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2008.07.28
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隈部五夫『機雷掃海戦―第一五四号海防艦奮戦記』(光人社NF文庫,2008) その1


総合評価 ★★★★☆


個人的にはこういう本は好きなのですが、以下のような内容に興味がもてるかどうかというと、興味があるという人はやはり少数派でしょう。

巷の普通の帝国海軍好きな人にとっては華々しい活躍のひとつも無く、著者も言うとおり、敵に殺される可能性はあっても敵に損害を与える可能性が無い任務なわけですから、退屈な本かもしれません。かなりマニア向けです。

でも、これが通商破壊戦時代の海上戦闘の実際の姿なのではないでしょうかね?

で、内容ですが

対米開戦前に予備士官として召集され、300トンにも満たない海上トラックを改造した特設掃海艇の艇長となり対潜哨戒などを行い、その後丁型海防艦の艦長として昭和20年4月から終戦まで関門海峡東部の機雷投下地域にずーっと停泊し、夜はB29による関門海峡への機雷投下の監視、昼はその掃海の指揮を行い、終戦後も海防艦でわが軍の敷設機雷の掃海作業に従事と、ある意味最も長い期間戦った予備士官による回想です。

タイトルに海防艦とあっても「特別掃海艇」という言葉はありませんが、本書の前半は著者自身が対米開戦直前に特設掃海艇の艇長に補せられるところから、自ら立ち会った海上トラックの特設掃海艇への改装の様子とその概要、その後の特設掃海艇艇長時代の回想と所感、また当時の係維機雷の掃海索による掃海方法などが記述されています。


後半では、昭和20年に海防艦一五四号艦長に転じたのち、4ヶ月にわたって関門海峡東部に停泊し、夜間はB29が航路封鎖のために投下する機雷の投下位置を確認し、昼間は小型の掃海艇での掃海作業を指揮するという、困難で重要な任務に従事した経験の回想となっています。

どちらも珍しく類書が無い、という意味で貴重な本だと思います。

日本の船舶輸送の途絶に関しては、潜水艦による通商破壊、船舶・港湾への航空攻撃が取り上げられることが多く、航空機による機雷投下に関しては言及されることは少ないのですが、機雷による封鎖も大きな効力を持っていた、ということをあらためて認識させてくれたという意味でも高評価です。


 ◇ 著者について

明治44年3月 熊本県出身
昭和10年5月 神戸高等商船学校航海科卒業
昭和10年7月 大阪商船株式会社入社
昭和14年8月 東亜海運株式会社に転籍
昭和16年9月 応召 特設掃海艇第二号朝日丸艇長
昭和19年12月 横須賀鎮守府付(第一五四号海防艦艤装員長→同艦長)
平成3年 没

戦後の職業についての記述は特に無く、他の著作も無いようです。


 ◇ 本書について

文庫で215ページ。昭和62年1月に同名で成山堂書店より出版されたものの文庫版です。まえがき、あとがきともに著者自身によるものがありますが、特段の断りもないので単行本と同じものと思われます。


 ◇ 内容と雑感


内航海運用に作られた海上トラックを改造した特設掃海艇について詳しく書いてある本自体がそもそも稀少。
更にその特設掃海艇への改装作業から艇長としての運用経験まで書いてある本書はとても珍しい本だと思います。


小型、低速、喫水も浅く、船橋が船体後部にあり視界不良、おまけに後進かけると止まることがある上に振動の大きな焼玉エンジン。

そんな小型の駆潜艇すら羨ましく見えてしまうような特設掃海艇の艇長として、対潜哨戒、航路指示などの任務に走り回る。おまけに航海を任せることのできる乗組員がいないので海に出たら船橋を離れることができない。

何より、荒天になると船が沈まないかをまず心配しなければならないというのが泣けてきます。

大型艦艇に乗って贅沢な食事をし、風呂では従兵に背中を流させている海兵出身の将校とは同じ海軍とは思えないくらいの激務ですね。


で、やっと少しは大きな海防艦の艦長になったと思ったら、艦の初期不良のおかげで南方には行かずにすんだものの、関門海峡東部の米軍がB29で機雷を投下する海域に停泊して、夜は安全な航路を確認するために機雷の投下位置を調査し、昼間は小型の掃海艇を指揮して掃海作業という地味でも重要な仕事に従事しています。


(機雷戦としては)一番の激戦期に4ヶ月にもわたって関門海峡に停泊し、複雑な起爆条件の設定が可能で現在でも掃海が困難だといわれている米軍が投下した感応機雷に対して、効果のたいして見込めない掃海具で掃海を試みつづけ、触雷した船の遭難者救助から死体の収容まで奔走した著者の苦労が偲ばれます。

なにより、感応機雷の起爆装置に対応できる掃海具が無いため、落下位置がわかっていても掃海できず、眼前に多くの艦船が触雷する様子を見なければならなかったのは、元が商船の乗組員であるだけに精神的にはかなり厳しかったものと思われます。

目の前で、海上交通の要衝である関門海峡が、日々投下される機雷によりじわじわと航路が狭められていき交通が途絶していく様を見ながら、対応手段が無いわけですから…


しかし、こういう重要海域での危険な任務に大型艦が沈んで余っている海兵出身者は就けずに、商船学校出身の予備士官を充てるところがいかにも海軍らしいですね。


ただ、著者によると単軸推進の船では操艦が2軸推進の場合に比べ格段に困難で、着岸作業の際の潮流への配慮の度合いも全く異なる(単軸の場合は潮流が複雑だと錨の打ち直しなども行わなければならない場合もあるそうです)、ということですので、特設掃海艇や丁型海防艦に関しては商船での経験が豊富な予備士官を充てるほうが良かった、という事情もあるのかもしれません。


船型も兵装もほとんど同じで主機が異なり、その結果カタログデータでは速力と航続距離が異なるという丙型海防艦と丁型海防艦ですが、実際に操艦する人の立場から見ると全く異なるものなのですね。


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最終更新日  2008.07.29 21:17:58
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