宗教とは何か、法政大学名誉教授・前総長の田中優子氏は７月２４日の東京新聞に、大変興味深いエッセイを書いている；

　思いがけない事件が起き、国家や個人にとって宗教とはいったい何なのか？　考えてしまった。

　私はカトリックの中高で教育を受け、関心をもつようになって教会で公教要理を学んだ。しかし洗礼を受けなかった。「信仰とは何か」が最後までわからなかったからだ。自分の中に湧き起こった関心が知的好奇心なのか信仰なのか、判断がつかなかったのである。もし近づいた宗教が霊感宗教であって「寄進すれば救われますよ」とささやかれたとしたら、自分が求めていることは「救い」なのか、それが金銭で交換できることなのか？　とさらに考え込んでしまっただろう。宗教とは解決ではなく、自分の価値観が揺らぐ迷いと思考の始まりだからである。

　そこから見ると、新聞等で目にした世界平和統一家庭連合（旧統一教会）の信者たちの行動は理解できないものだ。働き疲れた母子家庭の女性が宗教団体に多額の寄進をする。そこにある心理は、倍する幸運が戻ってくるかもしれない、という期待であろう。これは賭博の心理だ。幸運が訪れなければさらに投資する。そこでひとつ分かる。宗教は「見返り」を求める信者にとっては賭け事と同じなのである。しかし全てを失う。

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　別の事例も読んだ。母親が入信した。親への孝行だと思って自分も入信した。知らない男性と結婚させられ、暴力を受けて離婚した。それを繰り返した。この女性は二重の拘束を受けている。ひとつはその宗教によるものだが、もうひとつは家族幻想だ。母親と自分は異なる個人なので信仰が異なって当たり前だが、そう思えない。世界平和統一家庭連合は家族は一体である、という家族幻想を巧みに使った集金組織なのだ。自民党の考え方は、その家族イデオロギーに親和性がある。

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　古代では国家の形成に宗教は不可欠だった。６世紀、日本に仏教を伝えた百済からは仏典とともに漢字が入った。医学や暦学も入った。聖徳太子は四天王寺や法隆寺を建て、冠位と憲法を定める。漢字によって律令制度も戸籍も整えられた。万葉仮名が生み出され『古事記』『日本書紀』など、国家の基本となる歴史が編さんされた。そして鎮護国家のための東大寺大仏が造立される。その後江戸末期に至るまで天皇家と公家は仏教徒として多くの寺を支え、皇族たちを寺に送り出した。武家も菩提寺を持ち、手厚く保護した。江戸時代は寺が行政を担い人々の戸籍を管理した。神々への信仰は仏教に習合されて八幡宮や神宮という形で存続し、寺と神社は同じ場所に栄えた。仏と神を分離して廃仏毀釈（はいぶつきしゃく）したのは、明治政府のさかしらである。

　「倭（わ）」と呼ばれていた列島が「日本」という国になるにはこのように仏教の存在が不可欠だった。その過程で大量の仏典が整理されて学問となり、宗派間や他宗教と論争や習合が起き、思考力と議論の力を鍛えた。宗教は学問の基礎ではあっても、決して詐欺や金もうけの道具ではなかった。むしろ時代への批判勢力であり、新しい思考と技術の乗り物であった。宗教が権力に歩調を合わせ政治家がそこに擦り寄るならば、それはもはや単なる集金マシンである。政治家も集票マシンに成り下がる。

　今や、個々の政治家が宗教にどういう姿勢をもっているのかを問うことも、民主主義国家として大事なことになった。

２０２２年７月２４日　東京新聞朝刊　１１版　５ページ　「時代を読む－国家・宗教・個人」から引用

　この記事は中々面白い。私も、実は町内会の役員のついでに引き受けただけなのだが、近所の神社の氏子総代をしているので、「貧しい加計を顧みずに多額の寄進をし、見返りを期待する信者にとって、宗教は賭け事と同じだ」などと言われると「いや、うちの神社は氏子から年間１千円の会費を集めるだけで、『もっとお金を積めば救われる』などという変な勧誘はしていない。まじめな宗教とカルトを一緒にしないでほしい」と言いたくなります。しかし、まじめな宗教とカルトの違いは、極端な「金集め」をするかしないかという点だけで、本質は一緒だと言われれば、それはそうかも知れません。
　ところで、この記事の後半は、良いことも書いている。６世紀になって、仏教とともに漢字が入ってきて、国家の基本として「古事記」や「日本書紀」を編纂したが、国家の安泰を祈るために大仏を建立し、天皇家と公家は代々親族を寺に送り出したという、本当の歴史に私たちは学ぶべきだと思います。