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2017/05/17
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夜明け前――束の間の眠りに沈むフィアノーヴァの城に、彼女の靴音が響く。
通路で警備をつとめる竜騎兵が深礼し、扉の先へと進むと、そこは仮の霊廟だ。
部屋の奥、台座に安置された遺骸は白布に覆われている。
両側に置かれた燭台の炎が、鎮魂の光を投げかける。
レティシアは布を取り払い、側にひざまずいた。
胸の上で組まれた彼の手には、誓約の証である指輪がはめられている。
女王はその指輪をなぞり、そっと唇を落とした。
「アル・・・許して。きっと長い時を、待たせてしまう。でもいつか、私が務めを果たし終えたなら・・・貴方を迎えにいくから。行く先がどこであろうと、私たちは対の魂。必ず、互いを探し出せる。」

祈りを捧げ終えたレティシアは、城の外回廊に立って遠景を眺めた。
蒼く広がる森の向こうに、見はるかす丘陵の地平線。
やがて東の空の端に、白い稜線が生まれる。
人々を包み込んでいた闇の色はやわらかく溶け――
大地に放たれる導きの光。

――フライハルトの夜が明ける。
黒獅子を失ったこの国の、初めての夜が明けていく。

貫く曙光の矢は、あまりにまばゆくて、彼女は瞳を細めた。
「レティシア様。」
振り返った彼女を、淡い緑のまなざしが出迎えた。
レオンハルトは自分の上着を脱いで、レティシアの肩にかける。
「レオ、私・・・」
まだレティシアは、彼に語りかける言葉を持てない。
「お寒いでしょう。温かい飲み物でも、お部屋に用意しましょうか。」
「・・・もうしばらく、この景色を見ていたい。」
レオは彼女の隣に立って、うなずいた。
「ご一緒します。」
彼の大きな手がレティシアの髪を撫で、彼女の頬にこぼれた涙をぬぐった。


終章.新たな誓約


1797年7月下旬 ザンクトブルク

開け放たれた部屋の窓から、さわやかな風が舞い込んでいる。
自室で読書するユベールが振り返ると、ソファで焼き菓子を食べていたロイは、ちょうど居眠りを始めていた。
思わず苦笑して、彼は立ち上がると伸びをする。
約束の時間まで、まだ少しあるが・・・
ユベールが階下へ降りていくと、給仕盆にコーヒーポットを載せたシャルロットと行き違う。
「陛下でしたら、ホールにおいででしたよ。」


あの騒乱から2か月余りがたった。
建国以来の有事は鎮圧され、国内は落ち着きを取り戻しつつある。
前王弟ジークムント公は幽閉の身となり、彼に加担した貴族たちの所領と私兵は、大胆に整理された。
フライハルトの軍組織も再編をほどこされ、対フランス戦争の要衝、マインツにはユベールの父ローレンツ侯爵が再び戻っている。
ユベール自身も中央に正式な地位を用意され、一個連隊を率いる身となった。
王国竜騎兵第一連隊・・・それが中佐に昇格した彼の新たな仕事場であり、古巣のザンクトブルク竜騎兵隊も一部統合して指揮する。
ザンクトブルク防衛にあたったアドルフ・ギーゼンほか、功績をあげた者たちも一様に栄進を果たした。

――そうして、この国から「騎士」は姿を消した。
アルブレヒトの遺した嘆願によって、騎士たちの親族、家名が貶(おとし)められることはなかったし、テオドールやティアナは「特別なはたらき」が認められ自由を得た。
しかし女王に仕えた他の騎士は虜囚となり、フライハルト建国以前より長く続いた騎士制度は、終焉したのだ。
王宮にある女王の居室は改装され、黒獅子の部屋とを結んでいた内通路は封鎖された。


ホールの中央に、たった一人で立つ女王の後姿があった。
壁一面の六つの大窓から入り込む光が、彼女の足元にやわらかな煌めきを投げかける。
しなやかな腕を中空に伸ばし、レティシアは右足を一歩前へ踏み出す。
ゆったりとした三拍子のステップが優美に刻まれる。
ヴァイリエート・・・フライハルトに伝わる伝統の調べ。
軽やかに、たおやかに舞う、レティシアの金色の髪に淡い陽光が宿る。
彼女は何小節かステップを踏み終えると、向き直って微笑んだ。
「ユベール・・・貴方が、相手をしてくれる?」
「――陛下、私は・・・」
「そうね、貴方にはあまり教えてなかった。」
レティシアは彼を呼び寄せると、踊りの講釈をはじめる。
「大丈夫。左手はこう、軽く添えるだけでいいの。」

フィアノーヴァの落城以来、女王はユベールを側に置き、頼みにしてきた。
王宮も人も様変わりしていく中で、彼との時間はレティシアの拠(よ)り所なのだろう。
そうして新たな体制があらかた整った7月、女王は慰問と静養をかねて、ユベールと共にザンクトブルクを訪れた。
女王を支持して戦ったこの街は、わずかながら犠牲者も出している。
2週間ほどの滞在中、彼女は戦いの功労者や地元の名士と交流して彼らを手厚くねぎらった。
その旅程も、まもなく終わりに差し掛かる。
宮廷に戻れば、いよいよバイエルン公子、ルーカス・ベルトラムとの婚約を発表する手はずになっていた。

「そうよ・・・やっぱり貴方は、飲み込みが早い。」
負傷したユベールの左手は、いまでも感覚を取り戻せていない。
彼は器用に片腕で馬も操ってみせたが、やはり以前のように剣を振るえず、ピアノも弾けなくなったことはユベールをひどく落胆させた。
そんな彼をレティシアは、何くれとなく気づかう。
しばらくダンスに興じているうち、ユベールはすっかりステップを習得してしまったので、二人は予定通り湖まで散歩に出ることにした。






Last updated  2017/05/18 09:25:15 AM
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