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教育問題

2016年06月24日
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テーマ:ニュース(79897)
カテゴリ:教育問題
 憲法に対する安倍首相の考え方を痛烈に批判する中学生の投書が、1日の東京新聞に掲載された;


 この前の憲法記念日、公民の授業で日本国憲法を改正すべきか否かを考えた。公民を学び始めてまだ日が浅いが、安倍首相が自著で述べた「個人の自由を担保しているのは国家なのである」に違和感を持った。

 個人の自由は権利として憲法で認められ、国家が保障するものではない。また国家は「国民の厳粛な信託により正当に選挙された代表者」を通じて運営(ここで国家とは狭義の政府)するものであって、その権威は国民に由来するので、国家あっての国民ではなく、主役は私たち国民である。

 法律は国民の生活を縛るが、憲法は国家権力を縛るルールである。そのルールを国民を縛るために利用されてはならない。


2016年6月1日 東京新聞朝刊 11版S 5ページ「発言-違和感覚えた首相の国家論」から引用

 この投書を書いた中学生は、公民の教科書で勉強を初めてまだ日が浅いと謙遜しているが、その割には立憲主義、戦後民主主義の要諦をしっかり押さえており、首相の浅はかな認識に比べても、かなりしっかりした立派な文章である。教育行政に介入する日本会議系の議員や政府見解を無理矢理教科書に記述させるなど、いろいろと問題の多い日本ではあるが、現場の先生たちの努力によって、将来の日本を担う若者が健全に育っていることがわかり、日本もなかなか捨てたものではないと、大変心強く思いました。









最終更新日  2016年06月24日 11時54分47秒
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2016年03月09日
テーマ:ニュース(79897)
カテゴリ:教育問題
 どのような経緯から選挙権を「18歳から」にしたのか、私は寡聞にして知らないが、国が決めたことなのだから、それなりに合理的な理由があったはずである。そしていよいよ今年の夏には参院選があるということになってはじめて、せっかく選挙権を取得した高校生の活動を、今度は規制しようという話が持ち上がっているとは、甚だ理不尽である。学校の現場はどのようになっているか、2月21日の東京新聞は、次のように報道している;


 高校生が1票を持つ。18歳選挙権はやわらかな新風のはずだが、学校現場では規制の議論が表面化している。文部科学省は、デモや集会参加など生徒の校外での政治活動について、学校への届け出制とすることを容認する姿勢も示している。新たな権利を教育に生かすすべはないのだろうか。
(安藤恭子)


 ■反発する生徒

 生徒がデモ参加の打ち合わせのため放課後、休日に「空き教室を使用したい」と言ったら使用させてもいいのか。校門を出たところでの政治活動は-。文科省が生徒指導関係者向けに作ったQ&A集には、規制を前提としているかのような「理論武装」が並ぶ。

 「生徒を萎縮させるなんておかしい」。この中でデモなどの届け出制が容認されたことに、高校3年の中村涼弥さん(18)=東京都西東京市=は反発する。これまでも憲法集会に友達を誘ったりしたことで、進路室などに呼び出され「校内で政治の話をするな」と何度も説教されている。

 21日には、中高生が同市から練馬区まで歩く「反戦パレード」を計画している。参加する同区の高校2年の男子生徒(17)は「ゲームやファッションの話題の中に政治があっていい。議論がなければ、投票に必要な情報も得られない」。

 ■学校は及び腰

 学校現場ではまだ、この課題に本腰を入れていない。ある都立高の副校長は「校外での政治活動については、とにかく都教委の指示に従う。都教委が学校で判断しろというならこれから考える」とする。

 1969年に当時の文部省が出した通知は激しい大学闘争を背景に高校生の政治活動を禁じ、昨年廃止されるまで生き続けてきた。授業で安保法などの政治テーマを取り上げれば「偏向」とネットで名指しされる恐れもあり、教員も慎重にならざるを得ない。

 埼玉の県立高の男性教諭(60)は「若者が政治に無関心になった責任は、教員にもある」と感じている。「規制ばかりして生徒の好奇心の芽を摘んでは、選挙権を与える意味がない」と、規制ありきの構えに懐疑的だが、現場はいじめなどの対応に追われ「面倒なので介入したくないのも、教員の本音」と明かす。

 ■政治を身近に

 自由の森学園高校(埼玉県)の菅間正道教諭(48)は7年前から、生徒たちに「政治家への手紙」を書かせている。国政選挙の候補者に「大学まで学費無償化」「軍事費削減」などのテーマをぶつけてきた。

 生徒からは「政治を身近に感じられるようになった」という反応が多いが、中には誰からも返事をもらえなかった生徒もいる。管間さんは「高校生に政治に関心を持ってもらいたい、と真剣に考えてきた政治家がどれだけいるか」と問う。

 安保法、消費税、奨学金、原発。政治は、高校生の未来につながる。「社会への不満や望みが、政治の原点。政治を教室に持ち込む試みをし、地域や家庭でも議論を重ねることで初めて、18歳選挙権が有効に使われるようになるのでは


◆文科省「理論武装」のQ&A集

 文部科学省が作成した「Q&A集」の主な内容は次の通り。

 Q 休日や放課後の政治活動の制限や禁止が必要となる教育上の支障が生じるケースとは。

 A (1)部活動の利用が決まっている日に体育館で集会を開催
   (2)放課後に校庭でマイクとスピーカーを使って演説会を行い、自習している他の生徒を妨げる-など。


 Q 放課後や休日にデモ参加の打ち合わせで空き教室を利用したいと申し入れがあった場合、許可は適切か。

 A デモ参加の打ち合わせは通常は政治活動などに該当すると考えられ、学校管理規則に沿って判断。


 Q 校則などで「校内で選挙運動、政治活動、投票運動は禁止」と定めることは可能か。

 A 学校教育の目的達成の観点から「校内では禁止する」と校則などで定め、生徒指導をすることは不当ではないと考えられる。


 Q 放課後や休日の学校外での政治活動を届け出制とするのは可能か。

 A 各学校で適切に判断する。届け出た者の個人的な政治的信条の是非を問うようなものにならないようにすることなどの配慮が必要。


 Q 生徒が公選法などに違反していると考えられる場合、どう対応すべきか。停学や退学など懲戒処分としていいか。

 A 警察などと適切に連携し、法の執行は関係機関に委ね、学校は必要な指導をする。懲戒処分にすること自体は、必要かつ合理的な範囲内で可能だが、基準をあらかじめ明確化することなどが必要。


2016年2月21日 東京新聞朝刊 12版S 2ページ「高校生の校外活動 規制議論表面化」から引用

 選挙権を取得して政治に関心を持った高校生に対して「しかし、政治活動はいけません」というのでは、「じゃあ、何のための選挙権なんだよ」と高校生は思うのではないでしょうか。活動をさせたくないのであれば、又は、学業に専念してほしいのであれば、最初から選挙権は20歳からにしておいていいのであって、わざわざ18歳にしたのは何のためだったのか、検証する必要があるのではないかと、私は思います。











最終更新日  2016年03月09日 16時46分27秒
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2016年03月03日
テーマ:ニュース(79897)
カテゴリ:教育問題
 千葉県柏市の教育委員会は、市内の小中学校に対し、組み体操禁止を通知することになったと、2月18日の東京新聞が報道している;


 事故が相次いでいる運動会の「組み体操」をめぐり、千葉県相市教育委員会が2016年度から、市立小中学校での全面的禁止を検討していることが、市教委への取材で分かった。25日の教育委員会議で正式に決定、15年度中に全校に伝達する見通し。スポーツ庁の担当者は「全面的に禁止するのは聞いたことがない」としている。

 市教委によると5日、同市の校長会から廃止を検討するよう要請があった。市立小中学校では15年度、組み体操の練習中にけがを負い、病院に搬送されたケースが約40件あった。

 市教委の幹部は「団結力が深まるメリットがある一方、けがのリスクもある。その両面を判断して、市内の各校長が禁止を選んだ」と説明している。

 組み体操をめぐっては、大阪市教委が「ビラミッド」と「塔(タワー)」の禁止を決定、さらに組み体操自体の禁止も検討している。千葉県松戸市教委も組み体操の廃止を含め、安全対策の見直しを進めている。

◆被害生徒の母「良かった」

 柏市教委が組み体操の全面的禁止を検討していることについて、組み体操の事故で重傷を負った同市立中学3年生の男子生徒(15)の母親(44)は17日、本紙の取材に「本当に良かった。同じような事故を防ぐことができる」と喜びの声を上げた。

 男子生徒は昨年9月、体育祭の練習中に四つんばいに積み重なる5段「ピラミッド」の上部2段目から落下。約2・5メートルの高さから後方に落ちて、右太ももを地面に打ち付けて骨折。手術を受けて1カ月以上、入院した。本紙が昨年10月に事故を報じてから4カ月以上たった今も、足の装具は外れないという。取材当時、「落ちた時は死ぬかと思った。けがが続くなら組み体操はやめた方がいいと思う」と答えていた。

 生徒は今も、右太ももから足首にかけて金属製の装具をつけて生活。走れず、体育も休み、完治のめどはたたない。受験生の生徒に代わり、母親はこう訴えた。「たった一度の組み体操の落下で、希望がくだかれる。この苦しみは当事者にしか分からない」。同じ中学に通う生徒の弟が、組み体操をやらずに済みそうなことが救いだという。


2016年2月18日 東京新聞朝刊 12版 31ページ「柏市 組み体操全廃へ」から引用

 柏市教育委員会が組み体操禁止の方針を決めたことは、全国の小中学生に取って朗報と言えます。団結力が深まるとか、達成感があるとか、いろいろ感動的な要素があるからと言って、命がけのパフォーマンスを全生徒に強要するのは、教育的見地から言っても、いかがなものかと思います。そのような観点から、柏市教育委員会の決定は英断であったと思います。ところが、この報道の2、3日後は、東京都教育委員会が、組み体操の実施に当たっては注意を呼びかけるが、禁止まではしないという決定をしたとの報道がありました。本来であれば、組み体操をやるかやらないか、各学校が自主的に判断して決めればよさそうなものですが、そこは横並び意識の強い日本人、お上の指示もないのに勝手なことをやって周りから奇異の目で見られるのは避けたい、などと言っていては児童生徒の健全な成長は望めないのではないかと危惧されます。










最終更新日  2016年03月03日 11時40分30秒
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2015年08月17日
テーマ:ニュース(79897)
カテゴリ:教育問題
 国際社会のグローバル化を支える基本概念は人権、すなわち個人の自由と権利です。昨今の自民党が言うような「国の権威」に国民がひれ伏すような「日本固有の伝統」を教育の基礎にしたのでは、これからのグローバル化の世の中に対応していけないと、ハーバード大学名誉教授の入江昭氏が7月26日の「しんぶん赤旗」で語っています;


◆人権の保障こそ国家の使命 - 賛同署名をした、ハーバード大学歴史学部名誉教授 入江昭さん

 敗戦から70年、世界は様変わりしてきました。日本はどうでしょうか。最近、私を含め米国などの歴史学者が発表した声明では、1945年以後の日本はそれ以前と異なり、民主主義、人権、言論の自由などが尊重される国になったとされています。

 しかしどこまで日本が変わったといえるでしょうか。国家と個人の権利がどのように変わってきたのかを考えてみたい。

 1945年まで、日本の国家主権は海外領土や勢力範囲にまで及んでいました。19世紀末の台湾統治、さらに20世紀初頭の朝鮮半島支配などを通して、日本帝国と呼ぶものをつくり上げていきました。

 今日の世界では地理的国境の持つ意味は、戦前とは比べものにならないほど弱まっています。経済のグローバル化の故です。

 グローバル化は国家だけではなく、人間の国境を超えたつながりも含みます。そしてその場合の基本概念が人権です。人権、すなわち個人の自由や権利が保障されてはじめて、グローバルな交流が可能となり、平和な世界へとつながっていきます。

 日本では、政治家をはじめそのような変化に抵抗する人たちが少なくないようです。人権よりは国権を重んじ、日本固有の伝統なるものを教育の基礎にしようとしています。あるいは外国人、とくに在日朝鮮人などを排斥し、「慰安婦」問題を無視しています。これではグローバル化にも、世界の歴史の進歩にも逆らうことになります。

 21世紀の日本は経済のみならず、ましてや軍事力ではなく、人権を海外にもたらすことを国家の目標、市民の使命としていきたいものです。
(米独立記念日にボストンで)


2015年7月26日 「しんぶん赤旗」日曜版 17ページ「欧米の日本研究者の声明に賛同続々」から一部を引用

 入江氏の自民党政治批判は、自民党の改憲草案の批判にも通じます。わが国憲法では、人権は公共の福祉に反しない限り尊重されるとなってますが、自民党の改憲草案では「公の秩序を乱さない範囲」と大幅に制限されます。現行憲法の「公共の秩序に反しない限り」とは、他人の生命や権利を損ねることがない限りという意味ですが、「公の秩序を乱さない範囲」ともなると、普通の整然としたデモ行進でも警察が「これは交通渋滞をまねいて、公の秩序を乱すことになる」と判断すれば、それでデモは禁止、言論表現の自由は剥奪されるということです。日本固有の伝統などというものは、昔はこうだったと学習すればいいだけのことで、これを教育の基礎にしたのでは、将来の国民のガラパゴス化をまねくだけです。やはり、教育基本法は安倍政権が「改正」と称して実際は改悪した、これを元に戻すべきではないでしょうか。







最終更新日  2015年08月17日 21時31分12秒
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2015年06月07日
カテゴリ:教育問題
 4月16日の朝日新聞デジタル(WEBRONZA)に掲載された東京大学・須藤教授の「国旗掲揚・国歌斉唱と愛国心」について、4月21日の朝日新聞が次のように紹介している;


 国立大学の入学式、卒業式で国旗掲揚と国歌斉唱を行うのは当然だという趣旨の質疑応答が国会であった。東京大学教授の須藤靖氏は「国旗掲揚・国歌斉唱と愛国心」(16日)で、「異論を許さず強要する姿勢こそが、真剣に憂慮すべき問題」だと論じた。

 国会でも言及された教育基本法から、教育の目的や大学に関する条文を紹介したうえで、「教育とは、ある特定の国の国益とは無関係に、より広く人類社会そのものを支えていくために不可欠でもっとも重要な営みであることが明記されている」との見方を示す。

 そのうえで、「教育基本法に謳(うた)われた教育の目的が達成された結果として、我々はそのような環境を提供してくれた国を愛するようになる。国を愛する人間をつくるための教育ではない」と指摘する。

 職業柄、多くの国を訪れ、多数の外国共同研究者と公私ともに親しくしてきた経験から、「日本に生まれたことを誇りに思っている」「生まれ変わるとしてもまた日本人でありたい」からこそ、「強要は、愛国心を生むどころか、全くの逆効果になる」「強要と教養は相容(あいい)れない」と訴える。
(編集長 矢田義一)


2015年4月21日 朝日新聞朝刊 12版 16ページ「(WEBRONZA)『強要』で愛国心が育まれるか」から引用

 もともと愛国心というものは、生まれた国で成長する間にその国の文化や伝統に触れて育まれるもので、学校やその他の公の場で誰かに強要されて身につけるものではありません。教育の目的が自国を愛する国民を育てることというのは、戦前の日本がやったことで、その結果は1945年8月15日に出されました。その後、私たちの日本はそのことを真剣に反省し、教育に国家権力が介入することの致命的な欠陥を学んだのでしたが、戦後70年に近づくにつれて、そのような反省が忘れ去られて、再び「過ちの道」へ向かっていることを、私たちは考え直さざるを得ません。






最終更新日  2015年06月07日 20時45分28秒
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2015年04月30日
カテゴリ:教育問題
 きのう引用した記事の続きは、安倍政権による教科書の「歴史修正」は戦争の歴史のみならず、明治以降に当時の政府がアイヌから土地を取り上げた事実を伏せて「アイヌに土地を与えた」などと記述していると告発している;


 同様にアイヌ民族の歴史についても、当時の政府による差別政策を正当化するような表現が出てきた。

 1899年に制定され、1997年に廃止されたアイヌ民族を対象にした北海道旧土人保護法について、日本文教出版(東京、大阪)の教科書は当初、「狩猟採集中心のアイヌの人々の土地を取り上げて、農業を営むようすすめました」と記していた。

 だが、検定意見を受けて「狩猟や漁労中心のアイヌの人々に土地をあたえて、農業中心の生活に変えようとしました」と、肯定的な書きぶりに変更した。

 北海道大アイヌ・先住民研究センターの丹菊逸治准教授は「極めておかしな記述だ。アイヌには狩猟・採集で『イオル』(猟場)を中心とする伝統的な土地の利用方法があった。政府はそれを無視して土地を取り上げ、まずは和人に分配して、残った農耕に不適な土地をアイヌに分配した。これまで研究されてきた旧土人保護法の評価を間違えている」と指摘する。

 「アイヌの中学生は、先祖代々語り継がれた歴史を知っている。かたや東京の中学生は教科書が唯一の情報源。正しい事実が共有されていなければ、両者が出合ったとき、民族問題が生じかねない。教科書は歴史認識の土台だ。記述はファンタジーではない事実に基づかねばならない」

 検定以前に「自主規制」としか思えない記述も増えている。例えば、太平洋戦争末期の沖縄戦をめぐる史実の記述がそれだ。

 地元住民をスパイとみなした旧日本軍の虐殺事件については、45年に発生した「久米島守備隊事件」などで知られている。日本文教出版の教科書が「スパイと疑われて殺害された人もありました」と記す一方、教育出版(東京)は今回「琉球方言を使用した住民は、スパイとみなされ処罰されることもありました」と記載した。

 琉球大名誉教授の高嶋伸欣(のぶよし)氏(社会科教育)は「初めて見る記述」と驚きを隠さない。「当時、お年寄りは標準語が話せず、琉球方言しか使えなかった。スパイ扱い自体、納得できないのに、殺害されたことを『処罰』と書かれることには大変な抵抗がある。処罰とは、される側に相当な責任があっての罰。生徒が『仕方ないのかな』と解釈しかねない。日本軍の責任を薄めようとする表現だ」

 さらに米軍の上陸後、沖縄の住民が壕(ごう)やガマと呼ばれる洞窟で強いられた集団自決をめぐっても、出版社の対応は分かれた。

 6社の教科書は「日本軍によって集団自決に追い込まれた」などと、軍の関与を明記した。だが、自由社(東京)は全く触れず、育鵬社(東京)は米軍の攻撃を受けて「戦闘がはげしくなる中で逃げ場を失い、集団自決に追い込まれた人々もいました」と、日本軍の関与には触れなかった。

 集団自決をめぐっては、作家の大江健三郎氏の著作『沖縄ノート』などをめぐり、当時の日本軍の指揮官とその遺族が2005年、日本軍が自決を命じたとする記述で名誉を傷つけられたとして、大江氏や出版元の岩波書店を提訴。

 一審の大阪地裁は「大江氏が隊長による集団自決命令を事実と信じるには相当な理由があった」として原告の訴えを棄却。二審も「総体として、日本軍の強制ないし命令と評価する見識もあり得る」と一審判決を支持し、11年に最高裁も上告を棄却している。

 高嶋氏は「旧日本軍の関与を避けるのは、教科書の執筆者や出版社が政権の顔色を必要以上にうかがっているからだろう。安倍首相らの歴史修正主義が、じわじわと教育を染め上げようとしている。しかし、沖縄の人たちは決して納得しない」と語気を強めた。

<デスクメモ>
 教科書会社に勤める知人はこう話す。「いまは各社の幹部らが検定以前に保守系議員に呼び出され、注文を拝聴することも多い。昔は内容を曲げられないという気概が強かった。最近は採用に結びつけたいという空気が勝る」。その結果、こうなった。どこもかしこも自主規制。つくづく嫌な世の中になった。(牧)


2015年4月16日 東京新聞朝刊 11版 29ページ「広がる自主規制」から引用

 教科書会社に圧力をかける右翼議員も一応公正な選挙で選ばれた議員であるが、そういう議員たちの政党が圧倒的な国民の支持を得ているのかというと、投票率5割程度の選挙で辛うじて当選した連中であるから、彼らの言動が国民の支持を得ているとは言いがたい。そういう国全体から見ればごく一部の右翼政治家によって、児童生徒がウソの歴史を教えられるのは問題である。昔は教科書にウソは書けないと、教科書会社もがんばったが、今はそんなことより「売上げ」が第一で、記述内容は二の次になっており、その結果、間違った歴史を教えられた国民が増えていき、国際社会では通用しなくなり、国力は益々衰えることになる。こういうことで良いのか、国民は考える必要がある。







最終更新日  2015年04月30日 19時43分01秒
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2014年08月03日
カテゴリ:教育問題
 沖縄県竹富町の教科書問題は竹富町が採択地区から分離独立することで決着したが、これは竹富町がわがままだったのではなく、元々この採択地区では竹富町を含む3市町の教育委員会が民主的なルールに基づいて、現場の教員の多数決を尊重して教科書の選択が行われていたものを、邪な右翼的意図を持った石垣市長が送り込んだならず者まがいの悪徳教育委員が、それまでのルールを無視して独断で「つくる会」教科書の採択を決めたために、竹富町は自治体が一丸となってこの横暴なルール無視に反発したのであった。これは実に民主主義を守る戦いの立派な成果と言える。それに比べれば、石垣市や与那国町の教育委員会のふがいなさは絶望的である。その後の竹富町の教科書選定の状況について、7月10日の朝日新聞は次のように報道している;


 沖縄県の八重山地区(石垣市、竹富町、与那国町)で異なる中学公民教科書が使われていた問題は、竹富町が採択地区から分かれることで決着し、同町は1日に単独で教科書採択審議会を立ち上げた。小規模自治体に十分、教科書の調査研究ができるのか疑問の声も残る。調査にあたる地元教員らには、不安とやりがいが入り交じっている。

 沖縄県教育委員会が採択地区の分離を決めた5月下旬、竹富町のある中学校長はほっとした表情を見せた後、心配そうに言った。「採択地区から離脱すると、教科書の調査員を務める教員が足りないのではないか」

 ●1教科あたり3人

 町内の教員は小学校約70人、中学校約60人しかいない。八重山地区では基本的に、1教科あたり3人の教員を調査員に任命し、教科書の調査研究を託してきた。竹富町が設けた採択審議会も、各教科3人の調査員を任命する。小中学校ともに全部で9教科あるため、それぞれ27人が必要になる。中学校では教員のほぼ半分が調査員になる計算だ。

 八重山地区で以前、中学の社会科教科書の調査員を経験した男性は「通常業務をしながらだったので大変だった」。調査期間は2カ月ほど。教科書会社からの接触を防ぐため、調査員であることは職場でも隠し、土日に3人で集まって教科書をめくった。

 社会科だけで20種類の教科書があり、全てに目を通した。「説明文の表現はこっちの方がいい」「沖縄のことを取り上げている」などと話し合い、推薦する教科書を決めた。「この内容ならこんな授業ができると考えながらの作業で、やりがいはあった。授業にも責任感が出た」と振り返る。

 教科書採択は原則4年に1度、全国一斉に行い、今年度は小学校、来年度は中学の教科書が対象。竹富町は今年度、独自に中学公民教科書も選び直す。来年度は改めて中学の全教科を採択する必要がある。

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 同町は教員の少なさを補うため、退職教員の活用を検討している。県教委も、調査研究を支援する職員1人を八重山教育事務所に派遣する。さらに県教委は、各採択地区に提供する調査研究資料を充実させることで、単独での調査研究は可能と判断した。

 同町の慶田盛安三(けだもりあんぞう)教育長は「単独採択になることで、より地域の特性を生かした教育のための教科書選びができる。教員の負担は増すが、やりがいを持ってやってくれるはずだ」と期待している。

 ●国「十分さ」に疑問

 同町のように、共同ではなく単独で採択する自治体は2013年度時点で全国8都府県に14町村ある。だが、大半は同町より人口が多い。文部科学省の担当者は「竹富町だけで十分な事前調査に基づく採択ができるか疑問だ」と懸念する。

 市民団体「子どもと教科書全国ネット21」の俵義文事務局長は「政府は元々、学校ごとの採択を目指してきた」と今の文科省の見解に疑問を投げかける。

 1997年、当時の橋本龍太郎内閣は「将来的に学校単位の採択」を掲げ、「採択地区の小規模化」を促す閣議決定をした。俵事務局長は「それを無視して今さら町単独は難しいというのは、おかしい」と指摘する。(泗水康信)


2014年7月10日 朝日新聞朝刊 13版 33ページ「教科書選び、不安とやりがい」から引用

 国民の教育は国民が自主的に行うもので、政府が教育の内容に介入することは許されない。また、その一方で基本的な教育が受けられない者が出ないように、全ての国民が教育を受ける権利を保障するのが政府の義務である。つまり、政府は国民の教育にカネを出す義務はあるが、教育内容に介入してはならない。これがルールである。したがって、政府であれ教育委員会であれ、現場の教師が選択する教科書に異論を述べることは許されないということを、再確認するべきだ。政府はかつて橋元内閣が標榜したように、学校単位の教科書採択を目指すべきである。






最終更新日  2014年08月04日 11時21分59秒
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2014年06月12日
カテゴリ:教育問題
 国民の教育は本来自由であって時の政府や政治家の考えで統制されるべきものではない。したがって、学校教育で使用される教科書も教育の現場で教員が選択して決めるものであるが、わが国では教科書検定制度で国のチェックが入るようになっている。ところが、昨今は「教育の自由」を理解しない反知性主義の政治家が違法な政治介入をして検定を通った教科書であるにも関わらず特定の教科書を名指しで批判するするケースが増えており、その問題点を指摘する投書が5月30日の東京新聞に掲載された;


 近年、自治体の教育委員会や地方議員の一部が、文部科学省の検定を通った教科書の国旗国歌の記述などにクレームをつけ、ある出版社発行の高校日本史教科書を使用させないような圧力を加えてきている。

 このことにいくつかの大きな問題がある。

 第一に、名指しされた出版社に対する営業妨害であり、経済活動の自由を侵す行為である。
 第二に研さんを積んできた教科書執筆者や編集者の学問の自由、言論・出版・表現の自由を侵す行為である。
 第三に学校の教員の意向や学校の実情、生徒の学習活動や進路など現場の状況を無視して、特定の教科書を排除して使用させないということは、教育の自由を侵すものだ。

 自由は民主主義の根本であり、社会の発展の源泉である。

 いろいろな考えや意見が衝突しながらも尊重されなければならない。権力を振りかざして自分の思うようにしたいというのは傲慢(ごうまん)である。


2014年5月30日 東京新聞朝刊 11版S 5ページ「発言-検定教科書に圧力許されぬ」から引用

 ここに引用した投書は、教育委員会や地方議員が教科書の内容にクレームを付けること自体が問題であるとしており、記述内容や表現によらず、検定を通った教科書であれば教育委員会や地方議員が文句を言う筋合いではないという主旨で、中立的な立場からの公正な意見だと思います。右翼思想の教育委員や地方議員は言動を慎むべきです。






最終更新日  2014年06月12日 09時22分54秒
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2014年05月08日
カテゴリ:教育問題
 安倍政権が教科書に領土問題に関する政府見解を書かせようとしていることについて、高校生が4月12日の朝日新聞に次のような投書を寄せた;


 5日の社説「領土の教育 冷静に、しっかりと」を読んだ。私たちが授業を通して学ぶことの根本は、教科書に書かれている。だから、どうしても教科書に書いてあることは正しいと思い込んでしまう。竹島と尖閣諸島の領有権問題について、政府の見解を書かれても知識にはなるが、それ以上のものは得られないと思う。なぜ問題になっているのか、相手国の言い分はどうなのか、それらを知って初めて自分なりに領土問題について解釈できる。

 いざ韓国や中国の人と領土問題について議論する場合、教科書に書かれた「竹島も尖閣も日本固有の領土だ」という知識だけでは、どちらが正しいのかという中身のない口論になってしまう気がする。政府見解だけの知識では、相手を説得することなど絶対に不可能だろう。

 私は「日清戦争に乗じて尖閣を奪われた」という中国の主張を日本史の時間に学習した。この主張を考えるためには、下関条約や当時の国際情勢まで踏み込んで知らなければならない。領土問題というのは歴史的、地理的、文化的な様々な面から考察しなければならないはずだ。小学校の社会科で学ぶにしても、政府見解だけでなく多角的に知る必要があるのではないだろうか。


2014年4月12日 朝日新聞朝刊 12版 14ページ「声-領土問題は多角的考察が必要」から引用

 この投書を読むと、尖閣諸島の領有権問題については安倍政権よりも高校生のほうがはるかに深くものを考えていることが分る。これは現場の先生たちの努力の結果に違いないし、安倍政権が想像しているよりも高度な教育が行われていることが理解されるというものである。安倍政権は教科書介入の浅知恵を恥じるべきだ。







最終更新日  2014年05月08日 21時22分11秒
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2014年05月04日
カテゴリ:教育問題
 文部科学省が教科書検定に応募すると思われる出版社に異例の通知を出した、と4月25日の東京新聞が報道している;


 5月26日から申請受け付けが始まる中学社会科の教科書検定で、文部科学省が、尖閣諸島や竹島に関する記述内容の変更を申請後にも認める異例の措置を、各教科書会社に通知したことが分かった。1月に中学高校の学習指導要領解説を改定し、尖闇、竹島を「日本固有の領土」と教えるとしたことへの対応だが、教科書会社からは「時間を与えるから記述を増やせという意味か」と困惑も聞かれる。  (加藤文)

◆領土教育強化、出版社困惑

 通知は今月22日付。申請翌日から60日以内なら、尖闇や竹島の記述追加や変更を認める。通常なら、申請後に内容を変えられるのは、検定結果が出た後に取り上げた題材をめぐる社会情勢が変化した場合や、明らかな間違いがあった場合に限られる。

 文科省は理由を「指導要領解説の改定を踏まえ、教科書の編集期間を十分確保するため」と説明する。

 だが通知に添えられた変更内容の例では、目次に尖闇・竹島で一項目設けたり、コラムを追加したりした例も示している。教科書会社は申請の一カ月前の段階で、尖闇や竹島の記述を増やす方向で再検討を余儀なくされる可能性がある。

 ある教科書会社の担当者は「なぜこの時期に。文科省の意図が分からない」と困惑する。別の会社の担当者は「教科書編集が大詰めに入った1月に解説を改定したこと自体、無理があるのに、追い打ちをかけられた印象だ」とこぼした。

◆政治の「不当介入」 共栄大の藤田英典教授(教育社会学)の話

 領土問題で歴史的経緯や政府見解を記載すること自体には、問題があるとは思わない。だが道徳の教科化の検討や、沖縄県竹富田の教科書採択問題への対応など、この一年の教育施策を踏まえれば、今回の通知は教科書会社への圧力ともとれ、政治の「不当介入」と言わざるを得ない。


2014年4月25日 東京新聞朝刊 12版 1ページ「尖閣・竹島 記述増促す?」から引用

 尖閣諸島や竹島を日本固有の領土であると生徒に教えるのは戦前の政府が「日本は神の国だ」と教えたのと同じで、教育としては邪道である。生徒には世の中の真実を教えるべきで、その意味で「日本政府は尖閣諸島と竹島は日本固有の領土であるとの立場を堅持している」と教えるのは当然であるが、それだけに終わらず中国政府や韓国政府はどう言ってるのか、そもそも歴史的経緯はどうなのかといった点まで掘り下げて教えるべきであり、それには相応の準備も必要であるのに、そういう現場の事情を一顧だにせず「とにかく政府の見解を書け」と言わんばかりの態度はいかにもヤンキー政権らしい。こういう政権の政治介入を放置したのでは、わが国の将来は没落の一途である。






最終更新日  2014年05月04日 21時48分18秒
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