2019/02/03(日)18:13
悲しみよ こんにちわ
新訳が出ていたので朝吹訳とどんな風にちがうのか、興味本位に読む。『悲しみよこんにちわ』サガン(河野万里子訳)あとがきに小池真理子さんが書いているように、朝吹訳=サガンの世代。よくなったのかどうなのかわたしにはわからないが、
わかりやすく洒落たいまふうの描写にはなった。あの15歳に読んだ時のみずみずしさはもう感じられない。あたりまえ。ただあのとき、ストーリよりも陽光まぶしい南仏の海
白い別荘
松林の緑
時間とお金があるヴァカンス
自由な女と男
恋愛の妙味
ある階級かないもしないあこがれであった。その後
訳者朝吹さんも著書『わたしの巴里・アンテーク』により
ベルサイユにあるご自身のお屋敷の写真集とおいたちで
そういう環境、階級のひとと知り、
複雑な思いもしたのであった。とき経て、
文化も環境も上昇(偽っぽいが)したようで
カルチャーあくがれは無くなったが
おかげで
新鮮さも薄れ、ストーリーも平坦になってしまったのは
否めない。悲しいような追いつき。それでも20世紀のフランス文学上の一傑作なのだろう、フランス語がわかれば。