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カテゴリ:(小説)『天空の黒 大地の白』
*今回、2話連続更新です。 はじめに、「天地の狭間(6)」からお読みください。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~ 一方、フィアノーヴァ城を取り囲む部隊の中に、ユベールの姿もあった。 「再装填準備・・・!」 砲兵隊を指揮する将官の号令を聞きながら、彼は瞼を閉じ、つとめて心を鎮める。 狙いは城壁、よもやレティシアの身に危害は及ぶまいが。 それでも国主の居る城を砲撃するなど、はじめ誰もが二の足を踏んだ。 だが切り札であったグリボーバル砲を封印した今、勝利するには想定外の手法を持ち出すほかなかった。 それは同時にグストーの不退転の決意を、騎士たちに示すものでもある。 既に数度の砲撃を受けて、西向きの城壁の一部に、ほころびが見え始めていた。 あとわずか、人ひとり通れる幅でよい―― じりじりと、もどかしいだけの時間が過ぎていく。 城を守備する兵は1個大隊程度だろう。包囲側が数的には有利だ。 外側に張り出した側塔から散発的な応射もあるが、牽制程度である。 しかし北方からの援軍が到着してしまえば、敗北は避けられないだろう。 ザンクトブルクに籠城するアドルフやロイ・・・彼らが持ちこたえられず、早々に兵を返されても負けだ。 勝機は、いまこの時にしかない。 ユベールの陣に、先ぶれの早馬が到着した。 「ザンクトブルク方面から、アルブレヒト殿率いる騎兵隊が転進!その数、およそ1000!」 周囲にどよめきが起こる。 やはり――全軍を足止めすることはできなかった。 「第一砲兵隊は城壁の攻略を優先せよ。歩兵隊、竜騎兵隊は迎撃準備!」 「ローレンツ大尉、フィアノーヴァの迎撃砲も準備整いました。」 「よし。」 城の背面を見上げると、ジャン達が占拠した砲門も斜角の調整に入っているようだ。 歩兵部隊が方位転換し、幾重にも横隊を組む。 ユベールは竜騎兵隊と共に側面を固め、来るべき時を待つ―― 間もなくして、丘陵の彼方に漆黒の染みが現出した。 「総員、構え銃(つつ)!」 壮年の歩兵隊長の号令が飛ぶ。 「距離2000・・・1500・・・!」 信号用の真紅の隊旗が揚がり、一度二度と大きく左右に振られる。 「砲撃用意――撃て!!」 フィアノーヴァの砲門が、その本来の主に向かって一斉に火を噴いた。 耳を聾する爆音とともに、巻き上がった巨大な噴煙が黒獅子の騎兵隊を吞み込む。 爆風で飛ばされた味方の装具がアルブレヒトの背を打ち、誰かの血が頬を濡らした。 畳み込むように前方から撃ちこまれたのは、敵歩兵隊の銃弾であろう。 棹立ちになった愛馬をいなし、彼はそれでも前進を命ずる。 被害をつぶさに確認する時間はなかった。 この場に留まれば、さらなる銃撃を受けかねない。 「臆するな!私に続け!」 黒獅子の一喝に、生き残った騎兵たちがすぐさま陣形を整え、参集する。 いまだ薄けむりの中、馬を駆るアルブレヒトが部隊の先頭に立つ。 やがて喉を焼くような空気がやわらぎ、視界が開ける。 その前方に―― 「伏せよ・・・!」 危難を察したアルブレヒトの号令も、間に合わなかった。 彼らの行く手を扇状に取り囲むように展開した竜騎兵隊が、一斉にカービン銃の引き金をひいた。 ある者は馬に、ある者は自らの体に銃弾を受け、次々と斃れ伏す。 先ほどの砲撃に加え、被害は部隊の半数近くに及ぶだろう。 それでも長年フランス軍と渡り合い鍛え抜かれた精兵の、歩みを止めるには不足であった。 (陛下・・・!) フィアノーヴァの城壁の無残に砕かれていく様が、アルブレヒトを逆上させた。 「フーベルト・・・ローレンツ!」 敵陣の内に褐色の青年将校を見いだすと、黒獅子の騎士は馬の脇腹を蹴る。 一度は捕えながら、レティシアの心を思んばかり情けをかけたは己の甘さ。 この男を討てば、残りは烏合の衆ではないか―― アルブレヒトは馬上でサーベルを抜き、ただ一点めざし敵兵の波に突入する。 「ローレンツ大尉!お下がりください!」 誰かがそう叫んだ時、ユベールの眼前には既に騎馬のアルブレヒトが迫っていた。 灰色の双眸が冷徹な光をたたえ、ユベールを捉える。 馬上から振り下ろされる一撃を剣でいなし、跳ね返す。 黒獅子の騎士は馬を乗り捨て、一息に間合いを詰めると再び打ち込む。 鋭い直線。 それをユベールは受けようとするが、互いの刃が触れ合った瞬間、体の軸が崩された。 (く・・・っ!) 一太刀の、なんという重みだ。 ギリギリと刃が軋みをあげる。 足元から崩れ落ちそうになるのを懸命に耐え、ユベールは重心を入れ直す。 力を逃して間合いを取ろうとするが、間髪入れず二撃、三撃と加えられていく。 ユベールには、相手の剣先を読むのに長けているという自負があった。 敵がどこに打ち込んでくるか、その視線や腕の動きで察知できる。 だからこそ戦場でも生き延びられた。 だがアルブレヒトの剣は予測していてすら、かわすことを許さない。 そうなのだ――フライハルトの正統なる頂点に立つ、これが黒獅子の騎士の剣―― 周囲は騎兵と竜騎兵の乱戦となっていた。 剣を合わせる最中にも、アルブレヒトは一言も発しなかった。 だがユベールには、黒獅子の騎士が躊躇なく彼の命を奪う心づもりなのだと知れた。 力の衝突では勝ち目はない。 足を使って距離を取ろうとした隙に、再び踏み込まれ至近からの一撃。 ユベールが刃で受けた刹那、アルブレヒトは刀身を返し、そのまま横薙ぎに薙いだ。 「っ!!」 衝撃に跳ね飛ばされ、ユベールは斜め後方に倒れこんだ。 体を回転させ、起き上がろうと片膝をつく。 だがアルブレヒトから視線を外さない彼の足もとに、赤黒い液体が染みを作っていた。 左手首から膝に生温かくしたたる血潮、痛みがないのは腕が感覚を失ったせいであろう。 剣を取り落したユベールに、黒獅子の騎士はなおも剣をふりかざすが―― 足もとをかすめて金属製の矢が撃ち込まれ、彼は周囲に視線を走らせた。 数名の竜騎兵が指揮官を守ろうと、二人の間に割って入る。 そこへ壮年の騎士が駆け寄った。 「アルブレヒト様、西側の城壁がもちません・・・!」 淡い灰色の瞳でユベールを睥睨すると、アルブレヒトは踵を返して去った。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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