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~《思い出のアパート》~
今日はコロッケを二個乗せて貰おうかな…。 え~っと…と悩んでも、 結局はいつも同じ。 うどんって言うととにかく母を思い出す…。 何が食べたい? と聞くと必ず母は、 《うどんが良か~!》 と決まった台詞を口にしていた。 どんな時も、 いつも歌を大切にしたい僕の気持ちを察して、 許してくれた僕の母は、 若い頃NHKの《三つの歌》と言う、 今で言うNHKのど自慢で優勝して新聞に載った事がある位、 僕に負けじと歌が大好きな母だった。 母が僕に歌を届けてくれた。 そのお陰で、 僕は本当に充実した、 価値ある日々を生きて来れた。 実家に戻ったら、 精一杯の感謝を傍で届けてあげたい…。 今日は何故か、 そんな事をふと思った。 いつも温泉玉子とコロッケを載せて食べるうどんは、 結構ボリュームがあって、 お腹いっぱいになる。 消化にもいい。 ギョーザをいつか、 こっそり、 思いっきり食べたいけど、 毎日の立ち食いうどんの食生活は、 全く苦でもなく、 少しずつアレンジをしてほぼ毎日僕は通っている。 今日も美味しかった。 延長延長で、 安い時間帯とはいえ、 だいぶお金を使ってしまった。 天気のいい日は、 今週はベンチで仮眠をとって、 節約しなきゃ。 引越しの準備も何ひとつまだ手を付けてない。 遠い九州から、 車でたいへんな思いをして駆け付けてくれる叔父さんの負担を、 少しでも減らすには、 とにかく荷物を整理する時間を作って、 準備しなきゃ。 僕は家主との約束で、 この時の家賃分を取らない替わりに、 荷物の整理の時だけ部屋に入り、 その度に、 鍵を戻さなくてはならない。 電気はとっくに止まってるから、 陽当たりの悪いアパートの部屋は、 昼間を狙ってもほとんど暗いまま…。 ますますこれから陽が短くなって来る筈だから、 根性を据えてまめにかたづけて行かなきゃ。 一煌は、 急速に《今》の現実に心を戻していた。 延滞していても、 一度も実家の方に連絡を入れるような事はしないで居てくれた大家に、 せめてもの感謝として、 ピカピカにして出なくてはと考えていた程だった。 このアパートは、 東京に上京して来て、 初めて一人暮しを始め、 自立の出発点となった場所でもあり、 10年はとうに越える程の付き合いだった。 途中三年程、 地方のホテルでショーリーダーとして仕事をしていた時も、 借りたままでキープし続け、 二十代後半でやっと風呂付、クーラー付きの住まいになった時も、 《荷物の多さ》に困惑する一煌の所に、 タイミング良く、 家具もそのままで、 落ち着くまで住ませて欲しいと、 願い出た子が居た為に、 そのままキープした形になり、 何人かが、 このアパートでそれぞれの今を生きていた。 そんな事も暗黙の了解をしてくれていたのが大家だった。 結局数年で一煌はまたこのアパートに舞い戻る事になるが、 心で感謝しながらの日々ずっと続いていた。 朝生(あさお)もこのアパートで生活をした一人。 一煌が長期でホテルの仕事をしていた時に会ったダンサーだった。 趣味程度に続けていたダンスの才能を、 一煌は自分のライブの中で引き出し、 それがきっかけで、 とうとう仕事を辞め、 本格的にダンスの世界で頑張る決心をして、 上京して来た、 一煌を《リーダー》と呼ぶ、 弟のような、友達のようなそんな存在。 朝生の、 一煌に対して業界の先輩として一目置いた謙虚な姿勢や、 礼儀正しさ、 そして周囲が唖然とする程の食べっぷり、 何より、 感情豊かな底抜けの明るさや純粋さに、 一煌も惹かれ、 常に連絡を取り合うと言うより、 事あるごとに思い出して、人に紹介したり、 一緒にステージに立つメンバーに加えたり、 相談に乗ったり、 そんな関係が順調に続いていた一人でもある。 そんな朝生の事を、 太陽の光とある時心で重ねた一煌は、 それから朝生を《朝陽(あさひ)》と呼んで関わっていた。 そしてダンサーとしてだけなく、 振付師としても朝陽は幅を広げ、 歌手活動と平行してベテランアーティスト《ELENA》の、 プロデュースの仕事も兼ねていた大樹から、 ステージング依頼のチャンスも受けた。 一煌の周辺の関わりの中では、 唯一大樹とも近い関係を続ける一人でもあった。 一煌は、 朝陽に何かのチャンスを届けてあげられた時の、 心の底から喜びを表現してくれる姿がいつも嬉しくて、 良く声を掛けていた。 そんな一煌に朝陽も常に感謝をし、 長い縁が続いていた。 ちょうどこの頃、 翌年の本格的な再デビューを、 目前に控えながらの活動に、 忙しい日々を送っていた大樹は、 《ELENA》の仕事で朝陽と接触の多い時期を過ごしている。 打ち合わせが終わった途端、 一心に食べ続ける朝陽を見て唖然としながら、 大樹は言った。 《お前はほんとに良く食べるよなぁ…。》 『えっ…す、済みません』 《いいんだよいいんだよ。食べなさい。 好きなだけ…。 吐くまで店が終わるまで!》 大樹はそんな冗談を言った。 『だって、食べ放題だし…。 でも僕は少しずつず~っとず~っと食べてるのがいいんです。』 《あっ…お前それ!そのギョーザ! 俺に持って来てくれたんじゃないの!? 全部食べちゃって、最後のそれ…。 》 口に入れるか入れないかでストップした朝陽を見て、 大樹は大笑いした。 『ごめんなさい…。 大樹さん…。 でも戴きます。』 朝陽はパクリとそのまま口にした。 そして、 『ギョーザって言えば…リーダー…。連絡取れますか?』 突然真剣な表情になった大樹は、 ゆっくりと首を横に振った。 『そうですか…。』 《なんか絶対に、 たいへんな事が起きてるんだと思う。 最近ね、何故か良く思い出すんだよ…。 朝…電車に乗ってる時とか、 ふっとね…。 だから、いつも祈ってる。 カズさんが元気でいますようにって…。 凄く苦しんでるのかも知れない。 連絡取れないし、 実家も電話番号が変わってるし、 色々知ってる範囲の人には聞いたんだけど、 俺は、そんなにカズさんの周りの人と沢山接点あるわけじゃないしね、 駿ちゃん…解る?俳優の…。》 『あ…なんとなく聞いた事ありますけど…。』 《そうか…カズさん凄く大事にしてる人なんだけど、 会った事はもちろんあるよ。 ライブの時とか…。 ほんとに彼もカズさんを大切に思ってるのは、 見てて解った。 でも、 俺自身は深い接点ないから…。連絡先も知らないし…。 それにね…。》 大樹は一瞬ためらったように語り始めた…。 《カズさんてね、 ほんとにたいへんな時とか、 きつい時とか…そんな時こそ話してくれればいいのに、 そんな時こそ…絶対俺には連絡して来る人じゃないんだよ。 ほんとに…俺には少なくともそう言う人なの…。 だから余計心配なんだけど…。》 『そうなんですか…。』 と言いながら、また食べ始める朝陽に、 大樹は噴き出しながら、 心で一煌を思い出していた…。 その時、 《あっ!?》 照明の光に重なって、 大樹はキラキラと小さな金粉が舞うの見た。 《ねっ、今見た!?金粉…!? 》 『金粉!?』 《絶対金粉が舞ってた! カズさんときっとまた逢えるんだよ。 そうなんだよ。 俺は待ってる…。信じて待ってる。 》 『そうか…そうですよきっと。 僕も絶対そう思う…。』 二人はまさかこの時、 この年末から起きる一煌の壮絶とも言える現実の日々を、 想定など出来る筈などなかった。 この日から大樹は、 毎日電車の中で一煌の安否を願う事を、 日課にしようと決めた…。 一煌が、 現実の今に翌年の引越しを心で重ねていた頃、 もう街中ではクリスマスソングが流れていた。 思い出深いアパートとも、ついにさよならの時を迎える。 数え切れない出逢い。 初めての本当の恋…。 喜びも挫折も全て知っている部屋でもあった。 全てをここからは、 ひとつひとつきちんと《終えて行く毎日》になる…。 一煌はそう感じていた。 ☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.☆.。.:*・° お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2006/09/04 06:35:24 AM
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