鉄道ジャーナリスト加藤好啓のblog 国会審議集

2024/01/04(木)22:00

桜木町事故に関する国会審問の議事録 第44回 検察編第11回

桜木町事故(51)

​​​​2ヶ月ほど開けてしまいましたが、再び投稿させていただこうと思います。 亀の歩みになってしまって申し訳ないです。 今回質問に立っている、加藤(充)委員は、共産党の代議士で加藤充氏で、戦後共産党で一期のみ衆議員議員を務めていますが、極めて弱者の立場に立つ弁護士であったようで、戦前はwikipediaによりますと、以下のように書かれています。​ 全国水平社および全農にて顧問弁護士となる。昭和恐慌による繭価暴落に伴い、徳島県麻植郡西尾村で発生した西尾小作争議では、桑園小作料減免を求める農民への支援を行った。 ​​​Dコックの問題もあるが、それよりも電車の構造などに、問題があるのではないかと言う疑問​ とあり、極めて労農運動などに関わる弁護士であったとされています。今回の質問でも、個々人の責任と言うよりも、こうした教育などが十分になされてこなかった、国鉄という組織に問題があったのではないかというスタンスで質問が続けられています。 更には、そのための訓練の強化労働強化に繋がるという理屈は、少し論理が飛躍しすぎているように思えます。​ 個人的訓練というのは、結局労働強化の問題になる Dコツクについて相当な措置をしておくべきことが問題 ○加藤(充)委員 前略 労働強化の問題でこれが解決されるものとは思いません。従いまして、私がお伺いしたい点は、事件が大量的な被害を瞬間に出したところに問題がある。問題点はそこにあるのだということでありまして、また国会がこの問題を取上げておりますのも、そういう点からだということもうなずけるのでありますが、さすればああいうような何輌も連結し、しかも何百人かを一ぺんに運ぶ列車のただ一人の運転手しか、そのDコツクの操作を知らないというような状態のもとにおきましたならば、六三型の問題をここで問題にする考えもございませんが、証人が確認されておりまするように、あれが三段の窓になっておつて逃げられなかつたというようなこと自体も、大量的な被害が起きた原因だとも言われておるのでありまするから、そういう条件のもとで走らせております場合におきましては、?Dコツクの操作――すなわちこの電車はきわめて事故が起らないように操作はしておるけれども、一日一緩急あれば、事故発生となれば、逃げにくい状態にあるのだというようなことで、Dコツクについて相当な措置をしておくべきことが問題だと思うのであります。従いまして環境が重大だという点でお尋ねするのですが……?。 更には、個々人の責任を追及するばかりではないとして、論陣をはっています。 人間はほとんど機械の一部分化され、仕組みの部分的なものに組みかえられて行って、人間的なものの特徴がだんだんと失われて行く傾向がきわめて顕著だと思う。従いまして、私は先ほど証人の、環境と個人の二元的な方面からこの問題を追突されておるというような形は、従来の犯罪の責任を追究するという立場からすれば、一応納得も行くのでありますけれども、しかしそういうふうな立場と方法論はこの問題の本質を明らかになし得ない最近の状況下にあると思うのであります。 として、 ○加藤(充)委員 証人は環境という問題と、個人の責任という問題と二つにわけて、しかも個人の責任を追究されるのが証人の立場上の職務であると、こういうふうに証言されておるのでありますが、それに関連していろいろと質問が出ておるようです。そのことについて一、二お伺いしたいのであります。国鉄交通機関のような仕事場所におきましては、最近能率化並びに速度から言えば高速化ということが、これは歴史的、経済的な要望としてぐんぐんアツプされて来ておるのであります。そういう場合におきまして、ばかだから、箱の中に三十年すわつておったのだというような発言もあつたようですが、そういうようなことになりますと、人間はほとんど機械の一部分化され、仕組みの部分的なものに組みかえられて行って、人間的なものの特徴がだんだんと失われて行く傾向がきわめて顕著だと思う。従いまして、私は先ほど証人の、環境と個人の二元的な方面からこの問題を追突されておるというような形は、従来の犯罪の責任を追究するという立場からすれば、一応納得も行くのでありますけれども、しかしそういうふうな立場と方法論はこの問題の本質を明らかになし得ない最近の状況下にあると思うのであります。動物すら虐待すべきではない、こう言われております。こういう場合におきましては、個人的な訓練の軽視をここに私は主張するつもりは毛頭ありませんが、個人的訓練というのは、結局労働強化の問題になるのであります。労働強化の問題でこれが解決されるものとは思いません。従いまして、私がお伺いしたい点は、事件が大量的な被害を瞬間に出したところに問題がある。問題点はそこにあるのだということでありまして、また国会がこの問題を取上げておりますのも、そういう点からだということもうなずけるのでありますが、さすればああいうような何輌も連結し、しかも何百人かを一ぺんに運ぶ列車のただ一人の運転手しか、そのDコツクの操作を知らないというような状態のもとにおきましたならば、六三型の問題をここで問題にする考えもございませんが、証人が確認されておりまするように、あれが三段の窓になっておつて逃げられなかつたというようなこと自体も、大量的な被害が起きた原因だとも言われておるのでありまするから、そういう条件のもとで走らせております場合におきましては、Dコツクの操作――すなわちこの電車はきわめて事故が起らないように操作はしておるけれども、一日一緩急あれば、事故発生となれば、逃げにくい状態にあるのだというようなことで、Dコツクについて相当な措置をしておくべきことが問題だと思うのであります。従いまして環境が重大だという点でお尋ねするのですが……。     〔「質問をやれ、」「意見を言うな」と呼び、その他発言する者あり〕     〔島田委員長代理退席、委員長着席〕 まぁ、これだけを聞いていると意見を言うなと言う発言もなんとなく納得するわけですが、 最後に、工手長と信号手の「上り」という考え方について質問をしていますが、これに対しては、検事の見解は下記の通りでした。 工手長は、上り線へ入る列車を止めてくれといい、信号手は上り電車(出発する電車)を止めてくれと解釈したわけで、双方で真逆の方向の電車を示していたわけですが、当時の縦割りの組織ではこうした事故に際しての連絡などの方法もまちまちであったこと、情報共有が十分なされていなかったことなども大きな問題であったと言えます。 以下続く にほんブログ村 にほんブログ村 ******************************************************** 取材・記事の執筆等、お問い合わせはお気軽に blackcat.kat@gmail.comにメール またはメッセージ、コメントにて お待ちしております。 国鉄があった時代 JNR-era ******************************************************** ********************************以下国会審問****************** ○加藤(充)委員 証人は環境という問題と、個人の責任という問題と二つにわけて、しかも個人の責任を追究されるのが証人の立場上の職務であると、こういうふうに証言されておるのでありますが、それに関連していろいろと質問が出ておるようです。そのことについて一、二お伺いしたいのであります。国鉄交通機関のような仕事場所におきましては、最近能率化並びに速度から言えば高速化ということが、これは歴史的、経済的な要望としてぐんぐんアツプされて来ておるのであります。そういう場合におきまして、ばかだから、箱の中に三十年すわつておったのだというような発言もあつたようですが、そういうようなことになりますと、人間はほとんど機械の一部分化され、仕組みの部分的なものに組みかえられて行って、人間的なものの特徴がだんだんと失われて行く傾向がきわめて顕著だと思う。従いまして、私は先ほど証人の、環境と個人の二元的な方面からこの問題を追突されておるというような形は、従来の犯罪の責任を追究するという立場からすれば、一応納得も行くのでありますけれども、しかしそういうふうな立場と方法論はこの問題の本質を明らかになし得ない最近の状況下にあると思うのであります。動物すら虐待すべきではない、こう言われております。こういう場合におきましては、個人的な訓練の軽視をここに私は主張するつもりは毛頭ありませんが、個人的訓練というのは、結局労働強化の問題になるのであります。労働強化の問題でこれが解決されるものとは思いません。従いまして、私がお伺いしたい点は、事件が大量的な被害を瞬間に出したところに問題がある。問題点はそこにあるのだということでありまして、また国会がこの問題を取上げておりますのも、そういう点からだということもうなずけるのでありますが、さすればああいうような何輌も連結し、しかも何百人かを一ぺんに運ぶ列車のただ一人の運転手しか、そのDコツクの操作を知らないというような状態のもとにおきましたならば、六三型の問題をここで問題にする考えもございませんが、証人が確認されておりまするように、あれが三段の窓になっておつて逃げられなかつたというようなこと自体も、大量的な被害が起きた原因だとも言われておるのでありまするから、そういう条件のもとで走らせております場合におきましては、Dコツクの操作――すなわちこの電車はきわめて事故が起らないように操作はしておるけれども、一日一緩急あれば、事故発生となれば、逃げにくい状態にあるのだというようなことで、Dコツクについて相当な措置をしておくべきことが問題だと思うのであります。従いまして環境が重大だという点でお尋ねするのですが……。     〔「質問をやれ、」「意見を言うな」と呼び、その他発言する者あり〕     〔島田委員長代理退席、委員長着席〕 ○篠田委員長 御静粛に願います。 ○加藤(充)委員 そういう条件、環境のもとに運転されておるのでありますから、お客さんを運びまする国鉄といたしましては、Dコツクの操作を事前になすべきじやなかつたか、私はこの責任はあれだけのとつさの瞬間に、たまたまDコツクをあける操作を知らなかつた一人の運転手の責任を追究するよりも、むしろ環境として、私は国鉄のそういう措置、告示、具体的なその問題が、大量的な被害を瞬間に出してしまったことの大きな責任だとも思えるのですが、この点について御見解を承りたい思います。 ○大津証人 御質問の要点は、Dコツクの操作を教えないことが本件事件に関係がある、そういう教えなかつた古責任者の処分問題いかん、そういうことになりますね、その点につきましては、いろいろ資料も集め、かつ検討を加えております。その問題につきましては、なお最高検察庁、高等検察庁と十分協議いたしました上で、今後の方針を決定することになっております。いまだ申し上げる段階に至つておりません。 ○加藤(充)委員 それからもう一点、上りというのが上り線であつたか、上り電車であつたかということが重大だということなんですが、これは中沢といいう工手長のいろいろな仕事の関係上、あるいは高原という信号掛のいろいろな職務の経験上、上りということをさしずする場合に、工手長では上り線ということを言い、信号掛では具体的な電車の信号なんでありまするから、上り電車というところに重点を置いて感じられるような、しかもとつさの場合に、そうピンと来るような職務上の経験とういうものを持っておったのではないか、そういう点についてお確かめになったかどうか、その点を承りたいと思います。 ○大津証人 もちろん電車を目の前に置いて毎日作業をしておる男でありますから、相当電車に対しては詳しいことを知っておるわけであります。しかしながら当日いかなる言葉を使つたかということが本件の問題であります。従いまして、やはりその言葉の語句、語呂、それを中心として事を見なければならない、そういうことに考えております。 ○加藤(充)委員 とにかく先ほどの評人の証言によれば、上りということが出たということはあります。上り電車であつたか、線路であつたかということまでは、はっきりしないが、上りということが話題に上つたことは事実であると思われるというように証言をなったのであります。私がお聞きしたいのは、さすれば上りという言葉を聞いたときに、あるいは言葉を発する場合に、中沢という工手長、それから高原という信号掛は、上りということで、どういうことを強く感じ、ピンと来るような職務上の経験あるいは職責上の立場にあつたかというようなことについて、上りという言葉はたいへんにニユアンスが多いということでありましたけれども、それを感ずる立場も非常にニユアンスが多いのじやないか、こう思うのであります。 ○大津証人 お答えします。上りという言葉でなく、中沢工手長は、上り線には入れてくれるなと言うのです。それから高原信号手の聞いたところでは、上り電車をとめてくれ、上り電車と上り線とはあまりまぎれない言葉であります。

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