能力がない上に根性が悪いときたのでは、周囲の補佐官がどんなに辛い思いをするか、毎日新聞特別編集委員の伊藤智永氏は7月25日付同紙コラムに、次のように書いている;
高市早苗首相に仕える政府高官がぽつりと漏らした。
「考えるのがつらい」
言葉はそれだけだが、前後の会話から察するに、のみ込んだ一言は「総理のことを」だった。
そんたくの少ない別の高官に水を向けると、こういう解説になる。
「そんなことも分かってないのって驚かされることが多く、知っているつもりでも目配り不足で間違っているのに、資料読むだけで誰の説明も聞かないから」
国会が終わる。通常国会は召集日に「私を選んで解散」のため1日で閉幕。選挙後に召集された特別国会が約5カ月続いた。
手続き以上に異常だったのは中身だ。何せ行政府の長が国会に出たがらない。議論を嫌い、一方的に話すか、ごまかす。議会の慣例を無視し「首相の命令や」でゴリ押ししようとする。批判には「私寝てないの」「家事も大変」「体が痛い」とSNSで愁訴する。
型破りな行状は人柄か能力か。周囲は「両方難あり」と口をそろえるが、低落気味でも依然高い支持率におびえ、言葉をのみ込む。省庁・閣僚・党役員人事が近いだけに、なおさらだ。
自民党職員が昔「条件の不利な自分はウソをついてもいいと信じている人」と形容していた。
それを思い出したのは、ネットのニュース番組で田中真紀子元外相が、1993年初当選同期としての思い出を語っていたからだ。32歳と49歳で議場席は隣同士。ある日、トイレで高市氏に呼び止められ、言われたという。
「なぜ政治家になったの。あなたは角栄さんの娘だからだろうけど、私はそうじゃないのよ」
「あなたと私は違うんです」。そう宣言されたと田中氏は受けとめ「アホか」と思ったが、むき出しの若き野望はSNS選挙の時流に乗り、権力を極めた。
今国会の目玉となった国旗損壊罪創設や皇室典範改正の衆院本会議採決で、くたびれた顔のおじさん議員に囲まれ、高市氏は一人感無量の面持ちでほほ笑んでいた。あの一種異様な笑みを、人柄や能力で理解するのは難しい。
日の丸と天皇制。戦争の記憶と結びつく国の二つの象徴は、戦後日本を築く上で日本人が自らを省みる戒めとなり、軍事タブーのフィルターでもあった。
二つの象徴を「戦後の呪縛」から解き放ちたい。先には憲法がある。野望を抱き続けるには、大きな物語も必要だったのだ。
それを無邪気な「サナエ推し」がもり立て、健康な議論を封じているなら、そこには紛れもない政治責任が伴う。
(専門編集委員)
2026年7月25日 毎日新聞朝刊 13版 2ページ 「土記-サナエ推しの政治責任」から引用
この記事は、一応高市批判の内容となっているが、私は「まだ甘い」と思います。むかし自民党職員が「条件の不利な自分はウソをついてもいいのだと信じている人だ」と形容していたとのことであるが、それは現在の彼女にも言える状態なのだと思います。世論調査に現れる高市支持層を「無邪気なサナエ推し」などと表現してますが、それはもしかしたら、内閣機密費を「スマホ農場」につぎ込んで野党候補者を誹謗中傷した結果で得られた「衆議院議席3分の2超」によるもので、「政治責任」どころか「刑事責任」を問わなければならない事態なのかも知れないという「観点」から、問題を追及する使命が、報道機関にはあるのではないかと思います。