暴力温泉芸者のミキさんの話(2)
その店のお姉さん達は、ほぼ全員が体のどこかに刺青を入れていた。しかし、他のヒトの場合はどちらかといえばファッションとしての“タトゥー”であるのに対し、ミキさんの刺青は、筋金入りの“入れ墨”であった。薄暗い店内ではっきりとは覚えていないが、吉祥天だか弁財天だかの伝統的な彫り柄は、明らかに他のお姉さんとは一線を画す凄みを帯びていた。ミキさんが凄みを帯びていたのは、刺青の迫力に加え、手際よくお客を縛りローソクに火をつけながら半分微笑んだ眼だけが「マジ」なのである。しかも、あまり余計なことは喋らない。寡黙で仕事熱心なSM嬢ほどコワイものはないのである。なんだか知らないが、このヒトはホンマモンなのだと思った。そんなミキさんとは、たまたま音楽やアートの話が通じたので、よく話すようになった。特に、この店でかけるゲーンズブールとか、ベルベット・アンダーグラウンドの曲や、アンディ・ウォーホルやロバート・メイプルソープの作品の話などを、他の客をほったらかして、よくしていた。ところがある日、ミキさんが「もうすぐ店をやめる」と言った。やめて何をするのかと聞くと、少し思うところがあると言いつつ、具体的には教えてくれなかった。が、また近況を知らせるからメールアドレスを教えてほしい、などと可愛らしいことを言った。そんなタイプではないと思っていたので少し意外ではあったが、当時まだインターネット黎明期時代のメールアドレスを伝えた。それから半年ほど経って、彼女からメールが届いた。なんでも、かなりの過酷な手術をして、背中の刺青を消したのだという。そんなことができるとは知らなかったのだが、手術自体も術後も体への負担は相当なものらしかった。そうまでして刺青を消した理由は、実は「芸者」になるためなのだという。しかもすでに、しかるべき手続き(さっぱりわからないが)を経て、有馬温泉で温泉芸者としてデビューする手はずを整えており、現在本格的に有馬温泉に赴任するまでの準備期間なのだと。そもそも有馬温泉に芸者がいることすら知らなかったし、まったく驚くことばかりであった。ミキさんとの会話やメールを通じて感じたのは、当時彼女を支配していたのは、圧倒的な身体感覚の希薄さと、それが故の「リアル」さの渇望である。背中一面に刺青を入れ、SM嬢として客を痛めつけ、痛みに絶えて再び刺青をとり、次は芸者への道という、ある種痛々しい生き方。おそらくそういう生き方を選択することで、かろうじて生きる実感を確認していたのではないかと思う。しかしその後、芸者の準備期間中に何度かメールのやりとりはあったものの、そのうち、こちらが忙しくて返事を返さなかったせいか、それとも彼女の方から連絡がこなくなったのかは忘れたが、いずれなんとなく音信は途絶えてしまった。おそらく温泉芸者になるという彼女の話は嘘ではなかっただろう。しかし、正直なところ、今現在も彼女が有馬で順調に芸者生活を送っているかどうかは、疑わしい気がする。最悪の場合、この世にいなくても全然不思議ではない、とも思っている。ただ、願わくば、ミキさんも今頃は有馬の生活にもすっかり馴染み、異色の暴力温泉芸者として座敷の客をヒイヒイ痛めつけたりしながら、日常を満喫していることを祈るばかりである。そんなことをふと思い出した秋の夜。Robert Mapplethorpe: 1946~1989