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テーマ:社会関係の書籍のレビュー(95)
カテゴリ:哲学・思想・文学・科学
![]() 一読後、落胆が止まらない。 いったい『世界』は、どんなつもりで、この人に連載させたのだろう。 ディアスポラ=離散民。原義は、ユダヤの離散民。 「祖国」(祖先出身国)、「故国」(自分の生誕国)、 「母国」(現在国民として属している国)の3者が、分裂した存在。 1947年、母国がない中で、日本国籍を失った存在≪在日朝鮮人≫。韓国軍事政権下の政治犯で獄中闘争をおこなった兄2名をもつ、母語が日本語、母国語が朝鮮語の在日二世。その彼が、世界各地をまわりながら、その地の出来事や文学・アートに、暴力と離散と、死の痕跡をさぐる紀行文。もともと、期待して読まないはずがない。 日本ではなかなか見えない、≪在日朝鮮人≫。 「パーリア」(被差別者)の位置にあった、先人の生き方にたちたい。 にもかかわらず、分裂するアイデンティティは、強烈な上昇志向に駆り立て、「死」が「肩の荷をおろす」こと、と言われるような生き方を強いられてしまう。 かつて在日と韓国の同胞が、民主化運動を通し≪合流≫することを夢見た筆者 その願いは、果たされることはない。 1970年代、民主化のシンボルであった詩人金芝河が、≪朝鮮民族=聖杯民族≫を唱える国粋主義へ転落したことをなげき、芸術にまで国境をもちこみ、国家の枠組強化に奉仕してしまう美術批評を悲しむ。「地上の楽園」などではないことを知りながら、「宙釣り」を停止させるため、北朝鮮へ帰還していった在日芸術家の悲劇。筆者は、朝鮮人を引き受けることにためらう。「光州事件」のモニュメント群にも、韓国ナショナリズムにも、こぼれおちてしまう「何か」を感じて、ためらう。そして、犠牲者の墓苑を、在日を、ディアスポラであることを、選びとろうとする筆者の旅は、過去への告別の旅であるかのようだ。 アウシュビッツの極限の環境で、 自らが「証人」「人間」「イタリア人」であることを確認した、 イタリア系ユダヤ人、プリーモ・レーヴィ。 自らを支える「母文化」が、ナチスにのっとられた、 ドイツ系同化ユダヤ人、ジャン・アメリー。 両親を殺した者たちの言語で詩を書き続けた、 東欧のユダヤ人、パウル・ツェラーン フランツ・ファノン、サイード、アーレント、シリン・ネシャット、ザリナ・ビムジ… ディアスポラを生みおとした「近代」そのものを尋ね、さまよう。 とはいえ、随所に違和感がぬぐえない。 徐京植は、ディアスポラでは断じてない。 どうして彼は、「在日朝鮮人」というシニフィアンに、自己の実存をとっくの昔にゆずりわたしておきながら、自分がディアスポラであると思えるのだろうか? その不快感は、NHK番組制作の際、ディアスポラの意味を理解させるため、フェリックス・ヌスバウムの絵『ユダヤ人証明書をもつ自画像』のポーズを真似て、外国人登録証をかざすエピソードでピークに達した。「在日朝鮮人」をユダヤ人になぞらえようとする、その欲望のおぞましさよ。ツェラーン、アメリー、レーヴィ…。かれらディアスポラがいつ、「○○系××人」として自己を形成したのか。ふざけるな、とさえ思う。 葬式をめぐる、「死者の国民化」の一節。 かれが、非「在日」としか日本人を表象しないのは象徴的だ。それは、日本人が在日を非「日本」と表象することとパラレルであろう。「否定」を通してしか、出現することのない主体≪国民≫。かれは、「在日」のシニフィアンに自己をゆだねたまさにその瞬間、それが「日本」というカテゴリーをつくりだし強化する行為でもあることに気付かない。マルクス主義も自由主義も答えない、生の「有限性と偶然性」からくる不安。それを「連続性と有意味性」に変換することで、個人の生の意味を回収する装置、≪不死の共同体≫ナショナリズムを鋭く批判しながら、自己が「在日朝鮮人」という形で≪共犯者≫になっていることに思いいたらない。在日2世文承根と1世李禹煥のアートの差異に気付きながら、「在日朝鮮人」のカテゴリーでくくられるおかしさに思いいたらない。在日「女性」がまったく取り上げられていないことは、その例証であるかのようにおもえてならない。 ディアスポラは、近代国民国家の先に、血統でも文化でもない、国境にも区切られない、理不尽の起こらぬ「真実のくに」をさがしもとめるという。ディアスポラこそ、近代以後の、生の先取りであると語る。その確信は美しい。とはいえ、ゾーエーたるディアスポラのビオスへの渇望こそ、国民国家が行使する「生権力」の存立条件の一つではなかったか。その意味で、ディアスポラの戦いは、どこまでも絶望的である。 美しい、どこにもない、「真実のくに」という、酷薄なユートピア。 それへの希望を語って、筆がおかれる。 この書は、ただの「在日朝鮮人紀行」として書かれるべきだったように思えるのは、私だけであろうか。 評価 ★★ 価格: ¥777 (税込) ![]() お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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