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ぼたんの花

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後藤田正晴さんの死

2008/06/09
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テーマ:本日の1冊(3101)
大きな政府か小さな政府かに関して言うと、私は非常におかしいと思っている議論がある。それは新保守主義という議論である。当初、私は新保守主義というのは何を指しているのかよくわからなかったが、サッチャー主義、レーガン主義のことを新保守主義と言っているようだ。そうだとすれば、今、その立場に立っての議論を日本が始めるのは、ワンサイクル遅れていると思う。


なぜならば、サッチャーさんというのは、戦後のイギリスの相当長い労働党支配の中で、経済がにっちもさっちもいかなくなったことを背景にして、保護や規制を突破して、競争原理による自由なマーケットにしようということで、いわゆるサッチャー改革を行ったわけである。だからそれなりの背景があった。


そしてそれは成功した。イギリス病を克服したのである。しかし、その結果、イギリスはどうなったか、ヨーロッパはどうなったかというと、激しい競争原理のために、貧富の懸隔が激しくなり、失業者は巷にあふれ、失業者は10パーセントになっている。それだけ世の中が混乱してしまったのである。


そのためサッチャー改革からワンサイクル過ぎた今では、イギリスでもヨーロッパでも、このままでは資本主義の横暴になってしまってよくないということで、自由な面を残しながらも、ある程度、規制をかけようという動きになっている。それがヨーロッパでの社会民主主義の勢力になっている。

その社会民主主義というのは、昔のマルクス主義の社会主義とは違うと思うが、いずれにせよ、行き過ぎた競争、行き過ぎた自由主義に歯止めをかけようというのが、最近のヨーロッパの傾向なのである。そういう中で、日本がいまさら新保守主義を言うのは、ワンサイクル遅れた議論ではないかと思うのである。

今のままの議論で、日本の議論がまとまったとすると、これは間違った方向へ行ってしまうのではないかという気がする。


中略


私が治安を言うと、みんな嫌うのだが、失業者が増えて、社会不安になると、治安情勢も悪くなることが考えられる。昭和7年3月に団琢磨さんが三井合名の正面階段のところで暗殺された。それから何ヵ月後に、今度は犬養毅さんが暗殺された。あの頃、私はまだ中学生だったが、要人テロがあるとみんな快哉を叫んだのを覚えている。


当時のことを知っている私の同年輩の知人などは、『今の世の中も、こんなに景気が悪くなって、失業者が増えているが、これがもっとひどくなって、失業者が巷に溢れるようになったら、また昔みたいに要人テロが起こるようになって、えらいことになるぞ。』と心配している。


今はまだ、景気が悪いと言っても、これまでの貯えなどもあるから、なんだかんだと言っても、そんな心配はにと思って、政治家も経営者たちも心配しないで過ごしているが、これが本当に財布の中身がない、職が無いとなったら、それこそ治安問題である。そういうことまでちゃんと考えて、新保守主義と言っているのかという懸念を、私は感じるのである。競争による富の増大はいいことだが、問題はその配分が大事であることを忘れないで欲しい。


ソーシャルセイフティーが肝心である。



「二十世紀の総括・後藤田正晴」社会経済生産性本部21世紀へのメッセージ刊行委員会編
生産性出版 1999年6月20日 より引用




これは、1999年に出版されたもの。確かに政治家として歩んだ中には、判断ミスもあったかもしれない。小選挙区制を進めた後藤田さんの気持ちの中には、一党独裁的な政権を代えるには必要な制度と考えた節もある。それを大手広告代理店、マスコミを使って逆に米国に利用されてしまった。

死刑につて、後藤田さんの意見は「死刑制度がある以上、刑の執行はされなければならない」という意見だったように聞いたことがある。死刑制度を廃止する、という意見を私は、いままで受け入れられなかった。自分の愛する家族が殺されたら、当然、死刑にして欲しい。殺人犯が生きているというのは、納得がいかない。他の人を殺したら、自分も殺されることになる、ということも当然だと思ってしまう。

ところが、「裁判は、敵討ちの制度では無い」ということを言われた人がいた。殺された人、死者の気持ちを代弁しているつもりでも、それは、被害者本人ではなく、残された人の気持ちであるのだ、ということ。そして、また冤罪がとても多いことも一方にある。刑を執行してしまったら、取り返しが付かない。死刑制度がある以上、その刑は執行されなければならない。と言った後藤田さんは、やはり法の番人であったように思う。まず手続きとしては、死刑廃止、それが適うには終身刑ということも視野にいれる。最近、宮台真司さんが同じようなことを言った。『私の妻や子供が殺されたらその犯人を私は殺す。だけれど、判決は、また別なことだ』と。自分の感情と法とは、別物でなければ危険である、と。


後藤田さんは、学生運動への対応は、「軍隊を出さずに治安を維持する」という信念のもとに対処していった。警察力を出しすぎてしまったという場面もあっただろうが、最後まで自衛隊を使わなかったことは、立派だった。軍隊なら多量の動員がなくても治安は維持できる。『軍隊は圧倒殲滅が目的である』と言い切っている。今、沖縄では住民を圧する為に、自衛隊が使われている。後藤田さんが生きていらしたら、どう思うだろうか?


要人テロは、起きないが、強いものにたち向かうより、弱者に向かっての攻撃が多い。それは夫からのDVであったり、子供への虐待であったり、弱いものイジメが当然のごとくされている。これは学校という教育の現場であってもそうなのだろう。そうやって学校生活を送ってきた人たちが殆どなのだろう。







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Love Love Love
母






Last updated  2008/06/09 05:37:54 PM
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2005/09/24
テーマ:戦争反対(1068)
『僕はTMDについてはね、あれは純粋な防衛兵器だからやるのならやっていいよと言ってるんだ。ただし足の短いやつに限るよ、と。足の長いやつだと、どこへでも飛んで行くので困るがな、と』


こう言った後藤田さんにインタビューした記者は
『その条件を付けると、反対(TMD)と言ってるのと同じです。』
と言う。

『そうだよ。僕も分かってそう言ってるんだよ。』
と後藤田さん。


何故、後藤田さんは反対かと言うと『純粋防衛では無い』からだと。
静止衛星を打を上げておいて、監視対象の地域からミサイルが発射されると、その時の赤外線をキャッチ、その向きや速さを割り出して、そこから指令を出す。

この静止衛星は日本には無い。アメリカの静止衛星がは勿論、本国のアメリカ司令部へ行く、その後、対空ミサイルを搭載したイージス艦に伝達。海上自衛隊がミサイルを発射。。。。。


これって、あの中曽根おバカさんが言う、日本はアメリカの不沈空母になりますってこと?



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2005年7月23日:現場判断で弾道ミサイル迎撃可能に 改正自衛隊法成立

弾道ミサイルをミサイル防衛(MD)システムで迎撃する際の手続きなどを
定めた改正自衛隊法が22日の参院本会議で、自民、公明両党の賛成多数で可決、成立した。
短時間で飛来する弾道ミサイルに対処するため、
現行法では国会承認が必要な防衛出動の発令前でも、迎撃ミサイルの発射が可能になる。

ミサイル発射の兆候がある場合は、防衛庁長官が首相の承認を取り付け、
「日本領域または公海の上空」で迎撃を命令する。

ただ、突発的にミサイルが発射されるなど首相にはかる時間もなく
緊急に対応する必要がある場合は、平時にあらかじめ作成した「緊急対処要領」に基づき、
首相の承認や防衛庁長官の迎撃命令がなくても、現場指揮官の判断で迎撃できる。
この際には、防衛庁長官が事前に、訓練で日本海に展開するイージス艦などの部隊に対して
期間を定めて迎撃権限を与えておくことが必要になる。

(2005/09/24 10:19:04 AM)

G客間(仮名)さんの書き込みを転載
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『軍事的貢献をしないと日本がもたないということにはならない。食糧の問題、人口の問題、疾病の問題、公害の問題・・・人類そのものの幸せを守るために各国が協力して取り組まなければならない課題は地球上、いくらでもある。』

この言葉は、プロ市民団体の言葉では無い。自民党政権で長年、裏方として活躍した後藤田さんの言葉。権力の抑制、法の番人と言われ、東大紛争、浅間山荘事件、よど号事件、そして、自衛隊の前身である警察予備隊、占領軍に命令され編成に係わり、軍隊再編である警察予備隊を朝鮮戦争に派兵させようとした占領軍を相手に必死に抵抗した人の言葉だ。




『日米の友好と協力関係の維持は、我が国外交の大事である。


ただ、真の友好と協力は双方の制御のきいた正しい主張から生まれる。


一方の押し付けや追随からは生まれない。』




『後藤田正晴の目』後藤田正晴 著 朝日新聞社より引用






Last updated  2005/09/24 10:02:53 PM
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2005/09/22
テーマ:戦争反対(1068)
後藤田正晴さんは、副総理や幹事長もされた方だけれど、その姿勢は、権力の抑制、法の番人であり、決して体制の番人ではなかったと評する人が多い。

戦後、すぐ占領軍の下で内務省に復帰、今の自衛隊の前身である警察予備隊を創設された時の苦労が書かれていた。

占領軍の圧力に抵抗の術なく、と書いてあるがその苦労は察するに余りある。

朝鮮戦争が勃発し、米兵は朝鮮へ行き、手薄になった日本国の治安を守るという国内の治安維持が目的で占領軍の命令で作られた。

しかしアメリカの本当の狙いは、極東の為に日本の再軍備を目指しているのが、わかったという。
後藤田さんは、編成担当になり、その編成表を見ると、アメリカの歩兵師団そのものだったとか。
G1 人事、G2 情報、G3 作戦教育、G4 後方の補給、コントローラ 監理官

そのコントローラの中に『冷凍中隊』というものがり、火葬しない米国は、戦死者の内臓をとって冷凍して本国に送る、という物。国内の治安のための警察予備隊ならば、この部分はいらない!と担当のトーマス中佐に言って、その部分は、取り消したそうだ。マッカーサーは朝鮮でてこずっているので、俺達をまた戦争に連れていくつもりだ、と。


その時に吉田茂さんも疑っていて、軍隊では無い、警察予備隊には、この冷凍中隊は絶対にいらない、と頑張ったそうだ。


米軍は日本に再軍備させるつもりでいた、でも、日本側では、この警察予備隊を朝鮮で使われたらかなわない、それに、その当時の日本国民は、軍に対する反発がとても強かった、アレルギーが強かったので、再軍備などとんでもない話だったそうだ。

その時の吉田首相も、まずは国民に飯をどうして食べさせればいいのか?ということで、軍備なんてまだまだ必要ではない、と。

経済第一、復興第一、ということだったそうだ。


警察予備隊が出来て二年すると、今度は隊員を残32万5千名に増やせという占領軍からの指令。これに対し、占領軍相手に吉田首相は徹底抗戦したという。そして18万人という数字になた。ところが今度は、海上を作れ、空のほうも作れとの占領軍からの命令。



自衛隊はオーバーシーであってはならない、国民に銃を向けてはならない、ということを徹底的に守った後藤田さん。
佐々淳行さんが、防衛に関して、いろいろ本を書いているらしいが、浅間山荘事件などでは、あくまでも佐々さんは現場での活躍であり、後藤田さんの視点の高い指揮があってはじめて出来た事であり、決して佐々さんの能力ではない。


後藤田さんは『政治の課題は国民の生命と財産を守ることである』インタビューの間、何度も繰り返したそうです。
そうするとやはり戦争は、反対ですよ。








Last updated  2005/09/22 11:27:09 PM
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