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書評日記  パペッティア通信

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Feb 11, 2006
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三輪の何某さんとアッテンボローさんに、好意的な紹介を受けてからというもの、ブログランキングにおける順位が急騰しています。たまたま、皇室典範・女帝即位論を書いた所、秋篠宮紀子様のご懐妊と重なるタイミングの良さが原因なのかもしれません。こんなに支持される体験は、初めてのことで、かなり驚いています。この場を借りて、みなさんに謹んでお礼申し上げます。ありがとうございます。

とはいうものの、この本の備忘録ブログ。私の拙い政治談義より、内容を知りたい、新刊チェック、どんな面白い本があるか探す、などの目的のために利用されている方が多いと思われます。これからも、禁欲的に本の紹介をしていきたい。そう考えています。



皇室典範改正断念、秋篠宮紀子様ご懐妊、雅子様離婚説…
マスメディアにおいて、皇室の話題がでない日はほとんどありません。そんな最中、素晴らしい本が、岩波新書から出ていました。本日、皆様にご紹介するのは、古代日本史の重鎮研究者による「歴史における天皇」の総覧を試みた、まことに意欲的な新書です。これが本当に面白い。

内容を簡潔にまとめてご紹介しておきましょう。

● 「天皇」なる名称は、伝統的ではない!!
● 倭文化は、アルタイ系「祭天」の慣習がないという点で、古代中国南部
   ~朝鮮半島南端とも共通性がみられるらしい


倭王一族は、中国に朝貢していた時代があることはご存じでしょう。このとき、「倭」なる姓を中国皇帝から賜っており、天皇家は無姓ではなかったそうです。7世紀頃、隋・唐から冊封を受けていないことを示すため、「天皇」号が編みだされたものの、天子・天皇・皇帝…とその呼称は一定していないらしい。「天皇」が公式名称になりはじめるのは、驚くなかれ、江戸時代後期以降から。君主号が「天皇」となるのは明治憲法が最初。歴代即位者が「●●院」から「●●天皇」に改められるのは1925年。外交文書の皇帝が天皇に変わるのは、1936年。そう、「天皇」号が使われ出したのは、ここ100年ばかりの歴史しかないというのだから驚かされるではありませんか。

● 日本では普遍的な、新・旧支配者層の婚姻による結合の端緒、継体王朝
● 女帝は、次期男性天皇即位までの「中継ぎ」として即位


卑弥呼以降、推古天皇と聖徳太子に見られるように、倭の王権は祭政分離した「複式王権」であった。今の天皇家とつながることが確認できる最古の王朝、継体王朝は、伝承によれば、前応神王朝の血筋をもつ女性と盛んに結婚することで権威を高める手法がとったという。兄弟・従兄弟で激しい後継者争いを繰り広げたため、王族男子は、母の出身豪族こそ頼りであった。そのため大王は母方豪族の強い影響下にあったらしい。7~8世紀、天皇家の男子とその異母姉妹との間で、近親結婚=「内婚化」を繰りかえすことによって初めて、天皇家は豪族勢力から自立する。この時期、女帝が6人8代と集中的に誕生したのは、先代大王やその子孫の娘として、天皇の嫁として入内していたためであるらしい。豪族「共立」で推戴される存在であった大王位は、大化の改新以降、天皇一族の意志によって「譲位」される、「血統」を基本とする存在に変貌してゆくことになる。

● 京都集住のため、配偶者女性の親族が子育てに影響力をもつ「婿入婚」
   をおこなっていた、貴族・天皇
● 摂関政治は、王権安定化のメルクマール
  

平安期は、律令国家に内在したヤマト王権の構造が排除されてゆく時期らしい。平安時代になって初めて、皇太子は、皇后よりも地位が高くなる。9世紀には、幼帝の即位が可能になったため、女帝による「中継ぎ」即位の必要性が失われたという。大宝律令では、共通の始祖をもつという信仰によって成立した親族集団、「ウヂ(氏)」以外に、貴族には事務を司る官庁「イエ」(家)を持つことをみとめていた。これが、企業体「イエ」とその名称、「名字」の出発点にあたるらしい。子供数増加=「天皇の兄弟」数増加で、財政パンクを防ぐため始まった「親王宣下」は、「賜姓」による皇室離脱を生みおとして、清和源氏などの出発点になったという。また、密教が広まりは、天皇の出自を仏の生まれ変わりにする思想も生むだけでなく、天皇譲位後の出家を盛んにさせてゆく。この時期の東国は、今現在の「嫁取り婚」がみられたものの、全般的に日本の親族組織は、古代から今にいたるまで、双系であるという。

● 天皇のタブーから解放された上皇が、自由に政治をおこなう制度、院政
● 政治の実権をもつ「院」=「治天の君」の「譲国」が必要な天皇位


「ウヂ」から「イエ」へ。院政期は、社会単位「イエ」が果たす役割が高くなる時代でもあった。「イエ」の継承をめぐる兄弟の諍いも、室町期まで極めて盛んにおこなわれれた。「承久の乱」の東国武士の勝利は、悪君は退けて良いとする公家の思想に支えられ、2つの王権が重層的に併存する、江戸時代末まで続く構造を生む。13世紀末、モンゴル侵略されるかもしれないというのに、天皇家では世継をめぐって混乱。鎌倉幕府は天皇家に介入。いわゆる持妙院統・大覚寺統の「両統迭立」にいたるが、後醍醐天皇によって、鎌倉幕府の崩壊と南北朝の内乱を迎えてしまう。あるとき室町幕府(北朝側)は、神器もなく、天皇経験者も全員吉野に連れ去られた中で、女性を「治天の君」に据えて、後継天皇を任命したことさえあったという

● 称徳女帝以来、850年ぶりの「中継ぎ」女帝復活に見られる近世王権の変質
● 天皇の娘を将軍に嫁がせ、その子を天皇にすることを考えた新井白石
● 万世一系を可能にした、列島をめぐる国際的交流と重層的な文化


徳川家康とその子孫は、朝廷とは異なる独自の王権・儀礼・思想を構築しようとしなかったものの、幕府は「所司代-武家伝奏-五摂家」を通して天子・公家の厳しい取締をおこなった。一方、権威の利用には余念がなく、将軍の正室は、天子・公家出身中心だという。歌舞伎の中の天皇は、道化・喜劇役が割当られたらしい。ちなみに「幕府」は、天子から任命された政権であることを強調するために使われた、江戸後半以降普及したイデオロギー色濃厚な用語だという。神武創業を理念とした明治維新によって、天皇家の伝統は大きく歪んだ。神仏分離・廃仏毀釈政策によって、一般的だった仏門皇族の還俗と、新宮家創設がおこなわれただけでなく、「神前結婚式」などの新しい伝統まで創造されたらしい。また皇室典範は「養子」の否定、大化の改新以後、大勢だった「譲位」の否定をおこない、戦後GHQはこれに「庶子」継承権の否定、11の宮家廃止を加えたという。

この他にも、豆知識だけでお腹いっぱいになること間違いありません。天皇の本質は、大嘗会・節会・諸社行幸のような、祭祀的なものにあること(摂政・関白といえども代行できない)。穢れを忌避する思潮がゆえに、350年間も天皇裁可による死刑執行が行われなかったこと。政治的地位と関連した「ウヂ・カバネ」を継承した上、「同姓不婚」といった道徳規範とも無縁だったため、急速に「姓」(*ちなみに結婚しても「姓」は変わらない)が日本では形骸化してしまう。そのため、社会生活の必要から「名字」が現れ、2重構造が生まれてゆくという。卑弥呼以来の複式王権は、嵯峨天皇の時代にいったん解消したものの、院と天皇、天皇と将軍のように形をかえて執拗に復活するのも興味深い。

なによりも、ムダがないのが嬉しい。天皇制反対や伝統の賛美など、妙な政治的煽りもほとんどありません。この本では、皇室の親族関係と王権の構造にフォーカスをあて、天皇制をとりまく環境の変化によって、それがどのように変遷していったのか、必要最小限の歴史的事件について触れながらのべてゆくというスタイルが採用されています。そのため、異様に見通しが良く、その丁寧かつ重厚なまとめもあいまって、敬服する他はない著作に仕上がっています。平板な皇室の歴史に堕していることもなければ、細部が細かすぎることもない。絶妙のバランス。ただ、いささか残念なのは、浩瀚かつ縦横無尽の古代史に比べると、どうしても近世・近代がのっぺりと大人しくなってしまっている点でしょうか。社会構造・親族構造の筆致が、どうしても違うし、細部まで行きとどいていない。専門外なのか。それとも、近世・近代の天皇とそれをとりまく環境は、すでに社会の中核ではないので、語りづらいためなのか。

とはいえ、皇室の歴史・伝統・「この国の形」について語りたいならば、手前勝手の議論をしないために、必要最低限の基礎知識を提供してくれる、必要不可欠な文献に仕上がっているといえるでしょう。

ぜひ、お買いもとめください。
購入する価値のある新書になっています。


評価 ★★★☆
価格: ¥819 (税込)

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Last updated  Mar 25, 2006 07:35:12 AM
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