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カテゴリ:歴史
![]() ▼ 歴史を書き換えを図る「歴史修正主義」、「新自由主義史観」が登場して何年もたつ。上野千鶴子までが従軍慰安婦論争に参戦して、「構成主義 VS 実証主義」の対決さえ帯びたのも今は昔の話。東大駒場キャンパスでおこなわれた、この歴史学講義。「歴史学の今」を測定するには、格好のテクストといえるでしょう。 ▼ 内容を簡単に紹介しておきたい。 ▼ 第1部は「儀礼と王権」と題して3本立て。第1章、義江彰夫「日常生活をとおして見る歴史の再構成」は、古代から中世にかけての衣服の変遷をたどる。最古の「貫頭衣」は、朝鮮半島からの影響を受けて、支配層では「左前」式の衣服や、中国的衣冠束帯を着用していく。それが、平安後期になると、衣服の大型化・寛闊化が始まり「強装束」に移行していくとともに、貴族から庶民まで、「おくみ」のついた「垂領」(たりくび)型衣服を着用するようになる。その変容は、旧来の村落共同体的な土地所有――― 「初穂」を租庸調に置き換え、税金として徴収―――から土地の「私有」への転換という、律令国家の地殻変動が横たわっており、貴族・豪族・庶民の一体感・統合を醸成するものであったという。第2章は、三谷博「天皇の即位儀礼」は、孝明・明治・大正の3代の即位儀礼が、「中国風」→「和風」→「西洋風」という変遷を遂げたことをたどることで、王政復古が≪宮廷外勢力によるノットリ≫であることが示される。第3章、甚野尚志「ヨーロッパ史における『王権』の表象」は、自らを「キリスト教ローマ帝国」の後継者と位置づけることで世俗権力に対抗しようとした、教皇の即位儀礼の分析が行われる。亜麻布を燃やして現世の移ろいやすさを教皇に理解させる「灰の儀式」など、王権を庶民に誇示するための儀式の様子は、読んでいて面白い。 ▼ 第2部は、「モノで読む歴史」と題した4本立て。第4章、折茂克哉「モノで語る歴史 考古学と博物館」は、原始人がどのように博物館展示において復元されているか、詳細に述べられる。皮膚の色や体毛、知能レベルや精神活動(芸術や信仰)、有機物の道具などは、出土することはない。そのため、研究者のイメージに頼らざるえない。マンモスの「追い込み猟」は、よくコマーシャルなどで見られイメージとして定着しているものの、現実にはありえないという。第5章、平川南「古代国家と稲」は、1200年前の品種札の発見から、古代律令国家において、予想以上に品種などについて、稲作管理が行われていたことを明らかにする。品種は、早稲・中稲・晩稲の3種があって、農繁期において労働力を他地域から投入するためにも、郡を単位にほぼ品種統一がなされていたらしい。税負担よりも、春に種子を貸し付け5割の利息を秋に徴収する「出挙」の方が重要で、農民に一律に種子を貸し付けていたという。そういえば、そんな話、聞いたことがある。 ▼ 本書のキモとなるのは、第6章、三浦篤「≪オランピア≫の変貌」と、第7章、今橋映子「写真史が生まれる瞬間」かもしれない。前者では、造形物がどのような歴史的文脈で生成したのか、そのプロセスを明らかにして作品の解釈・意味づけを与える≪美術史≫の方法が、具体的に実践されてゆく。その題材は、マネ「オランピア」。旧来の裸婦像に対し、斬新な裸婦像を提起、「平面性と造形の自律」を指向する西洋近代絵画史を起動させた、マネ「オランピア」の革新性。発表当時のスキャンダルと悪評は、印象派~抽象絵画など、後の「モダニズム美術史」の中において、ゴーガン、ピカソなどによって、「近代絵画のイコン」として賛美される存在に≪解釈・意味づけ≫が変貌してしまう。解釈に正解はないのだ。また後者では、写真≪史≫なるものがどのように生まれるのか。著者は、ウジェーヌ・アジェをどう関係者が位置づけたか、その言説を検討することによって、その≪発生の瞬間≫を明らかにする。アジェの活躍した時代は、アマチュアによるスタジオでの肖像写真撮影を仕事にしていた、「絵画のような写真」を取ろうとするピクトリアリスムの時代だった。1928年に死去する彼は、大陸などではベンヤミンたちによって「シュルレアリスムの先駆」とされる一方、アメリカでは「都市ドキュメンタリー写真の始祖」として、後代の写真家・写真史家によって祭り上げられてゆく。その丁寧な追跡は、スリリングのひとことである。 ▼ 第3部は、「歴史とアイデンティティ」。ここには、民族や集団のアイデンティティと歴史記述について語った3つの論文が収録されている。第8章、井坂理穂「植民地期インドにおける歴史記述」は、インド社会でエリート層にあたるゾロアスター教徒が、どのようにアイデンティティを持つようになったのか、その内容と過程を描く。10世紀、ペルシャからインドへ移住する(とされる)彼らは、19世紀、イギリスのインド統治期に台頭する。ゾロアスター教徒は、「自分たちの歴史」を描く際、西欧「歴史学」の枠組・手法・観点を借用し、栄光の古代から苦難を経て、19世紀以降、再び栄光の時代を迎えるという歴史像を描いたという。第9章、瀧田佳子「文学は歴史をどう書くか」では、第二次大戦中の日系人の強制収容所での体験を描いた、日系アメリカ文学の作品が論じられる。決して正史=「大きな歴史」として残されることがないが故に、オーラル・ヒストリーや日系アメリカ文学は、歴史の証言として貴重な価値をもつことが説かれて止まない。第10章、伊藤亜人「歴史の多声性 歴史観の人類学的考察」では、人類学の立場から、とりわけ「主体性」を重視してしまう韓国人の歴史認識の有り様が分析される。中華的な王朝史観、檀君神話の民族史観、族譜にみられる門閥史観、反正統的な逆賊などを拠り所とする民衆史観。韓国の歴史認識は、いずれも「人物」に主眼がおかれ制度的視点が弱いらしい。檀君神話と皇国史観の類似性。また、構造的周縁であることを自覚せざるを得ない故に出てくる韓国「民衆史」と、周縁の自覚に乏しく生活世界にすぎない日本の「郷土史」との違いは、たいへん興味深い指摘といえるでしょう。 ▼ 雑学も、多岐にわたっていて面白い。女官の「重ね着」は、「対の屋」「釣殿」が「渡り廊下」で結ばれるようになってから出現しただけでなく、男性が女官の支配する宮中に介入する時期と符節をあわせるかのように現れてくるという。また、教皇即位儀礼の中心が、ローマ司教座の置かれたラテラノ大聖堂からサン・ピエトロ大聖堂へ移ったのは、自立性を深める都市ローマに自由に立ち入ることができなかったためらしい。ドキュメンタリー写真とは、「過去・現在・未来に対しての直観」を備えた「未来への考古学」でなければならないこと。また正統的な美術史とは、対象となる造形物を観察して言語化することに基盤があり、歴史学と美術史では、対象と資料が逆転しているという指摘も興味深い。なによりも、韓国人の歴史認識についての議論は、蒙が解かれる思いさえさせられた。世界で類例のない韓国の父系の親族体系が庶民・全国レベルまで浸透するのは、なんと、19~20世紀にことにすぎないらしい。ただ、この「門閥」氏族によって、その数だけ歴史が編纂され、個人にルーツと社会的威信を供与するだけでなく、人々は祖先の歴史を共有し、組織的に団結して助け合うことになる。それが、主体性、人物重視の歴史認識を産み落としているらしい。このような土着的歴史認識を「否定」した上で、近代歴史学の覇権がもたらされた日本・韓国。歴史を共有するとは、歴史の多声的実態を尊重することだ、とされて本書は締めくくられている。 ▼ ただ、全体的評価となると、「まあまあ」といった感じがしないでもない。 ▼ 第1章の≪服装による一体感≫だが、どうだろう。「みんな一致していた」貫頭衣の時代と、「一致していない」古代と、「再び一致する」垂領の時代(古代後期)。この3つ位相とその変動を説明できるとは、とても思えない。第3章は、教皇を世俗王権とみて、即位儀礼の分析をするのだが、もともと世俗王権は、カトリック教会を模倣して儀礼をおこなったのではなかったか?。世俗王権の即位儀礼と教皇即位儀礼の比較もされている。しかし、教皇即位儀礼の分析にどのような意味があったのか。ましてや「歴史の書き方」となんの関係があるのか。どうしても疑問を感じてしまう。第4章は、ちょっと退屈。言わずもがな、という感じ。第8章は、ある一人の19世紀のゾロアスター教徒が書いた「自分たちの歴史」が、何の注釈もないまま、現代ゾロアスター教徒の歴史観にまで適用されてしまう。いいのか?そんなことして? 現代インドの教育は、彼らに何の影響力も与えていないのだろうか。階級差・性差・地域差・「時代差」を考慮しないで、「大きな影響」と大ざっぱに語られても、眉唾の域を出ていない。第9章は、たんに退屈。オーラル・ヒストリーの重要性は言うまでもないのであって、改めて言われても…。 ▼ 面白いのは、第2章、第5章、第6章、第7章、第10章あたりかも。ただ、値段の高い選書なので辛くつけてあるが、優れた本であることに変わりはありません。図書館で見かけたら、皆さんにもぜひご一読いただきたい。 評価 ★★★ 価格: ¥1,680 (税込) ![]() お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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