石破首相が退陣する羽目になったことについて、東京大学名誉教授の御厨貴氏は、9日の朝日新聞のインタビューに応えて、次のように述べている;
――自民党内で総裁選前倒しを求める声が強まるなかで、石破茂首相が退陣を表明しました。
「当初から弱体だった石破内閣ですが、7月の参院選後もピリッとしない党内抗争の末、倒れました。しかし、いま目の前に広がっているのは、一つの内閣が崩壊しただけの景色ではありません」
「戦後80年のいま、日本政治が追い続けていた二大政党制への夢がついえました。自民党と社会党による1955年体制以降、大きなエネルギーをつぎ込んだ90年代の政治改革は政権交代可能な二大政党制を目指してきましたが、将来への展望も見通せない荒涼とした風景が広がっています」
――7月の参院選で、国民民主党と参政党が躍進し、多党化が進みました。
「多党化よりも、第1党の自民党と第2党の立憲民主党の劣化が大きな問題ではないでしょうか。参院選で敗北して政権が倒れたことは過去にもありました。しかし、かつては自民党の中で選挙の最終盤には、ここでこの政権に区切りをつけて交代させよう、といった知恵が実力者から出ていました」
「今回は、石破首相は続投を表明し続け、政治そのものが迷走しました。かつてのような知恵も力の構造も存在しない自民党になっています。もう一つ指摘しておきたいのは、第2党で野党第1党の立憲民主党も目を覆う状態だということです。参院選前の国会会期中からですが、立憲民主党は第2党の立場を生かせないまま、まったく主導権を発揮できずにいます。中くらいの政党に勢いがあるという現象でなく、第1党、第2党に指導力がなくなっていることが問題です」
――昨年12月25日には、首相官邸で石破首相と対談しましたね。
「石破首相が私に対して発した最初のひと言が『ここは静かで良いでしょう』でした。石破氏とは首相になる前に何度も対談してきました。自民党政権下でも民主党政権下でも、私は何度も首相官邸に行っていろいろな人に会ってきましたが、あんなに静かな官邸は経験したことがありませんでした。一国の最高権力者の館が静かで良いということはあり得ないのです」
「おそらく戦前から、どんな政権であっても、日本の首相官邸には、人が押し寄せ、アイデアと情報が集まっていたはずです。当然のことですよね。日本の各省庁の官僚たちやいろいろな人が、自分たちのアイデアや理想を実現させるために官邸に持ち込んで、大いに競い合うのが当然です。首相官邸には、そういう熱気があふれていたものです。それが昨年末の首相官邸にはまったく感じられませんでした。首相官邸が空っぽになってしまったように感じました。それは日本の政治にかつてなかったような種類の危機だと思います」
――石破官邸には活気がなかったですか。
「若い頃からあたためていた自分なりの考えや政策もあり、石破氏には首相として実現したいこともいろいろとあったでしょう。政治改革のために声を上げ、自民党を離党した経験もある政治家です。何度も自民党総裁選に挑戦しましたが、ようやく首相になったのは、大変難しい時期でした。今月2日の自民党両院議員総会でも首相自身が『石破らしさを失ってしまった』と謝罪しました」
――石破政権を後世はどう評価するでしょうか。
「少数与党に転落してから、それまでの自民党政権が経験したことのないような工夫を重ねて政権運営をしました。連立を組み替えるのではなく、当初は国民民主党から、後半国会での予算案をめぐっては日本維新の会からの協力を取りつけて乗り切っていました。新しい時代の政治秩序をつくりあげようとして、その途中で行き詰まったということになります。参院選後は、しっかりと国民にポーズを示すことができず、ずるずると今日に至ってしまいました」
――日本政治はこれからどこへ向かうのでしょう。
「自民党総裁選でポスト石破が誰になるかという議論を超えて、政党の規模にかかわらず、あらゆる政治家、有識者や言論人、一般の国民が、これからの政治秩序を考える必要があります。これまでの枠組みや立場、それぞれの既成概念を乗り越えて、タブーなく模索することが求められています。このまま日本の議会制民主主義が根っこからダメになってしまうことだけは避けなければなりません」
(聞き手・池田伸壹)
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<みくりや・たかし> 1951年生まれ。専門は近現代日本政治史。オーラルヒストリーの第一人者。著書に「権力の館を歩く」「日本政治史講義」「平成風雲録」など。
2025年9月9日 朝日新聞朝刊 13版S 11ページ 「交論-石破首相退陣に思う」から「熱気・人気なき官邸、政治迷走」を引用
御厨氏の見立てによれば、かつての自民党であれば「この選挙は負けそうだ」となった時点で、党内実力者が「負けた暁にはトップを代えて、こう反撃する体制を作ろう」という相談をしたものであったが、今はそのような動きはなく、なんとなく「負けたらトップが代わるのは当たり前だろう」と思っていたのに、当人は「いや、オレは続投する」というつもりだったので、時間の無駄が生じたということのようです。
しかし、遅ればせながら参院選敗北の責任をとって総裁を交代することになったとは言え、その総裁選に立候補した面々は、相も変わらぬ世襲議員と、靖国参拝のパフォーマンスが得意というだけで、さしたる政治的手腕があるわけでもない、こういう人材しかいないのでは、まだ石破氏のほうが「可能性」があるように見えるのは、私だけでしょうか。