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2025年09月23日
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テーマ:ニュース(95816)
カテゴリ:ニュース
わが国政府が9月1日を「防災の日」と決めたことに関連して、文芸評論家の斎藤美奈子氏は3日の東京新聞コラムに、次のように書いている;


 9月1日はなぜ「防災の日」なのだろう。そりゃ防災は大切だが「各地で防災訓練が行われました」的なニュースを見ると、私はアホかと思ってしまう。それより今日は関東大震災に思いを寄せる日じゃねーの?

 9月1日が防災の日に制定されたのは1960年だった。キッカケは前年9月26日の伊勢湾台風で、にもかかわらず防災の日が1日になった理由はいくつかある。戦後風化していた関東大震災の記憶を復活させる意図があったこと。さらに地震予知の可能性などが語られる中で「台風ではなく地震こそが特別な災害」と人々に認識させる必要があったこと。帝都復興祭(1930年)が開催された後、関東大震災は長く「終わったこと」にされていたのだ!

 以上のようなことを私は水出幸輝『〈災後〉の記憶史』で知ったのだけど、防災の日のおかげで隠蔽された歴史もある。まず伊勢湾台風の記憶が失われたこと。そして朝鮮人などを虐殺した負の歴史が「防災」の陰に隠れてしまうことだ。もしこの日が「関東大震災慰霊の日」だったら事態はまた違ったはずだ。

 いまだに政府は「記録が見当たらない」などを理由に虐殺の史実を認めていない。野党の国会議員有志が首相に求めているように、政府は虐殺の事実を正式に認めるべきである。102年前の悲劇に目を向けずに何が防災じゃ。
(文芸評論家)


2025年9月3日 東京新聞朝刊 11版 19ページ 「本音のコラム-防災より史実」から引用

 この記事が主張するように、関東大震災は単に大きな地震があって大勢の人々が罹災したという自然災害だけではなく、その自然災害に便乗したデマが、軍や警察を介して広まり、関東各地で朝鮮人や中国人、それらの外国人と間違えられた地方の放言を話す日本人などが、地元の自警団によって虐殺されるという大事件まで引き起こしたもので、そういう大事件の元となった日を、単に「防災の日」とするだけで、「朝鮮人虐殺」については「記録が見当たらない」などと言って「事件」を認めようとしない日本政府の態度は、あまりにも誠意に欠けるものであり、一国を代表する政府がそういう態度では、隣国との外交関係も信頼性に欠ける、空疎な「関係」になるのではないかと思います。民間では、震災時に起きた不幸な事件について、出来事を語り継いで毎年、追悼式典を挙行しているのですから、政府が「記録がない」などと言って無関心を装うのは、あまりにも大人げない態度と言わざるを得ません。





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最終更新日  2025年09月23日 01時00分04秒


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