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書評日記  パペッティア通信

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Jun 19, 2006
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カテゴリ:経済
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(承前)


▼  ジョン・メイナード・ケインズ。ケインズ革命とは、あくまでマーシャル的伝統、ケンブリッジ文化圏内の出来事にすぎない。ケインズはマーシャルの掌心から逃れたことを自負して「革命」を唱えたものの、ピグー・ロバートソンにとっては釈迦マーシャルの掌心から逃れていない孫悟空であったという。1920年代まで、正統派マーシャリアンだったケインズ。ケインズとマーシャルは、デフレをめぐって、結論こそ正反対であるものの、思想的・理論的には見かけほどの違いはないらしい。『一般理論』は、処方箋では従来と変わらないが、理論的空隙を埋める理論闘争の書物であり、それまでの「古典派」が完全雇用という「特殊」な状況下でしか該当しない理論に対して、「一般」であるのだという。「古典派」では≪投資-貯蓄の調整機構が利子率≫≪利子率は忍耐への報酬≫なのに対して、『一般理論』では≪貯蓄は、所得の関数であって、所得水準の変化を通して投資と均衡≫≪安定的消費関数をベースに、投資の乗数倍だけ有効需要が増加する≫≪利子率は流動性を手放すことへの報酬≫する。『一般理論』の強みは、ケンブリッジ学派に共通にみられる、公共事業や産出量・雇用量に着目したことにあるのではない。それは、マーシャルやピグーが持たなかった、「有効需要の原理」という所得水準決定・雇用水準決定の理論を持っていたことにあるという。またケインズの「流動性選好」とは、予備的動機・取引動機についてマーシャルに対応概念があり、マーシャルにおける実物利子論(投資・貯蓄で決定)・貨幣利子論(貸付需給で決定)の2つの利子概念の内、後者を発展させたものにすぎない。あくまでケンブリッジ学派の枠組での整理は、たいへん示唆に富む。


▼  結構、意外なことが指摘されていて、かなり楽しめた。フィッシャーやヴィクセルよりも早く、実質利子率と名目利子率の乖離が投機を招くことを指摘。またデフレを良いものとする評価を与えた、マーシャル。先学を蔑ろにするケインズに反発して、袂を分かつ形になったロバートソン。とはいえ近年、「マネタリストの祖先」とロバートソンやホートレーが扱われていることに対して、筆者は断固違うと否定する所など、なかなか楽しかった。ホートレーとロバートソン、「実務派エコノミストVSアカデミズム」の対決。将来に対する予想=期待が現在を決定するというのは、マーシャル以来、ピグーと続くケンブリッジの伝統であって、ケインズ固有の特徴ではないという。また、ピグーに代表されるように、正統派経済学=自由放任という図式も事実ではないらしい。


▼  ここまで読まれた方は、なかなか面白い本かな、と思われたかもしれない。実際、読み物としては、かなり面白い。ところが、いざ書かれていることを要約しようとすると、凄まじい苦痛であったことを告白しておこう。というか、記述が行きつ戻りつしていて、その記述がなんのためにあるのか分かんない部分が多かった。ケインズとピグーは、結局「どの程度」、貨幣賃金の硬直性について見解に差があったのか。ピグーが賃金引き下げを述べたかどうか、延々と述べられながら、曖昧にしていたことが明らかにされる。それなら、延々と書かなくてもいいよ、「曖昧にしていた」という結論だけ書いてくれよ、といいたくなることもしばしばであった。というか、博士号取得のため提出した、博論での自分が明らかにした学術的価値のある部分。ならびに、新書として求められる、経済学者の伝記としての面白さ。どちらにも、軸足をおこうとした結果、スラスラ読みやすいけど、ちっとも頭に入らず、右から左へ内容が抜けてしまう、不思議な書物になってしまった嫌いがある。何が凄い人だったのかなあ。そう思い、勉強のために読みなおすと、読みやすい印象はどこへやら。かなりわかりにくいのである。


▼  また、「現実に答えるための経済理論」こそ、ケンブリッジ学派のエッセンスである!…と言われても、そんなの高橋亀吉を含めて、実践派エコノミストなら誰でも持っていただろう…とボヤきの一つぐらい入れたくなるというもの。さらに、ケンブリッジ学派のみの論述にとどまってしまい、ケンブリッジ学派の外、とくに大陸経済学や、W・バジョットなどの実践的エコノミストたちの流れが与えた影響が、ロバートソンに関して以外、ほとんど触れられていない。とくに、ホートレーに関する整理には、一抹の危惧というか、「眉唾」感を抱かざるをえない。ケンブリッジ伝統外のホートレーという。そもそも、そんな人は、伝統の外にいるのではないか?


▼  とはいえ経済思想史を学ぶ上で、これくらいタメになる本も珍しい。何よりも、アルフレッド・マーシャルがどれくらい卓越した経済学者であったのか。これを読むことで、始めてストンと飲み込むことができたことを感謝したい。思想史、または経済に興味のある方は、一読をお勧めしておきたい。


追伸  「宣広」って…「広宣流布」から取ったのかなあ…


評価 ★★★☆
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Last updated  Aug 3, 2006 02:32:53 AM
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