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カテゴリ:(小説)『天空の黒 大地の白』
「殿下、共に来ていただきましょう。」 さすがに王族に縄をかけることは、ためらわれる。 自分を奥回廊にひきたてるユベールを無視して、ジークムントは姪に向かって吐き捨てる。 「儂を捕らえたところで、レティシア、そなたの侍女が証言した事実は変わらぬぞ。」 諸侯だけでなく司教も、グストーに対する告発を耳にしているのだ。 足早に先導する護衛兵たちの背を追いながら、レティシアはふとイルゼの事を思った。 忠実な彼女が、独断で偽証をするなど・・・ 「レティシア様・・・っ!」 回廊の先から興奮を抑えた呼び声があがった。 気の良いレオンハルトが、女主人の無事に感激して駆け寄ってくるところであった。 「よかった、本当によかった、レティシア様・・・」 人目もはばからず抱きすくめられて、彼女はよろめかないよう気を配るのに精一杯だ。 大柄な体に挟まれて息苦しいが、レティシアの口元も安堵の笑みでほころぶ。 ユベールはレオの背後にいるフードの幽鬼、ギィと言葉を交わす。 「ローレンツ大尉、発砲音が聞こえましたが。」 「天幕を撃ったんだ。壁に弾痕が残っているかも知れない。」 「痕跡はこちらで処理しておきましょう。公爵の身柄も任せていただきます。」 ギィは女王の前に進み出て、封書を手渡す。 「グストーから・・・?」 この奇怪な風体の男とレティシアが多くを語らずとも通じ合っている様子を見て、レオはふてくされている。 「やれやれ、マスターだけでなく陛下まで秘密主義とは。俺がこの人を知ったのは、ほんの数日前だっていうのに。」 ギィは意に介せず、グストーの代理人として粛々と指示を出していく。 「ローレンツ大尉には女王陛下を王都までお連れいただきたい。我らで市街の東門と南門は確保したが、公爵の勢力圏を抜けるまで危険な状況に変わりはない。くれぐれも油断召されるな。」 幽鬼の枯れた声に、ユベールは同意のうなずきを返す。 諸侯も公爵に加担して王室裁判まで起こした以上、兵を挙げ捨て身でジークムントとレティシアの奪還を果たさなければ、反逆者の烙印を押されるのみだ。 否、彼らはもはやジークムントの生死すら問わないかも知れない。 (内戦が始まる・・・このフライハルトで・・・) 額に薄く汗がにじむ。 ともかく、今は一刻も早くレティシアを王宮に送り届け、彼女が統帥権を行使できる態勢を取らねばならない。 それから半刻後、30騎ほどの竜騎兵に護られた一台の馬車が、東門をくぐり抜け一路王都へと疾駆していた。 四頭引きの馬車の中には、レティシアと彼女を警護するユベール。 周囲を固めるのは彼の麾下、今回の行幸に同行を許されたザンクトブルクの精鋭兵である。 脱出の際に市街で小競り合いはあったものの、その後は敵兵に見とがめられることもなく街道に出る事ができた。 車体には王家の紋もなく、はた目には地方貴族の一行で通るだろう。 「・・・フォルクマールは・・・・」 ふとレティシアが呟いた。 騎士の副首座、フォルクマールも今回の変事で囚われの身になっていたはずだ。 「きっと今ごろ解放されているでしょう。ご心配には及びません。」 「・・・・・」 ユベールの返答はレティシアの意識を通り過ぎているようだ。 彼女は膝掛けを胸元までたぐりよせ、ゆっくりと頭(こうべ)を傾けた。 ここ数日、緊張の連続で彼女の体力も限界に近いのだろう。 「陛下、これを。」 ユベールは自分の上着を脱ぎ、折りたたんで彼女の肩に当ててやる。 いくぶんは馬車の振動を吸収し、枕代わりになるはずだ。 「・・・・ありがとう、ユベール・・・・・」 「いえ、務めです。」 優しさからだと思われたくないのは、ユベールの中で一つの疑念が巣くっているせいだ。 それは時間が経つほど、はっきりと形を成して彼を苛立たせる。 (そうだ・・・だからレオのように、素直にこの人の無事を喜ぶことができない・・・) 幽閉されていた時は募(つの)った想いも、大聖堂で彼女を救い出した時、抱きしめたいという衝動は一瞬で消えてしまった。 まして馬車の中で二人きり、彼女の顔を見つめていれば今にも問い糾(ただ)してしまいそうだ。 ジークムント公の暴挙も、大聖堂での糾弾も、初めから貴女は予測していたのでしょう。 否、貴女とグストーが仕向けたことなのでしょう、と。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ *作者のつぶやき* ・・・予告通り、翌日更新できてよかったです。はい。 書きたいシーンまでは長すぎて辿り着けず。無念・・・ 今週の水曜は、きっちり休めそう(休みたい!)ので、その辺を目標にまた更新したいです。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2010/10/31 11:45:50 PM
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