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カテゴリ:(小説)『天空の黒 大地の白』
今回は2話連続のアップです。18日に掲載分の「奸計(1)」からお読み下さい。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 鐘の音と共に、審問が再開された。 ダン、と重く鈍い音をあげて、厚みのある紙束が机上に置かれる。 「我々はここに、グストー・イグレシアスの記した覚え書きを提出いたします。いくらか読み上げてみましょう。日付は1789年5月13日・・・エグモント公が亡くなられる、ふた月ほど前。」 審問官はファイルから数枚を選び出して、この擬似裁判の聴衆に向かって掲げて見せる。 音読されていく記録には、グストーが行った塩素酸カリウムの実験が詳細に記されていた。 エグモントの銃の暴発を招いたとされる物質をグストーが所持し、兵器としての有効性を認識していた証拠だ。 入念に管理されているはずのグストーの記録を、誰が持ち出しジークムントに手渡したというのだろう。 しかし被告席に立つレティシアに衝撃を与えたのは、次に証人席へ連れ出された人物の姿であった。 「イルゼ・・・・?」 騎士フォルクマールの妻であり、女王付きの侍女の中でも最も寵愛を受ける娘。 レティシアとグストーの道に外れた関係も含め、宮廷内の事情をよく知る人間の一人であると目(もく)されている。 愛らしい面立ちに憔悴の色をにじませ、イルゼは証言台で口を開いた。 「・・・・お許し下さいませ、陛下。事ここに至っては、ありのまま事実を語るしか術がございません。」 吐息と共に、イルゼの頬に一粒の涙がこぼれた。 「私は宰相イグレシアス様が・・・いえ、当時は法衣をまとう聖職者であったグストー殿が、エグモント殿下暗殺を企てているのを知りながら、沈黙しておりました。」 参席する諸侯達が一斉にどよめく。 「エグモント様はグストー殿を激しく憎み、追放しようと画策されていた・・・その先手を打って、グストー殿が銃に細工をほどこしたのです。」 「嘘だわ!」 鋭い一声が上がる・・・レティシアだ。 「嘘よ!イルゼ・・・どうしてなの!何故そのような偽りを!」 思わず声を荒げたレティシアの顔は青ざめ、固く握りしめられた手が怒りに震えている。 ジークムントに拘束されて以来、初めて彼女が見せた狼狽だった。 「ご静粛に願いましょう、陛下。さてイルゼ殿、貴女はどうした経緯で重大な秘密を知ったのです。」 「・・・行儀見習いであった私は、ある時グストー殿のお部屋へ御用うかがいに行き・・・偶然、エグモント公の猟銃を手にしているのを目撃してしまったのです。」 「その時、グストー殿は何と?」 「宮廷を追われたくなければ、決して他言してはならぬと念を押されました。陛下にも言ってはならないと・・・その二日後、銃の暴発でエグモント殿下が亡くなったのです。」 偽証だ。 思考の麻痺していたレティシアにも、ようやくイルゼの意図が見え始めた。 軍事力を背景にした公爵の執拗な追究は、グストーとレティシアを夫殺しの共謀者に仕立て上げてしまうだろう。 彼女は真実を通すよりも、エグモントの死をグストー一人の罪と証言することで主君を守るつもりなのだ。 だが、しかし・・・イルゼが独断で、このように大胆な賭けに打って出るだろうか。 レティシアが振り返ると、証言台の真向かいに座るジークムントが脚を組み直し、満足げな笑みを浮かべていた。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2010/04/19 03:28:01 AM
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