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Jun 11, 2005
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さっそく私は叱られてしまった。
ラカンを語るなら、ラカン『エクリ』を読め!ジジェクやコプチェクの本で代用するマネはするな!! すみません、スラヴォイ・ジジェクで間にあわせています。読む暇もありませんし、分からないし。あと、精神分析の臨床に身をおけ!と言われても…

カントの「物自体」、ヘーゲルの「絶対知」に対して、フロイトは「出会い損ない」を語った。本書では、フロイトの発見はジャック・ラカンに掬われることで、「再発見」されたと整理します。人間は、言語活動(夢もその一つ)で現実から引きはがされる中、どのように「現実」に到達できるのか。人間は、快感原理にしたがい死をめざすものではないか。

ラカンは、フロイトという泉から何を汲みだしたか。無意識から「他者の語らい」を。自我から「主体」を。ナルシズムから鏡像段階を。失われた対象から、「対象a」の理論を。エディプスコンプレックスからシニフィアンを。「快感原理の彼岸」から「享楽」を。


(本書のラカン理論の概略: 興味のない人は飛ばしてください )


無意識は、他者の欲望の場で、言語によって構造化されている。鏡像は、本質的に他者のもので「想像界」に属す。他者への攻撃性は鏡像の奪いあいにもとづく。その「想像界」は、イメージでの自己認識とそれによる他者関係のことで、絶望的に不安定だ。それを第三者として外側から支えるのが、「大文字の他者」。ナルシシズムは、自我理想(象徴界)として機能して、主体が想像界を生きられるものする。では主体とは? ラカンは象徴界への「主体」の参入を「疎外」とよぶ。人は、他者から与えられるシニフィアンに同一化することで、主体を生成する。主体は、シニフィアンと「存在」との間で分裂を余儀なくされる。主体の真理を保証するはずの「大文字の他者」は、それ自身自らの正しさを根拠付けるシニフィアンをもたない(「メタ言語はない」)。この困難を前にして、主体はその「欠如」について、「対象a」という欠如で、埋め合わせをおこなう。主体は、それ以前の生存を「対象a」に移してしまう。

大文字の他者の欲望を示すシニフィアンは、ファルスである。「去勢コンプレックス」によって、男性のエディプスコンプレックスは没落し、女性のエディプスコンプレックスの形成がはじまる。「精神病」は、「父の名」のシニフィアンを棄却する「排除」によって、象徴界ではなく、幻覚・妄想という形で「現実界」に出現してしまうことをいう。享楽は、「快=善」という象徴界の論理をこえた欲動的な、カント・サド以来の「悪の幸福」をとらえるための枠組である。享楽は「不可能」なものだが、法は禁止することで享楽をささえ、法を破ることで手に入れることができるという錯覚をもたらす。享楽をシニフィアンに接合させるファルス関数によって、性別の決定とともに合法化された「ファルス享楽」は、対象aによって運ばれる。ファルス享楽は男性的なものだ。女性的な語れない「追補享楽」というのもある。もっぱら対象aによって運ばれるがゆえに、「幻想」を生きるほかはない。「女はない」「性関係はない」。ファルスは、超越的な他者の意思を仮定する思考法にとらわれさせるもとになる。そして「転移」は、「大文字の他者」の欲望である「対象a」を発見するための装置である。うんぬんかんぬん…


(概略終わり)

ハアハアハア… つ、疲れる…。
まとめるだけで、こっちは死ぬような思いでした。

ラカンといえば、シニフィアンの優位。シニフィエをシニフィアンの「遡及作用」「効果」に還元することによって、フロイト・「事後性」「心的外傷」の理論を拡張したというのが面白い。語りえないものは、シニフィアンとの同一化によって、事後的に修復される。言語で不可能にされて手放した真理を、人は「尊いもの」と読みかえ、真理を守る仕組を社会につくりあげるという。

メディア(媒体)にまきこまれてしまっている、主体。個人情報こそ、あなたの社会的アイデンティティであって、あなたは間違いの多いコピーでしかない。南京事件否定派などの歴史修正主義は、それを支える内容がナチスの利用した手法と同じであり、かれら自体がその発言内容を裏切って、大量虐殺への道がどのように切りひらかれたのかを説明している、「喜劇」の再演にすぎないこと。そして、ホロコーストの核心は表象【不可能性】にあること。象徴界は、自己完結することはありえない…。これらの洞察は、いろいろな面で社会に応用できるでしょう。ジャック・ラカンは、汲めどもつきない、思考の泉となっているのです。

あと、政治・宗教・哲学・教育の「主の語らい」に対して「精神分析家の語らい」を構想するラカン。実は、かのスラヴォイ・ジジェクの理論的バックボーンは、ジャック・アラン・ミレールの明晰な整理にあるらしい。知らなかったなあ。なんといっても、赤間啓之『ユートピアのラカン』(青土社刊)でけちょんけちょんに貶されていたので、どんなやつかと思っていました。

「フロイトのハイデガー化」といわれたジャック・ラカン。その一端がわかる格好の入門書となっています。あとは『エクリ』を読むだけだ…絶対無理。


追伸 「親鸞とラカン」の共通性は余計すぎるとおもうゾ。


評価 ★★★★
価格: ¥1,680(税込)

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Last updated  May 16, 2007 02:35:57 PM
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