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2017/04/17
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日が沈み、空には宵星がかかり始める。
救護所で手当てを受ける負傷兵たちを慰問したグストーは、城外へと足をのばす。
西側の一画に、戦没者たちが整然と並べられていた。
彼の中を吹き抜ける、茫漠とした風――救えるはずの命を見送るときは、いつもそうだ。
隣接した天幕の一つにおもむく。
中には小柄な骸が、横たえられていた。
グストーは器にくまれた水で布をしぼると、彼女の顔に付着した血をぬぐう。
丁重に、繰り返し・・・
穢れを清め終えると、彼は亡き同胞に黙祷をささげる。
信仰を持たないグストーの、静かな葬送の儀式。
「すまなかった・・・お前を、みとってやれずに。」
天幕を出ると、外で待機していたジャンに後を任せ、彼はフィアノーヴァ城内へ向かった。

城の一室を議場として、人々は既に集っていた。
ノルベルト・クロイツァー長官とリヒャルト、宰相の軍を指揮してきた連隊長たち。
その中に、怪我を押して参席するユベールの姿もあった。
遅れて着座したグストーが、人々をねぎらう言葉を短く述べた後は、王都の混乱を収めて諸侯を再掌握するための、喫緊の課題について話し合われた。
一人として、戦勝を祝う者はいない。
アルブレヒトの死――
まだ一般の将兵には伝えられていないが、宰相を支える高官たちにとっても、あまりに衝撃的な、耳を疑う出来事だったのだ。
女王を即日、王都へ移すという当初の計画も、見直さざるを得なかった
――アルブレヒトに取りすがる彼女を、誰も引き離すことができないのだから。


フライハルトの地図を指しながら行軍ルートを説明するノルベルトの言葉を、ユベールはどこか虚(うつ)ろに聞いていた。
いまレティシアには、レオンハルトが付いているだろう。
・・・アルブレヒトは、みずから銃で命を絶った。
キリストの教えにおいて、神から与えられた生命を否定することは大罪。
自死した者には葬儀をあげることも、埋葬することも許されない。
主君のために剣をもって戦い抜き、戦場で命を散らすことは騎士の誉(ほま)れ。
その信条を曲げて、自決するなど――

おもむろに議場が静まり返った。
ユベールが視線を上げると、部屋の入口に女王がたたずんでいる。
血の気を失い、青ざめた肌。
国主としての威厳は保っているが、唇は引き結ばれ、挑むような眼で人々を睥睨(へいげい)している。
ノルベルト長官が判断をあおぐようにグストーへ視線をやったが、そうする合間にレティシアは、自分の席を用意させて座ってしまった。
宰相は再び、淡々と議事を進行しはじめる。
「陛下には明朝、宮廷にお戻りいただく。陛下のご無事と、騒乱が終息したことを知らしめねばなりません。」
グストーが各人の役割を指示していく間、かろうじて気丈な様子でレティシアは顔を上げていた。

やがて話は、捕虜の処遇に及ぶ――ノルベルトは慎重に言葉を選んだ。
「騎士の方々の扱いは、特に検討を要する事案です・・・並みの戦争捕虜と同じにはできません。諸侯や民衆の感情を刺激しては――」
彼の発言を、グストーは遮った。
「ノルベルト長官、我らは過去の体制が終焉したことを、示さねばならんのだ。謀反には慣習法をもとに、厳正に対処する。たとえ、その首謀者が――」

「・・・やめて!!」
悲鳴にも似た叫びに、周囲は凍りついた。
「やめて・・・謀反・・・謀反ですって?ならアルブレヒトは謀反の首謀者だというの?!」
立ち上がったレティシアが、グストーに詰め寄る。
「貴方は何も分かっていない!」
「陛下、私的な感情は排していただきたい。」
蒼白な面持ちで唇を震わせるレティシアに対し、グストーの口調は冷ややかだ。
「国法に照らして、公正に処遇すると申し上げている。」
嗚咽(おえつ)を必死にこらえる女王の瞳から、涙がこぼれ頬を伝う。
「グストー、あなた彼を、彼の亡骸を・・・市中にさらせというの?!そのようなこと、絶対に許しません!」
「あの男のしたことの、結果を見ろ。黒獅子だから赦免しろと?それで治まるはずがない。この一件で、どれほどの犠牲が出たと思っている!」
「――宰相殿、陛下に対してお言葉が過ぎます!」
慌てたノルベルトが制止に入るが、グストーはなお強硬な態度を崩さない。
「・・・そのように狼狽されていては困る。第一あの男の真意を、陛下こそよく理解されているのではないか?」
「・・・っ」
立ち上がったまま、もはや体を支えるのも危ういレティシア。
内側で渦巻く、行き所のない悲しみと怒りのすべてを、彼女はグストーに投げつける。
「貴方なら戦いを避けられると思った!だから・・・っ」
だから、指輪を託したのに。

「陛下!」
ユベールは女王の手を取って、彼女の体を受け止める。
これ以上、レティシアをこの場にいさせてはならない。
「――アルブレヒト様のご遺体は、私の部隊で警護させていただきたい。」
彼は周囲の重臣たちを見まわし、こう付け加える。
「王都も混乱している現況、亡骸を奪い利用をたくらむ者が現れるやもしれません。陛下のご裁断があるまで、衆人の目にさらさぬよう守護いたします。よろしいですか。」
力なくユベールを見つめていたレティシアが肯首すると、彼は女王を支え、議場を後にした。

***


「・・・ひどいところを、皆に見せてしまったわね。」
居室に戻ったレティシアは、ドレスの裾を散らして寝台に伏す。
「私の側にいなくていいのよ。貴方こそ休まなければ、傷にさわるでしょう。」
「お側にいたいのです。私が。」
レティシアが差し出した右手を握って、ユベールは彼女の側に腰かけた。
互いの温もりの優しさに、彼女の心はわずかに均衡を取り戻したようだ。
「本当に私、愚かなことを・・・貴方たちの働きを、否定するつもりはなかった。」
「分かっています。私は構いません。ですが皆には、改めて陛下からお言葉を。」
「・・・そうします。」
自分が揺らぐことは許されない。
よくやったと言うのだ。
よく我が意を汲(く)んで、危難を乗り越えてくれたと。
――それでも目を閉じると、レオンハルトの姿を思い起こしてしまった。
白い布に覆われた亡骸の前で、レオはうつむいたまま、唇を噛みしめていた。
大柄な彼が少年のようにうなだれて、涙を見せまいと堪えている。
気の毒なレオ・・・彼は兄を失ったのだ。
だが彼に、かける言葉など見つからなかった。
「・・・私が、アルブレヒトを死なせた。」
「レティシア様・・・」
「彼は、行ってしまった・・・神の救いすら拒んで、魂が永遠の業火に焼かれてしまう。祈りすら届かない場所へ、たった一人で・・・っ」

ユベールは力ずくで、レティシアを抱き寄せた。
その熱が、震える吐息がすぐ側にあるのに、彼女の意識はどこか遠くに向いているようで、ユベールの腕に力が込もる。
彼は、ようやく思い当った。
主君にも神の掟にも背(そむ)き、騎士の崇高な徳を穢した逆臣として――黒獅子の名を貶(おとし)めた、忌まわしい過去として封じられること。
そうして人々の希望が、レティシアの新しい御代へと向かうこと。
それこそが、アルブレヒトの望みだったのだ。

アルブレヒト様・・・だがそれでは、あまりに残酷だ。
貴方の願いは、陛下の心を砕いてしまう――


***


どれほどの時間が過ぎただろう。
ユベールの胸に額を押し当てるようにして、レティシアは横たわっている。
彼女が目覚めている気配に、ユベールは小声で言う。
「部隊に、指示をして参ります。」
明朝の女王の出立に向けて、手配しなければならないことは多い。
ユベールは起き上がり、レティシアの顔を振り返る。
「――また戻ります。」

廊下に出て薄闇に包まれた城内を歩くと、簡易の指令所から、チラチラと明かりが洩れている。
ノックの後で入室すると予想通り、指示書の束を気だるげに処理するグストーがいた。
いつもならば側で控えているレオンハルトは、姿がない。
彼はユベールを一瞥すると、再び紙片に視線を落とす。
「レティシアの様子は。」
「今は、落ち着いています。ですが・・・陛下はご自分を責めていらっしゃる。アルブレヒト様が、永遠に救いを得られないと。」
あまりに絶対的であった、二人の絆。
「杞憂であればよいが、恐ろしいのです。このまま陛下のお心が、あの方に囚われてしまうのではと。」
グストーはペンをインク壺に浸す手をとめ、彼に向き直った。
「――自ら死を選んだ者が、永劫の地獄で苦しむというのは、教会が流布した解釈に過ぎない。」
「え・・・」
「たとえ煉獄(れんごく)の炎に魂が焼かれようとも・・・罪の償いを終えるとき、救済の望みは残されている――神はみずから地上に堕としたアダムにさえ、キリストを遣(つか)わし冥府から救いだした。罪の赦しを、誰も約束はできない。だが希望を捨てることもない。神の恩寵は、人知を超えているのだから。」
そう語る男の声音に、慈悲にも似た響きすら感じ、ユベールは言葉を失う。
あぁ、この男はかつて司祭であったか。
「レティシアに、そう伝えてやれ。少しは慰めになるだろう。」
「・・・ご自分で、お伝えにならないのですか。」
グストーは喉奥で、皮肉な笑みをかみ殺す。
「無神論者の俺が言ったところで、説得力があるまい。」
再びペン先をインクに浸し、グストーは己の仕事に戻る。
「あれは存外、強い女だ。」
しばしユベールは、宰相の静かに文字を綴る様子を見つめていた。
「驚きました・・・貴方は、陛下を・・・」
小さく首を振ると、ユベールは指令所を後にしたのだった。


~~~~~~~~~~~~
作者から一言:
物語も、ラストまであと数回(?)の予定。
あともう一息・・・完走がんばります。ヽ(=´▽`=)ノ

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*地上に堕とされたアダム:
キリスト教で、神に創られた最初の人間アダムは、神の命令に背いて天から地上に堕とされます。そのためアダムの子孫であるすべての人間は、神の教えを守りきれない、生まれながら罪を抱えた存在と考えられています。
死の前に告解(神父に信仰や罪を告白し、罪の赦しを乞うたりする儀式)をするわけですが、イエス・キリストより以前の人間は(教会も神父もいないので)告解ができず、自動的に冥府(ハデス)行きだったと。(汗)
そこで彼らを救うために、キリストは冥府へおもむいた、という。
宗派によっても様々に解釈される説話ですが、グストーは「神の愛は人間の発想を超えるものだから」と言いたいのでしょうね。
本人はぜんぜん、信じてないですが。
グストーって突然、作者の予定にないことを喋りだすんですよね。
Σ(・ω・ノ)ノ!






Last updated  2017/04/17 05:47:24 PM
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