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カテゴリ:(小説)『天空の黒 大地の白』
時は再び、その翌日―― なだらかに続く丘陵地帯に、春の冷気を含んだ風が吹き渡る。 芽吹き始めた緑の草地を、縦列の騎影が駆け抜けていく。 先頭をゆくユベールに、付き従うアドルフと数騎の竜騎兵たち。 彼らは立ち寄る村ごとに馬を替え、全力でザンクトブルクを目指していた。 グストーは言った。 父ローレンツ侯爵を説得し、協力を取り付けろと。 ローレンツ家の所領ザンクトブルクは、中世に設けられた城塞都市。 数千の兵を抱える能力を持ち、対抗拠点としての役割を十分に果たせるだろう。 何より陸軍大臣を務め、臣下の最高位である侯爵の称号を戴くローレンツ侯が宰相側に付くとなれば、事態は大きく変わる。 宰相と黒獅子、両者の力を拮抗させることができれば・・・マインツでアルブレヒトと共に戦った縁のある父であれば、仲介役を務めることも可能ではないのか。 折しも時刻は正午を回り、フライハルトの王宮では騎士たちが廷臣を集め、宰相追放の動議を発令している頃。 ユベールの視界に、ザンクトブルクの城を背景に広がる城下町の姿が現れた。 彼の背に緊張が走る。 父は宰相の事前の呼びかけにも応答がなかったという。 易々と要求を聞き届けてもらえるとも思えないが、引き下がるわけにはいかない。 町に入ると石畳の目抜き通りを一息に駆け、彼らはやがて城門までたどり着いた。 さすがのユベールも馬上で息を切らしながら、汗と土埃にまみれた姿で城の堅牢な中央門を見上げた。 「開門・・・!」 アドルフが呼ばわる声に城の守備兵たちが慌ただしく動き出すが、門はぴたりと閉じられたまま一向に開く気配がない。 「おい、自分たちの主君を見忘れたか?!」 吼えるようなアドルフ怒声を、ユベールの手が制した。 城壁の銃眼から、幾丁ものマスケット銃が招かれざる訪問者に狙いを定めていた。 一人の城兵が銃を構えたまま叫ぶ。 「若君様を城内にお通しするなと、侯爵様の固い命令が下っております!」 「父に伝えてくれ!火急の用件があると・・・!」 「いいえ、なりません!」 次に答えたのは、ユベールも見知った初老の守備隊長だ。 「若様、いかなる罪を犯されました・・・アルブレヒト様の軍に拘束されたこと、この城にも伝わっておりますぞ!貴方を通せば、ザンクトブルクに災いを招くことになる!」 「なっ・・・!」 黒獅子の騎士の重みは、この国で絶対的なものであると承知はしていたが、まさか故郷で咎人(とがびと)の烙印を押されようとは。 「私には罪も逆心もない!ノルベルト・クロイツァー長官から父上への書簡も持参している・・・国の大事にかかわる、一刻を争うことだ!」 書状を取り出そうとしたユベールの足もと近くに、砂煙が上がる。 守備隊長の威嚇射撃が着弾したのだ。 「侯爵様は、いかなる弁明も聞かぬと。どうかこのままお戻りください。我々とて、貴方を捕えたくはない!」 ユベールは奥歯を噛みしめる。 やはり父は、意に沿わぬ息子の言葉など聞く耳持たないのではないか。 しかし、他の人脈を当たって説得できる見込みもない。 父は長年、この地に隠棲していたのだから。 その時、おもむろに城内から若い男の声が上がった。 「門を開けろ・・・!」 声の主は周囲の兵士たちをかき分け、城壁の縁に進み出ると再び繰り返す。 「開門しろ!」 ザンクトブルク竜騎兵の制服に身を包んだ男。 「俺は、あいつを信じる!なぁ、この中にはアンベルクやイタリアで一緒に戦った者も大勢いるだろう?!皆、その目で見てきたじゃないか!あいつが命がけで陛下のために戦い、お前たちとフライハルトを守ってきたのを!」 「コルネール中隊長、主命に背くつもりか!」 その男、ロイ・コルネールは額に汗がにじむのを感じながら、それでも一段高い石垣に登り、なおも叫んだ。 「あいつが罪人なわけない!ユベールは偽りなんか言わない・・・頼む、あいつの言葉を信じてくれ!」 幾人もの兵士が彼を取り押さえ、引きずり下ろそうとする。 ユベールは声もなく、かつての親友の姿を見上げていた。 イタリアで部隊から追放し、別れたきりであったロイ―― 懸命の訴えに後押しされたか、兵士の一団が開閉装置を占拠し、鎖を巻き上げ始める。 彼らはユベールの指揮下にいた竜騎兵中隊の者たちだ。 鈍い軋みを上げながら、堅牢な落とし門が引き上げられていく。 口を真一文字に引き結んだ守備隊長に向かって、ロイは言う。 「・・・どんな処罰でも受けます。でも今だけは・・・」 開かれた城門をユベール達がくぐる様を、兵舎へと連行されるロイは見送った。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~ にほんブログ村 ←よろしかったらポチっと応援お願いします お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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