2019/11/15(金)21:09
『ゼロの焦点』松本清張
再、再、再読。読むたびに再発見する楽しみがある。
導入部「ある夫」板根禎子は、秋に、すすめる人があって鵜原憲一と結婚した。
禎子は二十六歳であった。相手の鵜原は三十六歳だった。年齢の組み合わせは適切だが、世間的にみると、多少おそい感じがした。
「三十六歳まで独身だというと、今まで何かあったんじゃないかねえ」
その縁談があったとき、禎子の母は一番、それを気にした。
それはあったかもしれない。・・・・・(後略)こんなふうに始まるこの章はストーリーのかなめ「夫の失踪事件」を暗示しているのだが、この1章のストーリが秀逸だと思う。他人同士が「結婚ということ」をするとき、きっと誰にも大なり小なり起こりうることを絶妙に描いている。
(以下前回2008年1月12日の感想を脚色)
『点と線』で大ベストセラー作家になる直前の文学色濃い作品であったと、あらためて実感した。 やはり映画やTVドラマに数多くなっているので有名だが、金沢、能登半島の冬の暗い風景の後ろにうごめく人間臭いもの、戦後史に翻弄される人々の描写が迫ってくる。 再読してみて新たに感じた事は、ミステリーとしては細部がやや甘いが、それがぶっ飛んでしまう清張の文のうまさ、構成のうまさである。 主人公の板根禎子(いたねていこ)は名前からして当時古~と思ったが、今にして考えればぴったりなのだ、現在活躍、活劇している(本の中で)女性探偵のはしりだもの。 でも禎子は結婚したばかりの夫が失踪したのでやむなく能登半島をさ迷って捜査する。夫の過去がわからない、その不安の描写がうまい。 この小説の時代は昭和32年ごろ、お見合い結婚が主流だ。おおかれすくなかれ男女が生活を共にしだすといろいろ問題になる。事件にならなくても取り返しのつかないその齟齬が尾をひく。うなずきながら読んだ女性は多かったと思う。 そんなところもおもしろかったが、やはり風景の描写は秀逸。列車の旅の描写もそそる。 是非とも 能登金剛の冬景色を見てみたいものだ。しかし、ごらん、空の乱れ
波が――騒めいている。
さながら塔がわずかに沈んで、
どんよりとした潮を押しやったかのよう――
あたかも塔の頂きが幕のような空に
かすかに裂け目をつくったかのよう。
いまや波は赤く光る……
時間は微かにひくく息づいている――
この世のものとも思われぬ呻吟のなかに。
海沿いの墓のなか
海ぎわの墓のなか―― 作中に引用してある外国の詩。禎子が夫を想って涙を流す。そう、親しみの薄かった、あっという間に失踪してしまった新婚の夫を愛し初めて...。
清張さんはストーリのどこもかしこも手を抜いていないのだなあと。
この新潮文庫版のカバー絵「やせの断崖」迫真!その後のサスペンスドラマの定番とか、映画の影響は大したものだ。