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カテゴリ:音楽・文化
![]() ▼ 本来面白い「はず」なのにも関わらず、なぜ、こんなにつまらないのだろう… ▼ 世の中、こんな首をひねるような現象が訪れることは、少なくない。さしずめ、今回とりあげる本書は、私にとって、そんな代表的な本であるといえるかもしれない。もちろん、折角の力作について、「つまらない」という、ある種不合理な批判を受ける当人にとっては、たまったもんではあるまいが。 ▼ 内容を簡潔にまとめておこう。 ▼ 映画史は、「作品と作家」の歴史として描かれてきた。写真と映画は違い、むしろ演劇との親和性が高い。映画が立ち現れる場所、映画館を訪ねる以外、映画には「起源」がない。どのような環境で上演され、観客はどのような態度で観覧したのか。媒体と場所が違えば、体験はまったく異なるのだから………このような視点から、アメリカと日本、2つのフィールドを軸に、映画館と観客の歴史を追体験していこうと試みる。 ▼ 映画の前史には、360度ぐるっと絵が描かれた、パノラマ館という視覚装置があるらしい。 「映画の観客の不動性」は、映画史初期から古典期への移行過程でえられた、歴史的産物にすぎない。1895年、映画上映は、仏のリュミエール兄弟に始まるものの、1905年頃までは、劇場などで他の出し物と一緒に上映される存在にすぎなかったという。アメリカでは、「ヴォードヴィル劇場」という、ダンス・コントなどのライブ・パフォーマンスをおこなう劇場でおこなわれ、音楽の伴奏とともに映画の上演がおこなわれた。19世紀前半までの男性中心主義的な公共圏とは違い、ヴォードヴィル劇場は、20世紀「映画館」と同様の、女性・年齢・階級に関わりない空間であったという。ライブ・パフォーマンス性が映画館から駆逐されるのは、「張り出し舞台のない映画館」で究極の静寂と機械音の支配する、1980年代のシネ・コン出現まで待つ必要があるとのこと。 ▼ 「ニッケル・オディオン」と呼ばれる常設映画館がアメリカに出現したのは、1905年。こうした貸店舗などの小規模映画館は、「スライド」や「サイレント映画」が、ピアノ伴奏による歌手・観客の大合唱で埋められながら上演される祝祭空間であった。1905年~13年「ニッケル・オディオン」は、新移民を中心とする観客たちによって爆発的に流行、それに併せて、制作=配給=興行の分業、安価な商品(映画)を配給元から取りよせるスタイルが普及する。ニッケル・オディオンは、異郷の地で映画を通して、そこで生きるに相応しいアイデンティティの獲得を行わせる公共圏的機能を果たしていた。ハリウッドは、1880年代のロシアのポグロムによる、200万人ものユダヤ人のアメリカ移住が遠因として―――ユニーヴァーサル、フォックス、パラマウント、MGM、ワーナー・ブラザーズなどの創始者は皆、ロシア・東欧・中欧からの移民ユダヤ人―――ユダヤ人娯楽産業として出発する。館内合唱は映画の長大化がすすむ古典期になると衰退して「静粛化」が進むが、それは大衆音楽の需要構造の「楽譜からレコード」への変容と軌を一にしているという。
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Last updated
Oct 19, 2006 03:43:23 AM
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