第一章(3)
いつものように三人でしゃべりながら歩いて登校していると、左の公園に立っている木の陰の方から、何やらあまり良い雰囲気ではなさそうな集団が目に入ってきた。 「なぁ、十夜。あれってほねかわじゃないか?」 「ああ、ほねかわだな。何やってんだ?」 「もう、二人とも、ほねかわじゃなくって、小根川君でしょ?人より少し細いからって、そんな呼び方はかわいそうでしょ?クラスメイトじゃないの。」などと冗談を交わしていたが、よく状況を見てみると、そうも言っていられないようだった。柘榴も気づいたようだ。「なぁ、あれって・・・」「世間で言う、かつあげ・・・ってやつだな。」「ええ!?それってまずいんじゃないの?」「ん~、助けてやりたいが、遅刻しそうだしな~。」柘榴はまだ冗談を言っている余裕がある。まぁ結局は助けるつもりなのだろうが。とそのとき、ありさがすっと歩き出した。「もう、そんなこと言って!私がちょっとあの不良たちに言ってくるわ。」「あ、ちょっ、ありさ!」と俺が止める間もなく、ありさは公園へと進んでいった。 「じゃ、俺たちも行くか。」やれやれといった感じで俺と柘榴もその後をついていき、ほねかわのもとへと行った。 「よう、小根川くんよ~、ちょっと一万貸してくれるだけでいいんだよ、その内返すからさ~。」 「そ、そ、そんなこと言って、い、今まで返してくれたことなかったじゃないですか~・・・。」 「ん~?その内って言ってるだろ~。」 「そうそう、君が死ぬ前には返すだろうさ。」 「早く貸してやらないと、こいつ怒っちゃうよ~。」 「ちょっと、あなたたち!何やってるの!?」ありさは不良たちに近づくやいなや、威勢の良い声をぶつけた。ほねかわは古今東西のありがちな不良四人に囲まれて、なんとまぁこいつも不運なことだ。いかにもかもられてるといった様子で、ほねかわも必死の抵抗をしているが、俺らが放っておいてしまったらきっとひどい顔で登校して来たに違いない。「かつあげしてるんでしょ?止めなさいよ、小根川君が困ってるじゃない!」さすが怖いもの知らずのありさは、ガラの悪い連中に対しても全く怯むことなく、言葉を発している。俺と柘榴も別に不良が怖いわけではなかったが、とりあえずこの場はありさに任せて見てみることにした。 「あ、姫月さん・・・。」 「なんだ、小根川、お前の知り合いか?」「私は小根川君のクラスメイトよ。もう時間がないから、早く小根川君を放してあげて!」 「じゃあ、あんたが小根川の代わりに金を貸してくれんのかい?」 「嫌よ、あなたたちみたいな人に、お金なんか貸せるわけないでしょ!」普段から強気なありさは、全く臆することなく、むしろ言葉だけでどんどん不良たちをぐいぐいと押している。 「さぁ、早く小根川君から離れて!」 「この、くそアマ、黙らねぇんだったら、その口塞いだるわ!」言われっ放しでさすがに頭に来た不良の一人が、とうとう我慢できずにありさに飛び掛った! 「ひ、姫月さん、危ない!!」「うりゃ~!!」不良Aはありさに拳を勢いよく突き出した!それと同時にありさはすぐ後ろにあったデッキブラシを手に取り、すかさず向かってきた不良の攻撃を紙一重で躱し、そのままブラシの部分を的確に延髄を強打した。 「がはっ・・・。」やられた方は平気なはずもなく、気を失って倒れた。柘榴が感心して、 「やる~、さすが姫月流長刀道場師範代。動きに無駄がない。」などとからかうものだから、ありさはムッとして、 「うるさいわよ、黙ってて!」と切り返した。不良たちは仲間がやられた上に、ありさにとって多少の余裕が見られるような会話がさらに怒りを掻き立てたらしく、鼻息を荒くして、 「このアマ~!俺たちをなめおって!!」 「叩き潰してやる~!!」と言い、三人一斉にありさに仕掛けた。 「どうする?手を貸すか?」 「いや、大丈夫だろ。それにここで出たら後でありさが怒りそうだ。」 「そうだな・・・、黙って見ていることにしよう。」 というような話をよそに、ありさは三人の攻撃を先程と同じように紙一重で躱し、それぞれ首をピンポイントに狙い気絶させた。ありさのすごいところは、どれも紙一重に交わすことで、ありさが与える一撃一撃にカウンターに近い威力を持たせるというところである。そしてありさは、倒れた不良に向かって礼をして、深呼吸をした。 「ふぅ・・・、よし!」 「おつかれ~、やっぱすげえな~。」柘榴は大げさに驚いて見せた。それを見てありさは少し怒った様な素振りを見せたが、それから「てへっ」と下を出して照れ笑いをした。 「あ、あのぉ~、助けてもらって、本当にありがとうございます。」すっかり存在を忘れられていたほねかわがひょこっと姿を現し、ありさに礼を言った。 「いいえ、大丈夫だった?小根川君。」 「ええ、なんとか殴られたりする前に助けてもらったので・・・。」と言って何度もありさに頭を下げた。その態度があまり気に食わなかったのか、柘榴がほねかわに、 「おい!ほねかわ、今回はたまたま運良くありさに助けてもらったが、これがいつもそうなるとは限らねぇんだらからな!男ならもうちょっとしゃきっとしろ!だからあんな連中にかつあげされそうになるんだよ!」まぁ確かに柘榴の言っていることは当たってはいるが、ほねかわが一気に落ち込んだのがちょっと気の毒に思えたので、 「とりあえず、胸を張って歩いてりゃそう簡単に絡まれはしないんだから。もしそれでも駄目だったら、俺たちの誰かに言えばきっと助けるさ。」とフォローした。ありさも続いて、「そうよ、柘榴もあんなことは言ってるけど、きっと助けてくれるから。ところで今何時かしら?そろそろ急がないと学校のチャイムが・・・。」キーンコーンカーンコーン・・・あっ・・・、鳴っちゃったよ。 「あちゃ~、遅刻か~。参ったな~。」柘榴がそんなことを言うと、 「だ、大丈夫ですよ、僕がちゃんと先生に説明しますから。」 「そうね、そうすれば取り消してもらえるかしら。取り敢えず急ぎましょう。」もとの道へ戻ろうとしたとき・・・カサッ・・・ん、まさか・・・と思ったと同時に、先程ありさにやられた不良の内の二人が気がついて、俺らに飛び掛ってきた。しかしそれに合わせて、俺は右側の奴の顔面に回し蹴りを、柘榴は左の奴の攻撃を身を低くして躱し、立ち上がり様にアッパーを顎に食らわせてやった。柘榴も俺と一緒に空手をやっていた時期があり、俺は剣道に専念することにしたが柘榴はそのまま続けたので、柘榴の空手の腕前はかなりのものだ。柘榴がそいつらに向かって鋭い目つきで、「まったく、身の程知らずが・・・。」と吐き捨てるように言い、先にすたすたと行ってしまった。残った俺らも後についていって、学校へ向かった。 「結構大幅な遅刻ね、先生信じてくれるかしら・・・。」 「まぁ無理なら無理で仕様がねぇんだ。そんときゃ諦めようぜ。」 「でも、僕のせいですから、僕が責任を取って・・・。」などと会話を交わしながら道路に戻り、再び学校へ歩こうとした。その時・・・ゾクッ・・・背筋の凍るような冷たい視線を感じた。後ろを振り返ってみると、一人の髪の長い、長身の男が俺たちの方を・・・いや、俺たちじゃなく、俺のことを見て立っていた。男を睨むと、そいつはフッと冷たい微笑をし、そのまま背を向けて歩いて去っていった。そのとき・・・ズキッ! 「痛っ!」急に激しい頭痛がした。何だ、急に?それにあの男は・・・、と少し考えていると、 「お~い、十夜~!どうしたの~!おいてくわよ~!」とありさが前方で叫んでいる声が聞こえた。 「ごめん、今行く!」と返事をし、ありさたちの方へ駆けていった。頭痛はほんの一瞬で、もう既に治まっていた。 あの男は一体・・・学校に着くまでの間、そう思いながら歩いていた。そして、俺自身の中で、おかしな矛盾が生じていることに気づいた。 会ったことはないはずなのに、俺はあの男を知っているような気がする・・・。