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2026年06月05日
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テーマ:ニュース(96808)
カテゴリ:ニュース
国民教育の分野に持ち込まれた「選択と集中」について、元文科官僚の前川喜平氏は5月17日付東京新聞コラムに、次のように書いている;


 「選択と集中」という手法が大学政策に適用されてきた結果、基盤的経費が一律に削減される一方で、競争的資金は拡大し続けている。選ばれた研究拠点や大学には巨額の公的資金が投入され、選ばれない大学は困窮の度を深めている。

 同じことが高校にも起きている。選ばれた高校への一点豪華主義的な国費投入政策は、2002年度のスーパーサイエンスハイスクールから始まった。―校当たり3千万円規模の支援額は、それまでの常識をはるかに超えていた。

 今年2月には文部科学省が「高校教育改革に関する基本方針(グランドデザイン)」を策定し、強い経済や地域社会の基盤となる人材育成に取り組む公立高校を支援する政策を始めた。そのための基金を都道府県に作る資金として、昨年度の補正予算に3千億円の補助金が計上された。

 その支援対象となる「改革先導拠点」として15日、富山県の2校と静岡県の4校が選ばれた。1校当たりの支援額は10~20億円の規模だという。高校にとっては途方もない巨額だ。高校全体の改革を先導する拠点なので、当該高校だけに効果が及ぶわけではないとしても、「集中」の度が過ぎている。

 「選択と集中」は意図的に格差を作る政策だ。「教育の機会均等」という原則との矛盾は拡大するばかりである。
(現代教育行政研究会代表)


2026年5月17日 東京新聞朝刊 11版 19ページ 「本音のコラム-高校の選択と集中」から引用

 「選択と集中」というのは、元々は企業戦略の一つで「限られた資本または予算を、可能性の高い部門に集中する代わりに、可能性(又は生産性)の低い部門は切り捨てる」という主旨の戦略である。そういう考え方を大学や高等学校に摘要するということは、偏差値の平均が低い学校やめったに全国大会に出ることのない学校は切り捨てるという、教育基本法の主旨に照らして如何なものかと、大いに疑問を禁じえません。優秀な県立高校に、いきなり「20億円の予算がつきましたから、頑張ってください」と言われても、そのような巨額の予算を管理する人材も雇用する必要が出てくるだろうし、なんだか本来の教育機関から逸脱していくのではないかと、著しく疑問を感じます。本来、国民は「教育の機会は均等」のはずだと思っているのに、現場がこのようになっているのは、ちょっとおかしいのではないでしょうか。税金は全ての国民から徴収するのに、予算の配分はそれぞれの国民の「でき」によって差を付ける、というのでは、国民は納得できないと思います。





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最終更新日  2026年06月05日 07時28分54秒
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