ソクラテスの妻用事

2021/10/11(月)11:49

ブログ冒険小説『パダウの呪い』(6)

ブログ冒険小説(62)

                                    パダウの呪い 光あるうちに光の中を歩め(トルストイ)      (6)  オートキャンプ場から裏洞爺湖畔の林を抜けると、2m程で湖見ずである。黒装束の3人は、林の中にカモフラージュして隠していたゴムボートを湖水に浮かべた。 2馬力の電動式スクリューを動かし、湖面へと滑った。エンジンと違いスピードは出ないが、音も無く闇に紛れ進んだ。湖水に浮かぶ中島を過ぎたところで、3人は黒装束を脱ぎ、キャップを被りマスクをした。  ゴムボートは洞爺湖の東対岸へと進んで行った。  洞爺湖の東対岸、上陸地点まで約5kmである。 「30分で行く」と男がスマホでメールした。 「待っている。車3台で。監視カメラも無い」返信メールが届いた。 ゴムボートが東洞爺湖畔に着いた。そこにも林があり、国道からの視野を遮っていた。まして平日の夜間である。洞爺湖温泉街を除けば、車と人の往来はほぼないに等しい。また警察の検問は、この地点から温泉街500m戻る、壮瞥町との分岐点の国道にはられていた。 5分後、3台の車に分乗した3人は、上陸地点の道道を温泉街と反対方向へ走った。北へ。車は5分おきに発進。 数分で、緩やかな丘の奥に建っている鉄筋コンクリート造2階建ての、東南に窓を広げた『M&N研修センター』の門をくぐって行った。  「ご苦労さん、と言いたいところだが、『書類』が手に入らなかったから、無駄だったな。いや、逆に俺たちの落ち度がクローズアップされてしまった」3人を前にして、リビングのソファにいた鬼頭 豪(きとうごう)が、白髪をかき分けた。「鬼頭さん。とんだ邪魔が入りまして……」男が言いかけた。「良いんだよ。責めるのは安易なことだ。何事も完璧にやれるはずもないからな。ただな、我々の任務は『書類』を山根から奪取することだ。いかなる手段をもってしても。我々に多少の犠牲が出てもだが」そう言って鬼頭はメモを見た。 「邪魔者の姓名は『北小路 平和・きたこうじひらかず』、札幌の清田区○○マンションに住んでいる変わった老人だよ。奴は歳甲斐も無く、よくキャンプ、軽登山に行くそうだ。しかもひとりで。警察が押収した山根のリュックにも例の『書類』は無かったそうだ。山根の行政事務所のスタッフの女は、山根が事務所金庫から持ち出し、あのキャンプ場で誰かに会う、と吐いていたから――誰かとは、北小路ではない。たまたま北小路に出くわしただけだ。だがな、『山根の書類』は、今のところ北小路に渡った可能性がある。先ず、北小路を捕まえて吐かせなきゃ。これは札幌の青木らに任せた。君たちは、この研修所で待機してくれ。私が札幌に行く」   日本には「高度人材・高度技能実習生、そして留学生」のミャンマー人が約21,000人いる。これはベトナム人に次ぐ多さである。   3~4年前のことであったが、札幌の山根行政書士にとってミャンマー人の「高度人材・高度技能実習生」は、垂涎の対象だった。ベトナム人の実習生らは、いわゆる既得権を持っている行政書士がいたからである。伝手の甲斐があって山根行政書士は、北海道で働くミャンマー人実習生のビザ手続き等を独占できた。もちろん、数名の若手行政書士仲間とだったが。 だが、新型コロナウイルスパンディミックで、ミャンマー人の「働き先」の雇い止めが相次いでいた。困窮したミャンマー人たちは、山根に相談した。だが、山根には対処する方法も資格もなかった。そこで山根は、尊敬している赤石弁護士を頼った。さらに想定外の事態が生起した――ミャンマー国軍のクーデターで、アウンサー率いる「準民主的政府」が一夜でひっくり返ってしまったのだ。その後もミャンマー国軍の残虐行為は、国際社会の是正勧告を無視し、やりたい放題で続いている。 ミャンマー人の歴史的精神性(19世紀、ミャンマーは王国だった。最後の王となったが、この王は植民地化を目指す英国軍に徹底抗戦した。アジアの諸国で最も英国軍に抵抗して戦ったミャンマー王国だったのだ。詳細は、北小路が述べるはずだ)とも言えるが、在日ミャンマー人、特に留学生を主体とした『反ファシスト抵抗戦線』が発足し、技能実習生らにもその輪は広がっていった。彼らは母国ミャンマーの民主派が設立した『挙国一致政府(NUG)』に呼応して、反ミャンマー国軍との武力闘争に『民主主義国家ミャンマー』樹立の活路を見出した。 そして彼らは、新型コロナ下の入出国制限の緩和を待っていた。もちろんだが、彼らがミャンマーの国際空港に降り立つことは出来ない。ミャンマーの隣国、タイ・インド・バングラディシュへの入国を目指していた。  山根行政書士に、北海道内の在日ミャンマー人らの出国手続きの依頼が殺到していた。山根はミャンマー国軍のクーデターに憤りを持っていたひとりだ。彼はいつの間にか『反ファシスト抵抗戦線・北海道支部』を支援する日本人の中心人物となっていた。それは山根の意志でもあったが…… (続く)

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