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鉄道ジャーナリスト加藤好啓のblog 国会審議集

2025.07.21
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カテゴリ:桜木町事故


またしばらく間が開いてしまいましたが、再び桜木町事故の国会審問を始めたいと思います。



​今回から、被害者遺族の審問となります。
桜木町事故では多くの方が亡くなられたわけですが、その主たる原因はドアの構造に問題があったこと【内開きで、かつ貫通幌が無いため、他の車両に移動できなかったこと、更に窓も中間が固定される構造であり、脱出は困難であったこと。更にドアのガラスも、破損防止の観点から窓と同じ3分割となっていたこと、更に木製ドアでのは回という事例があったことから保安上の目的もあって鋼製のドアに変更されたことなどが被害を大きくする原因となりました。

当時の事故の様子が生々しく

この男性は1両目の最後部に乗車していて、1両目での発火に際し窓の下部を開けて脱出を試みたが、上半身が窓から顔を出したところで身動きが取れなくなったと証言しています。
なお、乗車状況は、本人が証言していますが概ね60人程度ではないかと思われます。
63形の座席定員は56名、定員は136名




その火が溶鉱炉をこぼすようなものすごい音とともに、その火はぱつと下に散つて来て、あつと思つたその瞬間にその火の出たまわりにいた乗客の人は、あつ危いというものすごい声もろともに、私が一輌目の一番最後部にいるものですから、私のすわつた方はまだ運転台から遠く離れておりましたので、火が来ない私の方に殺到して来ます。それであつ、これはたいへんだと思つて、私はいきなり六三型の窓の一番下の窓をさつとあけて、手と首をその窓からつき出して、どこへ出ようかと思つたそのときには、すでにもう私のからだは身動きができないのです。からだを前に出したきりでうしろから来る怒濤のような人に上半身はくぎづけにされて絶対に動かない。もがけどもがけど出ようと思つても、上半身が動かないのです。



この状況だけでもかなり大勢の人が一箇所に集まったことが読み取れるわけですが、この人が助かった経緯は2両目の人が引っ張ってくれたようです。
引き続き詳細をご覧ください。


もがいているうちに、私の上半身が幾らか楽になりましてぐつと伸びた。伸びたところが、ちようど一輌目と二輌目の連結の間からからだが出ておりますから、こうやりましても向うに手がかりがない。自分の手がかりがないものですから力が出ない。だからぐつと伸びた瞬間に向うの窓を破つて手がかりをこしらえた。今考えますと、ここにできている傷はガラスで切つたのではないかと思いますが、ガラスを破つて手がかりをこしらえてぐつと伸びましたけれども、それでもからだは向うへ出て行かない。そのときはもう背は熱くなって来ている。火はどんどん来ておりますし、もがいているうちに、ちようど三輌目のところへ二十五、六歳くらいの男の方が通り会わしたので、助けてくれとその人をぼくは呼びとめた。呼びとめまして、その人が私のところへ来て、そのガラスの割りかけを全部割つてくれた。そうしてその人は片手でもつて、ぐつとひつぱつて、二輌目へ移してくれた。その瞬間私はぱつと二両目へ飛び込んだ。飛び込んだときには私を救うてくれた人の姿は見えなかつた。それではつとうちの家内はとその出た瞬間に思つた。思つてあとを振り返つて、その車の中を見たときに、すでに頭を抱え、手を伸ばし、折り重なってぐつたりと死んでおる方がぼくの目に映りました。


1両目に乗車していたものの2両目の人が引っ張ってくれたことで、助かったと記述されているわけで、単独での脱出は非常に困難であったこと。更に火の回りが非常に早かったことがうかがえます。
そして、この僅かの間で一気に火が回ったことがうかがえる証言です。
ただその後外に出たという証言しているのですが、連結面から外に出たという事であり、奥さんも同様に足を窓から出していた事を確認して、何度か引っ張ってみたものの動きは無かったと証言しています。


うちの家内はと見た。ちようどうちの家内が右側の窓より両足を出して、今出ようとしておるところ、だらんと足だけが窓からたれておりました。あつと思つて、すぐそのそばへ行って、私はその足をひつぱつた。ひつぱつたけれどもどうしても――そのときはすでに窒息しておるものですから、ひつぱつても手ごたえがない。よく見ると家内が倒れておる顔の上に二人ぐらい折り重なっておりました。
二、三回ひつばつてみましたが、そのときには、この窓があいておるところへ火焔と煙がさつさつと私の顏を沸うのです。こうやってみてもぱつと来る。私はこうやって、そのひつぱるだけの力か出なくなった。そのうちに火はどんどんこっちへ来るものですから。どうせもう死んでおるし、自分に危険が迫つて来ましたから、私は心の中でだめだ、かんべんしてくれよ。私はそれで危険が追つたから、すぐその二輌目から下へ飛びおりました。

どのような体制で、奥さんを引っ張ろうとしたのか判りにくいのですが、この時点では体は車外にあったことがうかがえます。奥さんの上に2名ほど折り重なるように倒れていたとのことであり、更に火が迫って生きているので、本人も身の危険を感じてそのまま車外から離れるためにとびおろたと証言していますが、これだけでもかなりの修羅場となっていたことは容易に判断できそうな内容です。
その後の状況もつぶさに証言されているのですが、中々なまめかしい証言でありますが、当時の様子を知るには非常に貴重な証言と言えましょう。

それでちようど左側を見て、飛びおりまして外へ出まして、どこへ行っていいか線路上をふらふらしておりますと、そこへ駅員がこのくらいのカンへ油を持って、やけどをした人はこれつけてくれと言いましたから、私はいきなり手をつつ込んでぴりぴりしておる顔面になすつた。そうしてすぐかたわらに顏と手をやけとしてすわつておる方がありましたから、あなたもつけなさいよ、私はそのカンをその人に與えた。與えておるうちに、私は手に傷があるということを意識しまして、よく見ると出血がはなはだしい。これはと思つて、いきなりポケツトに自分が持っていた新聞紙で包みまして、どこか、と思つてまごまごしておるうちに、また駅員が来まして、けがをしたか。した。じや、と言って桜木町の救護班の方へ私は連れて行かれました。そうして自動車に乗りましてすぐ病院に行って治療しまして、そうして家へ行ってこれを知らさなければと思つて家へ帰りました。

缶に油を入れていて、それを顔に塗ったと証言していますが、現在ではこのような応急措置はなされないのが一般的ですので、ちょっと面食らってしまいますが当時のやけどに対する治療のことが判る資料と言えましょうか。
その後、この人は病院に連れて行かれて、そのまま帰宅したと証言しています。
さらに、改めてこの続きを見ていきたいと思います。

続く

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国鉄があった時代 JNR-era


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**********************桜木町事故国会審問の議事録*****************************

○内藤(隆)委員長代理 次に平田善夫君より引続き証言を求めることにいたします。
 平田善夫さんですね。あらかじめ御承知おき願つておきました通り、証人として証言を求めることに決定いたしましたので、さよう御了承願います。ただいまより桜木町駅国電事故に関する件につきまして、証言を求めることになりますが、証言を求める前に証人に一言申し上げます。昭和二十二年法律第二百二十五号議院における証人の宣誓及び証言等に関する法律によりまして、証人に証言を求める場合には、その前に宣誓をさせなければならぬことと相なっております。
 宣誓または証言を拒むことのできるのは、証言が証人または証人の配偶者、四親等内の血族もしくは三親等内の姻族または証人とこれらの親族関係のあつた者及び証人の後見人または証人の後見を受ける者の刑事上の訴追または処罰を招くおそれのある事項に関するとき、またはこれらの者の恥辱に帰すべき事項に関するとき、及び医師、歯科医師、薬剤師、薬種商、産婆、弁護士、弁理士、弁護人、公証人、宗教または祷祀の職にある者またはこれらの職にあつた者がその職務上知つた事実であつて、黙祕すべきものについて尋問を受けたときに限られておりまして、それ以外には証言を拒むことはできないことになっております。しかして証人が正当の理由がなくて宣誓または証言を拒んだときは、一年以下の禁錮または一万円以下の罰金に処せられ、かつ宣誓した証人が虚偽の陳述をしたときは、三月以上十年以下の懲役に処せられることとなっておるのであります。一応このことを御承知になっておいていただきたいと思います。
 では法律の定めるところによりまして証人に宣誓を求めます。御起立を願います。
 宣誓書朗読を願います。
    〔証人平田善夫君朗読〕
   宣誓書
 良心に従つて、直実を述べ、何事もかくさず、又何事もつけ加えないことを誓います。
○内藤(隆)委員長代理 宣誓書に署名捺印を願います。
    〔証人宣誓書に署名捺印〕
○内藤(隆)委員長代理 これより証言を求めることになりますが、証言は、証言を求められた範囲を越えないこと、また発言の際には、その都度委員長の許可を得てなされるよう願います。こちらから質問した場合にはすわつておいでになってようございますが、お答えのときは立つてお答えを願います。
 平田証人の簡単な経歴をお聞かせください。
○平田証人 長崎県南松浦郡五島福江町四六七番地に生れ、長崎市勝山尋常高等小学校卒業、大正十二年震災後十六才のとき鶴見へ参つたのです。それから昭和七年以後現在の六角橋に住居しております。
○内藤(隆)委員長代理 御職業は何ですか。
○平田証人 職業は駄菓子商をやっております。
○内藤(隆)委員長代理 あなたは、この桜木町の大惨事の際、第一輌目に奥さんとともに乗つておられたのですか。
○平田証人 そうです。
○内藤(隆)委員長代理 それでは遭難当時の事情を述べてください。
○平田証人 私はそのときは家内とともに日暮里駅からその車に乗り合せました。ちようどそのときは時間が時間だったもので、楽に席にすわることができました。第一輌目の左側の最後部の窓側にすわつて、横浜駅までずつと進行して来ました。横浜駅へ来る間には、相当満員に近いほどの乗客が乗つておりましたが、それが大半横浜で降りまして、桜木町へ行く間には見通しのつくような状態で、いすはほとんどあいてないが、つり革につかまつている客があつちこらち十四、五名くらいだったと私は思います。それでちようど桜木町間近にかかつて来て家内に、もうホームが近いからおりるしたくをしようと言っているそのさ中に、どつと急ブレーキがかかりまして、私がすわつているその態勢がぐらぐらと前によろめいた。それが直るか直らないうちに、ものすごい音とともに、運転台の屋根からさあつとものすごい火をはいた。その火が溶鉱炉をこぼすようなものすごい音とともに、その火はぱつと下に散つて来て、あつと思つたその瞬間にその火の出たまわりにいた乗客の人は、あつ危いというものすごい声もろともに、私が一輌目の一番最後部にいるものですから、私のすわつた方はまだ運転台から遠く離れておりましたので、火が来ない私の方に殺到して来ます。それであつ、これはたいへんだと思つて、私はいきなり六三型の窓の一番下の窓をさつとあけて、手と首をその窓からつき出して、どこへ出ようかと思つたそのときには、すでにもう私のからだは身動きができないのです。からだを前に出したきりでうしろから来る怒濤のような人に上半身はくぎづけにされて絶対に動かない。もがけどもがけど出ようと思つても、上半身が動かないのです。そのうちに、時間にしたら二分くらいたっているのではないかと思いますが、火はびーびーびーという音を立てて天井から燃え移つて来るのがわかりました。窓からはすーつすーつとなま暖かいけむが流れて来まして私は窓から首を出しながら、もうおれもここでやられるのかな、これは死んじやうのかなと思いました。だけど、ここで死んじやだめだ、よしつと、自分で、自分の心を励まし、ぐつとからだを向うべ伸びようとしても、窓が小さいものですから、私のからだが入つたきりどうしても余裕がとれない。それに押されているし、どうしてもからだがきかない。もがいているうちに、私の上半身が幾らか楽になりましてぐつと伸びた。伸びたところが、ちよう一輌目と二輌目の連結の間からからだが出ておりますから、こうやりましても向うに手がかりがない。自分の手がかりがないものですから力が出ない。だからぐつと伸びた瞬間に向うの窓を破つて手がかりをこしらえた。今考えますと、ここにできている傷はガラスで切つたのではないかと思いますが、ガラスを破つて手がかりをこしらえてぐつと伸びましたけれども、それでもからだは向うへ出て行かない。そのときはもう背は熱くなって来ている。火はどんどん来ておりますし、もがいているうちに、ちようど三輌目のところへ二十五、六歳くらいの男の方が通り会わしたので、助けてくれとその人をぼくは呼びとめた。呼びとめまして、その人が私のところへ来て、そのガラスの割りかけを全部割つてくれた。そうしてその人は片手でもつて、ぐつとひつぱつて、二輌目へ移してくれた。その瞬間私はぱつと二両目へ飛び込んだ。飛び込んだときには私を救うてくれた人の姿は見えなかつた。それではつとうちの家内はとその出た瞬間に思つた。思つてあとを振り返つて、その車の中を見たときに、すでに頭を抱え、手を伸ばし、折り重なってぐつたりと死んでおる方がぼくの目に映りました。それでちようど左側を見て、うちの家内はと見た。ちようどうちの家内が右側の窓より両足を出して、今出ようとしておるところ、だらんと足だけが窓からたれておりました。あつと思つて、すぐそのそばへ行って、私はその足をひつぱつた。ひつぱつたけれどもどうしても――そのときはすでに窒息しておるものですから、ひつぱつても手ごたえがない。よく見ると家内が倒れておる顔の上に二人ぐらい折り重なっておりました。二、三回ひつばつてみましたが、そのときには、この窓があいておるところへ火焔と煙がさつさつと私の顏を沸うのです。こうやってみてもぱつと来る。私はこうやって、そのひつぱるだけの力か出なくなった。そのうちに火はどんどんこっちへ来るものですから。どうせもう死んでおるし、自分に危険が迫つて来ましたから、私は心の中でだめだ、かんべんしてくれよ。私はそれで危険が追つたから、すぐその二輌目から下へ飛びおりました。飛びおりまして外へ出まして、どこへ行っていいか線路上をふらふらしておりますと、そこへ駅員がこのくらいのカンへ油を持って、やけどをした人はこれつけてくれと言いましたから、私はいきなり手をつつ込んでぴりぴりしておる顔面になすつた。そうしてすぐかたわらに顏と手をやけとしてすわつておる方がありましたから、あなたもつけなさいよ、私はそのカンをその人に與えた。與えておるうちに、私は手に傷があるということを意識しまして、よく見ると出血がはなはだしい。これはと思つて、いきなりポケツトに自分が持っていた新聞紙で包みまして、どこか、と思つてまごまごしておるうちに、また駅員が来まして、けがをしたか。した。じや、と言って桜木町の救護班の方へ私は連れて行かれました。そうして自動車に乗りましてすぐ病院に行って治療しまして、そうして家へ行ってこれを知らさなければと思つて家へ帰りました。
○内藤(隆)委員長代理 まことに聞いておりましても、その阿鼻叫喚の光景が非常によくわかりますが、その二十五、六歳の青年というのは、何か駅員であつたですか。





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最終更新日  2025.07.21 23:28:29
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