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書評日記  パペッティア通信

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Oct 27, 2005
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カテゴリ:歴史


外交評論家、清沢冽。
戦時下、『暗黒日記』『日本外交史』などの執筆者で有名。

恥ずかしながら、この本は今まで読んでいなかった。
ついつい、後回しにしてしまった。その存在を知りながら、10年以上、放置していたのです。そのことが、とても残念に思えるほど、小ぶりながらも名著になっています。

1890年、長野生まれ。クリスチャンの経営する私塾で学んで、アメリカへ労働を目的に渡航。仕事をしながら、タコマ・ハイスクールで学ぶ。20世紀初頭、排日移民運動で揺れるアメリカで、サンフランシスコの邦字紙新聞記者を振り出し。帰国してからは、中外商業新報(日経新聞)、朝日新聞をへて、外交評論家として独立。「理論不在」「新聞切り抜き評論」よばわりされながら猛烈な執筆活動を続ける。その政治的立場は、個人の自由を目標として、左右両翼から批判された、皇室を敬愛する古典的なリベラリスト。1941年から、意見発表禁止者リスト入り。1945年4月、55歳の若さで病死。

ごく簡単にいえば、この短い紹介でおわってしまう。

しかし、この人の濃密な政治・外交両面におよぶ執筆活動はすさまじい。思想は自由競争に任せるべし。大正期興隆した、新しい日本を擁護して、大杉栄虐殺、朝鮮人虐殺を「旧日本」の逆襲とみて批判する。1930年代以降、本格化した経済への統制主義も、分配の側面以外はみとめようとはしない。官僚主義を忌み嫌う。ジャーナリズムとして、終生、官とは無縁の地位にあった清沢。

1920年代、日本人を<帰化不能外国人>扱いした「排日移民法」の制定。その後訪れた、アメリカ発の世界大恐慌。「正義・人道を愛する国アメリカ」像の崩壊を目の当たりにして、国際協調主義・親米派が凋落・転向する中でも、清沢は英米のイデオロギー的欺瞞を暴露する近衛文麿のような議論に組しようとしない。アメリカ政治にながれる高い精神性・道徳性重視に着目して「多数を恐れず正義を見失わないアメリカ人」の健在を信じて疑わない。これは、移民としてアメリカ社会の底辺で接した、帝大出のエリートとは毛色の違う、異色の経歴がものをいっているという。ヘンリー・フォードのアメリカを敬愛する姿も清新だ。

中国問題への識見もみごとのひとこと。

敵であるなら弱いままでいいが「お客」ならば話はちがう。未来の豊かな中国は、日本に大きな利益をもたらす。ただ排外主義の中国はいただけない。ただ、譲歩するのではダメ。日英米三国での緊密な提携で封じこめないといけない。だから中国政策の目標は英米だ!。その先鋭な議論は、今に通用するすばらしさであろう。

その輝きは、満州事変以降、増すばかりなんだからすごい。満州事変への批判者は、彼と石橋湛山、吉野作造だけという。具体性を欠く原則であらそう愚かしさに容赦ない。「不戦条約違反は認めない」スティムソン・ドクトリンの道義主義・法律主義にも、リットン報告書(満州の日本特殊権益を認めた)を蹴る内田外交の「国策あって外交なし」にも、ともに批判をやめない。わが国に近いソ連が不可侵条約をもとめてきたのに、それを蹴ってドイツとの提携に走る無見識を批判。ヨーロッパの大戦に巻きこまれるな!。大衆を相手にして、国家主義・ゴシップ好き・事実軽視でリベラリズムを欠いた新聞への糾弾。今でいえばTVやネットに対する批判に通じるであろう。胸が痛む。

しかも、理想や情熱だけでは、自由を守れないことを知る現実主義者でもあったことが面白い。国家への貴金属供出を断る清沢。自由な言論の最小限の保証は、生活の安定にあるとする慧眼が光る。高等教育と人脈形成がリンクされていた日本では、清沢は人脈がない。とはいえ、ムッソリーニや教皇にもあっているらしいから面白い。写真結婚などが憤激を呼んで盛行した排日運動も、1930年代にはアメリカでは緩和していた事実は、知らない人も多いのではないだろうか。

アメリカと中国への見識。
とるべき外交方針の指針。

どれをとっても、今の日本外交にもつながりをもち、しかも応用さえ可能な議論に満ちていることが嬉しい。一読の価値のある本であることが、みなさんにも理解できるでしょう。この書の登場した当初は、安保反対の革新勢力に対して、「安定した日米関係の堅持」を語る色合いが濃いものであった。むしろ今では、その古典的な価値よりも、清沢の中国外交論や、外交方針全般の心構えこそ、参考になるのではないか。

戦前の思想家・政論家といえば、石橋湛山ばかり着目される昨今。
清沢冽の思想の一端に触れてみるのはいかがでしょうか。


評価 ★★★☆
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Last updated  Dec 3, 2005 08:40:37 PM
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