テーマ:ショートショート。(573)
カテゴリ:ショートショート。
かかしは考えていた。
それは、どうして僕はここに存在するのか、ということ。 小さな町の田んぼの中に突っ立って、いる。 日が昇って日が沈んで、また日が昇るまで、ずうっとずっと、 何にもしないで突っ立っているだけなので、考える時間はたんとある。 僕はどうしてここにいるんだろう。 なんでいるんだろう。 どうしているんだろう。 どういう理由で、いるんだろう。 ある日、かかしが立っている田んぼの隣の田んぼに、 一体の別のかかしが立てられた。 かかしは、その様子をずっと見ていた。 その別のかかしを持ってきたのは人間だった。 僕はずっとここにいる。 気がついたときからずっと。 僕は立ったままずっと、ここにいる。 あそこにいるやつも、僕と同じようにしている。 僕も、あいつと同じように、人間というやつに、連れてこられたんだろうか。 そうすると、僕を生み出したのは、人間だろうか。 かかしは、それから、自分が生まれた理由について考え始めた。 僕がここにいる理由とは、何なんだろう。 何のために、ここにいるのだろう。 足元に茂っている草からは、丸い粒粒が付いた、穂が出始めている。 時間が流れていくと、その穂は、伸び上がり、膨らみ、垂れ下がった。 草の葉と穂は金色に染まっていった。 時折、頭上を羽を持った動物が飛び回った。 かかしは、そんな移りゆく様子を、じっと立ったまま眺めていた。 ぼくがここにいる理由は、あるのだろうか。 何の理由で、僕はここにいるのだろうか。 何度も、自分を生み出しただろう人間というやつを見かけた。 人間ならば、その理由を知っているかもしれない。 しかし、動くことの出来ないかかしには、それを尋ねることも出来ないのだった。 自分が人間によって生み出されたのならば、 人間は、何によって生み出されたのだろうか。 かかしは、そんなことを考え始めた。 どうして僕は存在するのか。 どうして、僕を生み出した人間は存在するのだろうか。 もし、人間を生み出したものが存在するのならば、 それはどうして存在するのだろうか。 そしてそのまた先も―――― かかしには、分からないことばかりだった。 ある日、とても大きな嵐がやってきた。 かかしの田んぼにも、荒れ狂う豪雨が襲いかかった。 かかしは風に振り回されながら、立っていた。 そして考えた。 この力は、一体どこから来るのだろうか。 僕の体を引きちぎらんばかりのこの力は。 金色の草の穂は雨でぬれて、今にも折れてしまいそうだった。 ずっと一緒に立ってきたのに、 かわいそうだなぁ。 かかしは、草の穂を見て、そう思った。 すると、一塊の風がかかしにのしかかり、とうとう、彼は倒れてしまった。 嵐が過ぎ去って、雲が晴れた。 かかしは、金色の草の中に仰向けになって倒れていた。 かかしは見ていた。 青く澄んだ空を。 僕がここに立って、ずいぶん経った。 ずっとここにいて、分かったことは、草の色が変わって、穂が膨らんだことくらい。 ずっとずっと考えてきたことは、結局、 分かったような、分からないようなまま。 けれども、今のかかしの胸の中にあるのは、 青い空の色だけだった。 かかしは考えるのをやめた。 かかしの記憶は、そこで終わった。 金色のじゅうたんのような田んぼの上を、小鳥たちが飛んでゆく。 もう、刈り取りの季節だ。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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