戦後の80年間に、日本には2大政党制が育たず、ついに自民党は過半数を割る少数与党になってしまった。これから、日本に政権交代がスムーズに行える2大政党制を実現するには、どうしたら良いのか、学習院大学教授の井上寿一氏は、11月15日付け毎日新聞コラムに、次のように書いている;
10月21日に成立した高市(早苗)内閣は、首相の「外交デビュー」の効果もあって、高い支持率を示している。他方で公明党が連立を離脱し、代わりに日本維新の会から閣外協力を得るこの内閣は、前内閣以上に脆弱(ぜいじゃく)な少数与党内閣である。法案一つを通すのも容易なことではない。多党化を背景とするこのような日本の政党政治は、これからどうなるのか。今と類似した過去との比較を通して考える。
比較の対象は、1952年の独立回復から左右の社会党の統一と保守合同によって55年体制が成立するまでの時期である。この時期の政党政治は多党化、同時代の表現を用いれば「小党分立」を特徴としていた。たとえば53年4月19日の衆議院総選挙の時点で、主な保守政党は三つ(吉田自由党、鳩山自由党、改進党)、革新政党も四つ(左派社会党、右派社会党、労農党、共産党)を数える。このような小党分立は、フランスやイタリアなどと同様だった。対するイギリスやアメリカでは2大政党制が展開していた。
このような小党分立状況の中にあっても、政治学者の矢部貞治からすれば、日本の模範国は、2大政党制で立憲君主国のイギリスだった。なぜ2大政党制なのか。小党分立と少数与党内閣では政治が不安定で、長期的な国家戦略の策定と実施ができないからだった。他方で2大政党制ならば、政治は安定し、権力のチェック・アンド・バランスが働く。矢部によれば、2大政党制が成立するには、保守政党が「ある程度進歩的な政策」を持つようになり、革新政党も「ある程度穏健な立場」をとるようになることで、どちらも「中道政治」=「民主政治」の共通する基盤の上に立たなければならなかった。
小党分立状況のなかで、54年12月10日に少数与党内閣の鳩山(一郎)内閣が発足する。71歳の高齢で身体に不自由があっても、鳩山の人気は高かった。講演会場は2階席から聴衆が転げ落ちそうになるほど盛況を極めた。戦時中、「自由主義者」として不遇に見舞われ、戦後は公職追放を受ける。不運と苦労に対する国民の同情が「鳩山ブーム」を巻き起こした。
他方で憲法改正・再軍備を掲げる鳩山は、与党に有利な選挙制度改革を画策する。危機感を募らせた革新政党の側は、改憲阻止を目的として左右の社会党の統一に至る。社会党の統一は保守合同を促す。こうして55年体制が成立する。鳩山内閣は改憲をあきらめざるを得なくなった。次の短命に終わった石橋(湛山)内閣を経て、「60年安保」によって国内を混乱させた岸(信介)内閣も同様で、改憲の機運は失われる。その次に成立した「低姿勢」「寛容と忍耐」をモットーとする池田(勇人)内閣は、改憲を棚上げして、「所得倍増計画」による国民の統合を図り、保守一党優位体制が続くことになった。
以上の過程は別の観点からも注目に値する。鳩山内閣は経済企画庁を設置し「経済自立5カ年計画」を策定した。石橋内閣は「1000億円減税・1000億円施策」を掲げて、主に所得税減税によって社会資本の整備を進める構えだった。岸内閣は国民健康保険法の改正と国民年金法の制定を実現した。当時の自民党は「経済の総合計画」「民生の安定と福祉国家の完成」を目標に掲げていた。自民党が広範な支持を長く獲得できたのは「ある程度進歩的な政策」を実行したからだった。
対する革新政党の側はどうだったのか。社会党は統一された。しかし、その統一綱領は妥協の産物で、左派の主張のとおり、「社会主義革命を遂行する」となっている。これでは革新政党が「ある程度穏健な立場」をとることはできなかった。こうして戦後から今日に至るまで2大政党制は未成立のままである。
今日の多党化は連立の拡大と再編を不可避にする。そうなれば政権の不安定化が進む。少数政党は弱体化し、いずれ淘汰(とうた)される。その兆候は、最近の世論調査に表れている。既成政党に対する支持の部分的な回復の一方、新興政党の勢いに陰りがみられる。
既成政党の中でも比較優位の第1党である自民党は、55年体制の崩壊後、長期低落傾向を示している。自由主義的な保守主義の政党、「自由」「民主」党の原点に立ち返り、「ある程度進歩的な政策」を目標に掲げて、包括政党として再生を図るべきだろう。
野党に求められているのは、政権担当能力を国民・有権者に訴求することである。それには「ある程度穏健な立場」をとることが欠かせない。政策を磨き権力への意思を持ち続ける。外交・安保の基本国策をめぐって差異を強調するよりも、少子超高齢化社会・日本の持続的な発展をめぐって政策を競うべきだろう。
国際情勢の不確実性が高まるなかで、日本は安定的な政党政治システムの確立を急がなくてはならない。
(学習院大教授)
2025年11月15日 毎日新聞朝刊 13版 4ページ 「近代史の扉-政権担う必須条件は『穏健』」から引用
この記事が指摘しているように、日本で安定的に政権を担当しようと思えば、その政党は穏健な路線を取ることが要請される。しかるに高市政権の場合は、単にアタマ数さえ揃えればコト足りるという単純な発想から、選ぶにこと欠いて大坂でしか通用しない維新の会などという泡沫政党と連立を組むというお粗末な政権運営の結果、いきなり国会議員の数を減らす法案を国会に提出するなどという暴挙に及んでいる。このような愚劣な政治では、国民の生活はますます苦しくなる一方だから、なるべく早く高市政権を終わらせて、一日も早く穏健な政策に取り組む政権を樹立するべきである。