

(参考)

目次より

第1章 絶景とスリルに満ちた駅伝歴史ハイクで、エメラルドの伝説に挑む 埼玉県小川町
 1.新春恒例の駅伝ハイクin埼玉県小川町 
 2.第1中継所は、名前負けしない眺望の金勝山
 3.第2中継所は、エメラルドグリーンの天王沼
 4.過去を思い出す薄暗い杉林を貫く九十九折りの山道
 5.第3中継所は、360度の大パノラマの官ノ倉山と石尊山
 6.フィールドアスレチック好きにはたまらない鎖場がある
 7.第4中継所は、埼玉県最大級の方墳・穴八幡古墳
 8.駅伝ハイクのゴールは、住宅地に奇跡的に残る中城跡

第2章 美しい花々と緑にあふれる智光山公園と日本三大夜戦にも関わった柏原城を歩く 埼玉県狭山市
 1.広大な芝生広場とさまざまな花に出会える狭山稲荷山公園
 2.大河ドラマの名シーンを今に伝える影隠地蔵
 3.53.8ヘクタールの敷地に、動物園や植物園などの施設が点在する智光山公園
 4.花菖蒲園と都市緑化植物園は、美しい花々と緑がいっぱい
 5.関東管領・上杉憲政が半年間も陣を敷いた柏原城
 6.北条氏飛躍のターニングポイントになった三ツ木原古戦場跡

第3章 航空の町・所沢は、飛行機やヘリコプターだけでなく、伝説や歴史スポットもいっぱい 埼玉県所沢市
 1.日本の航空発祥の地・所沢
 2.南北朝時代の武将の伝説が残る薬王寺
 3.春には見事な桜並木が楽しめる東川沿いの遊歩道
 4.関東一の木造閻魔像がある長栄寺
 5.日本初の航空機専用飛行場の跡に作られた所沢航空公園
 6.50ヘクタールの広さの園内に、航空関連のアイテムがいっぱい
 7.歴史的な飛行機やヘリコプターが満載の所沢航空発祥記念館
 8.戦後初であるとともに、唯一の国産旅客機YS-11

第4章 鎌倉時代から続く栃木の名門・小山氏ゆかりの城跡、神社仏閣を歩く 栃木県小山市
 1.都心からのアクセスが良く、魅力的な歴史スポットが満載の小山
 2.小山氏の菩提寺であり、境内に残る土塁や空堀が見事な天翁院
 3.藤原秀郷の子孫といわれる名門小山氏の居城・小山城
 4.戦国オールスターキャストの小山評定所跡と将軍家の宿泊所であった小山御殿
 5.須賀神社と思川沿いの散歩道
 6.小山氏の本拠地になったこともある国の史跡・鷲城
 7.今も土塁が残る小山氏の城館・神鳥谷曲輪跡

第5章 観光スポットとしての期待が高まる戦国の城のツートップ・津辺城と成東城 千葉県山武市
 1.山武市の呼び方を知っていますか?
 2.駅から歩いて行ける戦国時代の魅力的な城が2つも
 3.台風15号の被害で、さらに難攻不落になった津辺城
 4.倒木と複雑な縄張りに阻まれ、攻城戦に敗北
 5.訪れるたびに新たな発見がある成東城
 6.推定本丸と推定二の丸の謎

第6章 眺望バツグンの波切不動尊と「野菊の墓」の作者ゆかりの土地を歩く 千葉県山武市
 1.清水の舞台のような建物が目を引く波切不動尊
 2.天平、平安時代のもっとも有名な僧ゆかりの寺院 
 3.お参りするのを忘れるほどの見事な眺望
 4.日本初の天然記念物に指定された食虫植物群落がある
 5.名作の主人公の銅像が印象的な伊藤左千夫記念公園
 6.野菊の墓の雰囲気を今に残す伊藤左千夫の生家
 7.野菊の墓の作者の意外な前職に驚く山武市歴史民族資料館

第7章 東京近郊のラビリンス、北総線沿線の歴史・絶景スポットを歩く 千葉県松戸市・市川市
 1.住みやすさで人気上昇中の北総線沿線
 2.迷宮の地図のようなウォーキングガイド
 3.川が流れていない場所にある橋をさがせ
 4.広島の厳島神社のミニ鳥居が印象的な神社がある
 5.単独の貝塚としては日本で一番規模が大きいと言われる曽谷貝塚
 6.畑や原っぱに、縄文時代の白い貝殻が散らばる

第8章 平将門伝説に彩られた土地と尾瀬の湿原をイメージできる大町公園を歩く 千葉県市川市 
 1.平将門にまつわる伝承とゆかりのお寺
 2.万葉集にちなむ植物が楽しめる市川市万葉植物園
 3.さまざまな古刹にみられる現代との接点
 4.平将門築城伝説もある戦国の城・大野城
 5.ダウンタウンの「笑ってはいけない」に似た伝統行事がある駒形大神社
 6.動植物園、アスレチックなど魅力満載の大町公園
 7.尾瀬の湿地帯の木道を歩く気分が味わえる

第9章 クレヨンしんちゃんだけじゃない! 歴史スポット満載の宿場町・粕壁を歩く 埼玉県春日部市
 1.日光道中四番目の宿場町・粕壁
 2.江戸時代の粕壁宿にタイムスリップできる春日部市郷土資料館
 3.歴史アイテムを堪能できる宿場町そぞろ歩き
 4.巨大なモニュメントとライトアップが楽しい古利根公園橋
 5.南北朝時代の非業の武将、春日部重行の墳丘が残る最勝院
 6.春日部氏の居館跡に建つ春日部の総鎮守・八幡神社







最終更新日  2020年07月11日 13時09分56秒
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2020年07月04日
カテゴリ:国内旅行365

こんにちは。

 

今回は、「​​おもしろ歴史ウォーキング 東京編​​​」からのネタです。




 

「東京編」は、歴史ウォーキングシリーズの第1作ですが、まだご紹介していない章がありました。

 

それは、第9章の『 東京23区は、緑が増殖中!神田川近くの魅力的な公園めぐり 杉並区・世田谷区 』

 

諸事情があって、冒頭の部分だけですが…。

 

すべての記事は、​こちら​ですよ。

 

是非、本書もご覧いただければ幸いです。

 

ちなみに記事は、20187月に行った時のもの。取材した頃のように、何の心配もなく出歩ける日が返ってくることを祈っています。 

 

 

1.意外と緑が多い東京23

 

一般に、東京23区は、高層ビルや住宅、アパート、町工場が混然としたカオスの街だと思われがちです。確かに、昭和の頃は、小さな家がごちゃごちゃと建ち並び、町工場が大きな音を立てて操業していた風景を覚えています。

 

ただ、最近の東京を歩いて感じるのは、意外に緑が多いということ。そう思うようになったのは、ここ十年くらいですかね。都心の再開発が進み、高層ビルがどんどん増えていますが、街が上に伸びるのに比例して地面の隙間が広くなっているのです。その空いた空間に木や草が植えられているのですな。

 

今回歩くのは、昔と比べると劇的に触れ合える緑が増えている場所ですが、意外と上には伸びていないのですよ。それはなぜか。その理由を体感すべく、真夏の猛暑の中、出かけることにしました。

 

2.芸術家と文化人の街だった永福町

 

ウォーキングのスタートは、京王井の頭線の永福町駅。井の頭線は、吉祥寺や下北沢などへ行くとき利用しますが、この駅で降りた記憶はないような。

 

改札口を出ると、『冬の像』と名付けられた彫刻がありました。



 かつて、この近くに住んでいた彫刻家の佐藤忠良の作品らしい。モデルは弟子の彫刻家なのですか。

 

彫刻の近くのパネルには、かつてこの周辺に、多くの画家や彫刻家のアトリエがあったと書かれていました。また、国木田独歩の次男で榎本武揚の孫にあたる彫刻家の佐土哲二や千田是也、森光子、池部良などの俳優、文学者の佐藤朔や中井英夫もこの周辺に住んでいたらしい。ちなみに、私が知っている名前の勝敗は、5勝3敗でしたね。



それはともかく、この周辺に有名な芸術家や文化人が居住していたのは、それだけの魅力があったのでしょう。その理由にも触れてみようと、永福町駅の北口から歩き始めます。

 

3.将軍手植えの松と駅と町名の由来になったお寺

 

住宅街をテクテク歩き、まず向かったのは、和泉熊野神社。



 熊野と言えば和歌山県ですな。解説板によれば、この神社は鎌倉時代の創建で、紀州の熊野神社の分霊を祀ったのが始まりらしい。その後、後北条氏や徳川将軍家とのかかわりも伝えられているそうですね。境内の松の大木は、徳川家光が鷹狩りの休息の際、手植えしたものだと言われておりまする。

 

そう思ってみると、確かに松から後光がさしているように感じられるのでした。

 

和泉熊野神社を出て、近くを流れる神田川に沿って歩きます。



 ここまで来ると、神田川もかぐや姫のヒット曲の雰囲気と違います。もっとも、新宿区のあたりの神田川も、今はセレブな景観になっていますが…。

 

神田川から離れた住宅街の中にあるのが、永福稲荷神社。



解説板には、享禄3(1530)に永福寺の開山秀天和尚が、近くにある永福寺境内の鎮守として、伊勢外宮より豊受大神を勧請したと書かれていました。明治維新後、永福寺から分離して今日に至っているとか。

 

 永福寺とは、もしかして永福町駅と町名の由来になったお寺かも、と思って歩いていると、道に「永福寺」と書かれた石柱が…。



 当初のウォーキングコースから外れますが、足を延ばしてみることにします。そこからお寺までは住宅街の道をかなり歩きました。おそらく、石柱から現在のお寺までの広大なスペースは、かつての境内だったのでしょうね。



 門や本堂はコンクリート造りですが、駅名の由来になったお寺の威厳は感じられました。



本尊は十一面観音像で、脇の不動、毘沙門両像とともに、鎌倉時代の仏師快慶が制作したと伝えられているそうです。ちなみに、開創は大永2年(1522)と言われているらしい。



今は住宅街の中に埋もれるようにあるお寺ですが、現在、永福町駅を利用している人は、このお寺のことを知っているのかなと思いました。


4.新品感が半端ない下高井戸おおぞら公園

 

再び神田川に戻り、川沿いの遊歩道を上流に向けて歩きます。やがて左手に、広々とした公園が見えてきました。



 今から何十年も前に、下高井戸周辺に来たことがありますが、こんな広い公園があったのは記憶にないですな。下高井戸おおぞら公園という表示があります。

 

それにしても、この広さと新品感は半端ないっす。後で調べてみたら、ここにはかつて東京電力の総合グラウンドがあったのですか。当時は、野球場やテニスコートなどがあったらしい。



東日本大震災の際発生した福島第一原子力発電所の事故の後、杉並区にこの土地が売却されたのですね。その後、暫定的に「遊び場」として運用され、20174月に再整備されて開園されたとのこと。

 

新しい公園はきれいで清潔感があるけれど、木々が若すぎて木陰が全くと言っていいほどありませぬ。もう少し涼しくなったらまた訪れてみようと思いました。

 

神田川の遊歩道をさらに歩いていくと、鎌倉橋の解説板が立つ橋がありました。



 鎌倉街道にかかる橋で、鎌倉から室町時代の人々がよく利用したらしい。今は何の変哲もない橋ですが、歴史を知ると見るポイントが変わって面白い。



 

5.いきなり登場する縄文人に驚く塚山公園

 

鎌倉橋のすぐ近くにあるのが塚山公園。



 旧街道、川、丘の三点セットがあると城ヲタクとしては城跡をイメージしてしまいます。ただ、この高低差では城や砦は無理でしょうね。

 

その代わり、この公園には歴史ファンが喜ぶ遺跡があるのでした。それは、縄文時代中期の住居跡20軒が発掘された環状集落の跡。それは、塚山遺跡と呼ばれているのですか。



 

(以下、「​おもしろ歴史ウォーキング 東京編​」に続く)

 

 このあと、いきなり登場する縄文人に度肝を抜かれます。

 

塚山公園の近くにある柏の宮公園や三井の森公園は、どちらもセレブな雰囲気が漂っていました。前身が、大企業のグラウンドということもあるのか、よく手入れされた緑が美しい。

 

最後に向かったのは将軍池公園。



 ネーミングから、徳川将軍家に由来するのかと思いました。

 

しかし、意外なネーミングの由来にビックリ!

 

東京の歴史ウォーキングの醍醐味が味わえる続きは、是非、​​こちら​​をご覧いただければ幸いです。

 

​​おもしろ歴史ウォーキング 東京編​​」



 

第9章 東京23区は、緑が増殖中!神田川近くの魅力的な公園めぐり 杉並区・世田谷区 
1.意外と緑が多い東京23
2.芸術家と文化人の街だった永福町
3.将軍手植えの松と駅と町名の由来になったお寺
4.新品感が半端ない下高井戸おおぞら公園
5.いきなり登場する縄文人に驚く塚山公園
6.手つかずの自然なのにセレブな雰囲気が漂う三井の森公園
7.2代将軍のガチョウ?に出会える将軍池公園

 







最終更新日  2020年07月04日 14時00分02秒
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2020年06月27日
カテゴリ:国内旅行365

こんにちは。

 

今回も、4月発売の最新刊 「​​おもしろ歴史ウォーキング 最新関東編​​​」からのネタです。



 ご紹介するのは、第5章の『
観光スポットとしての期待が高まる戦国の城のツートップ・津辺城と成東城 千葉県山武市

 

諸事情があって、冒頭の部分だけですが…。

 

すべての記事は、​こちら​ですよ。

 

是非、本書もご覧いただければ幸いです。

 

ちなみに記事は、20201月に行った時のもの。取材した頃のように、何の心配もなく出歩ける日が返ってくることを祈っています。 

 

1.山武市の呼び方を知っていますか?

 

 今回は、千葉県の山武市の歴史スポットを歩きます。

 

ここへ行くのは10年ぶり2回目ですが、前回は、恥ずかしながら、山武市を「やまたけし」と読んでいたことを思い出しました。

 

駅近くの観光案内所で観光マップを手に入れたとき、「 Nostalgia Land Sammu City 」と書いてあるのを発見したのです。すんでのところで、恥をかくのを免れた、と…。

 

512文字略)

 

 それに比べたら、山武市の由来は郡名の山武郡(さんぶぐん)からだそうなのでわかりやすいですね。

 

山武郡は、上総の国と呼ばれたこの辺りに、奈良時代から山辺郡と武射郡があったらしい。それが、1897年に合併して山武郡になったのですか。合併して山武市となった名前のルーツも、合併によってできたものだとは知りませんでした。

 

2.駅から歩いて行ける戦国時代の魅力的な城が2つも

 

 山武市にまつわる前振りが長くなってしまいました。1月の風が強い日の朝、JR総武本線成東駅へ降り立ちました。


 

 10年前に来たときとあまり変わらない駅前の風景が、なんとなくうれしい。前回は、駅前のロータリーから成東城へ向かったのですが、今回は新たに開拓した観光スポットをまず目指します。

 

 それは、ネット検索で見つけた津辺城。城跡を紹介するさまざまなサイトによれば、戦国時代の息吹が感じられる遺構が残っているらしい。しかも、成東駅から徒歩20分もかからないとか。

 

 これは、行くしか選択肢はないですね。

 

 野趣あふれる写真や縄張り図によると、観光化されていない分、当時の雰囲気が味わえそうだと感じました。

 

 前回、訪問した成東城も、土塁や空堀などが良く残っていた記憶があります。しかも、どちらの城も駅から歩いて行けるのがうれしい。

 

 駅近の戦国の城跡が2つもある町として、山武市はこれから城ファンの注目を集めるかも、と考えたのでした。

 

3.台風15号の被害で、さらに難攻不落になった津辺城

 

 駅前の観光案内所で、市内観光のパンフレットをゲットしてから、早速城攻めを開始します。

 

 地図によると、津辺城は、ロータリーの方向から線路を挟んだ反対側にあるのですな。静かな住宅街を歩き、津辺城近くの日吉神社に到着。

 

 津辺城への案内板はなく、城跡の近くにあるという神社を目印に歩いてきたのです。着いたときは、ここで間違いないと少しほっとしました。



 地図を眺めながら、津辺城の位置は、木に覆われた近くの丘だと特定します。日吉神社の境内は高台になっていて、当時はここも城の一部だったのでしょう。

 

まわりには土塁が巡らされていますが、当時のものかどうかはわかりませぬ。


  
 日吉神社に城攻めの無事をお祈りしたあと、いよいよ津辺城に突撃開始です。ネットの写真では木や草が生い茂り、かなり過酷な行軍を覚悟していましたが、その壮絶さは予想を超えていました。



 
 途中まで舗装された道があったのでほっとしたのも束の間、城内への唯一の入り口が倒木で塞がれている。




  そこを何とかくぐって、広い郭へ足を踏み入れると、至るところで巨木がなぎ倒されているのが目に入りました。根っこがスッポリ掘り返されて、大きな穴も至るところに開いている。



 そういえば、20199月に巨大な台風が千葉県を襲い、大きな被害をもたらしたニュースがありました。ただ、テレビで見るのと、実際、この目で見るのとでは大違い。

 

 どんな吹き方をすれば、こんな巨木が何本も、しかも根こそぎ倒すことができるのか、当時の光景を思い浮かべて鳥肌が立つのでした。



 

  そのような場所を5分も歩いていると、方向がすっかりわからなくなってしまいました。




 来る前に、城の縄張り図をブリントアウトして持ってきたのですが、それを見ると、150メートル×100メートル程度の広さなのに…。

 

4.倒木と複雑な縄張りに阻まれ、攻城戦に敗北

 

どこまでも続く森に迷い込んだような感覚。風が強く、スギの木がザーッと鳴るたびに、戦国の武者が雄叫びをあげながら突進してくる光景がフラッシュバックしました。

 

 戦闘のプロフェッショナルに出くわしたらまず助からないと思いつつ、なおも前進すると、深い空堀が目の前に現れます。



 

現在いる場所が、恐らく2郭だから、この先は1郭ですかね。縄張り図を手に、1郭への虎口を探しても、なかなか見つからない。

 

 空堀に囲まれた桝形があり、馬出郭から土橋を渡ると1郭に入れるみたいなのですが…。

 

 深い空堀の端を移動して、出入り口を探そうとしても、行く先々で倒木が行く手をシャットアウト。土橋の存在が確認できないので、そもそも空堀の向こうが1郭かどうか確信できなくなってきました。 

488文字略)

 

 成東城は観光スポットとして整備されているので、津辺城も整備されたら、山武市の観光のツートップになるのは間違いありませぬ。

 

 難しい理由があるのかもしれませんが、お城ファンの一人として切に願うのでした。

 

5.訪れるたびに新たな発見がある成東城

 

 境川近くの道を歩き、成東駅に戻ります。途中、左手に見える小高い丘にも、かつて富田城という戦国の城があったらしい。



 今回は時間がないのでパスしましたが、戦国時代はこの辺りが重要な場所だったというのがわかります。

 

 これから向かう成東城も戦国時代に活躍し、江戸時代の初期まで存続したのですね。徳川家康が関東へ入封されたときには、2万石の城となったらしい。ところが1620年に、城主だった青山氏が武蔵国岩槻城転封に伴い廃城となったのですか。

 

 成東駅からしばらく歩いて作田川を越えると、目の前に緑豊かな丘が目に入ります。



 広い舗装道路を歩いて、その丘を登って行きました。

 

 結構、坂が急で、成東城の要害さが体感できます。モナコグランプリに登場するようなヘアピンカーブも、なかなか壮観です。



 

 丘の上に立つと、目の前に城の遺構はなく、一戸建ての住宅が建ち並んでいる。そういえば、成東城は、住宅街から奥まった城跡公園に遺構が残っているのでした。

 

 前回来た時、城の規模はたいしたことないと、少し軽んじてしまったことを思い出しました。もちろん、現在の住宅街も当時は城の一部だったのですが、当時は、戦国時代の城に対する認識が浅かったわけで。

 

 最近は、以前、訪れたときにたいした遺構が残っていないと気落ちした城が、再び訪れると、何でこんなすごい部分に気付かなかったのだろうと思うことがよくあります。

 

 この成東城は、まさに二度目がおいしい、の典型のような城でした。

 

 住宅街の端に広がる森が、成東城跡公園。



 当時の空堀跡に作られた歩道を歩き、まずは右手にある広い曲輪から攻めます。
 

 

(以下、「​おもしろ歴史ウォーキング 最新関東編​」に続く)

 

 このあと、成東城の二の丸と本丸を歩きまくります。

 

 標高は45メートルくらいだそうで、二の丸からは山武市の市街を見渡すことができました。下を見ると切り立った崖で、高い防御機能を持っていたことがわかります。


 

 推定本丸と推定二の丸との間に、空堀が二つもあるのは珍しい。二つの空堀の間には高い土塁があり、上は曲輪のように平面になっているのも印象的でした。

 

 気になったのは、なぜ 推定本丸と推定二の丸と言われているのか、という点です。


 

 本書の「6.推定本丸と推定二の丸の謎」の中で、自分なりに、その謎の解明に取り組んでみました。

 

 ほとんど明らかにされている近世の城に比べて、中世の城は、素人でもフリーハンドで考えられる部分が残されているのが魅力のひとつですね。 

 

関東の歴史ウォーキングの醍醐味が味わえる続きは、是非、​​こちら​​をご覧いただければ幸いです。

 

​​おもしろ歴史ウォーキング 最新関東編​​」



 

(参考)

目次より

第1章 絶景とスリルに満ちた駅伝歴史ハイクで、エメラルドの伝説に挑む 埼玉県小川町
 1.新春恒例の駅伝ハイクin埼玉県小川町 
 2.第1中継所は、名前負けしない眺望の金勝山
 3.第2中継所は、エメラルドグリーンの天王沼
 4.過去を思い出す薄暗い杉林を貫く九十九折りの山道
 5.第3中継所は、360度の大パノラマの官ノ倉山と石尊山
 6.フィールドアスレチック好きにはたまらない鎖場がある
 7.第4中継所は、埼玉県最大級の方墳・穴八幡古墳
 8.駅伝ハイクのゴールは、住宅地に奇跡的に残る中城跡

第2章 美しい花々と緑にあふれる智光山公園と日本三大夜戦にも関わった柏原城を歩く 埼玉県狭山市
 1.広大な芝生広場とさまざまな花に出会える狭山稲荷山公園
 2.大河ドラマの名シーンを今に伝える影隠地蔵
 3.53.8ヘクタールの敷地に、動物園や植物園などの施設が点在する智光山公園
 4.花菖蒲園と都市緑化植物園は、美しい花々と緑がいっぱい
 5.関東管領・上杉憲政が半年間も陣を敷いた柏原城
 6.北条氏飛躍のターニングポイントになった三ツ木原古戦場跡

第3章 航空の町・所沢は、飛行機やヘリコプターだけでなく、伝説や歴史スポットもいっぱい 埼玉県所沢市
 1.日本の航空発祥の地・所沢
 2.南北朝時代の武将の伝説が残る薬王寺
 3.春には見事な桜並木が楽しめる東川沿いの遊歩道
 4.関東一の木造閻魔像がある長栄寺
 5.日本初の航空機専用飛行場の跡に作られた所沢航空公園
 6.50ヘクタールの広さの園内に、航空関連のアイテムがいっぱい
 7.歴史的な飛行機やヘリコプターが満載の所沢航空発祥記念館
 8.戦後初であるとともに、唯一の国産旅客機YS-11

第4章 鎌倉時代から続く栃木の名門・小山氏ゆかりの城跡、神社仏閣を歩く 栃木県小山市
 1.都心からのアクセスが良く、魅力的な歴史スポットが満載の小山
 2.小山氏の菩提寺であり、境内に残る土塁や空堀が見事な天翁院
 3.藤原秀郷の子孫といわれる名門小山氏の居城・小山城
 4.戦国オールスターキャストの小山評定所跡と将軍家の宿泊所であった小山御殿
 5.須賀神社と思川沿いの散歩道
 6.小山氏の本拠地になったこともある国の史跡・鷲城
 7.今も土塁が残る小山氏の城館・神鳥谷曲輪跡

第5章 観光スポットとしての期待が高まる戦国の城のツートップ・津辺城と成東城 千葉県山武市
 1.山武市の呼び方を知っていますか?
 2.駅から歩いて行ける戦国時代の魅力的な城が2つも
 3.台風15号の被害で、さらに難攻不落になった津辺城
 4.倒木と複雑な縄張りに阻まれ、攻城戦に敗北
 5.訪れるたびに新たな発見がある成東城
 6.推定本丸と推定二の丸の謎

第6章 眺望バツグンの波切不動尊と「野菊の墓」の作者ゆかりの土地を歩く 千葉県山武市
 1.清水の舞台のような建物が目を引く波切不動尊
 2.天平、平安時代のもっとも有名な僧ゆかりの寺院 
 3.お参りするのを忘れるほどの見事な眺望
 4.日本初の天然記念物に指定された食虫植物群落がある
 5.名作の主人公の銅像が印象的な伊藤左千夫記念公園
 6.野菊の墓の雰囲気を今に残す伊藤左千夫の生家
 7.野菊の墓の作者の意外な前職に驚く山武市歴史民族資料館

第7章 東京近郊のラビリンス、北総線沿線の歴史・絶景スポットを歩く 千葉県松戸市・市川市
 1.住みやすさで人気上昇中の北総線沿線
 2.迷宮の地図のようなウォーキングガイド
 3.川が流れていない場所にある橋をさがせ
 4.広島の厳島神社のミニ鳥居が印象的な神社がある
 5.単独の貝塚としては日本で一番規模が大きいと言われる曽谷貝塚
 6.畑や原っぱに、縄文時代の白い貝殻が散らばる

第8章 平将門伝説に彩られた土地と尾瀬の湿原をイメージできる大町公園を歩く 千葉県市川市 
 1.平将門にまつわる伝承とゆかりのお寺
 2.万葉集にちなむ植物が楽しめる市川市万葉植物園
 3.さまざまな古刹にみられる現代との接点
 4.平将門築城伝説もある戦国の城・大野城
 5.ダウンタウンの「笑ってはいけない」に似た伝統行事がある駒形大神社
 6.動植物園、アスレチックなど魅力満載の大町公園
 7.尾瀬の湿地帯の木道を歩く気分が味わえる

第9章 クレヨンしんちゃんだけじゃない! 歴史スポット満載の宿場町・粕壁を歩く 埼玉県春日部市
 1.日光道中四番目の宿場町・粕壁
 2.江戸時代の粕壁宿にタイムスリップできる春日部市郷土資料館
 3.歴史アイテムを堪能できる宿場町そぞろ歩き
 4.巨大なモニュメントとライトアップが楽しい古利根公園橋
 5.南北朝時代の非業の武将、春日部重行の墳丘が残る最勝院
 6.春日部氏の居館跡に建つ春日部の総鎮守・八幡神社

 







最終更新日  2020年06月27日 13時50分39秒
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2020年06月13日
カテゴリ:国内旅行365

こんにちは。

 

今回も、4月発売の最新刊 「​​おもしろ歴史ウォーキング 最新関東編​​​​」からのネタです。



 

ご紹介するのは、第4章の『 鎌倉時代から続く栃木の名門・小山氏ゆかりの城跡、神社仏閣を歩く 栃木県小山市 』

 

諸事情があって、冒頭の部分だけですが…。

 

すべての記事は、​こちら​ですよ。

 

是非、本書もご覧いただければ幸いです。

 

ちなみに記事は、201912月に行った時のもの。取材した頃のように、何の心配もなく出歩ける日が返ってくることを祈っています。 

 

 

1.都心からのアクセスが良く、魅力的な歴史スポットが満載の小山

 

 今回の歴史ウォーキングは、栃木県の小山市まで遠征します。

 

小山は、東京からだと、埼玉県を通過して、いつもより遠くへ行くイメージですが、意外と近いのですね。

 

都心から特急を使わなくても、1時間半ほどで行くことができます。しかも、途中まで東武鉄道を利用すれば、運賃もリーズナブルなのですよ。

 

 小山は、中世に下野の国一帯に君臨した豪族、小山氏の史跡がいろいろ残っている土地。

 

 小山氏の居城跡も城山公園として整備させているとか。城好きとしては、必見の場所のひとつですね。

 

 でも小山というと、個人的には高校野球の「小山高校」が印象に残ります。

 

 かなり昔の話になりますが、栃木県における作新学院時代の江川の好敵手だったというイメージが…。

 

 栃木県予選の試合をテレビで見た記憶があるのですが、江川のすごさとともになぜか小山高校の名前もインプットされてしまったみたい。

 

 地方都市って、甲子園に出た高校のイメージがたぶんにありますね。

 

 以前行った茨城県の龍ヶ崎市も、竜ヶ崎一高の名前がなぜか頭に残っている。

 

 群馬なら桐生高校、埼玉なら上尾高校、千葉なら銚子商業など、街の名前を全国にとどろかせた高校も思い浮かぶ。

 

 地元の高校が甲子園に出場すると、市役所や商店会が大喜びする理由もわかりますね。

 

 それはともかく、年末大晦日の朝、JR東北本線の小山駅に降り立ちました。



 

 ここはなんと、東北新幹線の停車駅。

 

 新幹線の停車駅の駅前って、どこも似ていると思いませんか。

 

 駅は斬新なデザイン、目の前から延びる道路が広くてきれい。ロータリーを取り囲むように建つ、メガバンクの支店。



 

 一瞬、既視感にとらわれたのですが、ここへ来るのは2回目なので当然だと思い直すのでした。

 

2.小山氏の菩提寺であり、境内に残る土塁や空堀が見事な天翁院

 

 ガイドブックを見つつ、小山氏のいにしえを偲ぶ旅をはじめます。

 

 駅の西口から日光街道をたどり、興法寺にお参りした後、国道4号線をわたって天翁院へ。



 

 どちらも、小山氏と深いつながりがある寺だそうです。

 

 とくに天翁院は、小山氏の菩提寺で、歴代の城主の墓がありました。



 

 この寺はすでに、小山城の城内北端に位置するとか。

 

 裏手の墓地へまわってみると、土塁や空堀が保存状態よく残っています。



 

 その迫力は、前回来た時より、今回のほうがよりインパクトを感じましたね。この高低差は、今も、当時の鉄壁の防御力を残しています。

 

 下からこの土塁を見上げたいのだけれど、この急峻な崖はとても下りられませぬ。個々から転げ落ちたらと思うと考えるだけで、鳥肌が立ちます。



 

 足利のばんな寺や東京奥沢の九品仏など、後に宗教施設になった城は比較的当時の状態が保たれる傾向があると実感しました。

 

 仏教は保守的だとかいろいろ言われることがありますが、史跡保護の観点で見ると大きな役割を演じてきたのは間違いないでしょう。

 

3.藤原秀郷の子孫といわれる名門小山氏の居城・小山城

 

 いったん寺を出て、住宅街を歩き、城跡の中心部を目指します。

 

 やがて両側に崖が現れ、そこに朱塗りの太鼓橋がかけられている。これが祗園橋で、小山城址である城山公園のシンボル的な存在ですね。



 橋に向かって歩いてゆくと、今歩いている道は、空堀の中だったということがわかります。戦国時代だったら、両側から矢を射かけられてハリネズミにされているでしょう。



 この橋は、主郭と第2郭を分ける空堀ですか。橋の下をくぐってさらに進むと、思川の岸辺に出ました。この城は、川沿いの高台に作られているのですな。


 

 

それにしても、思川(おもいがわ)とはなかなかロマンチックなネーミングですな。

 

 しかし、見上げると城側は急峻な崖。思川を外堀に、天然の要害をなしていたことがわかります。

 

 さてこの小山城。

 

 祇園城とも言われるそうですが、平安時代に藤原秀郷が築いたという伝承もあるとか。しかし詳しいことは不明だそうな。

 

 小山氏は、秀郷の子孫になるらしい。

 

 源平から室町と生き抜いてきた小山氏は、関東管領・足利氏満と戦って敗れたうえ当主が自害し、直系は滅びしてしまう。しかし同族の結城泰朝が小山氏を継ぎ復興する。

 

 それでも戦国時代には北条氏照と戦い敗北し、追放。その後、小山氏は北条傘下に入り小山城に戻るが、豊臣秀吉の小田原征伐とともに滅亡した。

 

 不況下、荒波にもまれて最後は倒産してしまう中小企業のような悲哀を感じさせますが、現代までその名が残ったのですから立派だと思いますよ。

 

 徳川時代は、家康の側近として有名な本多正純が3万石で城主となったものの、やがて宇都宮城に転封となり、小山城は廃城となった。

 

 主郭へ攻め入るのはあとのお楽しみにして、まずは2郭へ向かいます。



 城跡には、立て看板みたいに曲輪や虎口などの表示があります。それにしても、塚田曲輪とか上段曲輪とか、個別の呼び方なので構造上は少しわかりづらい。



 

 2郭と思われる部分は広いですが、その中に空堀で囲まれた曲輪があるのは珍しい。馬出しと思えば理解できるのですが、馬出しにしてはかなり大きいと思いました。


 

 2郭の土塁が切り取られた虎口から3郭と思われる曲輪へ向かいます。土橋から見下ろす空堀が深く、戦国時代の緊張感を感じることができました。



 3郭の外にある空堀は、とても広い。


 

 

 さらに曲輪があり、その下に回り込むように深い空堀が続いています。上を見上げると、さきほど天翁院の境内から見下ろした部分だというのがわかりました。



 そこから上るルートはないようで、天翁院のある場所は、当時、出城のような役割を担っていたのかもしれません。

 

 それにしても、両側に屹立する土塁の高いこと、高いこと。



 

 同じ高さに石垣を築けば、江戸時代の5万石クラスの大名の居城にも遜色がない。

 

 城の規模は東西約400m、南北約700m。あとで見た解説板には、思川沿いに3つの曲輪が連なる連郭式城郭と書かれていました。

 

 それぞれの曲輪を隔てる空堀が深くて広く、かなり要塞堅固な城だったのがわかります。



 

 塚田曲輪に、「実なし銀杏」と呼ばれる大木が残っていました。


 

 解説板には、かつてこの祇園城が落城したとき、姫が古井戸に身を投げたのだとか。その後、亡くなった姫君の御霊が、かたわらのイチョウに宿り、以来実を結ばなくなった伝説があるそうです。

 

 城にある橋としては、優美すぎるイメージの祇園橋を渡って第1郭へ攻め入ります。


 

 ここは、本丸という名称の立て看板がありました。



 戦国から残る城としては少し本丸が広すぎる感じがしましたが、あとで当時の縄張り図を見てみると、一角には空堀を巡らせたスペースがあったらしい。


 

 その部分が本丸ということになるのですか。

 

 本丸には、ニャンコが数匹、守備隊として駐屯していました。



 

 城跡に興味は尽きないのですが、時間がなくなるので次の目的地へ行くことにします。

 

 本丸のある広い公園スペースを出ると、祇園橋通りという大通りがありました。



 

 城跡の正面入り口がいきなり本丸ですか。

 

 …と、少し呆気にとられたものの、もちろん当時は、この通りが巨大な空堀だったのでしょうね。

 

4.戦国オールスターキャストの小山評定所跡と将軍家の宿泊所であった小山御殿

 

 城山公園の南側の入り口へ出て、大通りを渡り、小山市役所を目指します。

 

 今回のウォーキングで、前回来た時と一番変わったのは、市役所周辺でしょうね。

 

 以前は広大な駐車場だった記憶がありますが、一面、広々とした芝生広場になっています。




 

 解説板には、ここは、徳川将軍家の日光参拝の際の休憩・宿泊所である小山御殿があった場所だとありました。

 

 

(以下、「​おもしろ歴史ウォーキング 最新関東編​」に続く)

 

 このあと、発掘調査中の小山御殿の跡を見学します。徳川家の御殿になる前は、小山氏の居館があった場所だそうですね。

 

 小山といえば司馬遼太郎や池波正太郎好きには、忘れられない土地でもあります。

 

 それは、関ヶ原の合戦前夜の「小山評定」。

 

司馬遼太郎の「関が原」や池波正太郎の「真田太平記」にも登場します。

 

 徳川家が天下を取るためのターニングポイントになった場所が、なんと、ここだそうなのですよ。




 

 戦国のオールスターキャストが、ここに勢ぞろいしたかと思うと鳥肌が立ちますな。

 

 ほかにも、小山氏の本拠地になったこともある国の史跡・鷲城や今も市内に土塁が残る小山氏の城館・神鳥谷曲輪跡など、見どころが目白押し!

 

関東の歴史ウォーキングの醍醐味が味わえる続きは、是非、​​こちら​​をご覧いただければ幸いです。

 

​​おもしろ歴史ウォーキング 最新関東編​​」




 

(参考)

目次より

第1章 絶景とスリルに満ちた駅伝歴史ハイクで、エメラルドの伝説に挑む 埼玉県小川町
 1.新春恒例の駅伝ハイクin埼玉県小川町 
 2.第1中継所は、名前負けしない眺望の金勝山
 3.第2中継所は、エメラルドグリーンの天王沼
 4.過去を思い出す薄暗い杉林を貫く九十九折りの山道
 5.第3中継所は、360度の大パノラマの官ノ倉山と石尊山
 6.フィールドアスレチック好きにはたまらない鎖場がある
 7.第4中継所は、埼玉県最大級の方墳・穴八幡古墳
 8.駅伝ハイクのゴールは、住宅地に奇跡的に残る中城跡

第2章 美しい花々と緑にあふれる智光山公園と日本三大夜戦にも関わった柏原城を歩く 埼玉県狭山市
 1.広大な芝生広場とさまざまな花に出会える狭山稲荷山公園
 2.大河ドラマの名シーンを今に伝える影隠地蔵
 3.53.8ヘクタールの敷地に、動物園や植物園などの施設が点在する智光山公園
 4.花菖蒲園と都市緑化植物園は、美しい花々と緑がいっぱい
 5.関東管領・上杉憲政が半年間も陣を敷いた柏原城
 6.北条氏飛躍のターニングポイントになった三ツ木原古戦場跡

第3章 航空の町・所沢は、飛行機やヘリコプターだけでなく、伝説や歴史スポットもいっぱい 埼玉県所沢市
 1.日本の航空発祥の地・所沢
 2.南北朝時代の武将の伝説が残る薬王寺
 3.春には見事な桜並木が楽しめる東川沿いの遊歩道
 4.関東一の木造閻魔像がある長栄寺
 5.日本初の航空機専用飛行場の跡に作られた所沢航空公園
 6.50ヘクタールの広さの園内に、航空関連のアイテムがいっぱい
 7.歴史的な飛行機やヘリコプターが満載の所沢航空発祥記念館
 8.戦後初であるとともに、唯一の国産旅客機YS-11

第4章 鎌倉時代から続く栃木の名門・小山氏ゆかりの城跡、神社仏閣を歩く 栃木県小山市
 1.都心からのアクセスが良く、魅力的な歴史スポットが満載の小山
 2.小山氏の菩提寺であり、境内に残る土塁や空堀が見事な天翁院
 3.藤原秀郷の子孫といわれる名門小山氏の居城・小山城
 4.戦国オールスターキャストの小山評定所跡と将軍家の宿泊所であった小山御殿
 5.須賀神社と思川沿いの散歩道
 6.小山氏の本拠地になったこともある国の史跡・鷲城
 7.今も土塁が残る小山氏の城館・神鳥谷曲輪跡

第5章 観光スポットとしての期待が高まる戦国の城のツートップ・津辺城と成東城 千葉県山武市
 1.山武市の呼び方を知っていますか?
 2.駅から歩いて行ける戦国時代の魅力的な城が2つも
 3.台風15号の被害で、さらに難攻不落になった津辺城
 4.倒木と複雑な縄張りに阻まれ、攻城戦に敗北
 5.訪れるたびに新たな発見がある成東城
 6.推定本丸と推定二の丸の謎

第6章 眺望バツグンの波切不動尊と「野菊の墓」の作者ゆかりの土地を歩く 千葉県山武市
 1.清水の舞台のような建物が目を引く波切不動尊
 2.天平、平安時代のもっとも有名な僧ゆかりの寺院 
 3.お参りするのを忘れるほどの見事な眺望
 4.日本初の天然記念物に指定された食虫植物群落がある
 5.名作の主人公の銅像が印象的な伊藤左千夫記念公園
 6.野菊の墓の雰囲気を今に残す伊藤左千夫の生家
 7.野菊の墓の作者の意外な前職に驚く山武市歴史民族資料館

第7章 東京近郊のラビリンス、北総線沿線の歴史・絶景スポットを歩く 千葉県松戸市・市川市
 1.住みやすさで人気上昇中の北総線沿線
 2.迷宮の地図のようなウォーキングガイド
 3.川が流れていない場所にある橋をさがせ
 4.広島の厳島神社のミニ鳥居が印象的な神社がある
 5.単独の貝塚としては日本で一番規模が大きいと言われる曽谷貝塚
 6.畑や原っぱに、縄文時代の白い貝殻が散らばる

第8章 平将門伝説に彩られた土地と尾瀬の湿原をイメージできる大町公園を歩く 千葉県市川市 
 1.平将門にまつわる伝承とゆかりのお寺
 2.万葉集にちなむ植物が楽しめる市川市万葉植物園
 3.さまざまな古刹にみられる現代との接点
 4.平将門築城伝説もある戦国の城・大野城
 5.ダウンタウンの「笑ってはいけない」に似た伝統行事がある駒形大神社
 6.動植物園、アスレチックなど魅力満載の大町公園
 7.尾瀬の湿地帯の木道を歩く気分が味わえる

第9章 クレヨンしんちゃんだけじゃない! 歴史スポット満載の宿場町・粕壁を歩く 埼玉県春日部市
 1.日光道中四番目の宿場町・粕壁
 2.江戸時代の粕壁宿にタイムスリップできる春日部市郷土資料館
 3.歴史アイテムを堪能できる宿場町そぞろ歩き
 4.巨大なモニュメントとライトアップが楽しい古利根公園橋
 5.南北朝時代の非業の武将、春日部重行の墳丘が残る最勝院
 6.春日部氏の居館跡に建つ春日部の総鎮守・八幡神社

 







最終更新日  2020年06月13日 14時01分00秒
コメント(0) | コメントを書く
2020年05月30日
カテゴリ:国内旅行365

こんにちは。

 

今回も、4月発売の最新刊 「​​おもしろ歴史ウォーキング 最新関東編​​​」からのネタです。



 

ご紹介するのは、第3章の『 航空の町・所沢は、飛行機やヘリコプターだけでなく、伝説や歴史スポットもいっぱい 埼玉県所沢市 』

 

諸事情があって、冒頭の部分だけですが…。

 

すべての記事は、​こちら​​ですよ。

 

是非、本書もご覧いただければ幸いです。

 

ちなみに記事は、201912月に行った時のもの。取材した頃のように、何の心配もなく出歩ける日が返ってくることを祈っています。 

 

 

1.日本の航空発祥の地・所沢

 

今回は、埼玉県の所沢市を歩きます。

 

 所沢は、2019年にパシフィック・リーグ優勝を果たした西武ライオンズの本拠地がある場所として全国的に有名ですね。ここはまた、日本の航空発祥の地でもあるそうなのですよ。

 

 CAのお姉さんが一杯いるJAL・日本航空発祥の地ではありませんので念のため。 

  

 …ということで、12月初頭の晴れた日、私は西武線の所沢駅に降り立ちました。



 

大企業西武の城下町だけあって、広さと賑わいは東京に負けていませんね。

 

 西口駅前にある何の変哲もない商店街。



 

 これは、プロぺ通りというのだそうな。プロぺとは、プロペラの略なのだとか。

 

 上記は、昔見た埼玉の旅行ガイドにあった記述ですが、なぜ、「ラ」だけ省略したのかわかりませんでした。

 

改めてその由来をネットで調べてみると、プロぺ通り商店街のホームページに、躍進・推進を意味する「プロぺル」に由来すると書かれていました。

 

 プロペラ商店街だと、飛んで行ってしまいそう。だから、プロペルという由来を付け加えたのかな、などと穿った妄想が膨らみます。

 

名前の由来はともかく、全長300メートルに100店舗ほど並ぶ商店街は魅力たっぷりでした。



 

 私の行きつけのファストフード店が、見本市のように立ち並んでいるのですよ。個人経営の飲食店は、東京より23割も安い。店頭に掲げられているメニューの写真を見ると、どれもボリュームがあっておいしそう。

 

 思わず、条件反射で店に入りそうになりました。

 

 所沢が、住みたい街として人気な理由もわかりましたね。

 

2.南北朝時代の武将の伝説が残る薬王寺

 

 商店街をぬけると、東京のベッドタウンとして急成長している町だというのが実感できます。

 

 昭和の佇まいの店や商店が残っているなと思ったら、その隣には超高層のマンションが…。

 

 まさに、カオスの町というイメージですね。

 

 数十歩歩くごとに、過去と未来を行ったり来たりしているような気分。ノスタルジックな癒しとハイな気分とがごっちゃになって、慣れてないと疲れそう。

 

 精神的にどっちつかずの状態のまま、薬王寺というお寺に到着しました。



 

 本堂は鉄筋コンクリートでしたが、ここには、南北朝時代の武将・新田義宗の伝説が残っているらしい。




 南北朝で新田とくれば、足利尊氏のライバルであった新田義貞が思い浮かびます。義宗は、義貞の三男なのですか。

 

 新田義宗は、南北朝に分裂したあと、南朝に味方して、足利尊氏らの北朝と攻防を繰り広げたらしい。しかし、上野国(群馬県)で戦死してしまったとのこと。

 

 ところが、このお寺の解説板には、

 

『 新田義宗は戦に敗れた後、再起の時を待つために主な家臣に言い含めて、軍勢を群馬県に引き返らせ、それから「義宗は北国に落ちていった」と云いふらせ、自分はひそかに所沢に隠れ住んだ。ところがその後、足利氏の勢いは日増しに強くなり、ついに南北朝も統一され、戦乱もおさまったとの話が伝わってきた。そこで義宗は髪を落とし、衣を着て、今までの隠れ家をお堂に改めた。そして、一体の薬師如来を彫刻し、その腹の中に守本尊をまつりこみ、戦死した一族や部下の菩提を弔いながら毎日を送り、ついに応永20年(1413)この地で亡くなった。』

 

 …という伝説が書かれてありました。

 

 テレビの歴史ミステリー番組が取り上げそうなテーマですね。

 

 しかし、義経は生きていて、ジンギスカンになったのだとか、土方歳三は箱館で戦死せずロシアへ渡ったとか、…という話よりは信憑性があるかも。

 

 近場の所沢だし、モンゴルやロシアへ渡ったわけではないですからね。

 

 でも、もしそうなら、室町幕府は見くびられたもの。

 

 鎌倉幕府を逃れてモンゴルへ渡った義経や明治新政府を逃れてロシアへ渡った歳さんの伝説に比べると、こんな近くに隠れていても気づかないのだから。

 

 所沢は、当時でも、平家の落人が暮らしたといわれる人里離れた山の中ではないですし。 


 

 

3.春には見事な桜並木が楽しめる東川沿いの遊歩道

 

 義宗伝説の真偽を考えながら、薬王寺を出て、市内散策を続けます。

 

 車が行き交うバス通りを歩いていると、「ファルマン通り」という表示が目に留まりました。



 

 ファルマンとは、外国人の名前なのでしょうか。西武ライオンズに、そんな助っ人がいたかなと思ってしまいました。

 

その理由は、あとでわかるのですが…。

 

 通りを歩いていると、「酒場放浪記」の吉田類がお酒を飲んでいそうな盃横丁など、魅力的な場所がいくつもありました。



 

 西武新宿線の線路を越え、市内を流れる東川のほとりを歩きます。



 

 大きな川ではありませんが、両岸約3キロにわたって400本余りの桜が植えられているのだとか。

 

 行った日は12月のはじめで、花はもちろん葉っぱもかなり少なくなった後でした。でも、趣のあるのどかな景色は見ごたえ十分。



 

 京都の冬の風情をイメージしてしまいそう。

 

 桜の季節には、華やかな色で満たされるのでしょうね。



 

 ただ、心は満たされても、さきほどファストフード店をスルーしてしまったのでお腹がすいてきました。

 

 …と、キョロキョロまわりを見回して、リンガーハットを発見。

 

 結局、吉野家、松屋、日高屋の延長線上の店に入ったのでした。当然、その3店舗が目に入ったら突撃しましたが…。

 

 餃子定食の大盛りを食べて元気を取り戻し、ふたたび東川沿いを歩きます。

 

4.関東一の木造閻魔像がある長栄寺

 

 桜の景色をイメージしながら歩き、やがて到着したのが、長栄寺。



  本堂はそれほど古くない感じですが、ここのお寺には室町時代につくられた3体の阿弥陀仏像が安置されているのですか。

 

 珍しいと思ったのは、関東一の大きさといわれる木造の閻魔様が、境内の閻魔堂に鎮座していること。



  ガラスの窓から、中を覗いてみるととても大きい。



 

 なんでも、「丈六仏」と呼ばれ、高さが2.9メートルもあるのだとか。

 

 昼間見たからユーモラスな形に見えましたが、夜や暗い場所で見たら結構怖いかも。

 

 作られたのは、江戸時代の天明5年(1785)ですか。

 

 天明というと、教科書には大飢饉があったと書かれている年代。

 

 日本各地で悲惨な出来事があったらしいですが、それとこの閻魔様と関連はあるのでしょうか。

 

5.日本初の航空機専用飛行場の跡に作られた所沢航空公園

 

 閻魔像を作った江戸時代の人たちの気持ちを想像しつつ、いよいよ本日最後の目的地・所沢航空公園へ向かいます。

 

 向う途中の国道にあったのが、このケヤキ並木。



 

 その距離は17キロにも及ぶとか。

 

 こういう並木道は、やはり冬以外のほうがいいですな。新緑も紅葉もなく、セピア色の冬枯れの道をゆくと、何となくこころ寂しい気分になってきたりして。

 

 ところが、到着した航空公園では見事に色づいた木々が出迎えてくれました。



 

 公園の南東部の池の辺りはよく整備されていて、美しい景色が堪能できます。



 

 ニューヨークのセントラルパークを舞台にした映画のワンシーンを思い出してしまいました。

 

 映画のタイトルは思い出せませんが…。

 

 ところで、なぜ「所沢航空記念公園」と呼ばれているのかというと、ここが明治44年にできた日本初の航空機専用飛行場の跡だからだそうです。



 

 何でも、当時は、幅50メートル、長さ400メートルの滑走路があったらしい。

 

 同年の45日には、徳川好敏大尉の操縦する複葉機がはじめてこの飛行場を飛び立ったのですね。

 

 ただ飛行距離800メートルで、飛行時間は120秒ほどだったそうですが…。

 

 400メートルの滑走路から飛び立って、飛行距離800メートルだったら、一体どこへ着陸したのだろうと、偏屈な私は考えるのでした。

 

 それはともかく、当時の滑走路の面影は残っているのですかね。

 

 

(以下、「​おもしろ歴史ウォーキング 最新関東編​」に続く)

 

 このあと、50ヘクタールの広さの園内に、航空関連のアイテムがいっぱいの所沢航空公園を綿密にレポートします。



 

特に、公園の一画にある所沢航空発祥記念館は航空ファン必見ですよ。

 

さまほどの「ファルマン通り」の由来もわかりましたし…。

 

歴史好きとしては、日本の航空史という視点からさまざまな飛行機が見学できるのが魅力ですね。

 

最初の頃の飛行機なんて、ぱっと見、機体の材質はベニヤ板、翼は和紙を貼ったようにしか見えませぬ。



 

こんな模型のような飛行機で空を飛ぶなんて、清水の舞台から飛び降りる以上の勇気が必要だと感じました。

 

実際、園内には、日本初の航空犠牲者の慰霊塔があります。突風を受けて機体がバラバラになり、東京タワーと同じくらいの高さから墜落してしまったのですか。



 

もちろん、近代の安全性が感じられる飛行機も多数展示されていますよ。

 

昭和の特撮テレビ番組「ウルトラセブン」や映画「モスラ」や「ゴジラ対モスラ」にも登場した飛行機や現在の上皇陛下が皇太子時代、皇室としてはじめて搭乗したのと同じ型のヘリコプターなど。

 

近くの駅前では、戦後初であるとともに、唯一の国産旅客機YS-11にも再会することができました。

 

関東の歴史ウォーキングの醍醐味が味わえる続きは、是非、​​こちら​​をご覧いただければ幸いです。

 

​​おもしろ歴史ウォーキング 最新関東編​​」




 

(参考)

目次より

第1章 絶景とスリルに満ちた駅伝歴史ハイクで、エメラルドの伝説に挑む 埼玉県小川町
 1.新春恒例の駅伝ハイクin埼玉県小川町 
 2.第1中継所は、名前負けしない眺望の金勝山
 3.第2中継所は、エメラルドグリーンの天王沼
 4.過去を思い出す薄暗い杉林を貫く九十九折りの山道
 5.第3中継所は、360度の大パノラマの官ノ倉山と石尊山
 6.フィールドアスレチック好きにはたまらない鎖場がある
 7.第4中継所は、埼玉県最大級の方墳・穴八幡古墳
 8.駅伝ハイクのゴールは、住宅地に奇跡的に残る中城跡

第2章 美しい花々と緑にあふれる智光山公園と日本三大夜戦にも関わった柏原城を歩く 埼玉県狭山市
 1.広大な芝生広場とさまざまな花に出会える狭山稲荷山公園
 2.大河ドラマの名シーンを今に伝える影隠地蔵
 3.53.8ヘクタールの敷地に、動物園や植物園などの施設が点在する智光山公園
 4.花菖蒲園と都市緑化植物園は、美しい花々と緑がいっぱい
 5.関東管領・上杉憲政が半年間も陣を敷いた柏原城
 6.北条氏飛躍のターニングポイントになった三ツ木原古戦場跡

第3章 航空の町・所沢は、飛行機やヘリコプターだけでなく、伝説や歴史スポットもいっぱい 埼玉県所沢市
 1.日本の航空発祥の地・所沢
 2.南北朝時代の武将の伝説が残る薬王寺
 3.春には見事な桜並木が楽しめる東川沿いの遊歩道
 4.関東一の木造閻魔像がある長栄寺
 5.日本初の航空機専用飛行場の跡に作られた所沢航空公園
 6.50ヘクタールの広さの園内に、航空関連のアイテムがいっぱい
 7.歴史的な飛行機やヘリコプターが満載の所沢航空発祥記念館
 8.戦後初であるとともに、唯一の国産旅客機YS-11

第4章 鎌倉時代から続く栃木の名門・小山氏ゆかりの城跡、神社仏閣を歩く 栃木県小山市
 1.都心からのアクセスが良く、魅力的な歴史スポットが満載の小山
 2.小山氏の菩提寺であり、境内に残る土塁や空堀が見事な天翁院
 3.藤原秀郷の子孫といわれる名門小山氏の居城・小山城
 4.戦国オールスターキャストの小山評定所跡と将軍家の宿泊所であった小山御殿
 5.須賀神社と思川沿いの散歩道
 6.小山氏の本拠地になったこともある国の史跡・鷲城
 7.今も土塁が残る小山氏の城館・神鳥谷曲輪跡

第5章 観光スポットとしての期待が高まる戦国の城のツートップ・津辺城と成東城 千葉県山武市
 1.山武市の呼び方を知っていますか?
 2.駅から歩いて行ける戦国時代の魅力的な城が2つも
 3.台風15号の被害で、さらに難攻不落になった津辺城
 4.倒木と複雑な縄張りに阻まれ、攻城戦に敗北
 5.訪れるたびに新たな発見がある成東城
 6.推定本丸と推定二の丸の謎

第6章 眺望バツグンの波切不動尊と「野菊の墓」の作者ゆかりの土地を歩く 千葉県山武市
 1.清水の舞台のような建物が目を引く波切不動尊
 2.天平、平安時代のもっとも有名な僧ゆかりの寺院 
 3.お参りするのを忘れるほどの見事な眺望
 4.日本初の天然記念物に指定された食虫植物群落がある
 5.名作の主人公の銅像が印象的な伊藤左千夫記念公園
 6.野菊の墓の雰囲気を今に残す伊藤左千夫の生家
 7.野菊の墓の作者の意外な前職に驚く山武市歴史民族資料館

第7章 東京近郊のラビリンス、北総線沿線の歴史・絶景スポットを歩く 千葉県松戸市・市川市
 1.住みやすさで人気上昇中の北総線沿線
 2.迷宮の地図のようなウォーキングガイド
 3.川が流れていない場所にある橋をさがせ
 4.広島の厳島神社のミニ鳥居が印象的な神社がある
 5.単独の貝塚としては日本で一番規模が大きいと言われる曽谷貝塚
 6.畑や原っぱに、縄文時代の白い貝殻が散らばる

第8章 平将門伝説に彩られた土地と尾瀬の湿原をイメージできる大町公園を歩く 千葉県市川市 
 1.平将門にまつわる伝承とゆかりのお寺
 2.万葉集にちなむ植物が楽しめる市川市万葉植物園
 3.さまざまな古刹にみられる現代との接点
 4.平将門築城伝説もある戦国の城・大野城
 5.ダウンタウンの「笑ってはいけない」に似た伝統行事がある駒形大神社
 6.動植物園、アスレチックなど魅力満載の大町公園
 7.尾瀬の湿地帯の木道を歩く気分が味わえる

第9章 クレヨンしんちゃんだけじゃない! 歴史スポット満載の宿場町・粕壁を歩く 埼玉県春日部市
 1.日光道中四番目の宿場町・粕壁
 2.江戸時代の粕壁宿にタイムスリップできる春日部市郷土資料館
 3.歴史アイテムを堪能できる宿場町そぞろ歩き
 4.巨大なモニュメントとライトアップが楽しい古利根公園橋
 5.南北朝時代の非業の武将、春日部重行の墳丘が残る最勝院
 6.春日部氏の居館跡に建つ春日部の総鎮守・八幡神社







最終更新日  2020年05月30日 17時21分18秒
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2020年05月16日
カテゴリ:国内旅行365

こんにちは。

 今回も、4月発売の最新刊 「​​おもしろ歴史ウォーキング 最新関東編​​​」からのネタです。



 

ご紹介するのは、第2章の『 美しい花々と緑がいっぱいの智光山公園と日本三大夜戦にも関わった柏原城を歩く 埼玉県狭山市 』

 

諸事情があって、冒頭の部分だけですが…。

 

すべての記事は、​こちら​​ですよ。

 

是非、本書もご覧いただければ幸いです。

 

ちなみに記事は、20186月に行った時のもの。取材した頃のように、何の心配もなく出歩ける日が返ってくることを祈っています。 

 

 

1.広大な芝生広場とさまざまな花で出会える狭山稲荷山公園

 

 今回は、埼玉県の狭山市を歩きます。関東の人は、狭山と言えば何をイメージするでしょうね。

 

個人的には、小学校時代に狭山湖へ遠足に行った思い出がありますが、狭山茶を思い浮かべる人も多いのではないでしょうか。

 

狭山茶は、静岡茶や宇治茶と並んで日本三大茶と呼ばれているらしい。

 

お茶の歴史を訪ねる旅もいいですが、それはまた別の機会にして、今回は、狭山が誇る二つの公園を巡りたいと思います。そして帰りには、狭山市で一押しの城跡を堪能しようという盛りだくさんの趣向です。

 

…ということで、ウォーキングのスタートは、西武池袋線の稲荷山公園駅。

 

駅の目の前にあるのが、狭山稲荷山公園。



 ここは、1973年に米軍から返還されたジョンソン空軍基地の跡地の一部を整備した公園ですな。

 それまでは、基地で働く軍人や関係者の住宅地として利用されていたらしい。



 

面積は、16.5ヘクタールもあり、広々とした芝生広場は、アメリカの公園や大学のキャンパスのような雰囲気。狭山市営公園だったのを2002年の41日から県営公園としてあらたに開園したのですね。



 この公園は、別名「ハイドパーク」と呼ばれており、米軍管理下の時代の呼び名が今も残っているそうな。

 

園内には、ソメイヨシノや八重桜など約300本の桜があって、春には多くの人たちの目を楽しませているのですか。

 

行った日は6月でしたが、色とりどりのあじさいが出迎えてくれました。

 

歴史好きにとって忘れていけないのが、園内に「狭山市立博物館」があること。アケボノゾウの骨格標本をはじめ、原始時代から現代までの狭山の歴史や自然、民俗、伝統産業などの展示を見ることができます。



  当然、GO!と思ったら、休館日でした。定休日ではなかったのですが…。

 

やっぱり、歴史ウォーキングに行くときは、きちんと調べておく必要があると改めて思った次第です。

 

2.大河ドラマの名シーンを今に伝える影隠地蔵

 

 公園を出て、西武新宿線の狭山市駅方面に歩き、駅近くで左折して入間川を渡ります。


 

道なりにまっすぐ進むと、奥州道交差点の信号があり、その近くにお地蔵さまがありました。




 傍らに解説板があり、それには、「影隠地蔵 市指定文化財 史跡」という記載が…。


  

 そこには、源義仲(木曽義仲)の嫡男で、頼朝の娘である大姫と結婚した源義高が、頼朝から追われる身になったとき、このお地蔵さまの後ろに隠れて、一時的に難を逃れたと書かれていました。

 

 だから、影隠地蔵と呼ばれるようになったのですか。しかし、源義高はその後、捕らえられ、斬られてしまったらしい。

 

 せっかくなら、最後まで隠しておいてくれればいいのにと思ったのですが、それがリアな歴史の非情さでしょう。

 

 大姫と義高は、仲が良い夫婦だったそうですね。そんな大姫が、義高が討ち取られたという知らせを受けたとき、父頼朝に対してどんな思いを抱いたのか。

 

 歴史上の大きな悲劇として、当然、映画やドラマ、小説の題材になったはずと思って調べてみたら、やはりありました。

 

 滝沢秀明主演の大河ドラマ「義経」の中で、二人の悲劇が取り上げられていたのでした。そういえば、おぼろげながら覚えています。

 

 ドラマの中で、大姫は、義高の処刑後は白痴状態になってしまい、天皇の女御にとの縁談も頑なに断り、生涯独身を通して亡くなったと描かれていました。

 

 それにしても、こんな小さなお地蔵さまの後ろに隠れても、すぐ見つかってしまうのではないかと素朴な疑問が…。

 

 解説板をよく読むと、お地蔵さまはかつて木像で地蔵堂があり、その中に安置されていましたらしい。道路の拡張により現在の場所へ移動しており、過去にも入間川の氾濫で幾度か場所が移動しているのですな。

 

 地蔵堂の後ろなら、隠れるスペースは問題なかったのでしょう。

 

ちなみに、石の地蔵尊になったのは明治7年で、それまでの木造の地蔵は、明治政府の廃仏毀釈によって処分されたそうです。

 

当時のお地蔵さまや当時の場所も不明だそうですが、源義高の悲劇という事実は、これまでも、これからも長く伝えられていくのは間違いないと思いました。

 

3.53.8ヘクタールの敷地に、動物園や植物園などの施設が点在する智光山公園

 

 影隠地蔵にお参りして、そのまま道を直進します。やがて、右手に立派な公園が見えてきました。



 ここが、智光山公園(ちこうざんこうえん)。

 

 さきほどの狭山稲荷山公園も広かったですが、ここはなんと、総敷地面積が53.8ヘクタールと3倍以上もあるのですか。

 

 公園内には、動物園や植物園をはじめ、体育館やキャンプ場などの多くの施設が、広大な雑木林の中に点在していました。



 

 雑木林は、武蔵野の自然が感じられるアカマツやナラ、クヌギなどで構成されているらしい。園内を縦横に走る遊歩道では、高原の森林地帯を歩いている雰囲気が味わえました。

 

公園内にある「こども動物園」の面積は、約3.3ヘクタール。



 

こどもが楽しめる動物を中心に展示しているということで、ライオンや象、キリンなどの大型動物はいなくて、小動物が中心なのですね。

 

小動物とのふれあいを毎日午前と午後に時間を決めて実施しているのが特徴なのだとか。

 

動物園のホームページによると、約21メートルにかかった橋を、テンジクネズミたちが並んで渡って帰るようすを観察する「テンジクネズミのおかえり橋」というイベントが大人気だそうですね。

 

入場料が大人200円、小学生・中学生50円とリーズナブルでしたが、内容が盛りだくさんで時間がかかりそうなので今回はパスしました。

 

 一日公園で過ごすならお勧めですが、いろいろな観光スポットを回りたいときは、広すぎる園内もネックになるようで。

  

4.花菖蒲園と都市緑化植物園は、美しい花々と緑がいっぱい

 

 こども動物園をパスしても、見どころが盛りだくさんなので、ゆっくりしている時間はありませぬ。

 

 まず向かったには、花菖蒲園。


 

 狭山市のホームページによれば、花菖蒲園は約2,600平方メートルの広さに、約2,600株の花菖蒲が咲き誇るとありました。

 

毎年6月中旬が見頃だそうですが、行った日は少し遅かったかも。


 

ただ、毎年6月の初旬~中旬くらい行われる菖蒲祭りは、大変な混み具合だと聞きました。一応、花も咲いているし、すいているところでじっくり花菖蒲を堪能するのも悪くないと思うのでした。

 

それに、こちらの公園でもしっかりあじさいが見られて、何となく得した気分。


 

花菖蒲園から公園の奥にある「自然生態観察園」を目指して歩きます。涼しげな湿地帯が汗ばんだ肌に心地よい。


 

湿地帯の中に続くウッドデッキから、清らかな水を眺めつつ快適なウォーキングをすることができました。 

 

「都市緑化植物園」には、バラ園や薬草園、教材園などがあり、さまざまな植物が展示しています。「緑の相談所」の下には、特徴的なデザインの花壇の中に、美しい花々を見ることができました。

 


 その隣にあるバラ園でも、さまざまな色のバラを堪能することができます。



植物園の南側にあるのがひょうたん池。



 この辺りは、「桜の園」と呼ばれ、春には桜が咲き誇る景色が楽しめるらしい。


 

行った日は、桜の花は見られませんでしたが、初夏の日差しに照り映える青葉の森を歩くことができました。

 

5.関東管領・上杉憲政が半年間も陣を敷いた柏原城

 

 次の目的地は、本日のメインイベントの柏原城。智光山公園を出て、地図を見ながら入間川方面を目指します。

 

 住宅街をテクテク歩き、県道260号線を越えると畑が広がっている景色が見えました。地図で位置を確認すると、城跡は遠くに見える森ではないか。

 

 …と思って、近くに行くと、「城山砦」の解説板が立っていました。



 

 

(以下、「​おもしろ歴史ウォーキング 最新関東編​」に続く)

 

 このあと、日本三大夜戦の一つであった「河越夜戦」にも関わっている柏原城を綿密にレポートします。

 

 半年も関東管領が陣を構えていた城としては、小さい印象を受けたのですが、あとで調べてみるとそうでもないらしい。

 

後北条氏が整備したとも伝えられていて、小規模とはいえ三つの郭を持つ立派な城だったことがわかりました。

 

 東京近郊の住宅街の中に、これだけインパクトのある遺構が残ったのは奇跡的ですね。

 

 ほかにも、北条氏飛躍のターニングポイントになった三ツ木原古戦場跡など、見どころが目白押し!

 

関東の歴史ウォーキングの醍醐味が味わえる続きは、是非、​​こちら​​をご覧いただければ幸いです。

 

​​おもしろ歴史ウォーキング 最新関東編​​」




 

(参考)

目次より

第1章 絶景とスリルに満ちた駅伝歴史ハイクで、エメラルドの伝説に挑む 埼玉県小川町
 1.新春恒例の駅伝ハイクin埼玉県小川町 
 2.第1中継所は、名前負けしない眺望の金勝山
 3.第2中継所は、エメラルドグリーンの天王沼
 4.過去を思い出す薄暗い杉林を貫く九十九折りの山道
 5.第3中継所は、360度の大パノラマの官ノ倉山と石尊山
 6.フィールドアスレチック好きにはたまらない鎖場がある
 7.第4中継所は、埼玉県最大級の方墳・穴八幡古墳
 8.駅伝ハイクのゴールは、住宅地に奇跡的に残る中城跡

第2章 美しい花々と緑にあふれる智光山公園と日本三大夜戦にも関わった柏原城を歩く 埼玉県狭山市
 1.広大な芝生広場とさまざまな花に出会える狭山稲荷山公園
 2.大河ドラマの名シーンを今に伝える影隠地蔵
 3.53.8ヘクタールの敷地に、動物園や植物園などの施設が点在する智光山公園
 4.花菖蒲園と都市緑化植物園は、美しい花々と緑がいっぱい
 5.関東管領・上杉憲政が半年間も陣を敷いた柏原城
 6.北条氏飛躍のターニングポイントになった三ツ木原古戦場跡

第3章 航空の町・所沢は、飛行機やヘリコプターだけでなく、伝説や歴史スポットもいっぱい 埼玉県所沢市
 1.日本の航空発祥の地・所沢
 2.南北朝時代の武将の伝説が残る薬王寺
 3.春には見事な桜並木が楽しめる東川沿いの遊歩道
 4.関東一の木造閻魔像がある長栄寺
 5.日本初の航空機専用飛行場の跡に作られた所沢航空公園
 6.50ヘクタールの広さの園内に、航空関連のアイテムがいっぱい
 7.歴史的な飛行機やヘリコプターが満載の所沢航空発祥記念館
 8.戦後初であるとともに、唯一の国産旅客機YS-11

第4章 鎌倉時代から続く栃木の名門・小山氏ゆかりの城跡、神社仏閣を歩く 栃木県小山市
 1.都心からのアクセスが良く、魅力的な歴史スポットが満載の小山
 2.小山氏の菩提寺であり、境内に残る土塁や空堀が見事な天翁院
 3.藤原秀郷の子孫といわれる名門小山氏の居城・小山城
 4.戦国オールスターキャストの小山評定所跡と将軍家の宿泊所であった小山御殿
 5.須賀神社と思川沿いの散歩道
 6.小山氏の本拠地になったこともある国の史跡・鷲城
 7.今も土塁が残る小山氏の城館・神鳥谷曲輪跡

第5章 観光スポットとしての期待が高まる戦国の城のツートップ・津辺城と成東城 千葉県山武市
 1.山武市の呼び方を知っていますか?
 2.駅から歩いて行ける戦国時代の魅力的な城が2つも
 3.台風15号の被害で、さらに難攻不落になった津辺城
 4.倒木と複雑な縄張りに阻まれ、攻城戦に敗北
 5.訪れるたびに新たな発見がある成東城
 6.推定本丸と推定二の丸の謎

第6章 眺望バツグンの波切不動尊と「野菊の墓」の作者ゆかりの土地を歩く 千葉県山武市
 1.清水の舞台のような建物が目を引く波切不動尊
 2.天平、平安時代のもっとも有名な僧ゆかりの寺院 
 3.お参りするのを忘れるほどの見事な眺望
 4.日本初の天然記念物に指定された食虫植物群落がある
 5.名作の主人公の銅像が印象的な伊藤左千夫記念公園
 6.野菊の墓の雰囲気を今に残す伊藤左千夫の生家
 7.野菊の墓の作者の意外な前職に驚く山武市歴史民族資料館

第7章 東京近郊のラビリンス、北総線沿線の歴史・絶景スポットを歩く 千葉県松戸市・市川市
 1.住みやすさで人気上昇中の北総線沿線
 2.迷宮の地図のようなウォーキングガイド
 3.川が流れていない場所にある橋をさがせ
 4.広島の厳島神社のミニ鳥居が印象的な神社がある
 5.単独の貝塚としては日本で一番規模が大きいと言われる曽谷貝塚
 6.畑や原っぱに、縄文時代の白い貝殻が散らばる

第8章 平将門伝説に彩られた土地と尾瀬の湿原をイメージできる大町公園を歩く 千葉県市川市 
 1.平将門にまつわる伝承とゆかりのお寺
 2.万葉集にちなむ植物が楽しめる市川市万葉植物園
 3.さまざまな古刹にみられる現代との接点
 4.平将門築城伝説もある戦国の城・大野城
 5.ダウンタウンの「笑ってはいけない」に似た伝統行事がある駒形大神社
 6.動植物園、アスレチックなど魅力満載の大町公園
 7.尾瀬の湿地帯の木道を歩く気分が味わえる

第9章 クレヨンしんちゃんだけじゃない! 歴史スポット満載の宿場町・粕壁を歩く 埼玉県春日部市
 1.日光道中四番目の宿場町・粕壁
 2.江戸時代の粕壁宿にタイムスリップできる春日部市郷土資料館
 3.歴史アイテムを堪能できる宿場町そぞろ歩き
 4.巨大なモニュメントとライトアップが楽しい古利根公園橋
 5.南北朝時代の非業の武将、春日部重行の墳丘が残る最勝院
 6.春日部氏の居館跡に建つ春日部の総鎮守・八幡神社

 







最終更新日  2020年05月16日 13時26分45秒
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2020年05月02日
カテゴリ:国内旅行365

こんにちは。

 

いよいよGWですね。

 

ところが、今年のGWは大変な事態に…。

 

新型コロナウイルスの攻撃が開始した当初は、籠城戦が、GWまで及ぶとは思いませんでした。

 

私も、おかげで、予定していた戦国の城めぐりは、すべて自粛です。

 

家で読書やビデオもいいけれど、外をほっつき歩くのが好きな人間にとっては、ストレスがたまるばかり。

 

仕方なく、これまで自分が書いた「おもしろ歴史ウォーキングシリーズ」を読み返しているのですよ。

 

手前みそになりますが、外を歩いている気分が味わえて、意外と気分が晴れることを発見!

 

…ということで、いよいよ4月発売の最新刊「おもしろ歴史ウォーキング 最新関東編​​​」からのネタです。




 

ご紹介するのは、第1章の『 絶景とスリルに満ちた駅伝歴史ハイクで、エメラルドの伝説に挑む 埼玉県小川町 』

 

諸事情があって、冒頭の部分だけですが…。

 

すべての記事は、​こちら​ですよ。

 

是非、本書もご覧いただければ幸いです。

 

ちなみに記事は、今年の正月に行った時のもの。取材した頃のように、何の心配もなく出歩ける日が返ってくることを祈っています。 

 

 

1.新春恒例の駅伝ハイクin埼玉県小川町 

 

 今回は、埼玉県の小川町を歩きます。

 

行った日は、正月2日。箱根駅伝で世間が盛り上がっている頃でした。

 

10年ほど前、同じ正月に、小川町の山をハイキングしたことがあるのですよ。そのとき、ポータブルラジオで箱根駅伝の実況を聞きながら登ったら、かなりパフォーマンスが上がった記憶があります。

 

駅伝の沿道からの大声援と山の神のパワーのお裾分けがもらえますからね。

 

久しぶりに、当時の興奮を味わってみようか、と…。

 

ちなみに、今回歩くのは10年前とまったく同じコース。当時の中継点の通過時刻も記録してあるから、駅伝形式で若い頃の自分と戦えるという趣向です。

 

体力がアップしているとは思えないから、どれだけタイムの低下を抑えられるかがカギになるでしょうね。

 

2.第1中継所は、名前負けしない眺望の金勝山

 

 スタート地点は、大手町の読売新聞本社前ならぬ東武東上線の東武竹沢駅前。



 

 午前10時、カラスの鳴き声とともに駅前を出発し、第一中継所となっている金勝山を目指して歩き出します。

 

 急な上り坂もありましたが、多少息を切らしただけで、金勝山に到着。

 

金勝山は、きんしょうざんと読むそうですが、読み方と並ぶ漢字は、なかなかゴージャスなイメージ。名前の由来は、あとで調べてもよくわかりませんでした。

 

標高は264メートルとあまり高くはないですが、頂上からの眺望は、ゴージャスな名前に恥じないものでした。



 

 正月ということで空気がきれいなのと、樹木の葉っぱがないため、遠くまで見通すことができます。

 

 山々が折り重なるように広がる景色は、心の中も開放されるような気分になりますね。



 

 そういえば、10年前に来たとき、急に雨雲がやってきて、ずぶ濡れになってしまったことを思い出しました。

 

 今と同じように晴れていたのに、ザーッと雨が降り、すぐ止んだものの、冷たい風に直撃されたのですよ。雨と風で体温が奪われ、一瞬で南極のブリザードの中に取り残された気分になりました。

 

 そんな思い出が映画のワンシーンのように蘇ります。旅の悪い思い出ほど、懐かしく思い出される今日この頃。

 

 金勝山から少し下ったところに県立げんきプラザという施設があります。




 頂上にプラネタリウムある特徴的な建物ですが、そのデッキからの眺めも格別です。




 

 そこからは、これから向かう中継所の官ノ倉山と石尊山を眺めることができました。

 

3.第2中継所は、エメラルドグリーンの天王沼

 

 金勝山を下り、東武竹沢駅に戻って、なだらかな田園風景のなかを歩きます。実はここからが本来のハイキングコース。

 

そのコースの総歩行距離が8.4キロメートルで、10年前の私には少し物足りなく感じました。そこで金勝山の往復をトッピングしたのです。

 

 前回と比べて、今回のほうが時間的には先行しているような。もちろん、前回は豪雨と突風というアクシデントがあったからですが…。

 

 ラジオの箱根駅伝の実況中継によれば、先頭集団は、3区から4区の比較的平坦なコースにかかっている模様。

 

 駅伝の選手と同じように、真上から初春の陽射しを受け、じんわりと汗がにじみます。



 

 静かな里道の終わりにあるのが三光神社。





 解説板によれば、鎌倉幕府の基礎をなしたと言われる児玉党の一族竹沢氏によって創建されたらしい。


 

 

 参道を塞ぐように立つ御神木の杉の存在感がすごいですな。

 

 本殿にお参りしたあと、前の道を進むと、次第にコースはゆるやかな登りにさしかかります。

 

 やがて目の前に、深い緑に抱かれたエメラルドグリーンの沼が見えてきました。




 これが天王沼。

 

 人っ子一人いない静謐な水辺の景色は、お正月ならではかも。


 

  

 それほど大きくも、たぶん深くもないけれど、この雰囲気は、昭和のグループサウンズの名曲「エメラルドの伝説」の風景をイメージしてしまいます。



 

 誰もいなかったので、ショーケンの真似をして、エメラルドの伝説を唄います。

 

 静かだった森に、オヤジの変な声が轟き、野鳥がどっと逃げていってしまいました。

 

 ここはサンクチュアリの表示はなかったけれど、一瞬でも野鳥の安寧を阻害してしまったのかもしれませぬ。

 

4.過去を思い出す薄暗い杉林を貫く九十九折りの山道

 

 私も逃げるように沼を離れ、山道へ分け入ります。

 

 イヤホンを通して聴こえる箱根駅伝の実況中継は、小田原中継点を過ぎ、いよいよ登りの5区へ。

 

 曲がりくねった急な上り坂。芦ノ湖のゴールまで、標高差864mを一気に駆け上がる難コースですな。

 

 私がこれから登る官ノ倉山の標高は、それよりはるかに低い344メートルですが、こちらも急な九十九折の山道が続きます。

 

 かなりきつい登りでしたが、ラジオから聴こえる沿道の応援の声のおこぼれを預かり、元気をもらいながら登っていきます。

 

 このキツイ坂を上るのは、今回で3回目。1回目は30年前のサラリーマンをしていた頃でした。仕事のストレスも、山の澄んだ空気を思い切り吸い込んだら一気に解消したことを覚えています。

 

 が、しかし…。

 

 その後、花粉症という不治の病を発症し、杉林の中を歩くと、鳥肌が立つ心と体になってしまいました。

 

 もし、花粉が飛んでいる時期に、ここを歩いたら、呼吸困難で命にかかわるかもしれませぬ。



 

 30年という月日が、越えられない溝を作ってしまったのですね。

 

 ああ、杉林を見て癒される、あの頃に戻りたい。

 

 ブルーな妄想に苛まれながら、ひたすら上を目指します。

 

5.第3中継所は、360度の大パノラマの官ノ倉山と石尊山

 

 ようやく急な登りが終わり、官ノ倉峠に出るとここからは山頂まで最後の登り道。



 

 岩場が滑るのでなかなか大変でした。しかし、ようやく今回のハイキングの最高点の官ノ倉山に到着。



 

 山頂に立つと、そこは別世界でした。



 

 標高はそれほどないものの、まわりに高い山がないから見晴らしが良い。

 

 新春の陽光が、360度の見渡す限りの大パノラマを照らします。天気のいい日は、東京スカイツリーが見えるらしい。

 

 ただ、東京の方角がどっちかわかりませぬ。遠くは多少霧がかかっているから、わかっても見えないかもしれませんが。

 

 一つだけ残念なのは、官ノ倉山の頂上に立った時は、すでに箱根駅伝の選手が芦ノ湖のゴールテープを切った後だったこと。

 

 一緒にゴールしていれば、優勝校に対する大声援のお裾分けがもらえたのに。

 

 そんなセコいことを考えつつ、遠くから見るとフタコブラクダの背中のようになっている石尊山へ向かいます。




 

 こちらも急な下りと上りに多少てこずりましたが、ほどなく石尊山の山頂へ。



 

 標高はなんと、344.2メートルですと…。

 

 官ノ倉山が344.7メートルだから、50センチしか高さが違わないのですね。

 

 フタコブラクダの端のコブに位置する石尊山は、視界が開けていて、晴れた日は筑波山や日光の山並みが望めるらしい。



 

 それらがどの山かわかりませんでしたが、これから向かう小川町の市街は手に取るように眺めることができました。

 

6.フィールドアスレチック好きにはたまらない鎖場がある

 

 山頂から降りようとすると、急な岩場。しかも、今度は急斜面に鎖場までありまする。




  

(以下、「​おもしろ歴史ウォーキング 最新関東編​」に続く)

 

 このあと、鎖につかまりながら、絶壁を下りるのですが、ここまで、少し違和感を持った方も、いらっしゃるかもしれません。

 

 普通のハイキングで、歴史とはあまり関係ないではないか、と…。

 

 確かに、このままだと「おもしろ普通のハイキング 最新関東編」というタイトルになってしまうかも。

 

 でも、ご安心ください。このあと、古墳時代後期に作られた古墳と戦国時代の城跡が登場しますよ。

 

 埼玉県最大級の方墳・穴八幡古墳と住宅地に奇跡的に残る中城跡です。




 

 穴八幡古墳は、二重に取り囲む周溝と存在感のある石室が素晴らしい。中城跡も、空堀と土塁がよく残っていますね。

 

 どちらも、住宅街の中に、これだけインパクトのある遺構が残ったのは奇跡的ですな。

 

 ほかにも、エメラルドの伝説の謎が明かされる?など、見どころが目白押し!

 

関東の歴史ウォーキングの醍醐味が味わえる続きは、是非、​​こちら​​をご覧いただければ幸いです。

 

​​おもしろ歴史ウォーキング 最新関東編​​」




 

(参考)

目次より

第1章 絶景とスリルに満ちた駅伝歴史ハイクで、エメラルドの伝説に挑む 埼玉県小川町
 1.新春恒例の駅伝ハイクin埼玉県小川町 
 2.第1中継所は、名前負けしない眺望の金勝山
 3.第2中継所は、エメラルドグリーンの天王沼
 4.過去を思い出す薄暗い杉林を貫く九十九折りの山道
 5.第3中継所は、360度の大パノラマの官ノ倉山と石尊山
 6.フィールドアスレチック好きにはたまらない鎖場がある
 7.第4中継所は、埼玉県最大級の方墳・穴八幡古墳
 8.駅伝ハイクのゴールは、住宅地に奇跡的に残る中城跡

第2章 美しい花々と緑にあふれる智光山公園と日本三大夜戦にも関わった柏原城を歩く 埼玉県狭山市
 1.広大な芝生広場とさまざまな花に出会える狭山稲荷山公園
 2.大河ドラマの名シーンを今に伝える影隠地蔵
 3.53.8ヘクタールの敷地に、動物園や植物園などの施設が点在する智光山公園
 4.花菖蒲園と都市緑化植物園は、美しい花々と緑がいっぱい
 5.関東管領・上杉憲政が半年間も陣を敷いた柏原城
 6.北条氏飛躍のターニングポイントになった三ツ木原古戦場跡

第3章 航空の町・所沢は、飛行機やヘリコプターだけでなく、伝説や歴史スポットもいっぱい 埼玉県所沢市
 1.日本の航空発祥の地・所沢
 2.南北朝時代の武将の伝説が残る薬王寺
 3.春には見事な桜並木が楽しめる東川沿いの遊歩道
 4.関東一の木造閻魔像がある長栄寺
 5.日本初の航空機専用飛行場の跡に作られた所沢航空公園
 6.50ヘクタールの広さの園内に、航空関連のアイテムがいっぱい
 7.歴史的な飛行機やヘリコプターが満載の所沢航空発祥記念館
 8.戦後初であるとともに、唯一の国産旅客機YS-11

第4章 鎌倉時代から続く栃木の名門・小山氏ゆかりの城跡、神社仏閣を歩く 栃木県小山市
 1.都心からのアクセスが良く、魅力的な歴史スポットが満載の小山
 2.小山氏の菩提寺であり、境内に残る土塁や空堀が見事な天翁院
 3.藤原秀郷の子孫といわれる名門小山氏の居城・小山城
 4.戦国オールスターキャストの小山評定所跡と将軍家の宿泊所であった小山御殿
 5.須賀神社と思川沿いの散歩道
 6.小山氏の本拠地になったこともある国の史跡・鷲城
 7.今も土塁が残る小山氏の城館・神鳥谷曲輪跡

第5章 観光スポットとしての期待が高まる戦国の城のツートップ・津辺城と成東城 千葉県山武市
 1.山武市の呼び方を知っていますか?
 2.駅から歩いて行ける戦国時代の魅力的な城が2つも
 3.台風15号の被害で、さらに難攻不落になった津辺城
 4.倒木と複雑な縄張りに阻まれ、攻城戦に敗北
 5.訪れるたびに新たな発見がある成東城
 6.推定本丸と推定二の丸の謎

第6章 眺望バツグンの波切不動尊と「野菊の墓」の作者ゆかりの土地を歩く 千葉県山武市
 1.清水の舞台のような建物が目を引く波切不動尊
 2.天平、平安時代のもっとも有名な僧ゆかりの寺院 
 3.お参りするのを忘れるほどの見事な眺望
 4.日本初の天然記念物に指定された食虫植物群落がある
 5.名作の主人公の銅像が印象的な伊藤左千夫記念公園
 6.野菊の墓の雰囲気を今に残す伊藤左千夫の生家
 7.野菊の墓の作者の意外な前職に驚く山武市歴史民族資料館

第7章 東京近郊のラビリンス、北総線沿線の歴史・絶景スポットを歩く 千葉県松戸市・市川市
 1.住みやすさで人気上昇中の北総線沿線
 2.迷宮の地図のようなウォーキングガイド
 3.川が流れていない場所にある橋をさがせ
 4.広島の厳島神社のミニ鳥居が印象的な神社がある
 5.単独の貝塚としては日本で一番規模が大きいと言われる曽谷貝塚
 6.畑や原っぱに、縄文時代の白い貝殻が散らばる

第8章 平将門伝説に彩られた土地と尾瀬の湿原をイメージできる大町公園を歩く 千葉県市川市 
 1.平将門にまつわる伝承とゆかりのお寺
 2.万葉集にちなむ植物が楽しめる市川市万葉植物園
 3.さまざまな古刹にみられる現代との接点
 4.平将門築城伝説もある戦国の城・大野城
 5.ダウンタウンの「笑ってはいけない」に似た伝統行事がある駒形大神社
 6.動植物園、アスレチックなど魅力満載の大町公園
 7.尾瀬の湿地帯の木道を歩く気分が味わえる

第9章 クレヨンしんちゃんだけじゃない! 歴史スポット満載の宿場町・粕壁を歩く 埼玉県春日部市
 1.日光道中四番目の宿場町・粕壁
 2.江戸時代の粕壁宿にタイムスリップできる春日部市郷土資料館
 3.歴史アイテムを堪能できる宿場町そぞろ歩き
 4.巨大なモニュメントとライトアップが楽しい古利根公園橋
 5.南北朝時代の非業の武将、春日部重行の墳丘が残る最勝院
 6.春日部氏の居館跡に建つ春日部の総鎮守・八幡神社

 







最終更新日  2020年05月02日 14時03分07秒
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2020年04月11日
カテゴリ:国内旅行365

こんにちは。

 

新型コロナウイルスからの攻撃が、さらに激しさを増しています。

 

はじめて太平記を読んだとき、楠木正成が立て籠もった赤坂城を、鎌倉方の30万人の兵士が取り囲んだという記述がありました。

 

実際には、30万は、かなり盛った数字と言われています。

 

ところが今、日本に侵攻を開始しているウイルス軍は、30万どころの騒ぎではありませぬ。

 

巣ごもりによる籠城戦は、当時の楠木正成の状況かも。

 

ただ、楠木正成は、絶体絶命のピンチを切り抜け、鎌倉幕府の滅亡に大きく貢献するのでした。

 

我々も、新型コロナには、絶対勝たねばなりませんね。

 

前回も書きましたが、籠城戦では、将兵の士気を維持することが戦いに勝つポイントだったとか。

 

そこで、安全なネット上で、ウォーキングを楽しんでいただこうと、今回も「おもしろ歴史ウォーキング 東京編3​​​」からのネタです。




 

ご紹介するのは、第9章の『 近くて遠い高級住宅地・田園調布は、巨大古墳と大ヒット曲ゆかりの場所がコラボで楽しめる 東京都大田区 』

 

諸事情があって、冒頭の部分だけですが…。

 

すべての記事は、​こちら​​ですよ。

 

是非、本書もご覧いただければ幸いです。

 

取材した頃のように、何の心配もなく出歩ける日が返ってくることを祈っています。 

 

1.イギリスの田園都市構想を参考に開発

 

今回は、東京のみならず日本が誇る高級住宅地・田園調布を歩きます。セレブの老舗とも言われる大田区田園調布は、かなり前になりますが、星セント・ルイスの「田園調布に家が建つ」というネタも一世を風靡しましたね。

 

実は、私の家は、その田園調布を通過する沿線にあるのですよ。うちの近所の駅から田園調布まで乗車時間にして10分ほど。しかし、田園調布と私の住む町との間には、グランドキャニオンの大渓谷かマリアナ海溝か、というくらい深い精神的な溝があったりするのです。

 

個人的には、田園調布が、ヨーロッパの格式ある小国に感じられます。田園調布を歩くにはビザが必要ではないか、と…。

 

その近くて遠い国、田園調布近郊を久しぶりに歩いてみようと思いました。

 

ウォーキングのスタートは、東急線の田園調布駅。




 今は、地下駅となっていて、屋上が緑化されているみたいですね。駅前広場は、中世ヨーロッパの地方都市の佇まいが感じられました。

 

広場の階段を上がると、瀟洒な建物が…。




 実はこれは昔の駅舎を復元したものだそうです。そういえば当時、この小ぶりな駅舎が田園調布のシンボルのひとつでしたね。

 この街の起こりは、1924年に田園都市会社が「田園都市多摩川台」として分譲を始めたことによるのだとか。イギリスの田園都市構想を参考に近代的に開発された住宅地を作ろうと提唱したのは、明治財界の大御所、渋沢栄一。その息子の渋沢秀雄が、都市計画と設計を担当して今日の田園調布の基盤ができたのですな。



  

確かに、昔の駅舎は、英国の田園風景に似合いそうですね。私が子供の頃は、へんてこりんな駅だな、というくらいの認識でしたが…。

田園調布の街の特徴といえば、まず駅の西側に放射状にのびる並木道。




 その扇形をよぎる円環状の道路によって区画整理された町並みでしょうか。


 

2.下町と高級住宅地、どっちが住みやすい?

 

ケンタッキーの店舗もシックな色合いで上品な雰囲気。メガネをかけて太ったおじさんはいませんでした。



 

並木道には、冬で裸になったイチョウの古木が上品に並んでいます。高級住宅地としての落ち着きが感じられますね。



 

ところが、そのセレブなたたずまいが、私にとっては、王様の舞踏会に紛れ込んでしまったシンデレラのような気分になるのでした。下町で育った人間にとって、看板も、電柱広告も、コンビニもない町並みというのは、逆に落ち着かないですね。



 

私事で恐縮ですが、うちの近所は商店街がどこまでも長く続き、5店舗以上あるスーパーが価格競争にしのぎを削る。コンビニや100円ショップも過当競争で出店しては潰れる状態。駅を降り立つと、パチンコ屋や雀荘のティッシュ攻撃で、ポケットティッシュを買ったことは一度もない。おお、なんて住みよい街なのじゃ。

 

実際歩いてみると、田園調布には起伏が結構あるし、駅前にささやかにある商店を除けば、買い物ができる場所がほとんどない。お屋敷の前には、定番の飲料の自販機も置いてありませぬ。うちの近所は、少しでも住宅ローンの穴埋めにしようと、個人宅の玄関前にずらっと飲料の自販機が並んでいるのですが…。



 

行った日は、冬なのに3月下旬とも言われる陽気でした。直射日光がすごく汗ばむくらいだったので、持って来たペットボトルのお茶をすべて飲んでしまったのです。

 

のどがカラカラなのに、喫茶店はおろか飲料の自販機もない。今やどんな過疎地へ行っても、飲料の自販機がありますよね。それがないことが、田園調布の格式を高めていると思いますが…。

 

しかし、のどが渇いている人間にはたまりませぬ。まさに、砂漠でオアシスの水を求める旅人の気分。野垂れ死にしたら、なぜ、田園調布に縁もゆかりもない男がここにいたのか、と新聞記事になるのではないかと思いました。身辺調査も行われたりして。

 

…と僻みつつ考えてみても、田園調布はそんな一般人の価値観など超越して、日本のお屋敷街の頂点に屹立しているのかもしれませぬ。実際は、駅にスーパーもあるし、御用聞きや食材の宅配があるから問題ないのかも。

 

3.多くの文化人、有名人の家がある

 

さすが屈指の高級住宅街だけあって、どの家も小学校の体育館並みの敷地面積があります。あとで田園調布に住んでいる人たちをネットで検索してみたのですよ。

 

(略)

 

歩いていて気付いたのですが、意外と電線が多い。一説によると、「電線調布」という異名もあるのだとか。



 電線が多いのは、東京では珍しくないのですが、道幅が広く、それぞれのお屋敷の敷地面積が広いので余計目立つのですな。


 

 

うちの近所は、小さな家が建て込んでいるので、あまり上を見ることがない。だから電線のことを意識しないで歩けるメリットがありまする。

 

そんな神をも恐れぬ対抗意識を燃やしながら最初の目的地、宝来公園に到着。



 

4.カモもセレブに見えてしまう宝来公園

 

宝来公園は、田園調布を開発する際に、都市計画の一環として整備されたのだとか。小学校当時から何度も来たことがありますが、樹木が多く起伏に富んだ変化が楽しめますね。 



 ちょっと麻布にある有栖川公園に似ている雰囲気。そういえば、あちらも都内有数の高級住宅地なのでした。



 
 小ぶりな池もあって、カモが気持ちよさそうに日向ぼっこをしていました。どこにでもいるカモなのに、ここが田園調布だと思うと、何となくセレブに見えてしまいます。




 

5.田園調布には都内有数の古墳群がある

 

宝来公園からさらに坂道を登ると、多摩川台公園に着きます。ここの中には、「田園調布古墳群」と呼ばれる都内有数の古墳群があるのですよ。

 古墳の大きさで言うと、1位が港区にある芝丸山古墳。しかし、2位、3位、5位がここにあることから考えると、古代ではこのあたりが今の都心より栄えていたのかも、と思えるのです。




 西北端にある3位の宝莱山古墳は、「前方部」が削られて現在は「後円」の部分しか残っていないのが残念でした。



 

 

でも、古墳のくびれ部分が遊歩道になっており、古墳に上がれるのがうれしいですね。





 

2位の全長107m亀甲山古墳は国の史跡で、保存状態は良好。




 ただ、逆に周囲に柵があって中に入れない点がデメリット。そして、これら二つの大きな前方後円墳の間に、小さな古墳が直線上に並んだ景観もなかなか興味深いですね。




 これらの古墳群は、資料によって「田園調布古墳群」と呼ばれたり、「多摩川台古墳群」と呼ばれたりその違いがよくわかりませぬ。

 

個人的には、東急線の田園調布駅に近い古墳が前者で、多摩川駅に近い古墳が後者にしてくれるとわかりやすいのに、と思いました。実際は同じで、呼び方だけが違うのだと思いますが…。

 

6.時代によって古墳の大きさの変化が興味深い多摩川台古墳群

 

これまでは、「田園調布古墳群」と書きましたが、ここからは、東急線多摩川駅に近い場所を歩くので「多摩川台古墳群」と記載させていただきます。



多摩川台古墳群は、亀甲山古墳と宝来山古墳との間に南東部から順に1号から8号までの番号のついた8基の古墳があります。



 

 

(以下、「おもしろ歴史ウォーキング 東京編3​」に続く)

 

 このあと、小学校時代の多摩川台公園の思い出に浸った後、古墳の上に作られたという富士浅間神社へ向かいます。ここは北条政子ゆかりの神社なのだとか。



 

 田園調布せせらぎ公園は、昭和の子供たちの人気を集めた多摩川園という遊園地の跡地に作られた公園。ここも、懐かしい思い出がいっぱいです。

 

 次に向かう江戸時代の大プロジェクト・六郷用水沿いの遊歩道も、ゆったりした気分が味わえました。

 

 ほかにも、日本が誇るイケメンアーチストゆかりの桜坂や古墳の石室が見られる鵜の木松山公園など、見どころが目白押し!

 

東京の歴史ウォーキングの醍醐味が味わえる続きは、是非、​​こちら​​をご覧いただければ幸いです。

 

​​おもしろ歴史ウォーキング 東京編3​​




 

(参考)

目次より
第1章 江戸時代の風情が残るだけではない 理学、音楽の歴史にも関係が深い街・神楽坂を歩く 東京都新宿区
 1.今も古い町名が残る飯田橋・市ヶ谷周辺
 2.江戸城の巨大さを体感できるスポットがある
 3.夏目漱石の「坊ちゃん」の母校がある
 4.物理学校時代の木造校舎を模した「東京理科大学近代科学資料館」
 5.「現代邦楽の父」と言われる宮城道雄の記念館がある
 6.住宅街に埋もれてしまった牛込城
 7.神楽坂の代名詞となっている石畳の小道

第2章 歴史上の有名文化人ゆかりの場所を歩き、完成したばかりの漱石山房記念館へ 東京都新宿区
 1.独特の応援風景が記憶に残る熊谷組野球部
 2.「金太郎」の作曲者の石碑がある筑土八幡神社
 3.2011年度グッドデザイン賞を受賞した赤城神社
 4.若き日の尾崎紅葉と泉鏡花が暮らした街
 5.東大のルーツとなる学校を作った? 一族が眠る墓地
 6.数学の大家と戦前の大女優が眠る場所
 7.夏目漱石の旧宅跡に作られた「漱石山房記念館」

第3章 未来都市・二子玉川にある歴史的建築物とセレブな農村風景をめぐる旅 東京都世田谷区
 1.再開発で、昭和の風景が一新した二子玉川
 2.人気のパワースポット・地下霊場のある玉川大師
 3.国分寺崖線上に立つ豪邸・旧小坂家住宅
 4.綾辻行人の館シリーズに出て来そうな洋館の静嘉堂文庫
 5.東京で古い農家の暮らしを体感できる岡本民家園
 6.かつての暴れ川の近くにある大蔵の鎮守と古刹
 7.昔の世田谷の農村風景を満喫できる次大夫堀公園
 8.成城学園駅の近くに深山幽谷の世界が

第4章 アカデミックな気分で、日本の近代政治の舞台になった御殿や世界的建築家設計の大聖堂を歩く 東京都文京区
 1.ヨーロッパの由緒ある広場をイメージした彫刻がある
 2.名門国立大学の跡地にある教育の森公園
 3.江戸時代のベストセラー作家と徳川幕府最後の将軍ゆかりの土地
 4.日本の近代政治の舞台になった御殿がある
 5.世界的建築家が設計した東京カテドラルマリア大聖堂

第5章 村上春樹、松尾芭蕉ゆかりの場所と知る人ぞ知る美術館、美しい日本庭園をめぐる美術・文学散歩 東京都文京区
 1.名門出版社の社長が集めたコレクションが魅力の野間記念館
 2.大ベストセラーの舞台になった寮がある
 3.けわしい胸突坂には文化スポットがいっぱい
 4.現場監督?時代の松尾芭蕉が暮らした関口芭蕉庵
 5.見事な景観が無料で楽しめる新江戸川公園
 6.日本の自然と史跡めぐりがコラボで楽しめる椿山荘庭園

第6章 ストレス解消に最適! 癒しスポット満載の板橋区高島平周辺を歩く 東京都板橋区
 1.都営地下鉄ワンデーパスを利用したお得旅
 2.D51や都バス、ミニSLが無料で見放題の城北交通公園
 3.国民栄誉賞を受賞した冒険家の生涯がわかる植村冒険館
 4.かつての農村風景をイメージできる散歩道に現れる見どころの数々
 5.創建千年以上、板橋区最古の神社・徳丸北野神社
 6.迫力ある水車とユニークな案山子が魅力の水車公園
 7.城跡や大噴水、グランドなど見どころ満載の赤塚公園
 8.日本最初の西洋式砲術調練が行われた場所にある徳丸ヶ原公園
 9.格安料金で、熱帯のジャングルにワープできる熱帯環境植物園

第7章 開運祈願! 東京メトロ1日乗車券で行く、東京レトロな神社仏閣めぐり 東京23
 1.東京にある日本各地の御利益スポットを激安でめぐる旅
 2.「高輪結び大師」と親しまれる高野山東京別院
 3.「東京のお伊勢様」と親しまれる東京大神宮
 4.「関東の金毘羅さん」と親しまれる金刀比羅宮東京分社
 5.落語の「王子の狐」の舞台としても有名な王子稲荷神社
 6.都内最古の富士塚がある鳩森八幡神社
 7.日本の学校教育発祥の地・湯島聖堂
 8.商売の縁結びをもたらす、江戸の総鎮守・神田明神
 9.災難を除き、波を乗り切るご利益のある波除神社

第8章 歴史ファン必見! 昔の東京へタイムスリップできる江戸東京たてもの園 東京都小金井市
 1.上野公園の1.4倍の広さの小金井公園
 2.昔の東京のハイカラな暮らしが実感できる
 3.江戸時代の民家がいっぱい
 4.2・26事件の舞台のひとつ、高橋是清邸がある
 5.大正時代の大名家の門と江戸時代の名主の家
 6.昔の商家、銭湯、居酒屋などが古い町並みとして残る

第9章 近くて遠い高級住宅地・田園調布は、巨大古墳と大ヒット曲ゆかりの場所がコラボで楽しめる 東京都大田区
 1.イギリスの田園都市構想を参考に開発
 2.下町と高級住宅地、どっちが住みやすい?
 3.多くの文化人、有名人の家がある
 4.カモもセレブに見えてしまう宝来公園
 5.田園調布には都内有数の古墳群がある
 6.時代によって古墳の大きさの変化が興味深い多摩川台古墳群
 7.多摩川台公園の思い出
 8.古墳の上にある富士浅間神社
 9.昭和の子供たちの歓声が聞こえてきそうな静かな公園
 10.江戸時代の大プロジェクト・六郷用水
 11.桜と福山雅治の曲でも有名な桜坂
 12.古墳の石室が見られる鵜の木松山公園







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