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書評日記  パペッティア通信

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Nov 28, 2006
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▼   早川書房から、一通のアンケート依頼が後輩の所に届いた。
    来年2月刊行の『SFが読みたい! 2007年版』に載せるものだという。


▼   一つは2006年度(2005年11月~2006年10月)に出版された本の中から、海外・国内それぞれベスト5を選ぶもの。  もう一つは、2000年代前半(1999年11月~2005年10月)に出版された本の中から、海外・国内それぞれベスト10を選ぶもの。


▼   21世紀初頭のベストSFかあ。 そういえば、読んでないなあ、SFなんて。 最近、売れてるんだろ。 それなら、読まなくてもいいし、ジジイの出番でもあるまい。 そう思いながら、茅田砂湖『スカーレット・ウィザード』が面白かった、そういえば佐藤大輔『地球連邦の興亡』はどうなった、とか考えていた所、天啓のように閃いた。  


▼   「そうだ、『マリア様がみてる』があるじゃないか!!!!!!」


▼   あれは、「シスター・ファンタジー」、略して、SFだ。

    なによりも、あれはサイエンス・フィクション(←こっちが正しい)だ。



▼   暗黒の近未来社会、日本。 その社会では、もはや監視の主役はカメラではない。 もはやカメラは必要ではないのだ。 「銀色のロザリオ」こそ、女性を監視・束縛して訓練を施す主役である。 ロザリオは、学園内において、女子高生の手を転々とわたってゆく。 その過程の中で、「お姉さまに好かれる女性になりたい」、という意識が内面化され、「喜び」とともに、思想改造が施されてしまう ………


▼   ああっ!!! なんという巧妙! なんという悪辣! そしてなんという華美!!  暗黒にして甘美な近未来社会を描いた、スペキュレイティブ・フィクションではないか!!!!!! (笑) 


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▼   こう書いてみると、その怖さは、オーウェル『1984年』の比じゃないぞ。 同じスペキュレイティブSFなら、バラード『結晶世界』よりも何十倍も面白いじゃないか。 バラードがつまんないだけだって?。 ええい、畜生。 なんとなく、ブラッドベリ『華氏451度』を感じさせる、問題意識さえ漂っている作品、でどうだ!  


▼   そうだ、『マリみて』は、「権力SF」だ!!  『マリア様がみてる』は、「権力がいかにして従順な身体を生産するか」を描きぬいた、「権力SF」というジャンルを創出した作品なんだ!!! 21世紀の最初の5年を飾る、ベストSFには、『マリみて』こそふさわしい!!! 


▼   ……と以上のように一人、悦に入ってしまった。 後輩に薦めておいたんだけど、どうなったのだろう。 はたして、来年2月、早川書房『SFが読みたい! 2007年版』に乗せられているかどうか。 ボツにされないことを祈るしかない。 剋目して待て、諸君!


▼   閑話休題


▼   最近、吉野朔実先生にはまってしまった。 
    本当にはまってしまった。 
    ああ。


▼   たまたま、手にした「haRmony」に度肝を抜かれた。 凄い。 幸せな結婚を支えていたのは、まったく関係の無いように見えた音楽にからむ「思い出」であった。  その「思い出」がずたずたに壊されたとき、結婚そのものも破滅に向かうのか ………。 違う。 そうではない。 その「結婚」「思い出」、2つの否定態たる「子ども」によって、高次の次元で2名があらたに結ばれあうという、衝撃の結末。 すげえ。 


▼   あまりの凄さに、一度リアルタイムで読んでおきながら、「わかんないや」と投げ出していた『恋愛的瞬間』全3巻(小学館文庫)を買いなおした。 もう、涙が止まらないほど凄い。 全20話。 ひとつひとつがまったく違う。 そんな20もの恋愛の「切断面」が、止血措置を施されることなく、血があふれ出して滴り落ちている、そんな作品だった。 


▼   なぜ、10年前、この面白さを理解できなかったのだろう。 あまりにも幼かったためなのか。 自分の不明を悔やむしかない。 『いたいけな瞳』全5巻も、本当に素晴らしい。


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▼   吉野朔実は、決して「恋愛」を縫合しようとしない。 痛みを和らげるようなハッピーエンドを用意しない。 意表を突くようなギャップが開かれて、読者に提示される。 傷口は、開かれたまま閉じない。 ただ恋愛にからむ「傷」が、ひたすら羅列されるだけだ。 ハッピーエンドなのか、悲劇なのかすら、定かではない。 


▼   そんな彼女には、短編が良く似あうのだろう。 あまりの凄さに驚愕して、かつて否定的な評価をあたえたことのある、『少年は荒野をめざす』を読み直した。 その評価は、変わらない。 あいもかわらず、荒野にポツンと置いてきぼりにさせられたような、そんな読後感が残る作品だった。


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▼   そんな彼女の長編作品で唯一、凄いと感じたのは、『ジュリエットの卵』全3巻(小学館文庫)である。 これが、もう、掛値なしに素晴らしい。 あまりにも鮮やかな、吉野朔実の絵柄とともに、これを機会に皆さんにお勧めしておきたい。


▼   双子の兄と妹。 父はいない。 母だけの母子家庭。 母からすべてを受け継ぐ兄。 女であることを呪う妹。 しかし兄と妹は、恋愛感情を抱いていて………。 あまり詳しく描きたくはない。 ラストへ向けた怒涛の展開がすさまじい、と記しておくことにとどめたい。 そして、「ジュリエット」=女性が生まれ落ちてゆく。 


▼   呪われたもの、としての女性。 


▼   今の時代だと、ピンと来ない人も多いかもしれない。 しかし、それは確かに存在したのだ。 1959年生まれである吉野朔実にとって、そしておそらく、1960年代生まれまでの女性にとって、この種の感覚は、納得しうるものだったに違いない。 「女だてらに」「女性たるもの…」「お前が男だったら」 … どれだけ言われていたことだろう。


▼   そのような中で女性は、どのようにして生まれ落ちて、どのように孵化していったのか。 この双子の間に引かれた「断絶」をめぐる物語は、その美しい絵柄のみならず、今は失われた「時代の思潮に規定された物語」であるが故に、断固として語り継がなければならない。 そんな稀有の価値をもつ作品である。  


▼   今や女性は、呪われていない。 スタイルの悪い女性など、繁華街には、ほとんどいない。 どの人も、とても美しくて、幸せそうに見える。 しかし、『マリみて』では、「幸せ」や「喜び」こそ、女性的身体を再生産する装置ではなかったか。 


▼   もはや権力は、抑圧するものでもなければ、呪いを与えるものでも、苦痛を与えるものでもない。 そんな「姿」で、権力が現れることはない。 われわれは、「幸せ」「喜び」を通して、操られているのではないか。 われわれは「幸せ」や「喜び」を通して、狡猾にも支配されているのではないか


▼   『ジュリエットの卵』から『マリア様がみてる』へ。 1980年代と21世紀。 女性的身体を生み落とすものを描きぬいた2つの作品は、権力の編成原理の違いを的確にとらえている、というしかない。  冗談ではなく、「権力SF」にふさわしい。 否、今や「権力SF」こそ、時代の最先端ではないか。


▼   秋の夜長。 ぜひ、お試しあれ。 
    てか、お願い。 
    読んで。



評価  ★★★★☆ (ジュリエットの卵)
価格: 1巻・2巻¥ 620  3巻¥ 590  (税込)



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Last updated  Nov 29, 2006 05:56:28 PM
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