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2013年07月23日
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カテゴリ:歴史認識
 団体役員の吉田勝美氏は、戦時中に朝鮮の男性と結婚し戦後も韓国で暮らし、年老いて身寄りがなくなった日本人女性が暮らす老人ホームを、ボランティアでサポートしている体験について、2日の朝日新聞に次のように書いている;


 韓国南部、新羅の都として栄えた慶州は、文化遺産に恵まれ観光客でにぎわう。その一角に日本人女性のための老人ホーム、ナザレ園がひっそりと立つ。朝鮮半島が日本の植民地だったころ、現地の男性と結婚し、戦後もこの地で暮らしたおばあさんたちが、安らぎの日々を送っている。

 作家の故上坂冬子さんが1982年に書いた「慶州ナザレ園 忘れられた日本人妻たち」で知られ、マスコミにも取り上げられて一時期、多くの日本人が訪れた。私も91年から毎年、慰問に行っている。5月には韓国・浦項のロータリークラブと共同で、ベッドの脇に置き、入浴できるシャワートロリー(移動式浴槽)をお贈りした。

 今、24人の女性が園で暮らす。最高齢は100歳、平均年齢91歳で、寝たきりの方も5人いる。72年にキリスト者で社会福祉事業家の故金龍成(キムヨンソン)さんが、日本人女性の滞在施設として建てた。金さんの遺志を継いだ宋美虎(ソンミホ)さんが園長を務めている。

 宋さんは、おばあさんたちよりもはるかに若いが、大家族の母親のようだ。日本語も上手で、いつもやさしく面倒をみてくれる。おばあさんたちは、やはり日本食が食べたくなる。宋さんは日本に出張に行くと、菓子やインスタントみそ汁、佃煮(つくだに)、納豆などをまとめて買ってくる。

 かつて「朝鮮と日本本土は一体だ」という「内鮮一体」のかけ声のもと、朝鮮の男性と結婚した日本の女性たち。戦後、独立した韓国の対日感情は厳しかった。間もなく始まった朝鮮戦争では、全土が戦場になった。

 本人の意思とは無関係に歴史に翻弄(ほんろう)され、言葉も習慣も異なる異国に生きざるを得なかった同胞を何とか支えたい。私はそんな思いで心ばかりの支援をしてきた。

 おばあさんたちは、もはや日本に帰るあてもない。体が不自由になり旅することもかなわない。日本人のお客さんが来ると、「ふるさと」を歌い、故国をなつかしむ。なかでも、ひ孫のような修学旅行の高校生や日本人学校の生徒に会うのが楽しみだという。

 しかし時の流れだろうか、残念なことに最近、日本人の訪問が減っている。多くの人たち、特に若者に関心を持ってもらいたい。観光で慶州を訪れたついででもいい。おばあさんたちの話を聞いて日韓の激動の歴史を学んで欲しい。「忘れられた日本人妻たち」が再び、忘れ去られないように願っている。 (構成・桜井泉)

 (よしだかつみ 高崎南ロータリークラブ会長)


2013年7月2日 朝日新聞朝刊 12版 15ページ「私の視点-韓国・慶州ナザレ園 激動生きた日本人妻忘れずに」から引用

 日本の近代史をよく勉強していない若者の中には、なぜ在日と呼ばれる人々が日本にいるのか、理解せず、なぜ韓国政府が在日の人々に帰国を呼びかけないのか、疑問に思うという声をよく聴くが、日本政府でさえ数十人の日本人妻を引き取れないのだから、数十万人もいる在日の人々を韓国政府が引き取れるわけがない。したがって、日本人も韓国人も、頑張って十分な経済力を身につけた人は例外であるが、普通のケースでは現在生活している場所で暮らしていくほか無いのだから、国籍のあるなしで差別したり排除したりしないで、共に自由を享受できる明るい社会を築いていきたいものである。








最終更新日  2013年07月23日 20時30分32秒
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