書評日記  パペッティア通信

2005/11/07(月)23:13

★ 王柯 『多民族国家 中国』 岩波新書(新刊)

社会(44)

今、話題になっている、中国共産党の民族政策。 その政策について、やや擁護するスタンスから、この書物は出版されています。 そもそも、中国最初の王朝、夏・殷・周は異民族王朝であったこと。 異民族は「天下」の必須構成要素として伝統的世界観にくみこまれていたこと。 夷・狄・蛮・戎は狩猟・遊牧民族の生活様式・言語の特徴をあらわしたこと。 華と夷とは、文化の差異にすぎず、周囲の異民族引き込みと自発的「中原化」とよって、拡大していったこと。 近年、こうしたスタンダードな見解は、対中国感情の悪化によって、大マスメディアではめっきりとりあげられなくなっています。まさしく、時宜をえた出版として、大変感謝したい。 内容は、なかなか興味深い。 漢奸は、元々「漢族の悪者」で、アヘン戦争の頃「清朝(=漢)を転覆させる売国奴」にかわったこと。それを「漢民族の裏切り者」と読みかえた反清運動は、多民族国家の現実を掘り崩す危険性をもっていたこと。南北朝時代に出現した「中華」も、このとき漢族単一国家の象徴の概念にかわってしまった。他民族国家の現実にあわせるため、清朝倒壊後かかげられた「五族共和」は、独立容認のスローガンになってしまう。そこで、これらを1つに融合させるため、「中華民族」概念がとなえられたといいます。それに反して、一見、56もの民族を創出した中共も、その識別に政治的恣意性が介在し、存在を弱めるような政策がとられていること。 漢民族は、比率が低下しており、少数民族は政策上は、優遇されていること。少数民族居住地域は、列強の侵略など国際政治の矢面に立たされてきたこと。宗教への迫害政策は転換されたこと。 他にも、チベット仏教とイスラムの影響力の大きさ。チベット亡命政府やイスラム教分離派への、中共のスタンスの説明もおもしろいです。現在、経済発展に立ち遅れており、社会の安定と経済の持続的成長のために、インフラ整備と重化学工業化の西部大開発がおこなわれているが、環境問題、民族消滅の危機をもたらしていること…などが指摘されています。史実からみると微妙な点もあるものの、なかなかの手引書になっています。 それでも、問題点は多岐におよんでいて、正直きりがありません。こき下ろす中共以前と、中共以後のそれぞれの「自治」に、どんな違いがあるのか、何も示せていない。どんなに、国民党の方向性は抑圧であっても、戦前の現実は「自治」でしたしねえ。中共は、伝統的社会構造の維持を図ったといいながら、宗教弾圧・土地政策とはこりゃ如何に? そもそも、伝統を「守らせる」のは、「自治」とはいえないでしょう。だいたい、中共支部の「自治」なんて、たとえ「自決」であろうと、民主集中制の原理下、なんの意味があるのか理解に苦しみます。事実上、中国では、地方政治の分権というか、支配の弛緩がすすんでいますが、それではいっそう「民族自治」の内実には何の意味もなくなってしまう。 ただ、征服王朝の多元型国家システムと漢人王朝の多重型国家システムの比喩は、話半分でも大変面白いものがあります。多元型は、「中国」を牽制する「民族」的根拠地を強化するものであるらしい。ふむふむ。国際政治が錯綜する、朝鮮・ロシア民族の二重国籍問題は、なかなか触れられることがなかったことでしょう。中国の歴史教科書問題とやらも、大変面白い。岳飛を民族英雄というのを止めよう、国内内戦でしかないからだ、というと、大反発がおきて撤回されることになったらしい。 こうしたディテールの面白さにささえられた本書は、大枠はともかく、読まれるべき好著になっています。 評価 ★★★ 価格: ¥819 (税込)  ←このブログを応援してくれる方は、クリックして頂ければ幸いです 

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