カテゴリ:翻訳について
今回は「A success or not? ー 翻訳の初仕事をつかむまで(4)」として、このシリーズの最終回を書きたいと思います。
■■■前回までの記事はこちらでお読みください。■■■ ・・・・・・ 今日はエピローグを書きたいと思います。 前回の記事では、私が在宅フリーランスで請け負ったビッグプロジェクトの顛末とその後の翻訳人生について書きました。 今回は、その少し前のお話です。 ・・・・・・ 私がまだ塾講師のアルバイトをしながら翻訳者を目指して勉強していた時のことなのですが。 私はある日、求人サイトで翻訳のデータベース作成の仕事を目にしました。 なんでも、英語と日本語の表現を対にして登録するだけの単純作業だとかいうことで。 これは、翻訳業界では「対訳」というものを作成する作業にあたるのですが。 ほんとに、ほんとーに、ほんとーーに、ほんとーーーーに低賃金な、内職のような仕事だったのですが、「勉強にもなりそうだし、スキマ時間にやってみるか!」ということで、そのお仕事を始めることとなりました。 塾講師の仕事を終えたのち、夜な夜なコツコツコツコツ対訳を登録する日々が続きました。 ・・・・・・ そして、作業完了後にいただけた報酬額は・・・ いくらだと思いますか? 内職のような仕事とはいえ、翻訳関係ならある程度技能も必要なわけだし、その上毎晩コツコツ頑張ったんなら、それなりの額になったんじゃない? ・・・と、もしあなたがそう思われたなら、これから書く額を知ったら腰を抜かしますよ。 私が得た報酬は・・・ 700円。 1時間の報酬ではありませんよ。 全作業を終えた後に得た報酬です。 700円って・・・オイ。 ・・・・・・ 結局私は、あまりにも実入りが少ないその作業を継続して受注することはなかったのですが・・・ なにはともあれ、自分の手で翻訳関係のお仕事をつかみ、ごくごく少額ではあるもののお金を得ることができたことに満足していました。本当の意味では、前回書いた大企業のお仕事よりも、こちらのたった700円のお仕事の方が私の初仕事だったともいえますね。 それにしても、この700円・・・何に使おうかなあ。 新卒で正社員だった頃の初任給では、両親に感謝の気持ちを込め、高級百貨店のブランド食器を贈ることができました。 でも、そのときの私が手にしていたのは、たったの700円。 感謝の気持ちを形にしようにも、たいしたものは贈ることができないよなあ・・・。 ・・・・・・ 悩んだ末、私はそのお金を、募金することにしました。 ちょうど母校のメーリングリストで、海外で心臓移植を受けるために多額の費用を必要としている女の子がいることを知り、本当に少額だったけれども募金させていただいたのです。 フリーランスで翻訳関係の仕事をして初めて得た報酬・・・今振り返ると、なかなかいい使い方をしたなあと思います。 私は「英語を活かして働きたい」「翻訳者になりたい」とずっと思ってきたけれど、その根底にある気持ちは、「人の助けになりたい」という気持ちだったような気がします。 依頼された文書を英語から日本語へ、日本語から英語へ訳すことで、「橋渡し」といいますか・・・異なる母語を持つ人たちがお互いを理解するための手助けができる・・・翻訳ってそういう仕事なんだと思ってきました。 だから、その当時はほとんど無意識だったけど、きっと700円ぽっちの報酬でも、誰かのために使うことで、自分の根底の気持ちがぶれないように・・・その先もずっと、誰かのためになるような、誰かの力になれるような仕事をしていけるように、そんな思いを心に刻むため、そのお金を募金というかたちで使わせていただいたのかもしれません。 ・・・・・・ これで、私の翻訳物語はおしまいです。 4回にわたって書き綴った私のささやかな成功体験や、なんだかなぁな失敗談が、これから翻訳者を目指していかれる誰かのお役に立てたとしたら(?)、とてもうれしく思います。 ・・・かくいう私自身はこの先どうするのかというと、実は本当に迷っています。 緑内障という眼の病気になってしまい、パソコンが見づらくなってきているのです。 翻訳者は、原文の原稿、訳文を入力するワードなどのワープロソフトの画面、数々の辞書、調べ物をするためのウェブブラウザ・・・と、目まぐるしく眼を使い、酷使し続ける仕事です。 今の時点でやや不便を感じ始めている私が、この先あと何年この仕事を続けられるか・・・自信がないのが本音です。 これまで何度も何度も何度も何度も、くじけては立ち上がり・・・を繰り返して、共に生きてきた仕事が私にとっての「翻訳」でした。 なかなかうまくいかなかったし、気持ちがぶれてしまう弱さも多々あったけれど、でも、本音では「いつかはうまくいくだろう・・・納得のいく仕事ができるようになるまでにあと何年かかろうと、その頃たとえ60歳になっていたとしても構わない」・・・ぐらいの覚悟もありました。 それが、眼の病気のために幕引きを考え始めているのですから、本当に無念です。 ・・・・・・ 結婚式やなんかで、よく聞く話。 人生には3つの坂があります。 ・・・なーんてよく言いますが、私にとっても、40歳手前で緑内障になり、すでにパソコンが見づらく感じているなんて本当に「まさかの坂」でした。 でもまあ、希望は捨てずにいようと思います。 それでも、もしいよいよあきらめなければならない時が来たら・・・その時はその時で、自分ではなかなかあきらめきれず下ろすことができないでいた幕を、もういいかげん神様が下ろしてくださったのだと考えようと思っています。 そして、新たな道を探す。 案外人生ってそんなものなのかもしれない。「万事が計画どおりに進む」よりも、「なりゆきでこうならざるを得なかった」・・・みたいなことも多いのかもしれないですね。 そして、新たな道がどんな道であっても、やはり何らかの形で「人の力になれる」仕事をすることができればと思います。そうすれば、翻訳をしていた時に抱いてきた思いを未来へとつないでいくことができるわけで。形は違えど、私らしい生き方には変わりないのではないかなあと。 そんなふうに思っています。 ・・・・・・ *前回予告していた「翻訳者を目指すうえでの実践的なアドバイス」は、もし書ければまた別の記事に書かせていただきたいと思いますので、ご了承ください。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2018.10.19 23:08:29
コメント(0) | コメントを書く
[翻訳について] カテゴリの最新記事
|
|