black obelisk

2006/12/24(日)02:34

アラビアの夜の種族

本のレビュー(24)

『アラビアの夜の種族』全三巻 古川日出男 角川文庫 「あぁ、終わってしまった・・・」 これが読み終えての感想です。  もっとこの世界を味わっていたかったなぁと。 19世紀初頭、カイロ。 ナポレオン率いる軍船がエジプトを目指し、侵略を企てる。 迎え撃つのは最強のマムルーク騎馬軍団。 ヨーロッパとの戦争に負けを知らないイスラム騎兵達は、今度も勝利を確信していた・・・エジプト第三の実力者イスマイール・ベイに仕える、うら若き天才アイユーブを除いては。 かつて幾人もの権力者を虜にし、破滅させたという『災いの書』。 アイユーブは『災いの書』をフランス語に翻訳し、ナポレオンに献上しようと目論む。 カイロの片隅で翻訳作業は密かに行われる。 「魔術師アーダムは、それはそれは醜い男でした・・・」 一千年の昔、王国の王子にして魔導の心得を持つアーダムは、あまりの醜さゆえに誰からも愛されなかった。 ある時、彼はたった100名の騎兵で隣国を内側から崩壊させてみせると父王に奏上するが・・・ だ、だまされたっ。 冒頭の数ページを立ち読みして、てっきりナポレオン対エジプト軍の物語だと思って買ったんですよね。全然違った。 違った・・・でも面白い! 19世紀初頭のナポレオン戦争の話がメインで、それと交互に『災いの書』の中身が挿入される形になっていますが、この作品の中心は『災いの書』に記された物語の方です。ナポレオン云々の話は、魔術師アーダムの物語をよりドラマチックに、より読者の関心を引きつけるように演出するための道具にすぎず、ナポレオンが登場する必然性はありません。ナポレオンの話とアーダムの物語が噛み合ってるわけでもありません。(作者は噛み合わせたかったようですが、その試みは上手くいかなかったと思います。) ですから『災いの書』、アラビアンナイトにも似た、魔法と冒険と、愛と狂気の神秘の物語に興味が持てない読者は、この作品に退屈してしまうでしょう。(だって文庫で1000ページ近くあるし。)逆にファンタジーに関心があるなら、作品中で言われている通り、読者は『災いの書』と特別な関係に陥り、現実と夢の境界も消えて忘我の境地で読みふけってしまうに違いありません。醜さゆえに愛されず、異教の蛇神ジンニーアと契約を交わすアーダム。その千年後、魔法を使う人々の森に拾われたアルビノの捨て子ファラーと、反逆で国を追われ、自分の素性すら知らず成長した心正しき王子サフィアーン。三者別々の物語が、やがて一本の線で繋がれていきます。裏切りと愛情・・・既にあちこちで指摘されているように、登場人物の一部は、確かに単純凶暴馬鹿です。(汗)でも、この物語がイスラム圏の伝承をベースにしている点を念頭におけば、伝説的な冒険譚として十二分に楽しめるでしょう。(ラストがご都合主義的に思えますけど、そこまでの過程が面白すぎる。) ナポレオンの話は不要にも見えますが、そこは図と地の関係。ナポレオンのストーリーが無機質に粛々と進行するからこそ、アーダム達の幻想的世界が強烈に浮かび上がってくるのです。全編通して、イスラム教の習慣なども紹介されているのも興味深く。イスラムでは一日が日没から始まるとか、初めて知りました。なお、この作品は古川氏のオリジナルではなく、作者不詳の英語版の翻訳だそうです。古川氏のスタイルとして、セリフが妙に軽かったり(下品だったり)する部分があります。蛇神ジンニーアには「もう少し控えめでお願いします」と言いたい一方で、サフィアーンの話し方などは古川氏の翻訳だからこその魅力があるような。原書とはだいぶ雰囲気が違っているはずですが、翻訳によるキャラクター性の補完・拡充という点でも、よくできた作品であると感じます。

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