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秋に咲くヒマワリ・・なのかもね。

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TVCM TV commercial, ネット広告 Internet Ad

2022.01.03
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伊東かりさんの声は聴くと安心感のある特徴的な声で好きでした。
共同石油のCMソングが一番耳になじんでいます。






■参考リンクWikipedia:伊東ゆかり
伊東 ゆかり(いとう ゆかり、1947年4月6日 - )は、日本の女性歌手・女優。 本名:伊東 信子(いとう のぶこ)。
東京都品川区出身。父親は沖縄県出身。関東学園女子高等学校(現・関東国際高等学校)卒業[1]。1960年代から1970年代に掛けて一世を風靡した和製ポップス歌手の一人。歌手として音楽番組への出演やコンサート活動のほか、女優業もおこなう。
略歴
幼少期から進駐軍キャンプで唄い始め、11歳のとき(1958年6月)「かたみの十字架/クワイ河マーチ(映画『戦場にかける橋』テーマソング」)でキングレコードより本格デビュー[2]。
その後、一時芸能活動を休止するが、渡辺プロダクションに移籍し活動を再開。ポップスを得意とした中尾ミエ、園まりと三人で “スパーク3人娘” を結成。『シャボン玉ホリデー』や『歌え!一億』に出演し、知名度を全国区にした。1967年にリリースした「小指の想い出」は爆発的なヒットとなり、その後も長く歌い継がれている。その後も「恋のしずく」「朝のくちづけ」「知らなかったの」と立て続けにヒット曲を飛ばした。この頃、巨人軍選手の柴田勲との交際が話題となり、一時は柴田との結婚話まで浮上した(詳細は柴田勲#交友関係を参照)。1969年には映画『愛するあした』に主演、同年第20回NHK紅白歌合戦の紅組司会を務めた。






Last updated  2022.01.05 11:18:59


2021.12.31
新型肺炎が流行したこの2年間、多くの飲食店が休廃業して、お店の人たちとも会えなくなり、寂しい思いをしました。

休業協力金でパチンコをやっていたお店もあれば、この2年間を耐えて、より立地の良い場所に移転したり、店舗の改装をして頑張っているお店もあります。ようやく緊急事態宣言も明けて、今まで以上に利用したいと思います。

先日利用した荒川和久さんの記事を読んで、飲食店には店の人や居合わせたお客さんとのコミュニケーションという大事な機能があることを今更ながら知りました。





■参考リンク
23の映画の飲食店シーンがCMに、サントリー「人生には、飲食店がいる。」ブレーン 編集部2021.12.28 掲載 AdverTimes
サントリーホールディングスは12月23日から新テレビCM「人生には、飲食店がいる。『不思議な場所』」篇の放映を開始した。
CMではTHE BLUE HEARTSの『情熱の薔薇』にのせて、23本の映画の飲食店でのシーンが次々に映し出される。それに合わせて、「トリスハイボール缶」の広告キャラクターを務める吉高由里子が本CMのステートメントを読み上げる。
「その場所は、不思議な場所だ。
そこでは、言えなかった本音が 言えたりする。
知らなかった 自分の気持ちに、出会えたりする。
しょうもない話で 涙が出るほど笑えたりする。
気がつくとみんな いい顔になってたりする。
不思議な力が その場所にはある。
あんなに賑やかなのに、みんなの声が聞こえる。
今日もまた 笑って、語って。」
サントリーグループは11月から「人生には、飲食店がいる。」のメッセージを展開しており、約5万点の酒販店や飲食店にポスターやステッカーを配布。同3日には新聞広告を、8日からは約1250面の屋外広告を出稿した。今回のCMもその一環となる。
クリエイティブディレクターを務めた電通 Dentsu Lab Tokyoの田中直基氏は次のようにコメントしている。
「『最近、飲食店に行かないことにも慣れてきたんですよね』。そんな声が聞こえてきた時に、反射的にこの企画をお伝えし、その場でいきましょうという決断をいただいたのを覚えています。今回のメッセージは、お酒を飲まない方、嫌いな方をはじめ、受け入れない人も当然います。サントリーさんはそれでも言おうと決められました。映画関係者の皆さまをはじめ、ご協力いただいた全ての方がいなければ実現できなかった企画です」。
CMに登場する映画は下記の通り(記載はCMでの登場順)。
『恋と花火と観覧車』(1997)/『マザーウォーター』(2010)/『顔』(1957)/『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』(2007)/『月極オトコトモダチ』(2019)/『凪待ち』(2018)/『サクラノマチ』(2012)/『buy a suit スーツを買う』(2008)/『ぐちゃぐちゃ』(2017)/『いちごの唄』(2019)/『神様のくれた赤ん坊』(1979)/『おのぼり物語』(2010)/『Every Day』(2016)/『春だドリフだ全員集合‼︎』(1971)/『続 男はつらいよ』(1969)/『すべては海になる』(2010)/『幸福の黄色いハンカチ』(1977)/『ハナ肇の一発大冒険』(1968)/『バケツと僕!』(2018)/『われに撃つ用意あり』(1990)/ 『川越街道』(2016)、『東京物語』(1953)/『円の網』(2017)。
以下略






Last updated  2021.12.31 00:00:06
2021.12.22
今は日立だけになっているようですが、昔は家電メーカーそれぞれにCMソングがあってTVでよく流れていました。TVが一家の中心で機能していた時代の話です。そういえばソニーの歌は聴いたことがありません。




ナショナルで思い出しましたが、昔ナショナルキッドという社名をタイトルに入れた30分の少年ドラマがありました。夏休み中に再放送で観ましたが、最終回のとき、家の時計が15分すすんでいて、最初の15分だけ観て終わったと勘違いしてTVを消し、後半を見逃してずっと後悔してました。ところが先日アマゾンのマイヒーローというチャンネルでナショナルキッドが観られることを知りました。時間のあるときに観たいと思います。


■参考リンク
Wikipedia:ナショナル劇場
『ナショナル劇場』(ナショナルげきじょう)は、TBS系列ほかで、1956年4月2日から2008年9月22日まで、毎週月曜日20:00 - 20:54(JST)に放送されていた時代劇を中心としたドラマ番組枠である。旧称『ナショナル ゴールデン・アワー』。
概要
「世の為人の為、老若男女問わない番組を。」という松下電器産業(現社名:パナソニック)の創業者である松下幸之助の方針で、半世紀以上の長期に渡って放送を続けていた。松下グループの単独スポンサー番組であった。
オープニングとして「明るいナショナル」(作詞〜初代ヴァージョン〜・作曲:三木鶏郎)が流れていた。ラジオ番組「歌のない歌謡曲」と同様に、時代によって曲の節・アレンジ・歌詞が変化している。詳細は歴代オープニングの項を参照。

Wikipedia:光る東芝の歌
『光る東芝の歌』(ひかるとうしばのうた)は、日本の電気機器製造メーカー・東芝の企業イメージソング。
作詞・峠三四郎、作曲・越部信義。1956年発表。
概要
1956年4月からラジオ東京テレビ(KRT、現:TBS)で1956年4月から松下電器産業(現・パナソニック)の一社提供で放送が開始された「ナショナル ゴールデン・アワー」(「ナショナル劇場」→「パナソニック ドラマシアター」)オープニング曲であった三木鶏郎作詞・作曲の「明るいナショナル」に対抗して東京芝浦電気(現・東芝)が峠と越部に製作を依頼したと言われ、「東芝土曜劇場」(フジテレビ、1959年 - 1964年)、および「東芝家族劇場」(NETテレビ、現=テレビ朝日、1959年)で使用された。
その後、1967年10月から「東芝日曜劇場」(TBS、放送開始は1956年12月)のオープニングテーマ曲として1986年3月まで使用され(1986年4月からは映像はそのまま音楽だけ『愛の巡り逢い』(ジュディ・オング) に差し替えられた)、ニッポン放送で放送されたラジオ番組『フレッシュイン東芝 ヤング・ヤング・ヤング』では冒頭で東芝のCMが流れた後に「光る東芝の歌」が流れ、番組本編に入った。「光速エスパー」(日本テレビ、1967年 - 1968年)では光る東芝の歌をバックにアニメの光速エスパーが動き回るバージョンが使われた。

Wikipedia:日立の樹
日立の樹(ひたちのき)は、日立製作所をはじめとする日立グループを代表するコマーシャルソング(CMソング)および、同曲を使用したテレビCMに登場する大樹の通称である。
本項では、楽曲、テレビCMおよびCMに登場する大樹についてそれぞれ記述する。
楽曲について
歌い出しに由来する『この木なんの木』の別名でも知られる。2005年から現行のバージョンは9代目(楽曲のアレンジとしては3代目)。以前のバージョンは公式サイトである「日立の樹オンライン」で見ることができる[1]。
日立グループをイメージする楽曲として日立グループ提供のテレビ番組のCMソングとして使用され(詳細は後述)、イベント等のパレードに日立が参加する際にも使用される。愛・地球博の日立グループ館の紹介映像にもこの曲が使われた。日立が広告を出している大阪市の通天閣でも毎日正午にこの楽曲が流れるほか、同社の山手工場・臨海工場・旧多賀工場(現日立グローバルライフソリューションズ多賀事業所)(いずれも茨城県日立市)などの事業所においても、昼休み等に流している場所がある。
この曲は1972年にグループCM(後述)が制作される際に小林亜星に作曲を委嘱し、作詞は小林の紹介により伊藤アキラに委嘱して制作されたものであるが、伊藤にCMに用いる木のイラストを見せて、楽曲のイメージを伝えた際、伊藤が「この木は、なんという木ですか?」「どんな木なのですか?」「どこにあるのですか?」と質問したのに対し、スタッフは「わかりません」「知りません」とばかり答えた。当時イメージにマッチした木が見つからなかったため、アニメーションで描かれた木が用いられることとなっており、そのモデルとなる実在の木もなかったのである。
このときのやり取りから、「この木なんの木」で始まる特徴的な歌詞が生まれたという[2]。
大樹『日立の樹』について
日立グループでは、CMに登場する大樹のことも『日立の樹』と称している。長期に渡って使用されているモンキーポッドが有名だが、上述の通り1973年の最初のCMでは映像にアニメーションが採用されていたほか、別の木をあしらったCMが存在する。
最も有名な『日立の樹』は、ハワイ・オアフ島にあるモンキーポッドの大樹であり、1975年 - 1979年の2代目CMで用いられた後、下記のマンゴーの木等に変更されたが、その後も視聴者の要望で1984年以降は一貫してこのモンキーポッドが使用されている[22]。この木は、ワイキキから車で30分ほどのダニエル・K・イノウエ国際空港に程近いモアナルア・ガーデンという公園にある。同公園には『日立の樹』と同種の木が多数ある。

Wikipedia:ナショナルキッド
『ナショナルキッド』(英:National Kid)は、1960年8月4日から1961年4月27日まで日本教育テレビ(NETテレビ:現・テレビ朝日)系で放送された東映製作の特撮番組、および劇中の主人公であるヒーローの名前。モノクロ作品。東映が手掛けた初のSF特撮作品である。
日本でも放送されたアメリカの人気テレビ番組『スーパーマン』に触発された「空飛ぶヒーローもの」[1][2]。キッドの飛行シーンなどで、当時としては高品質な特撮技術が使われている[3]。
解説
「ナショナル」こと松下電器産業株式会社(現社名:パナソニック株式会社)が、「子供たちに科学に対する興味を持たせたい」との方針で、破格の予算を投じて単独スポンサーをつとめた[注 1]。オープニング映像では、ナショナルの電飾広告塔をバックに空を飛ぶナショナルキッドの姿が使われるほか、番組提供の「松下電器」の文字とナショナルの広告塔が重ねられ、また劇中でナショナルキッドが使用するエロルヤ光線銃がナショナルの懐中電灯と同じ形であるなど、かなり徹底したタイアップとマーチャンダイジングが行われた[1][2]。






Last updated  2021.12.26 05:30:46
2021.12.20
久々に大滝秀治さんのしわがれた声の「やずや、やずや」が聞きたくてYouTubeを探しました。「壊れたハーモニカ」というのは見つかりませんでしたが。いろいろ懐かしかったです。独特な安心感のある声でした。

亡くなられたときに、天皇陛下が香典を下賜されたそうで調べたら文化勲章受章者や文化功労者等が対象だそうです。残念ながら自分には縁のない世界ですスマイル









■参考リンク
Wikipedia:大多喜秀治
大滝 秀治(おおたき ひでじ、1925年(大正14年)6月6日 - 2012年(平成24年)10月2日)は、日本の俳優、ナレーター、実業家。位階は正四位。勲等は旭日重光章。文化功労者。
映画・テレビドラマなどでの活躍
映画では1952年(昭和27年)に公開した新藤兼人監督の『原爆の子』など民藝がユニット出演した作品などに端役で出演していたが、1955年(昭和30年)の『ここに泉あり』でまともな役を演じた。また当時、民藝が日活と提携契約していた関係で1960年代は日活のアクション映画などに、主に悪役で出演した。1970年代以降も巨悪や黒幕役を数多く演じ、山本薩夫監督の社会派映画『華麗なる一族』『金環蝕』『不毛地帯』で大物政治家を演じる一方、今井正監督の『あにいもうと』では、主人公の父親役でブルーリボン賞の助演男優賞(『不毛地帯』の演技と共に受賞)、キネマ旬報賞の助演男優賞、第1回報知映画賞の助演男優賞を受賞。
映画では市川崑や伊丹十三作品の常連として活躍。特に市川作品では「金田一耕助シリーズ」全5作に皆勤出演しており、伊丹作品ではコミカルな役に起用されている。このことから1970年代半ばの大作ブームでは引っ張りだことなり、1977年から1979年の3年間で全国公開された大作の実に8割近くに出演した。
テレビドラマでは、悪役を経て、1975年から1981年にかけて地方の巡査を演じた『うちのホンカン』で主演(第1作は第23回日本民間放送連盟賞最優秀賞を受賞し、以降、倉本聰作品には多く起用された)。1977年からの8年間にわたっては『特捜最前線』で船村一平刑事役でレギュラー出演[注 1]し、認知度が上がった。
「飄々(ひょうひょう)としつつも時には激昂する」という独特の芸風が人気を集め、関根勤のモノマネレパートリーの1人としても知られるようになる。モノマネは大滝公認であり、1999年には「真似(まね)して真似され二人旅」で関根との共演を果たしている。
江口隆哉の考案した体操でハップという掛け声を云わされたことからあだ名はハップであった。
2002年(平成14年)から俳優の岸部一徳と共演している大日本除虫菊(金鳥)のCMでは、迫真かつユーモラスな演技を見せ、このCMは2004年(平成16年)に東京コピーライターズクラブ賞のグランプリを受賞した。先述のモノマネも、このCMのセリフが使用されることが多い。
やずやのCMの中では宇野に自らの声を「壊れたハーモニカ」と評された先述のエピソードを吐露している。これは暗に舞台演出家への転向を促されたものであった。大滝自身も自分は声も顔も悪く、若い頃より老け役を演じることが多かったと振り返っており[8]、様々な老人役を演じた。
死去
2011年(平成23年)6月から7月にかけて行われた舞台『帰還』が最後の舞台出演となる[6]。2012年(平成24年)春に体調を崩し、舞台『うしろ姿のしぐれてゆくか』への出演を取りやめた。10月2日午後3時17分、肺扁平上皮癌のため東京都内の自宅で死去した[9]。87歳没。最後の作品となった映画『あなたへ』で共演した高倉健は、大滝との共演シーンで涙を流したと語っており、「あの芝居を間近で見て、あの芝居の相手でいられただけで、この映画に出て良かった、と思ったくらい、僕はドキッとしたよ。あの大滝さんのセリフ(「久しぶりに、きれいな海ば見た」)の中に、監督の思いも、脚本家の思いも、みんな入ってるんですよね」と振り返っている[10]。戒名は瑞藝院秀聲居士。天皇(現・上皇)から、一般の香典にあたる祭祀料を下賜された。

Wikipedia:祭粢料
祭粢料(さいしりょう)とは神にささげる供物。天皇が葬儀に下賜する金員で一般の香典にあたる。
概要
「祭粢料」の本来の意味は神前にささげる供物のことである。
明治時代に栄典制度が整備されると、勲一等(現在(2003年以降)の旭日大綬章)以上ならびに文化勲章受章者の葬儀には天皇が金員を下賜することが規定された。なお、戦前は「祭粢料」のみならず勅使が派遣され、幣帛が下賜されるほか、軍隊から儀仗兵の派遣も行われた。
戦後は「祭粢料」と呼ばれる金員が「一定の基準があり、それに従って」[1]「国家に功労があった者」に下賜される。旧勲一等以上の勲章ならびに文化勲章受章者、文化功労者、国会議員経験者、大使経験者などに文化庁などの所管官庁を通じて与えられることになった。天皇が公の場での悔やみを表明するため、公的な経費である「宮廷費」から支出している(宮内庁規定による)。一件ごとに天皇に事前に報告され「勅使」によって遺族のもとへ持参される。 現在「祭粢料」の金額は明らかにされていない。祭粢料は木箱に納められ、「天皇陛下」と書いた幅10センチ、長さ30センチの紙がそばに立てられ弔問客の目に付くように置かれる。






Last updated  2021.12.25 02:46:13
2021.12.02
このCMを朝、観ただけで今日一日良いことがありそうな気がします。
しかし本当にきれいな方です。性格もよさそうだしぽっ








Last updated  2021.12.08 03:39:55
2021.11.15
サントリーBOSSのCMですが、短い時間にきちんとしたメッセージが入っているのと、きれいな景色が入っているのが気に入ってます。
気に入った作品の第2弾です。








■参考リンク
好きなCM:サントリー・ボス CM 宇宙人ジョーンズ シリーズ(2006.4~現在)






Last updated  2021.11.19 02:42:01
2021.11.09
米倉斉加年さんと言えば、国盗り物語の竹中半兵衛役が印象的で50年近く経ってもまだ覚えてます。

米倉さんが1979年から出演された焼き肉のたれ「ジャン」のCMもインパクトがあって好きでした。去年だったか、米倉さんがこのCMに出演することで起きた子供さんたちも巻き込んでの変化をネット検索してて初めて知りました。Titanさんの『米倉斉加年さんとモランボンの「ジャン」』というブログに詳しく説明されています。あらためて米倉さんの人間としての深さや優しさを感じました。

■参考リンク

Voice of Titanさん:米倉斉加年さんとモランボンの「ジャン」






2015.11.20 ドラマ杉良太郎さんから『国盗り物語』大発掘!








Last updated  2021.11.10 00:01:02
2021.11.08
十六茶とか爽健美茶は野草のような感じがしてあまり買いませんでしたが、爽健美茶の最初のCMは衝撃的でした。上半身何も着てないすらっとした中性的な女性が爽健美茶のCMを歌うシーンを見て、一発で商品のイメージが頭に入ってきました。









■参考リンク
Wikipedia:爽健美茶
爽健美茶(そうけんびちゃ)は、日本コカ・コーラが販売している清涼飲料水。1993年に「茶流彩彩 爽健美茶」として発売された。商品名は「爽やかに、健やかに、美しく」から。キャッチコピーは「いいもの たっぷり」。
概要
原材料にハトムギ、玄米、発芽玄米、大麦、ドクダミ、はぶ茶、チコリー、月見草、ナンバンキビ、大麦若葉、明日葉、杜仲葉、ヨモギの13種類の素材を使用している。過去の製品には、CMソングにもあった通り「ハトムギ、玄米、月見草、ドクダミ、はぶ茶、プーアル、チコリー、緑茶、大麦、南蛮黍」(後にびわの葉も含まれる)がブレンドされていた。
当初はアサヒ飲料の十六茶の対抗商品として企画されたが、ライバルの売り上げを上回る大成功を収め、定番商品として茶飲料の一大メガブランドに成長した。
コンビニエンスストアでは、取扱いのない店舗がないとまで言われるほどの流通量で、故に愛好者も多い。自動販売機などでは、夏季には甘いコーヒーやジュース類よりも好まれるため、看板商品のコカ・コーラやジョージアよりも、多く並んでいることがある。
歴代イメージキャラクター(爽健美人)
1995年 こずえ
1996年 本上まなみ
1997年 未希
1998年 小雪
2001年 富永愛・滝沢沙織・松下奈緒
2002年 川原亜矢子
2003年 常盤貴子・伊藤英明(10周年)
2004年 中島美嘉
2005年 矢田亜希子・マッケンジー・ハミルトン
2006年 キム・テヒ・栗山千明・荒川静香
2007年 相沢紗世・長谷川潤・上原多香子
2008年 杏・すみれ・佐々木希・VANESSA
2009年 竹野内豊・福原美穂・杏
2010年 宮崎あおい
2011年-2012年 武井咲
2013年-2015年 綾瀬はるか
2016年-2019年 土屋太鳳[5][6]
2019年 榮倉奈々
2020年 蒼井優[7]
2021年 広瀬アリス[8]






Last updated  2021.11.08 22:19:34
2021.10.22
TVをあまり見ないので、このCM自体知りませんでした。女性向けのチョコのような感じがします。

新垣結衣さんも11年連続で出演していると、表情が変わってきます。この数年は特におきれいになられたように見えます。チョコのCMで11年はすごいなと思います。

森高千里さんの出演分も見つけたので、一緒に載せておきます。





■参考リンク
新垣結衣「メルティーキッス」CMに11年連続で出演「すっかり風物詩ですね」2021年10月26日 4時0分スポーツ報知
女優の新垣結衣が、冬期限定のチョコレート菓子「メルティーキッス」ブランドの新テレビCM「『メルティーキッス』今年も雪のようなくちどけを。」編に出演することが25日、発表された。26日から全国で放映される。
 「メルティーキッス」の広告キャラクターに起用されて11年目となった新垣は、「もう、すっかり風物詩ですね。私の中でこの撮影が始まると、冬が来るって思いますし、テレビでCMが流れ始めると、『冬が来たなって思う』と、周りの人にも言われるので、まさか11年も続くとは思っていませんでした」と振り返った。
以下略。






Last updated  2021.10.27 00:41:29
2021.10.18
バブルの頃だったか、バックシャンという言葉がちょっと流行ったような気がします。当時付き合っていた彼女にバックシャンと言ったらひっぱたかれたのはいい思い出です。

エメロンクリームリンスのCMで「ふりむかないで」の曲に乗せて、後姿の女性を振り向かせるCMはけっこう好きでした。

下から2番目のYouTubeの6:20あたりに出てくる京都の女性ですが、結構かわいいです。今は70歳くらいでしょうか。









■Wikipedia:エメロン
エメロン(EMERON)はライオン油脂(現・ライオン)から1965年8月に発売されたヘアケア製品、石鹸などのブランドである。2005年頃生産終了。
『エメロン』の名前の由来は、「エメラルド」+「ライオン」。 ライオン油脂がこれまであまり力を注いでこなかった香粧品分野に本格進出するに当たっては、花王や牛乳石鹸共進社などの先行ブランドに対抗しうる強力なブランドを持つ必要があった。しかし、当時の社名「ライオン油脂」は洗濯石鹸メーカーのイメージが強く、さらにその名が威厳に満ちていて、香粧品のソフトなイメージにふさわしくないとされた。そこで、会社名を前面に出すよりも、ブランドを育てあげることを優先し、それがひいては企業名を売ることにつながるとの考えに至った。
ターゲットは主に女性としたことから、自社名と宝石の名前を組み合わせ、ブランドネームとした。宝石の中でエメラルドを選んだのは、単に宝石のみならず、地中海の紺碧の美しい水の色、花言葉が「愛」であることがある。この造語により、甘さ、あこがれ、しゃれた感じ、高級感などを連想させ、女性に好ましい印象を与えるものと考えたのである[1]。
1970年 - 『エメロンクリームリンス』を新発売。発売前には、船山喜久弥が素人女性に「これを知っていますか」と尋ねるテレビCMが[2]、また、発売後には街角で船山が素人女性に、後ろからインタビューして、応じた人の後ろ姿と髪の毛を見せるテレビCMが放映された[3]。その後CMのロケ地は日本全国へと拡大していった[3](「日本縦断ふりむき娘」)。これらのCMの制作は電通の久本省二ディレクターによる[4]。
同年 - 『エメロンクリームリンス』の「ラジオ全国キャンペーン」のCMソングとしてハニー・ナイツが歌う「ふりむかないで」(作詞は電通社員(当時)の池田友彦、作曲は小林亜星[3])が起用され[5]、11月からは、テレビCMでも放映が開始される[5]。「ふりむかないで」は、全国各地の地名を織り込んだ歌詞が制作され、最終的に歌詞数は72種に達した[5]。CMソング「ふりむかないで」を起用したこのCMは、7年間にわたり放映され続けた[6]。しかし、殆どのエメロンのCMは、エメロンがブランド名という特異上、CMの最後に必ず出るCI(ライオンのロゴマーク)の表示はなかった。
1972年 - ハニー・ナイツの「ふりむかないで」がレコードで発売。60万枚を超える大ヒットになる[4]。

日本語俗語辞書:バックシャン
『バックシャン』の解説
バックシャンとは後ろ・背中(背部)といった意味の英語"back(バック)"と、美しいという意味のドイツ語"schoen(シャン:左記は英語表記。独語表記ではschon(oの上にウムラウトが付く)と書く)の合成で、後ろ姿が美しい女性を意味する。ただし、後姿だけが美人(後姿で期待したほど顔は良くない)といったニュアンスが強く、褒め言葉として使われたもんではない(当時、正面から見ても美人という意味の対語:トイメンシャンという言葉もあった)。しかし、シャンという言葉自体が使われなくなり、バックシャンも死語となっている。






Last updated  2021.10.20 00:32:38

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