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秋に咲くヒマワリ・・なのかもね。

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2022.06.24
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ドーバー海峡間の全長50kmの英仏海峡トンネルは90年代、そういう話が持ち上がってるなと思っていたらあっという間に3年半ででき上って、当時びっくりしたものです。青函トンネルの17年に比べて大きな短縮です。それに一役買ったのが日本の川崎重工のシールド工法と今回プロジェクトXで知りました。

契約後に工期の短縮を求めたフランス側の態度に違和感を覚えましたが、それを受け入れ、難局を乗り越え、期限よりもはるか前に完成させた日本の土木技術の底力を感じさせる作品だと思いました。

このトンネルのおかげで現在ロンドン-パリ間は2時間ちょっとで結ばれているそうです。東京名古屋間くらいでしょうか。意外に近いのにびっくりびっくり

参考リンクに貼っておいた『知られざる建設技術の世界「第04回 トンネル・地底を支える』のNo.1が面白かったです。

これだけの技術力があれば、全長90kmくらいの日韓海底トンネルはサクッと掘れそうですが、わざわざトンネルを掘ってまでお近づきになりたくないやっかいな隣人という政治的なカベがあるので、まだずっと先の話になりそうです。






■参考リンク
知られざる建設技術の世界「第04回 トンネル・地底を支える」(01 of 02)

知られざる建設技術の世界「第04回 トンネル・地底を支える」(02 of 02)

NHKスクエア:新価格版 プロジェクトX 挑戦者たち 巨大モグラ ドーバーを掘れ~地下一筋・男たちは国境を越えた~

2000年~2005年にNHK総合で放送された「プロジェクトX 挑戦者たち」。
熱い情熱を抱き、使命感に燃えて、様々な困難を乗り越え"夢"を実現させてきた「無名の日本人」たちの姿は、全国で感動を呼び、社会現象にもなった。
直面する障害を乗り越え、さまざまな「プロジェクト」を完遂してきた"先達"たちの物語がよみがえる。
【収録内容】
1991(平成3)年春、イギリスとフランスをつなぐ海底トンネル「ドーバー海峡鉄道トンネル」が貫通した。ヨーロッパを陸続きにする壮大な夢を実現させたのは、「鉄のモグラ」といわれる巨大なトンネル掘削機だった。軟弱な地盤と無数の断層、高い水圧の中、16kmをわずか3年で掘り抜くという前代未聞の計画に挑んだのは、川崎重工の技術者たちだった。ヨーロッパの夢をかけた世紀の大工事を成し遂げた日本人技術者の意地と執念のドラマを紹介する。

Wikipedia:英仏海峡トンネル
英仏海峡トンネル(えいふつかいきょうトンネル、英: Channel Tunnel, 仏: Tunnel sous la Manche)は、グレートブリテン島(イギリス)とヨーロッパ大陸(フランス)間のドーバー海峡(英仏海峡)の両岸を結ぶ、鉄道用海底トンネルである。他にドーバー海峡トンネルまたはユーロトンネルと呼ばれる場合もある。ゲットリンクが保有・管理している。
データ
全長:50.49km
海底部長:37.9km
水深(最大):60m
軌間(レール幅):標準軌(1,435mm)
構造:2本の本トンネルとサービストンネル
掘削方法:TBM工法及びシールド工法
建設費用:約1兆8,000億円
建設
英仏海峡トンネル イギリスのフォークストン側の出口遠景(写真中央からやや左が実際の出口)
英仏海峡トンネルはおもにTBM工法で作られたが、シールド工法も可能なTBMが使われ、地盤が弱い区間などでシールド工法が用いられた。
計11機(イギリス製6機、日本製4機、アメリカ製1機)のTBMが発注され、イギリス側から6機、フランス側から5機で掘り進められた。日本製のうち2機は川崎重工業製である。
フランス側からの掘削に参加した川崎重工業がかなりの難工事をこなしたことで、『プロジェクトX』にも取り上げられている(放送は2001年9月25日)。ほか、en:George Wimpeyやベクテルが施工に参加している。
通常、トンネルの両端から掘り進むTBMはトンネル中央部まで来ると、自身をトンネル構造物の一部にしたり、左右に掘り進んでトンネル経路を外れそのまま埋めて投棄したりする。TBMが各建設事業ごとのオーダーメイドで他の工事では使えないこと、地上まで運び出すよりは埋めてしまったほうが安上がりなことなどから、このような方法がとられる。イギリス側のTBMは掘削完了後、トンネル経路より下方向に潜り込ませ投棄されたが、フランス側のロビンス/コマツ、ロビンス/川崎重工業のTBMはイギリスまで進み、地上に記念展示されたのち分解された。
運用
イギリスのフォークストン(Folkestone)とフランスのカレー(Calais)を結ぶ。運営はゲットリンク。トンネル内を通過する列車は、ユーロスター、車運搬用シャトル列車(Eurotunnel Shuttle)、貨物列車である。
列車の最高速度
ユーロスターの営業最高速度は300km/hだが、英仏海峡トンネル区間では160km/hに制限されている。陸上部で最高速度140km/hのユーロトンネルシャトルおよび貨物列車とのすれ違いがあるためだが、青函トンネルと異なり単線並列でのすれ違いによる影響を考慮する必要のないトンネル区間も同様に制限されている[2]。
線路使用料
トンネルを通過する列車を運行する会社は、ゲットリンクに対して線路使用料を支払う。線路使用料の額は、2008年以降は貨物列車1本あたりの平均で3,000ポンドまたは4,500ユーロである。これは2006年のユーロトンネルグループ(2007年6月27日以前の企業名)経営破綻とその後の再建計画の中で、使用料を減額して通過量の増大を図ったもので、2007年までは1列車平均5,300ポンドまたは8,000ユーロであった。また積み荷の種類やトン数による複雑な課金体系だったものを、列車のスピードと時間帯による単純な課金体系に改めている[3]。
歴史
1751年 : アミアンアカデミーが新しい海峡横断交通のアイデアを募集する。
1752年 : 鉱山技師アルベール・マチュー(Albert Mathieu)が海峡トンネル案をアミアンアカデミーに送る。
1802年 : アルベール・マチューがナポレオン1世に海峡トンネルを提案。
1833年 : トム・デュ・ガモン(Thome du Gamond)が最初の地質調査を行う。
1855年 : パリ万博に海峡トンネルの模型が展示される。
1868年 : 英国海峡トンネル委員(British Channel Tunnel Committee)発足。
1869年 : 英国海峡トンネル委員会が試掘トンネルの掘削を決定。
1872年 : 海峡トンネル会社(Channel Tunnel Company)設立。
1881年 : 海峡トンネル会社がイギリス側からトンネル掘削開始。
1883年 : 建設中止。
1956年 : 海峡トンネル研究会(Channel Tunnel Study Group)発足。
1969年 : 「海底トンネル委員会」発足。
1978年 : 掘削開始、その後中止。
1986年
2月 : 英仏両政府による事業認可。
5月 : 工事着工。
1990年12月1日 : トンネル貫通。
1994年
5月6日 : 開通式[1]。
11月14日 : ユーロスター開業[4]。
1996年11月18日 : 貨物シャトル列車上のトラックより出火し、トンネル内火災。
1997年5月15日 : 全面復旧[5]。
2006年8月2日 : 総額91億ユーロ(約1兆5,000億円)の債務により、運営会社ユーロトンネルグループ破綻。
2007年
1月30日 : サンガット難民収容所問題に関して、常設仲裁裁判所から勝訴判決を得るものの、賠償額の算定は後日に回される。
5月25日 : 91億ユーロの債務から41億ユーロ(約6,900億円)までの減額と、新会社グループ・ユーロトンネルへの株式交換が、株主により認められる。
2008年9月11日 : 貨物シャトル列車上のトラックから火災が発生し、一時閉鎖された。
2009年12月18日: ヨーロッパを襲った寒気の影響でトンネルの電気系統が故障し、ユーロスター合計5本がトンネル内で立ち往生するトラブルが発生。
2012年7月 : フランスからイギリスに向かう南トンネル内で、フランス側の事業者による2Gおよび3G通信サービスが開始。南トンネル内での携帯電話の使用が可能になった。
2014年5月 : 北トンネル内で、イギリス側の事業者による2Gおよび3G通信サービスが開始。ほぼ全線で携帯電話の通話が可能になる。
2017年11月20日: トンネル保有・管理会社がグループ・ユーロトンネルからゲットリンクに改称。







Last updated  2022.06.25 08:07:57
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