石破氏が首相になる1年前から取材を担当してきた朝日新聞記者の森岡航平氏は、この度退陣する羽目になったのは何故なのか、9月24日の同紙夕刊コラムに、次のように書いている;
石破茂首相の取材を始めた約2年前、自民党内で「石破氏は過去の人」とされていた。地方創生相だった2016年を最後に要職に就けず、「非主流派」が定着。立ち上げた派閥の仲間も離れ、昼食会を開いても4、5人で弁当をつついていた。
そんな石破氏を首相の座に押し上げたのは、世論の期待に他ならない。安倍晋三元首相が率いていた旧安倍派の裏金問題が自民を直撃。党内で「安倍1強」に対抗していた石破氏ならば、政治不信の現状を変えてくれるという期待感だ。
求められたのは「政治とカネ」の問題への対応だけではない。「説明責任を果たさない」と批判を受けてきた第2次安倍政権、菅義偉政権、岸田文雄政権の政治姿勢の見直し、経済政策「アベノミクス」の検証などもあった。首相就任直後、石破氏は「短命政権でもいいから『ポイント切り替え』の役割を果たしたい」と周囲に語り、「安倍路線からの転換」に意欲を見せていた。
しかし、権力を得ると党内融和を優先。反発していたはずの「永田町の論理」を受け入れていく。「やりたい政策を実行するために、党内を安定させる」との理屈だが、持論を封印する姿に説得力はなかった。
「この1年を振り返って、何か失政があったか?」。退陣表明後、石破氏は周囲にそう問いかけた。少数与党でも野党の協力を得て予算を成立させ、日米関税交渉も一定の区切りを付けたという自負だろう。
ただ、自身の役割と自認していた「ポイント切り替え」はどれほど実現したのか。政治とカネの問題では、衆院選で裏金問題をめぐり非公認にした議員側にも2千万円を支給。自らも新人議員に商品券を配る問題を起こした。経済政策も前政権の踏襲に終始。衆参ともに少数与党に転落し、形としての「1強」を終えただけだ。
参院選後の党内の「石破おろし」では、裏金問題の震源地だった旧安倍派の面々が目立った。石破氏は何度も「なぜ自分が『負の遺産』を背負わなければいけないんだ」と漏らしたが、その清算をしないまま放置したツケが回ってきたのではないか。石破氏は退陣の理由を「党内に決定的な分断を生みたくない」と説明したが、反発があっても改革を進める姿勢を国民は求めたのではないか。
もし、権力への批判をいとわなかったかつての石破氏が今の自分の姿を見たら、どう評価するのだろう。そう思わずにはいられない。
(政治部)
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<もりおか・こうへい> 2017年入社。昨秋の自民党総裁選の前から石破茂首相を取材し、現在は首相官邸担当。わずか1年で再び総裁選となったが、参院選大敗で自民が掲げた「解党的出直し」に値する論戦になるか、注視したい。
2025年9月24日 朝日新聞夕刊 4班 5ページ 「取材考記-石破氏退陣『政治とカネ』放置したツケ」から引用
「この1年を振り返って、何か失政があったか?」と、石破氏は周囲にそう問いかけたそうだが、この記事が指摘するように、裏金議員にもこっそり選挙資金を支給するなど、過去の不祥事に対する姿勢が中途半端だったことは事実で、それ以外にも「いかにも自民党議員らしいグレー」の印象を与える行動が少なからずあったように思えるので、その辺の世間から見れば「中途半端」な言動が災いして、多くの「にわか支持者」を失望させたのではないかと思います。石破氏としては、「急進的な改革者」のように見られるのは本望ではない、というつもりだったかも知れないが、やはり一度「これは改革が必要だ」と決めたときは、情け容赦なく「改革」を徹底させないと、今回のような「寝首を掻かれる」ことになるのだと思います。