行き届いた社会福祉制度で有名なスウェーデンでも、近年は右派勢力が政権を握り、かつては容易に受け入れていた移民についても、それなりに「条件」を課すことになった経緯について、国際政治学者の鈴木悠史氏は、10日の朝日新聞夕刊に、次のように書いている;
「移民はスウェーデンにとって有益でなければならない」
2024年夏、右派の穏健党のクリステション首相らが新聞に寄稿した記事のタイトルだ。中道右派連合による現政府が進める移民・難民政策に通底する考え方といえる。
22年の政権交代で誕生した現政府は、移民政策のパラダイムシフトを掲げ、外国人の受け入れを制限する政策を次々と実施している。前政権で年間5千人だった第三国定住のしくみで受け入れる難民の人数枠は900人へと引き下げられた。他にも難民が家族を呼び寄せる際の扶養要件の免除を廃止し、呼び寄せのハードルを上げた。一連の政策効果は明白だ。厳格化したスウェーデンでの庇護(ひご)申請が敬遠され、昨年の庇護申請者数は1万人を下回り、1996年以降で最少だった。
「スウェーデンは人道大国だ」
14年夏、当時のラインフェルト首相は演説でこう述べ、押し寄せるシリア難民に対して「心を開いてほしい」と国民に訴えた。翌年には16万人以上の庇護申請者が殺到し、人道的観点から人口比ではEU(欧州連合)内で最大規模の難民を受け入れた。
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この10年間での変化はなぜ起こったのだろうか。
福祉国家スウェーデンでは経済格差が拡大している。住宅市場の高騰による資本所得の増大が格差拡大を引き起こした。また、大量の難民の流入は外国人の社会統合に影を落とした。一部は「ギャング」と呼ばれる犯罪ネットワークに加わった。「ギャング」同士の抗争が生じ、近年多発する銃撃事件や爆破事件に市民が巻き込まれることもあった。
そして、躍進を続けたスウェーデン民主党(SD党)の存在だ。その起源は反外国人や反ユダヤ主義を掲げる複数の極右集団だが、2005年以降党首を務めるオーケソンは党の穏健化を進め、スウェーデン人のための福祉国家の再建を訴えた。当初、既存政党は排外主義的なSD党に冷たかったが、14年にSD党が第三政党となるとその存在を無視することは不可能になった。21年にSD党は他党との予算協議を行い、ようやく議会に「受け入れられた」。22年の選挙で第二党にまでなった。
現在、閣外協力のSD党のために首相府内には調整事務局が設置され、SD党が掲げる政策が反映される仕組みが整えられている。SD党にとっては初の政権参加への布石だ。
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他方で、第一政党で野党の地位にある社会民主党が、現政府の移民政策の大半を支持している点は興味深い。社会民主党の狙いは、外国人の数を減らし有権者の関心を社会統合に集中させることにある。社会統合の課題である孤立や格差の解消について社会民主党は経験豊富だ。
当然、現政府も社会統合を重視する。言語を基盤として、人権の尊重や民主主義、ジェンダー平等といったスウェーデン社会で共有される価値観に焦点が当てられている。クリステション首相は明確に訴える。
「定住するためにやってくる者は、社会の一員となり、言語を学び、自立し、スウェーデンの価値観を尊重しなければならない」
SD党がスウェーデンの政治風景を変えたのは間違いない。確かに軽々しい人道主義に陥るのは避けるべきだろう。だが、現に戦争や内戦で故郷を追われる者がいる。彼らの存在を無視してよいのだろうか。国際的な責任と国内の課題の間で、「人道大国」スウェーデンは葛藤している。
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<すずき・ゆうじ> 1989年生まれ。在スウェーデン日本国大使館専門調査員を経て、大阪大学非常勤講師。専門はスウェーデン政治外交史。共著に「スウェーデンを知るための64章【第2版】」など。
2025年9月10日 朝日新聞夕刊 4版 2ページ 「にじいろの議-人道大国 葛藤の10年」から引用
スウェーデンほどの人権先進国でも、定住するためにやって来る者は社会の一員となり、言語を学び、自立しスウェーデンの価値観を尊重することを要求するというのは、少し厳しいような気もするが、考えて見れば当たり前のことです。日本の場合は、埼玉県にクルド人の人々が移住してきていますが、彼らは手に職を持ち、日本語を話し、日本社会の一員として暮らしているので、後は彼らに対し、不当に加えられるヘイトスピーチや差別を煽るデモなどを、行政の責任で取り締まって、誰もが平和に暮らせる社会を実現するという「責任」が、行政当局にあるのだと思います。