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shonanian

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2019.04.10
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カテゴリ:カテゴリ未分類

灯台下暗し、という言葉があります。

あまりにも身近にありすぎて、その貴重さに全く気付かない。

命をかけて探し求めて、探し求めても見つからず、ああ、もうやめよう、
とすべてを投げ出したところ、あ!!常に自分の元にあった!と。

人生、本当にこれですね。

究極には、真理とは何なのか、この宇宙を創った神とは何なのか?
どこにいるのか?
苦しい、神も仏もありはしない!!死のう・・・と覚悟を決めた瞬間、
あれ??

おーマイガー!!昔からずっとここにあったし、未来永劫
あり続ける・・・!!!!

人生とは、宝探しゲーム?笑

いやぁ、それが本当に、実に骨が折れる。
真冬に滝に打たれる?甘い甘い。
内戦でバンバンやっている戦場に行ってみる?甘い甘い。

釈尊は難行苦行の末、そのバカらしさ、無意味さを悟り、菩提樹の下に
静かに座り、悟りを開かれたといいます。
その時の祝福、光のシャワー、歓喜たるや想像を絶するものだったこと
でしょう。

如何にその境地に辿り着くか?

はい、人は誰しもいつかはその境地に辿り着く宿命にあるのです。

芋虫が蛹になり、蝶として舞うように・・・。

そのためには、自分に嘘をつかないこと。

自分の真なる思い・願いにとことん忠実になること。

誰が何と言おうと、人からどう思われようと、魂の奥底から湧いてくる
望みに正直に生きること。
たとえそれで苦しんでも、それは成長痛。すべては必然。
必ず乗り越えることができます。

そうは分かっていてもそれができない?

そんな意気地なしの人生で、歳をとったとき、人はあなたをどう見る
でしょう?
人間的にすごく魅力的で、奥が深くて素晴らしい!また是非お会い
したい!
と思ってくれるか?

なんてつまらない、浅はかな人なんだろう。かわいそうに・・・
と思われるか?

あなたはどちらを望みますか?

いや、あなたの真なる声を聴いてください。

人は皆、魂の奥底では幸せ・健康・ウキウキわくわくを望んでいる
のです。

ね!幸せになるコツは本当にシンプル!

さあ、今からもっともっと明るくワクワク楽しく生きていきましょう!
たとえ今本当に辛く悲しくたって、日はまた昇る。

宇宙は、<存在>は決して無慈悲でなく、無限の愛を常にあなたに
注いでいるのですから!!ウィンク







Last updated  2019.04.10 23:08:47
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2019.01.15
カテゴリ:カテゴリ未分類

昔、
「覚醒剤やめますか?それとも人間やめますか?」
なんていうCMのキャッチフレーズがありましたが・・・

まあ、覚醒剤は戦時中、国が生産していて軍人の夜間就業に使われ
害は無かったといった議論は置いておいて・・・

人間やめられたら素晴らしい!!
と思います。

そもそも「人間」などというものは実在するのか?
何を以て「人間」と呼ぶのか?

「人体」は約60兆個の細胞とその何倍もの細菌から成っていることは
もはや常識。
そしてほぼ3カ月ごとにすべて入れ替わる。
その細胞ひとつひとつも、更に細かくすれば分子、原子、
更に電子・陽子・中性子・・・
最小の単位は素粒子と言われ、それが見えないものも含めこの世の
万物を創っているという、動かしがたい「事実」。

肉体が自分? 手を切ったら手は自分? 足を切ったら足が自分?
首を切ったら頭部が自分?脳みそが自分?
心臓を取り出したら心臓が自分?

そもそも、肉体が自分なら、心臓が止まった死体は何?

すべては「自分=人間」という単なる「思い込み」から、悩み、
苦しみ、もがき、のたうちまわっている。
「失う」ことを恐れ、「死」を恐れる。

では、「自分は人間」という、正にその「人間」が幻であり、
実在しなかったら・・・?

上記のとおり、実在しないのは明らかなのに、すぐに幻にとりつかれてしまう・・・

ああ、早く人間やめたい!

というか、元々人間じゃないことに真に目覚めたいものです。(笑)







Last updated  2019.01.15 17:42:48
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2018.12.19
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生涯未婚者が増えています。

また、結婚早々離婚してしまうカップルも多いのが現状です。

結婚に意義を見出せない、とする人が増えているとの記事を目にする
こともある今日この頃ですが・・・

そもそも、結婚の「意義・目的」とは何でしょう?

それは言うまでも無く、より幸せになること。

これに尽きると思います。

では、幸せとは何か?

それは自己の「成長」に他なりません。

では「成長」とは何か?

それは、今まで見えていなかったことが見えてくること、知らなかった
ことを知ること、体験していなかったことを体験すること・・・
そして何よりも「自分」が変わり、自ずと「世界」が変わること。
そう、それはあたかも芋虫が蛹になり、蝶になって空を舞うように。

そして、成長に絶対に欠かせないものが「成長痛」。
即ち、苦しみ。

しかし、「苦しみこそが成長の糧」。

苦しみを経ずして成長はありません。

漆黒の闇無くして、夜明けはありません。

どうしても許せないこと・受け入れることができないことは地獄です。

それが「結婚」という、夫婦だからこそ自分の闇を出し、
毒を出し、弱さをさらけ出す事ができる・・・
一般社会でやってしまっては一瞬にして信用を失ってしまうゆえ死んでも
できないことを夫婦だからこそできる、そしてそれを赦し受け入れられる
か否かは自分の小さい器に固執して受け入れを拒否するか、それまでの
自分の器を破壊するか・・・
それで離婚か、自己変容による幸せへの道が拓けるかが決まるのでは
ないでしょうか?

自分で撒いた種は、どんなに微細なものであれ、一つ残らず自分で
刈り取らねばならないのがこの世の法則。
即ち、人から為されること・言われることは、間違いなく、かつて
(前世含めて)自分が為した事・言ったこと。

しかし、宇宙、<存在>はひとつ、すべては神。

ゆえに、人が人を傷つけるということは、右手の人差し指が左手の親指を
傷つけることと同じこと、即ち自分で自分を傷つけているのですね。

そんなことが腑に落ちて分かってしまう、この夫婦生活。

幸せの為に、結婚しなくては損ですね!!






Last updated  2018.12.19 08:57:01
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2018.11.25
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中学1年生のとき、当時米国コーネル大学教授のカール・セーガン博士の

「COSMOS」(宇宙)に出会い、

「自分の肉体を構成している原子も昔は宇宙に漂うチリだった・・・
では、自分って何?」

と疑問を持って40年近く・・・

最近、ようやく

「神は遍在している」
「すべては神」

という言葉の意味がしっくりとハラで分かってきました。

それも、​知花敏彦​​​氏が残された言葉のおかげです。

もし今、釈迦やキリストがいたら話を聞いてみたいと思いませんか?

それと同じ事を、なんと日本語で聞けるのです。

​​DVDやCD​が多く残されています。

有難いことですきらきらきらきらきらきら






Last updated  2018.11.25 00:50:50
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2018.04.19
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人生、山あり谷ありと言います。

時には本当に辛くて苦しくて、もう人生リセットしたいと思うことも

あるし

神も仏もないと悲嘆に暮れることもあります。

が、

そのすべての原因は、自分自身の「思い」への執着なんですね。

「こうなきゃいけない」「こうあるべき」「これが人の道・天の道」

「これが正しい」「これは悪」

ゆえに苦しむ。ゆえに許せない。

無意識に思い込んでいることに気付けば、目覚めれば、

幸せになりますね。許すことができますね。

辛いという字に一を加えると幸となる、という話がありますが

それは一次元上から見ることによって、辛いことが消え失せ

幸せになるということなのですね。

ほっぺたを叩いても目覚めなければ、布団を一気に取り上げたり、

それでも起きなければ冷水をぶっかけたり、とエスカレートして

いくように

ちょっとした辛さを自分の魂の成長の糧として反省し真摯に

受け止めなければ

更なる災難を自ら呼び寄せて、真我(神我)が「目覚めなさい」と

苦難を与えてくれるのがこの世。

なんて慈愛に満ちた、素晴らしい世界なのでしょうね!!






Last updated  2018.04.19 23:54:00
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2018.01.02
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ということで、朝5時起きで滝に打たれてきました。

web.jpg

なんと元旦の滝行は3年ぶりでした。

実に気持ちよかったです。

穢れ=氣枯れが、消滅します。

氣で満ち溢れ、清々しく、暖かく、至福です。

心身健康法として超オススメですきらきら







Last updated  2018.01.02 23:41:06
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2017.10.30
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心身即ち五感を超越すると、生命のしくみを包括したこの世のしくみの

ようなものが朧気ながら、しかしハラで分かるというか、お釈迦様の

言葉なり般若心経なりが、昔はチンプンカンプンだった、或いはアタマ

だけで理解して分かったつもりになっていた状態から、腑に落ちて

分かるようになってきます。

 

昔は人生五十年といったものですが、五十路にしてようやく

「決して生まれず、決して死なない」本来の「自分」なるものが

感じられてきました。

そうなると、もはや「自分」とは言えない、純粋な「意識」そのもの

なのですが。

 

世の中は高齢化社会とあって、要介護にならないように、健康寿命を

伸ばすために、国も「健康寿命延伸産業」の興隆を後押ししていますが、

どんなにガンをはじめ脳血管疾患・心疾患・糖尿病・認知症といった

生活習慣病を防ぐべく食事・睡眠・運動に気をつけ、また、ストレスは

病の元と言いますがストレスを溜めないようにするために一時的な

ストレス発散をしたところで、根本の原因にアプローチしない限り

病を防ぐことはできないのですね。

 

では、病の「根本の原因」とは何なのか?

それは、お釈迦様が説いてくださっています。

即ち、「無明である限り病はつきまとう」

 

無明、即ち光明を得ていない。

自分が何ものであるのか分かっていない。

摂った食べ物で出来ていて3ヶ月毎に入れ替わっている60兆個の細胞の

集まりである肉体を自分だと錯覚してしまっている状態。

或いは、心身一体と言いますが、心即ち感情・思考を自分だと思い込んで

しまっている状態。

それがゆえに、肉体の消滅を恐れ、周りの評価を恐れ、財産を失うことを

恐れ・・・それがゆえに、恐れが肉体的病を生じさせる。

否、お釈迦様から見れば、恐れそのものが既に心の病であるのです。

 

光明、光とは意識です。

無明とは無意識、闇=病みです。

暗くて何も見えないので、ぶつかり、転んで、痛くて苦しい。

光の下、見えていれば危険を回避できます。

楽しくて、幸せです。

 

その、無意識から意識への目覚め、気付きの方法が瞑想なのですね。

Meditaion(瞑想)のMediはMedical(医療の)、Medicine(薬)の

Mediです。

人を、癒し、治癒するわけです。

 

21世紀は心の時代と言いますが、まさに全人類が意識の目覚めが

出来るか否かが、この地球を争いと環境破壊で滅ぼし結果として人類も

滅亡するのか、愛と平和の惑星に生まれ変わり自然と調和して人類が

助け合い分かち合いを以ってしてパラダイスを創造するのか、未来を

決める鍵となっているのです。

そして、それが個々人の、健康で幸せな人生を送ることが出来るのか、

病で苦しみ、不幸な人生を送ることになるのかの分かれ道になる

ということなのですね。きらきら

 







Last updated  2017.10.30 23:19:30
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2017.02.18
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人は何故、修行・荒行・苦行を行うのでしょう?



先日の滝行は素晴らしいものでした。
どう素晴らしいのか?

前回の日記で「容易に五感即ち肉体を超越できる」と書きました。
しかし、実際は肉体どころか「心」を超越できるのです。

そして、「心身」を超越することにより、「自分」とは
この「物質的世界」には存在していないこと、
「現実とはこの物質世界ではない」ことが分かり、

自分の意識の中に現実がある」ことが分かるのですねきらきらきらきらきらきら







Last updated  2017.02.18 22:25:59
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2017.02.13
カテゴリ:カテゴリ未分類

「想像=創造。

このしくみについては、次回にまた述べてみたいと思います」と
前回書きました。

そう、思いのすべてが現実化するのがこの世のしくみ。
ただ、時間がかかるのもこの世の制約ではありますが。

「そんなバカな!」と思う方は、まさに「そんなバカな!」という
思いが現実化し、ますます「人生思うようにうまくいかない」という
思いが強固になっていくわけです。

「本当に強く思っているのになぁ・・・」という方は、
思っていることは確かでしょうが、無意識にそれを打ち消して
しまう思いを抱いてしまっているのです。
ただ、それに気付かないゆえに自分でも分からない。

それに気付くには、もう、ひたすら覚醒する修行で目覚めるしか
ありません。
武道、書道、座禅、いや、ランニング、筋トレ、球技、
縄跳び、スキー・スノボー、水泳、絵画、彫刻、日々の仕事・・・

何であれ、全身全霊打ち込み、極めることにより瞑想となるのですから
何でも良いのです。
ただ、中途半端にやらず、完全に「行為になりきる」のがポイント
です。

覚醒すればするほど、自分のほんの些細な、一瞬の心の動き、思いにも
気付いていられるようになり、ゆえに否定的な思いが湧きそうになった
まさにその瞬間に打ち消すことが可能になります。
結果として、自分の望むことだけを思うようにコントロールすることが
できるので、望み・願いが叶えられる確率がグンと高まります。

斯く言う私も、数年前から真冬の滝行を行っているのですが、いつか
美しい雪景色の中で打たれたい・・・とずっと思い続けていました。
なかなか雪が積もらず、また、積もっても週末には溶けて無くなって
しまったりと、機会を見出せずにいたのですが、先週金曜日に降雪が
あり、翌日土曜日の朝にようやく雪の中で打たれることができました。



厳冬期の滝行ほど良い修行はありません。
なぜなら、容易に五感即ち肉体を超越できるからです。
また、滝で清められるのか、実に清々しい。
鍛える=喜多得る。
ただただ、こうして生きることができることに感謝ですきらきらきらきらきらきら







Last updated  2017.02.13 23:21:55
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2017.01.08
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前回、以下のように書いたきり、年も明けてしまいました。

 

この世界は分離しているように見えて、実は一体であることに

気付くことです。

たとえば、スクリーンに映し出された映像。

映像に様々な物・人が現れますが、実在しているものはスクリーンと

光だけですね?

この三次元世界も、同様の3D立体映像だということに気付けば

良いのです。

では、どのようにして気付くことが出来るのか?

それはまた次回に述べたいと思います。きらきら

 

よく臨死体験された方は不死を知ることによって、このように

(この森羅万象が3D立体映像のように)見えているのでしょうが、

では臨死体験しないとムリなのかというと決してそんなことは

ありません。

 

日本には「道」がつくもの-書道、茶道、華道、弓道、剣道、柔道-

等たくさんありますが、「○○道」と何でも「道」をつけてしまいます。

では「道」とは何か?

「大道無門」という言葉がありますが、「大きな道に門はない」と

言われる、この「大道」こそが「道」」なのです。

 

「禅」も然り。

座禅、立禅があるように、作業禅という掃除でも洗濯でも調理でも

禅になり得るのです。

「禅」は最近逆輸入という形で「マインドフルネス」という名で日本にも

入ってきた「瞑想」と同じものです。

 

そういう意味では、座禅も「座道」、茶道も「茶禅」と言い換えても

同じことでしょう。

ようするに、可能な限り覚醒し、全身全霊尽くすことによって

「今・ここ」にあることが「道」であり「禅」なのです。

 

「今・ここ」にあると、思考は不可能です。

なぜなら、思考と過去・未来はイコールだからです。

考えなければ、頭が無ければ過去も未来も存在しません。

そして、可能な限り覚醒し、その覚醒が深まれば深まるほどに

5感で知覚するこの物質界・3次元世界全体を距離を置いて

見つめることができるようになります。

見つめられるもの、観察されるものは自分ではなく、言うまでも

なく観察者そのものが自分です。

自分の手、足、頭、口、胃腸、心臓、骨、すべて観察可能です。

自分の考え、思い、感情-怒り・苦しみ・悲しみ- すべて

観察可能です。

ただただ、見つめる者そのもの・・・ 判断、印象、感覚、そういった

ものすべをただ認識している純粋な意識・・・ それが自分なの

ですが、こうなるともはや「自分」と呼べるものではない感じがします。

ただ、ただ、深く見渡し、見守り、温かく、深遠な、無限の意識・・・

観察者そのものに意識することが究極の瞑想であり禅であって、

まさにこれによって覚醒が高まると同時に幸せになり、健康に

なってしまうのがこの宇宙というか<存在>の法則のようです。

それが、どんなに「良い」ような思い(信条や教義など)であっても

それに囚われてしまうと、「今・ここ」にいなくなってしまうので

不幸・病気に見舞われてしまうようです。

チベット医学はお釈迦様の「無明である限り病はつきまとう」という

原理原則を基本としています。

無明、即ち今・ここにいないこと。覚醒せず、思いに囚われている

状態のことを言います。

 

ちょっと長くなってしまいましたが、この三次元世界が3D立体映像だと

気付くにはひたすら覚醒すべく、自分にあった手法で禅・瞑想する

ことに尽きるのだと思います。

ただ、これはある程度人生経験を経た成熟した大人にいえること

であって、子供や20代の若者には一概に言えることではないかも

知れません。

というのは、エゴは熟さなければ落ちないからです。

ゆえに、魂の奥底から湧き上がってくる、本当にやりたいことは

片っ端からやっていくに尽きます。

 

ヒンズー教ではこの3次元世界を「マーヤ」(幻)と言います。

すべてはいつかは消え失せるのですから、至極当然ですね。

せっかくこの最高に素晴らしい遊園地に肉体を授かってきたのですから

楽しまないテはないですね!!きらきら

おまけに自分が創っていける世界なのですから尚更ですね!!きらきら

想像=創造。

このしくみについては、次回にまた述べてみたいと思います。きらきら







Last updated  2017.01.08 17:01:22
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