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カテゴリ:社会
![]() ▼ いざ来たれ、男の花園へ。 中国男性たちが繰り広げた、てんやわんやの女装史へのいざない。 この書が面白くないはずがない。 この場をかりて、ぜひ、皆さんにもお勧めしておきたい。 ▼ 筆者によれば、春秋時代の昔から、女性の男装、男性の女装は、たんなる「異性装」などではなかった、という。 服装には、社会が混乱する、良からぬ前触れ・前兆があらわれる。 衣服の乱れは社会の乱れ。 これを中国では、「服妖」と称してきた。 服妖は、衣服・靴・冠のみならず、はては立ち居振る舞い、生活習慣、音楽習慣にまでおよぶ。 「服妖」は、史料が男性の視点から書かれたものしか残らないこともあって、主に「女性の服装」に関しての常套句であった。 ただ、性転換・両性具有者「半陰陽」「二形人」も、「服妖」と呼ばれていたらしい。 男性から女性に性転換することは、「犯罪」扱いを受け社会から排除されたが、女性から男性にかわることは、メデタシ、メデタシ、という。 日本の男女差別は、大陸起源というが、さもありなん。 ▼ 「女性の男装」は、寡婦や「木蘭従軍譚」などが見られ、男装の麗人、すなわち「男まさり」の女性の系譜は、「江湖」の世界を筆頭に、ちまたにあふれていたらしい。 オスカル様は、ゴロゴロしていたのだ。 女性は、婚約相手を探す、仇討する、商売する、など様々な理由で男装していた。 しかし、飼われている女性たちが、飼っている男性に歯向かうことは、ゆるされていない。 女装の「男装」は、最終的に解かれるものであり、貞女・良妻となってハッピーエンド、がほとんどであったという。 ▼ 中華世界、最初の「女性の男装」は、夏の桀王の后、妹喜(ばっき)。 そして、最初の「男性の女装」は、魏の何晏とされる。 魏晋南北朝には、化粧をする美少年が溢れていたらしい。 当然、趣味では終わらない。 男性の様に警戒されないことを良いことに、趣味を逸脱して犯罪――― 女性の部屋に忍びこむ、他人の家に押し入り強盗する ――― に走る「女装犯罪者」たちも、現れてくるようになる。 女性の男装は、規定はないものの、男性の女装は法に抵触していたという。 ▼ 中国の近世にあたる明清時代は、「男装(女性)」と「女装(男性)」の流行の頂点にあたるらしい。 近世中国は、女性美至上主義の時代であって、戯曲などは物語をすすめるため、さかんに2つのモチーフを借用した。 「男子授乳譚」 ――― 主人の幼子を守ろうと頑張る、使用人の忠義に天が感服し、能力を付与する云々 ――― は、インド説話に由来するという。 華やかな同性愛文化。 道士・仏僧の文化に支えられている男性同性愛も、明清時代に頂点に達し、京劇の「女形」役者 ――― しばしば本物の性同一性障害者もいたようだ ――― は、舞台を下りても女装を解かなかったものもいたという。 意外や、女性の同性愛文学は、『続金瓶梅』くらいしかないらしい。 ▼ 近代にもなると、異装文化は、『点石斎画報』などの画像資料が豊かなため、いっそう興味深い話で満載である。 男の遊び場をみてみたいため。 または、自分の趣味として男装を始める女性たち。 妓女は、そんな彼女たちのファッション・リーダーであったらしい。 清末以降、女学校の登場によって、「女学生」文化が到来。 妓女は、清楚な感じを出すべく、女学生を真似る、女学生は「妓女」にあこがれる …… 「妓女」と「女学生」、対極にあるもの同士がお互いに模倣し、「妓女ならぬ女学生」「ニセ学生」が出現したというから面白いではないか。 また、しばしば京劇に使われる擬似纏足の道具「きょう」を使い、美少年・美青年は、あえて妓女になるものもいたという。 むろん、男性の女装は、数え切れない。 犯罪のため、女性にちょっかいをかけたいため、女学校に忍び込む男性(逆グリーンウッド、ってチェリーウッドか【笑】) … 数えられないくらいである。 ▼ むろん現代文化にも、近世~近代の異装文化は大きな影を落としているらしい。 香港映画における、男優の無理矢理の女装シーンに、女性の男装シーン。 これらは、京劇における「反串」 ――― 役柄の取り替え ――― の趣向を映画に取り入れたものらしい。 女装する男性にとって、演劇文化における女形「旦」の存在は、干天の慈雨であった。 中華民国期、女装は男性文人の嗜みであったという。 周恩来は、南開学校(現・大学)在学中、劇団では「旦」ばかりやらされていた。 カラー写真が残されていないことが、残念でならない。 沿海部男性の支払う結納金目当てに、女装での結婚詐欺。 近年、大陸における、女装・男女転倒などのアヴァンギャルド・アートの流行は、明朝滅亡時、男性が女性的世界へと逃避したことと同じではないか ……… どうだろう。かなか楽しめる本であることが理解できるのではないだろうか ▼ 当方が知らないことばかりで、たいへん勉強になった。 「胡服」の影響が強い唐代は、「セクシー系」の服装が好まれただけでなく、「女性の男装」華やかりし時代だったらしい。 元の風俗を一掃しようと、明代では、唐風にかえる(何故?)ことを定めたものの、明末の女性の服装はハデハデで、「水田衣」と呼ばれる、パッチワーク式の衣服 ――― まるで、ストリートファッション ――― が流行ったという。 現代日本は、「戦闘美少女」の本場であるといわれるが、古代~近世には、中華世界とは違い、ほとんど「戦う女性」がいない、という指摘には唸らされる。 どうやら、日本の戦闘美少女とは、純現代的現象らしい。 「戦わない」からこそ、戦闘美少女なんであろう。 同性愛を示す語彙は、(どうやって数えたかは知らないが)中国には42もあるという。 また正式には、四大美女(+王昭君)、四大ボイラー(+九江)というらしい。 ▼ ただ、若干苦言を述べさせてもらうと、誤字・脱字・誤訳の類が、ちょくちょく見られ、気になって仕方がない。 そもそも、「服妖」を表題の通りに「衣服の妖怪」と訳してしまっては、あきらかに不適切だろう。 むろん、本文の説明の方では、きちんと補われているが、表題で「不吉な凶事の前兆」を削ぎ落としてしまっては……。 これでは、「信・達・雅」いずれの水準にも到達しているとはいえまい。 さらに、実綿から綿実を抜く作業場のことを「綿花工場」と訳すのは、まだ許せないこともないが、清代文献に使われた「郡」を日本語訳する際に「郡」と訳した中国学者は、生まれて初めてみました。 清代に「郡」などという行政区画があるかよ。 なんで、こんな初歩的なミスが、直されていないの ? さらにいえば、第3の性、「宦官」の存在を抜きにして、ことさらに中国で「女性の男装」「男性の女装」が盛んだったことを強調されてもなー。 かえって、内在的理解を欠いた、「中国人、女装大好きアルネ」的なオリエンタリズムを増殖させることに荷担するだけではないの?。 なんとなく釈然としないまま、読了してしまった。 ▼ とはいえ、実に面白い。 誰にでもお勧めできる一作である。 評価: ★★★☆ 価格: ¥ 1,785 (税込) ![]() お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
May 31, 2007 04:26:57 PM
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