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カテゴリ:歴史
![]() 正直なところ、「拉致問題」に興味がわかない。 所詮、アカの他人です。それが日本人というだけで、大騒ぎできる感覚がよくわからない。ツチ族難民や、北朝鮮飢餓民や、JR脱線事故犠牲者の方が、大量に死んでいるだけに、とても嘆かわしい。横田夫妻のセリフ「めぐみは生きてます!」「北朝鮮に制裁を!」。それを聴くたびに、生きているなら問題ないだろう、「拉致」でなぜ制裁せねばならん?核武装や中立朝鮮の出現の方がよほど問題だろう、と思ってしまう。まいったね。おかげで、テレビ・新聞・週刊誌・ネットの「石石混交」の情報をスルーしてきた。2004年9月、「救う会」調査部門から独立した「特定失踪者問題調査会」は、1953年から2003年(!?)までの二百数十名の失踪者名簿を発表している。こうした動きには、「便乗商売もいい加減にしたらどうだ?」とさえおもっていた。 とことん、傍観者であった。 こんな評者からみても、「拉致」問題を理解するために、かなり面白い本に仕上がっています。その理由は、北朝鮮・南進統一のための「革命」「戦争」の継続の中に、日本人拉致を位置づけようとする、一貫した体系性=全体への指向があるからでしょう。建国以来の北朝鮮政治と朝鮮総連の動きの分析は、目からウロコの思いがします。 敗戦後、密航によって結ばれていた日本と朝鮮半島。当初、さまざまな派閥があった北朝鮮。金日成は、内務省を掌握し反党分子を粛清してゆくことで、絶対的地位につきます。朝鮮戦争で後方基地となった日本。朝鮮総連の多くは、ふたたび外国の植民地になるのではないか、という疑念から、米軍の動向をさぐり、戦争反対をとなえ、吹田事件などの騒擾行為をおこしたという。とはいえ日韓国交回復以前は、日本人は韓国へ往来がなく、対韓工作に日本人を利用する余地はなかったという。1965年以降の韓国経済の回復によって、あせる北朝鮮。それは、武力解放路線へとなって、ベトナム戦争のような韓国内ゲリラ作戦の展開になってあらわれた。日本人旅券を不正使用した北朝鮮工作員の活動も、監視の緩い海外で韓国人協力者をつくるため、この頃からはじまったという。この当時までは、工作員は日本生まれ、日本育ちで、日本人を拉致する必要はまったくなかったらしい。 「必要なら日本人拉致」は、1969年の金日成指示までまつ必要がある、といいます。それは、米ソのデタントによって、武力解放路線を禁じられ、韓国内の反政府勢力による軍事政権転覆の必要性が生じたためらしい。そこに登場したのが、1973年から75年に、金日成の後継者の地位をかためた金正日。世襲には、「朝鮮解放の英雄」に劣らぬ「統一」の金看板が必要だったという。「対韓工作」機関を金仲隣から奪取した金正日。1970年代にもなると、党連絡部の対韓工作員は、さすがに老齢化してきていた。在日朝鮮人は、出身成分では「動揺分子」にあたり、対韓工作活動には、教官にするにも、工作員にするにも、機密保持からみて使うことができない。おまけに在日は、1970年代には「帰還」を拒絶するようになった。そこで、あたらしい工作員の専門的資質の向上と、1980年代の海外拠点での活動のために、この時期に集中して、あとくされのない韓国人や日本人の拉致活動がおこなわれたという。 そして、韓徳銖・金柄植らの幹部の牛耳る朝鮮総連は、党連絡部の韓国軍部などを対象にした対韓工作に、在日の疑問や不満をよそに積極的に関与してゆく。死刑判決をうけた多くの在日たち。大物工作員と、それに協力を強いられる人々の描写。そして、北朝鮮の工作活動のさまざまな試行錯誤も、詳細に記されていておもしろい。 なにより、見通しの良さがたいへん心地よい。 有用な人材を革命の大義のため連行する「拉致を犯罪視しない」国家体質は、1930年代のパルチザン活動から、連綿と続くものらしい。韓国側の拉致被害者は、「北朝鮮礼賛声明」を出させられたため、その家族は被害者でありながら、KCIAの厳しい取調べにあい、スパイの家族扱いされて、世論に訴えることができなかった。「太陽政策」を推進する金大中・盧武鉉政権でも、バックアップされていないらしい。左右双方から、見捨てられているという。帰還事業の悲劇も、朝鮮総連結成時に韓徳銖の方針に反対した、日本共産党系活動家の帰国者が狙い打ちされ、政治犯収容所に入れられたという。自称保守論壇誌で暗躍する、元・共産党関係者の素性をかんがえると、なかなか味わい深い話ではないか。また、TBSと「調査会」の迷走と謝罪は、記憶にあたらしい。垂れ流されていながら、誰も責任をとろうとしない「リーク情報」。こうした真贋を嗅ぎわけ、踊らされないようにするためにも、必須の本なのかもしれません。 ただね。 公開された新資料があるはずもなく、巷間に流布した証言などによって構成されている本書。これが、小泉2002年訪朝以前に出されていたら、たしかに素晴らしい本かもしれません。しかし、今になっては、これではいささか問題あるのではないか。だって、その大部分は、小泉訪朝以前から分かることばかりなのですから。 また、体裁上、北朝鮮と朝鮮総連の責任を一応追及してはいるが、金正日の釈明以前の彼らを責める資格が、はたしてどれくらいあるのか。むしろ、在日と総連とをきびしく峻別することで、在日への批判をかわそうとしている、そんな姑息さを感じさせなくもないのは、タマに傷になっています。むろんそんなことは、われわれが要求するような筋合いではないのですが。 あと、「国家の拉致」として戦前日本の朝鮮人・中国人狩りと一緒にされてもなあ。そもそも、「隠そうとしていない」日本と一緒にされても、かなり困るんだけど。実は、そこに「時代の転換」と50年間の人権感覚の変容があるはずなんだけど、「革命」と「戦争」という視角を打ち出しておきながら、打ち出した本人が気付かないのはどういうことだろう。 とはいえ、問題系を整理するためには、お勧めの一冊にはなっています。 評価 ★★★ 価格: ¥735 (税込) ![]() お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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