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書評日記  パペッティア通信

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哲学・思想・文学・科学

Nov 22, 2007
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▼     大江健三郎『沖縄ノート』をめぐる裁判において、山崎行太郎氏は、保守系評論家でありながら、大江健三郎支持に回って健筆をふるっている。 これが、実に面白い。 

大江健三郎を擁護する。女々しい日本帝国軍人の「名誉回復裁判」で…。
誰も読んでいない『沖縄ノート』の記述。…大江健三郎を擁護する(2)。
大江健三郎は集団自決をどう記述したか?
曽野綾子の「誤読」から始まった。大江健三郎の『沖縄ノート』裁判をめぐる悲喜劇


▼     何よりも、大江健三郎の文学に批判的でありながら、文学を守るため、一人、孤高に立ち向かうさまがいい。 東方会の中野正剛は、東条政権に立ち向かい、かなわず自害するが、その座右の銘は「一国は一人を以って興り、一人を以って亡ぶ」(蘇洵)であった。 保守思想家たるもの、かくあらねばなるまい。 なにより、大江文学を考えさせてくれるところが、またいい。 


▼     ネットを検索すると、大江健三郎は、北朝鮮帰還事業のドラマを見ながら「私には帰る朝鮮がない」と涙した、という。 すごいなあ。 ベネディクト・アンダーソンが「想像の共同体」を唱える何十年も前に、その感覚を「言語化」している大江。 大江健三郎は、権威っぽいのと、生来の文学嫌いで全然読んだことがなかった。 本来なら大江健三郎の悪評を広めるための裁判で知らされた、大江健三郎の偉大さ。  つくづく、塞翁が馬、だなあ、と考えさせられてしまった。


▼     そうこうするうちに、山崎行太郎と池田信夫に戦線が飛び火。 これらの論説を池田信夫が批判。 これに対して山崎行太郎が、池田信夫君、頭は大丈夫か?で再批判。 


▼     これに対して池田信夫氏は以下の反論を出した。



大江氏の弁明 (池田信夫) 2007-11-22 16:49:00

山崎行太郎という自称評論家が、予想どおり「反論」しているが、対談記事ではゲラをチェックする人もいるし、しない人もいる。曽野氏は非常な高齢だから、校正は目に負担なので、おそらくざっと見ただけだろう。他のメディアでは正確に表現されている。

http://sankei.jp.msn.com/life/education/071023/edc0710230343000-n1.htm

So what? この誤字が論旨とどういう関係があるのかね。きみの誤字脱字だらけの記事こそ、ちゃんとチェックしたほうがいいんじゃないの。こんなイナゴ並みの無名評論家の話はどうでもいいが、重要なのは11月20日の朝日新聞の「定義集」というエッセイに書かれている大江氏の弁明だ。

<私は渡嘉敷島の山中に転がった三百二十九の死体、とは書きたくありませんでした。受験生の時、緑色のペンギン・ブックスで英語の勉強をした私は、「死体なき殺人」という種の小説で、他殺死体を指すcorpus delictiという単語を覚えました。もとのラテン語では、corpusが身体、有形物、delictiが罪の、です。私は、そのまま罪の塊という日本語にし、それも巨きい数という意味で、罪の巨塊としました>

つまり「罪の巨塊」とは「死体」のことだというのだ。本当にそのつもりだったとすれば、彼の日本語感覚は相当おかしいし、そんな解釈は公的には通らない。また赤松氏を「悪人」と書いたことはないというが、「屠殺者」とか「アイヒマン」とか、もっとひどい悪罵をつらねている。これが日本軍の「タテの構造」をさす記述であって個人のことではないという話も、原文にはなく、法廷で初めて出てきた話だ。「日本軍のタテの構造」が「屠殺者」であるというのは、どういう意味かね。日本語をまともに理解も記述もできない人物が「作家」や「評論家」として営業しているのは困ったものだ。



▼     たまりかねた私は、おもわず、池田先生のブログにこう書いてしまった。

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池田信夫先生、こんばんわ。
こちらでは初めてお邪魔いたします。

>他のメディアでは正確に表現されている。

正確に表現されればされるほど、曽野綾子と池田信夫センセの対談がバカに見えてしまいますよ

【しかし「罪の巨塊」だと思えた人物には会ったことがなかった。】

曽野綾子も池田信夫センセも私も、「死体」だと思える人物に会ったことなどないでしょうに、何を対談なさっていたんですか? 不思議に思われなかったのですか? (笑)

>「屠殺者」とか「アイヒマン」とか、もっとひどい悪罵をつらねている。これが日本軍の「タテの構造」をさす記述であって個人のことではないという話も、原文にはなく、法廷で初めて出てきた話だ。「日本軍のタテの構造」が「屠殺者」であるというのは、どういう意味かね。

「屠殺者」は「記憶」する住人側にとって「屠殺者」なんでしょう。実際、今でも屠殺者のような証言がしばしば見られます。

また、「アイヒマン」のなにが悪罵なんでしょうか。

アイヒマン裁判は、アーレント「エルサレムのアイヒマン」の副題、「悪の凡庸さについて」をみればお分かりでしょう。巨悪とされてきたアイヒマンは、実は組織の中で忠誠をつくし続けた凡庸ともいえる人物だった。実は凡庸さこそ、巨悪を支えてしまうのだ……
組織人として立派だったアイヒマンになぞらえることがどのように「ひどい悪罵」なのか、こちらの方がまるで理解できません。

「タテの構造」なんて、アイヒマン裁判になぞらえていれば、誰しも想像がつくことで、「初耳」なのは池田信夫先生の見識の低さをうかがわせるものだとおもいます。

もう一度、山崎行太郎氏の反論にきちんと向き合われて、反論されることをお勧めいたします。

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▼      池田先生のブログは、投稿しても管理者が見てからでないと反映されない。 この反論受け取ってもらえたのだろうか。


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Last updated  Nov 22, 2007 09:52:40 PM
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Aug 7, 2007
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▼     維新政党新風が、「9条ネット」「女性党」にまで比例で大敗北した、参議院選挙翌日。 とてつもない雑誌が創刊された。 その名は、『エンタメ×カルチャー×オピニオン大衆啓蒙 MAGAZINE』なる謳い文句をかかげる、極右雑誌『スレッド』。 どうだろう。 皆さんの近くの本屋に並んでいないだろうか。  


▼     もう、表紙からすごい。 今をときめく、尻美人、モデルの秋山莉菜。 その微笑みの下の赤字の帯、「日本を売っちゃった人々」をみよ。 マジなんだか、ネタなんだか、さっぱりわからない。 もの凄くサイケである。


▼     中身はさらに凄い。 ほとんど、2ちゃんねるの「ニュー速」「極東アジア板」「ハングル板」あたりの右翼スレでみかけるような内容がならぶ。 みていて、なにもあたらしく得るようなものがない。 左翼批判が、一見、カジュアルな感じで語られるんだが、所詮、バカウヨの限界。 最後には、「特ア」「反日」のオンパレード。 なにやらデジャブーが … いけているんだか、いけていないんだか、さっぱり分からない 


▼     うーん、これって、新左翼が70年安保で敗北して、サブカルチャーに戦場を移したアレの、右翼版なのだろうか? それにしても、ほとんど、2ちゃんねるの焼き直しなんすけど、これ。


▼     右翼連中は、勘違いしているのではないか。 左翼に牛耳られるマスコミ
。 このままでは、プロパガンダ戦に敗北してしまう(私がそう信じているわけではない)。 こちらも、プロパガンダで対抗しなければならん。 とりあえず、あまり政治に関心をもたない若者でも分かるようなものにしなければ。 そう考えて、「大衆啓蒙」のため、こんな雑誌を作ったんだろうか。 自称保守論壇の『諸君』『正論』は、荘重で重々しくて暑苦しい。 だから、カジュアルな路線、というわけか。 秋山莉奈だしね。


▼     でも、政治とはパブリックな空間で展開されるものだ。 そこでは、説得と討議が欠かせない。 大衆啓蒙のプロパガンダ雑誌である以上、討議がないのは許そう。 しかし、カジュアルな政治雑誌、しかもネタ元2ちゃんねるレベルの雑誌。 そこに、ヘラヘラと軽薄な文章で、「売国奴」「朝鮮総連」なんて語られて、どうして「説得力」を感じるだろうか?  


▼     『諸君』『正論』で断定調で重々しく書かれるのは、重々しい宣告に「説得力」が感じられるからだ。 あまり中身がないものでも、定められた様式、フォーマルとされる形式で語られれば、それなりに説得力があるように感じられる。 だから、どれも似たような口調だ。 退屈きわまりない。 


▼     一方、ファッション雑誌は、「これが売れ筋」「これが流行」というカリスマの宣告と、その宣告を信じた人々が買うことによって生じる、「予言の自己実現」に支えられている。 日本に張り巡らされた「反日ネットワーク」に代表される右翼の妄想ほど、「予言の自己実現」からほど遠いものはないだろう。 


▼     まして内容は、2ちゃんねるレベル。 おまえら、2ちゃんねるレベルの見も知らぬ厨房から「啓蒙」されたいかよ。 見も知らぬ左翼がこんな雑誌作ったら、おまえら「啓蒙」されるか? されないだろ。 最初から戦略を間違えているとしかおもえない。 もう少し真面目にやらんかい。 そういえば、維新政党新風のせと利幸も連載していたっけ。


▼     そんなこんなで、外山恒一の連載ぐらいしか楽しめるものがなかった。 このおっさん、ファシストをなのるけど、どうみてもなりすましだからな。 あと、反日漫画が、凄まじく不愉快で楽しかった。 


▼     こんなもんで長続きするとは思えないんだけど、まあ頑張れ



評価: 採点不能(維新政党新風支持者にお勧めします)
価格: ¥ 680 (税込)

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Last updated  Aug 7, 2007 08:13:56 PM
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Jul 17, 2007
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(この日記は前編からの続きですので、こちらからお読みください


▼     本書は、アマゾンの読者レビューはむろんのこと、朝日新聞読売新聞などの大手メディアでも採りあげられている。 一般的なブログにおいても、おおむね、「滝山コミューン」に批判的立場からの感想が多いようだ。 曰く、「日教組の全体主義教育」。 曰く、「戦後民主主義下の個性の抹殺」。  だからこそ、原武史が突然、「滝山コミューン」を肯定するかのような末尾の議論、別様の「民主主義」の可能性を論じたことについて、理解できないムキも多いようだ。


▼     ここで、告白しておかなければなるまい。 わたしもまた、原武史と同じような体験をしたことを。 もはや、全生研教育の末期だったのだろう。 ぼくたちの小学校は、「ビリ班」のない、ほとんど形骸化した「班競争」がおこなわれていた。 しかし、そのかわりに、「平和学習」が押しつけられた。 本当に、嫌で、嫌で、仕方がなかった。 先生への反発から、小学生時代は「軍事オタク」になったくらいである。 作者とは、「学習塾」「進学校」へ逃避したことまで同じだった。 そして、卒業時、鉄道旅行をしたことまで同じとなると、にわかに笑いがこみあげてきたくらいである。


▼     それでも言わなければなるまい。 集団主義教育は、断じて全体主義ではない。 原武史は、批判する。 全生研教育では、「集団の前に個人と自由は否定される」と。 そうだろうか。 原武史が挙げる文書は、「個人主義、自由主義の克服」の文句である。 資本主義に毒された「個人主義、自由主義」のイデオロギーを克服することが、どうしてそのまま「個人と自由」の≪単純な否定≫に読み替えられてしまうのか。 「6年5組」の公約をのっとってしまう候補者があらわれたとき、女子生徒は叫んだ。 「わたしたちの公約を真似しないでよ」と。 この声は、虚偽だったのか。 この声は、「自由」から発せられたものではないのか。 片山勝が3年連続で5組の担任になったとき、父母と生徒たちは歓声をあげたという。 あれは、「洗脳」された結果とでもいうのか。


▼     集団主義とは、「個人の自由」が「討議づくり」(本書52頁)を通して、「集団の自由」(意思決定)へと揚棄される営みではないのか。 だからこそ、『安田講堂 1968-1969』でも論じたように、全体の意思を形づくるための、信じられないほどの討議・討論が要求されたのである。 集団主義は、断じて全体主義ではない。 「全体主義」とは、あくまで「個人」と「集団」は揚棄されることなどありえないという、個人と集団の「亀裂」を前提とした上で、「集団」の側が「個人」の側を≪短絡的に包摂≫する行為ではないのか。 


▼     そう考えてみると、本書では見えなかった部分が見えてくるとおもわれる。 本書では、どうして、片山勝教諭と「6年5組」の児童の関係は、希薄にしか描かれないのだろうか。 「6年5組」の児童は、原武史少年に強烈な同調圧力をかけてくる。 片山勝教諭は、どうやら原武史少年には嫌悪感をいだかせる、ヒトクセもフタクセもある人物のようだ。 どちらも、ちょっと恐いところがないわけではない。  ところが、両者の関係は、どうだろう。 「方針演説」の草稿に添削を加えていた話以外、あまり見えてこない。 実に、不思議な話ではないか。 たしかに、「6年5組」の児童だった人々は、当時の記憶を失っていたという。 おまけに、原武史少年は、別のクラス(6年2組)の児童。 片山教諭と「6年5組」の児童の関係が分からないのは、ある意味、仕方がない側面もあるという言い訳も考えられないことはない。 しかし原武史は、片山勝教諭にインタビューをおこなっているのである。 それでも、まったく明らかにならないのは、明らかに異常ではないのか。 


▼     理由は、ただ1つしかあるまい。 片山勝もまた、「記憶が無かった」のではないか。 いや、正確に言いなおさなければなるまい。 本書を描くため隠蔽しなければならなかった部分とは、「6年5組」の児童による民主的集団の実践は、片山勝教諭の手から離れていたことにあるのではないか。 片山勝は、当初こそ「5組」の児童をそそのかして、組織化したにちがいない。 しかし、3年目、「6年5組」の段階になると、もはや、児童だけによる≪実践≫がおこなわれていたのではないか。 片山勝は、児童たちのおこなう、民主的集団の実践の数々に、むしろ感銘さえ受けていたのではないか。 もはや、児童たちを教える必要がなかった。 それどころか、片山勝は、児童たち「から」学んでいた。 両者の幸福な師弟関係は、今も「6年5組」の児童と片山教諭が、密接に交流していることからもうかがえるだろう。 6年5組において、もはや、何も指導する必要を感じなかったこと。 これこそが、「6年5組」に関する片山の記憶の欠落を招き、原武史のインタビューの消化不良を招いたのではなかったか。


▼     傍証は、本書を読めば、いくらでも気づかされる。 6年5組のリーダー、中村美由紀。 彼女は、精神的重圧のあまり、過敏性大腸炎などで苦しんだ、とされる。 しかし、症状が悪化したのは、いつからなのか?  「滝山コミューン」確立期以降ではないか。 コミューンが完成してしまえば、彼女は「11歳の子供だということを忘れ」(151頁)なければならない。 現代日本の大人と同様のストレスに苛まれるのは、むしろ、当然のことであろう。 彼女は、断じて、「集団主義」の犠牲者ではない。 考えてみれば、コミューンの「完成」とは、先生の指導から脱出して、先生の指導と集団の自由が、対立なく揚棄されている状況ではない限り、ありえないはずである。


▼     原武史は、勘違いしているのではないか。 たとえば、林間学校のキャンドル・サービス。 そこで、「集団」に「個人」がのみこまれていく恐怖が、丁寧に解説されている。 かれは、その式典の際、片山勝を批判してやまない。 指導者(片山勝)の一人舞台につき合わせられただけではないか!! どこが平等なのか!! 「体制」への忠誠度に応じた序列があるではないか!! ナチスと同じ一体化演出ではないか!!!!、と。 たしかに、間違ってはいまい。 だが「恐怖」は、ナチスと同様にロウソクの火の下で、集団と個人が一体化させられる所に存在するのだろうか。 本当の「恐怖」は、キャンドル・サービスにおける、日教組・全生研の実践者、片山勝のふるう長広舌が、「一人舞台」であるどころか、「掛け値無く真実」を語っていたとき、われわれに訪れるのではないか


▼     原武史氏は、決定的ともいえる部分を捉え損なっている、というしかあるまい。 読了された方は、もう一度、この部分を読み直して欲しい。 この次元でなければ、原武史の洞察 ―――― 「滝山コミューン」は、西武沿線の団地という等質な空間下であることを前提条件にしていたとはいえ、成人男性のみが政治参加してきた伝統をのりこえる可能性を秘めた、児童や女性を主体とする画期的な「民主主義の試み」ではなかったか ―――― は、本来、理解されるはずがあるまい。 なにゆえ、原武史は、たどり着くことができなかったのか。 本当に残念でならない。 


▼     かくて、わたしは泣いた。 永遠に失われたものを哀悼したのである。  


▼     高齢化のすすむ、荒涼とした滝山団地。 もはや、「滝山コミューン」関係者のうち、誰1人としてすむものがいない。 極端な少子高齢化の到来によって、原武史の故郷(ふるさと)、滝山団地は、廃墟と化そうとしている。


▼     かつて、ここには、民主主義を実践に移し、民主的集団を打ちたてた児童たちがいた。 歴史の彼方に消えた「滝山コミューン」。 このブログをお読みの方は、ぜひご一読して欲しい。 これは、「全共闘」とは別次元において、たしかに花開いた、究極の民主の実践の姿なのだから。  


評価: ★★★★☆
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Last updated  Jul 18, 2007 09:22:05 PM
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Jul 13, 2007
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▼     読了後、涙があふれた。 押しつけではない「真理の教授」と「民主的社会の建設」は調和する、と心から信じることができた、「美しい夢」の時代に。 そしてそれは、「滝山コミューン」として、現実の世界で結実したのである。 本書の筆者、原武史氏にとっては、「苦い思い出」として描かれた「滝山コミューン」。 歴史のかなたへと消えた、抑圧の象徴「滝山コミューン」に、わたしは何故か感動と憧憬を禁じえなかったのである。 


▼     本書をおさらいしよう。


▼     1970年代は、一般にいわれているように、「政治の季節の終焉」「左翼運動の衰退の時代」ではなかった、という。 「全共闘世代」は、教育現場に入っていったからである。 西武沿線郊外の団地は、革新勢力の強い地区であった。 そのような団地の一つ、東久留米市滝山団地。 その東久留米市立第七小学校に、1人の若い教師がのりこんでいく。 かれの名は片山勝(仮名)。 かれは、学校現場に異色な教育 ―――― 遠山啓「わかるさんすう」による『水道方式』による数学授業と、日教組の民間教育研究団体、全生研がとなえる『学級集団づくり』 ―――― をもちこみ、保護者のみならず子供たちから、絶大な信頼をうけることになった。  


▼     全生研の唱えた教育方法は、「日の丸、君が代、特設道徳」という上からの「反動勢力」の押しつけに対して、護憲派リベラル的「個性重視」の立場から、子供を守ろうとするものではなかった。 かれらは、旧ソ連の教育学者マカレンコから示唆をうけ、『学級集団づくり』という「集団主義教育」をおこない、「民主的集団」の形成に意をそそいだのである。 先生の権威によって維持される「よりあい段階」から、こどもたちの中に「核」がめばえ学級活動をになう「前期的段階」をへて、学級集団の「外」に活動をひろげる「後期的段階」へ。 片山勝は、同じクラスを持ちあがりで3年も担任をつとめ、このルートに沿うかのような実践をおこなう。 そして、かれのクラスが6年になった時、原武史氏が「滝山コミューン」とよぶ、「6年5組支配」を小学校にもたらすのだ。 「父母」と「先生」の密接な提携の下、6年5組は、「集団的力量」を発揮。 6年5組の児童は、全委員会の委員長を独占し、「全校が6年5組化」してしまう。 


▼     「班づくり」と激烈な「班競争」。 生徒たちが自分の力を自覚するための「合唱教育」。 漢字をまちがえれば、班で「共同責任」を負わされる。 罰則は、数値化されていて、過酷な「目標点競争」が班単位でおこなわれた。 掃除場所ですら、班で「立候補」しなければならない。 それも、文章を入念に準備して、「方針演説」を読みあげ、信任を勝ち取らなければならないのである。 それも、「ボロ班」「ビリ班」 ―――― のちに「イジメ」の温床になる ―――― にされ、クラス中にさらしものにされてしまう恐怖におびえながら。 「自覚した学級」の裏にひそむ、陰湿な「相互監視」「粗探し」も、しばしば見られたという。 それでも、6年5組の生徒たちは、「直接民主主義」の下、学級委員、生徒会役員に、「代表児童委員会をみんなのものに!!」をかかげ、果敢に進出していく。 


▼      6年2組の原武史少年。 かれは、個性や自由を認めない教育に反発と息苦しさを感じるものの、周囲の友だちは、どんどん「6年5組」的なるものに蚕食されていく。 原少年の想いをよそに、着々とすすめられる、国家権力に立ち向かい、児童を主人公とする民主的な学園建設の試み。 それは、7月の林間学校と、その後の「8ヶ月」で頂点に達する。 「わんぱくマーチ」の大合唱。 火の神もいなければ火の子もいない、全生徒参加のキャンドルサービス。 祝祭と儀式を通した「心地よい一体感」が、原少年にまで襲いかかるのだ!!!! 


▼     ここに「滝山コミューン」は完成した。  先生を事後承認させるだけの関与にとどめた、「運動会」の自主運営。 肥大化する「課外活動」は、仮装大会、遠足、学芸会、年賀状コンクール ………。 なんと、全生研は「集団」の名誉をまもるための、集団的制裁=リンチ=である「追求」を称揚していたらしい。 「集団の和をみだす児童」とみなされた原武史少年。 かれは、同じ児童から「追求」をうけ、間一髪でリンチから逃れることに成功する。 こんな所には、いられない。 原武史少年は、進学塾・慶應義塾中学に進学することで、エクソダスをはたしたという。


▼     本書の問いかけるものは、とほうもなく大きい。 みずからの教育行為が、みずからの理想に反してナチスや近代天皇制に通じる権威主義をはらむことに対し、どうしてこれほどまで無自覚でいられるのか、批判してやまない。 その無自覚こそ、異質的なものを排除・絶滅させることへの荷担を生み続けてきたのではないか。 旧・教育基本法は、「個人の尊厳」を重視することで個人と「国家・伝統」とのつながりをたち、教育荒廃をまねいたと批判され、昨今、改正されることになった。 ウソだ。 教育基本法は、決して「個人の尊厳」を守ろうとはしなかった。 ただ、一方でこのように語る。  「平等」「集団」に重きをおいた「滝山コミューン」は、西武沿線の団地という等質な空間下ではあったが、成人男性のみが政治参加する伝統の「のりこえ可能性」を秘めた、児童や女性を主体とする画期的な「民主主義の試み」ではなかったか、と。 東京圏の大規模緑地のほとんどが皇室と密接な関係にあること。  氷川神社が出雲系の神社であること。 「鬼のパンツ」は、全生研教育の「集団を高めさせる」ことを目的におこなう「集団遊び」のひとつだったこと。 本書は、こうした豆知識・エピソードを随所にからめながら、万感のおもいをこめて終わる。


(その<2>はこちらあたりになる予定です。応援をよろしくお願いします) 


評価: ★★★★☆
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Last updated  Jul 18, 2007 10:13:10 PM
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Jul 9, 2007
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(この日記は前編からの続きですので、こちらからお読みください)


▼     第3部は、理論書でもなく戦略書でもない、『国家と革命』についての、法外なテクストを法外なまま読解する、意欲的な試みである。 


▼     ブルジョア国家は、階級対立の非和解性の産物にほかならない。 ブルジョア国家誕生の後、もはや搾取は人格的支配ではなく、経済過程を通してなされるほかはない。 ブルジョア国家は、脱人格化し、「法の支配」の外套をまとう。 「階級間の対立」は、国家と特定階級との対立におきかえられてしまい、国家は、階級対立そのものを否定する体制としてあらわれざるをえない。 とはいえ、ブルジョアが国家に力を備給(税金ほか)できる範囲でしか、国家はプロレタリアートに力を振るうことはできない。 プロレタリアート独裁国家が、「公権力」という形であらわれるブルジョア国家と決定的にちがう点は、「何者にも分有されることのない、大衆の武力に直接立脚した権力」であることにある、という。 だから、プロレタリアート独裁、を承認しない人は、マルクス主義者ではない。 しかし、プロレタリアート階級は、「資本主義によって分断化」されていて、本質的に団結することはできない。 同僚の犠牲の上で自分の取り分を増やすことを拒む理由は、『資本制社会においては』存在しないからである。 


▼     だからこそ、革命運動は、 A 経済闘争ではなく、仮象であるはずのブルジョアの「官僚的軍事的国家機構」を破砕する政治闘争によってしか、分断されている農民とプロレタリアートを糾合できない、という。 われわれは、錯誤に飛びこんでいくことで逆説的に真理をえなければならないのである。 そして、B 「未来が現在の中に浸入」することで、「現在の中にありながら現在を超出する」(前衛党)ことによってしか、プロレタリアートと農民の糾合など達成できない。


▼     「帝国主義戦争を内乱へ」という、レーニンのテーゼは有名であろう。 レーニンは、総力戦体制下、労働者と農民が軍隊へ編入され「特殊な力」の一員になっていた情勢を徹底的に利用する。 そこで目指されることは、ブルジョア国家の「特殊な力」を「普遍的な力」(武装する人民)に「質的に転化」させることにほかならない。 かくて、ブルジョア国家の「特殊な力」は、「プロレタリアートの直接態」に移行することで「普遍的な力」が出現することで、無用の長物となる。 「階級対立の非和解性」から生じた「特殊な力」は、被媒介的な位置を脱して直接的なものになることで「普遍的な力」に転化すれば、もはや必要ではない。 残された「普遍的な力」は、人民が自らを統治する「習慣」を獲得することによって、革命の成就とともに、自然に消滅することが宣言される。 『国家と革命』のテクストは、この宣言とともに、実質的に終わる。 なぜなら、「普遍的な力」の降臨、ロシア革命の勃発によって、テクストは中断を余儀なくされたからである。  


▼     レーニンよれば、ラディカルなものは、人物でも、行動でも、ましてや思想でもない。 ラディカルなものは、現実、「リアルなもの」そのものであった。 レーニンのやった革命とは、そもそもラディカルである現実に働きかけて、いっそう急進化させ、リアルなモノを爆発的に露呈させることにすぎない。 理性よりずっと「リアルなもの」として、「無意識」を探訪したフロイト。 人間に対して、世界をより一層、リアルに現前させるための哲学を構築しようとしたフッサール。 レーニンは、フロイトとフッサールに連なる人物であるという。 レーニンには、ブルジョア資本主義下の政治がかかえる秘密 ―――― 社会に内在する階級闘争(本質的政治)をイデオロギーによって隠蔽しなければならない ―――― を全面的に掘り起こし、国家の死滅を目指したかわりに、別種の秘密 ―――― かれの創設しようとした共同体は、敵対性にもとづくモノであること ―――― を抱えることになったという整理は、適切というほかはない。 


▼     また、評者が初心者に近いためか、フロイト論もたいへん面白かった。 極端な罪責感に囚われたモーゼの一神教は、「死の欲動」とその内面化 ―――― 攻撃欲動の対象を自分に向けることで欲動の断念が徹底される ―――― によって形成されたものだという。 フロイトは、「エス/自我」「野蛮/文化」「無意識/意識」の2項対立をもうけ、前者の根源性とその病的な出現、後者による前者の統御の困難さを説いたものの、しばしば、マルクーゼたちによって、自分の発見したものの革命的ポテンシャルを完全に実現させる意思を欠いた保守主義者呼ばわりされていたらしい。 時間論もなかなか気が利いている。 レーニンの断行した革命とは、帝国主義諸国により世界分割され空間的再分割が意味を失った時代にあって、闘争軸を空間から時間へ変化させた「だけではない」。 われわれは、通常、「未知なる未来における自己の可能性の追求」(革新?)VS「既知の慣習や経験への埋没」(保守?)という、一見、相対立する対立軸にとりこまれてしまい、どちらも「日常性の時間構造」を前提にしていることを忘れがちだ。 レーニンのテクストには、この日常性の時間構造をぶちこわし、「永遠が永遠としての実感を伴いながら我々に現前する」狂気が貫いている、そう語って本書は綴じられる。
 

▼     とにかくレーニンとは、たいへん独創的な思考をする、希有の思想家、規格外の思想家であった、という他はない。 左翼の一部が、今こそレーニン主義を!決断主義を!と言い出すのは、無理もない。 右翼・左翼問わず、その哲学的思惟を学ぶ必要性が理解されるのではないだろうか。   


▼     とはいえ、何点か疑問に感じる所がある。 レーニンにおいて隠蔽されているのは、建設しようとする共同体が敵対性にもとづいていることであるという。 マルクス・レーニン主義国家における、「階級闘争」の名を借りた粛清劇をみるかぎり、頷かざるをえない。 とはいえ、敵対性は消さなければならない。 階級対立の非和解性こそ、ブルジョア国家の存立基盤なら、なおさらではないか。 レーニンはどのようにして敵対性を消すことを考えていたのか。 また、資本主義を打倒しえない限り、敵対性は永続的に解消されないならば、どうやって、資本制社会を打倒するのか。 なにが資本制社会打倒なのか。 『国家と革命』がユートピア呼ばわりされる原因は、戦術的に迂回させて政治次元での闘争を重視することで、肝心の経済次元の論理がおざなりにされていたことにもあるのではないか。 「力の一元論」は面白いが、なにかしら肝心なことの説明がなされていないように感じてしまう。 レーニン主義のフロイト化の是非ともども、再考の余地はあるようにおもわれる。


▼    とはいえ、これほどまで刺激的な左翼理論の書物というのは珍しい(そもそも右側の刺激的な本など読んだことはないけれど)。フロイトで読むレーニン、『分かりやすいスラヴォイ・ジジェク』という他はないだろう。 社会変革運動にたずさわる方、決断主義・レーニン主義・「ポストモダンの左旋回」に興味がある方は、必読の書である。 


▼    お試しあれ。



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Last updated  Sep 2, 2007 02:24:06 PM
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Jul 5, 2007
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▼     一匹の妖怪が思想界を徘徊している。 レーニン主義という妖怪が。 旧思想界のあらゆる権力がこの妖怪征伐の為の神聖同盟づくりに結託した。 仲正昌樹と東浩紀、八木秀次と小谷野敦、岩波のカルスタ派と『諸君』の公安スパイという具合に。


▼   …… 



▼     またやってしまった。  皆さんはご存じか。 近年、左翼の思想業界(狭い!)の中では、レーニンが世界的ブームになっているらしい。 現実の「マルクス=レーニン主義国家」は、とっくに崩壊した。 ところが、その創始者=「権威」として批判され、不平・不満の対象にされていたはずのレーニンは、最近、劇的な復活を遂げている。 映画『グッバイ、レーニン』の物悲しさを君はみたか。 レーニンは、現実の国家を失うことによって、永遠の生をえたのではないか。  


▼     レーニンは死なない。 スラヴォイ・ジジェクから糸圭秀美にいたるまで、レーニン主義的「決断主義」を称揚しないモノはいない。 「ポストモダンの左旋回」(仲正昌樹)といわれるこの現象、はたまた現実の社会主義国家の崩壊によって過去の思想として葬られたはずのレーニンは、なぜ、今、復活しつつあるのか。 ただの歴史の歯車を逆戻りさせるだけのことなのか。 過去の栄光を追いもとめる、老人の繰り言なのか。 ちがう。 断じてそうではない。 本書は、社会の変革を志すものなら、左右問わず、誰しもレーニンを学ばなければならないことを改めて教えてくれる、希有の著作なのである。 これを読まない人は、絶対、損をするだろう。


▼     前振りが長くなった。 ひとまず、概観しておこう。 

      第1部 躍動する<力>の思想をめぐって
      第2部 『何をなすべきか?』をめぐって
      第3部 『国家と革命』をめぐって



▼     なによりも本書は、ジグムント・フロイトという補助線を用いることで、レーニン2つの問題作、『何をなすべきか?』と『国家と革命』の再読解を試みるものである。 このコラボレイト、刺激的でないはずがないではないか。


▼     第1部は、レーニンという、思想史的事件が語られる。 


▼     レーニンとは、「外部はある!」と語り、そこへ到達(=革命)した唯一の人間であった。 無慈悲なマキャベリアン、残忍な現実主義者としての「権力亡者レーニン」。 ユートピア的社会主義者、理想主義者として、社会主義諸国で宣伝された「聖人レーニン」。 この2つの分裂は、『何をなすべきか?』と『国家と革命』で、まるで相容れない主張が、レーニン本人によってなされている(ように見える)ことに起因してきた。 


▼     本書はこの2つレーニン像を折衷しない。 『国家と革命』とは、総力戦によるロシア社会の全面崩壊から目をつぶる社会主義者と、空想的な無政府主義者、2つのユートピア主義に対して批判するためにかかれた「国家の廃絶」のマニフェストであって、断じて一般にいわれるようなユートピア主義の書物ではない、という。 レーニンの無政府主義者への批判は、力をめぐるものだ。 無政府主義者は、「国家を廃絶するための力」「その廃絶に使われる力を潰す力」を想定しているため、「力の2元論」を想定せざるをえない。 また、『何をなすべきか?』も、労働者の階級意識形成のために『革命的前衛党』による指導を礼賛する、一般に言われるようなマキャベリアンの書物ではない。 彼にしてみれば、革命とは「外部」へ超出することに他ならない以上、階級意識は「外部」から供給される他はないからである。 


▼     「外部」へ「超出」することで「革命の必然性」を把握した後は、「客体」としてではなく、「主体」にならなければならない。 われわれは、「革命の必然性」とは、革命の到来によって、すなわち後になってから分かるものと考えてしまう。 現在では分からない。 「未来」において開示される他はないもの、と思いがちだ。 レーニンはちがう。 この悪しき議論を徹底的に排撃するのだ。 どうやって? レーニンは、革命の「客体化」を招きかねない、「今」と「未来の革命」との「あいだ」に横たわる時間的「裂け目」を、断じて認めようとはしない。 「主体」のなすべきことは、今ある「革命の現実性」にしたがうことである!!! 必然性から現実性への転回。 革命からその主体を剥奪して、「世界そのものを革命の主体とすること」 ここにこそ、レーニンによる、マルクス主義のコペルニクス的転回があるという。 たしかに凄まじい発想の転換である。


▼     第2部は、悪名高い『何をなすべきか?』の読解である。 


▼     筆者がフロイトを援用するのは、「悪しき前衛党主義」とされる理解に対して、別の読解を切りひらくためにほかならない。 そこで開示される理解とは、レーニンの「社会主義のイデオロギーの外部性」問題は、プロレタリア階級の意識にとって「抑圧されたもの回帰」、別の形をとった「神経症」の交替ではないのか?というものである。 抑圧的なものの回帰は、常に「性的欲動」と密接に関わる。 欲動が断念されることによって、「抑圧されたもの」が「性的なもの」に固着し続けた場合、人は神経症を発症する。 しかし、固着対象は、「性的なもの」から文化・社会的活動へ付けかえることも可能である。 そのような営みは「昇華」と呼ばれる。 フロイトによれば、宗教は「昇華」であると同時に集団的神経症であり、一神教とは「集団的神経症」における「精神の進歩」であるという。
 

▼     レーニンは、プロレタリアートの「無意識」の領域に追いやられた「心的外傷」を、暴露・煽動を通して、労働者階級に認識させることを唱えた。 そして、「未開人」のような「自然発生性」にひざまずくこと  ―――― 革命失敗は、「理論」に起因すると唱えて経済主義・組合主義に走ったり、「大衆の不活発さ」に起因すると唱えてテロリズムに走ったりすること ―――― を徹底的に批判する。 マルクス主義において追放されなければならない「呪物」は、ベルンシュタイン流の修正主義が言うような、「革命」ではない。 追放されるべき「呪物」「偶像崇拝」とは、「理論」とか「運動の自然発生性」への拝跪にほかならない。 レーニンは、ベルンシュタイン流の修正主義によって「自然発生性に拝跪」し「多神教化」しつつあった社会主義を一神教化し、真正の社会主義イデオロギーは資本制社会における階級関係を反映してはならない、と主張した人物であるという。 レーニンが突破した次元とは、ナロードニキ主義者や経済主義者たちにみられる、「人民の殺害」によるトラウマから、「罪責感」(=良心の疚しさ)を抱いてインテリゲンチャと人民との功利主義的和解に拘泥する意識にほかならない。 これらを断固はねつけて、「外の世界」に人民を連れ出そうとしたことに意義があるという。 レーニンの主張する革命とは、断じて、「人間的本性を取り戻す」=疎外論的図式ではなく、労働者・農民のための革命でもないのである。


(その<2>はこちらあたりになる予定です。応援をよろしくお願いします)



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Last updated  Jul 7, 2007 09:09:56 PM
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May 31, 2007




▼    「佐藤優という『罠』」『アエラ』4月23日号を契機にして、佐藤優と小谷野敦は、論争というか、論争にもなってないというか、空中戦・盤外戦を演じているのはご承知のことであろう。 ところが、この紛争、はやくも小谷野敦の劣勢。 山崎行太郎ブログで皮肉られているが、むべなるかな。 


▼    遊女の平均年齢をめぐる論争といい、macskaとの論争といい、小谷野敦のネットでの論争姿勢は、人を不快にさせるものが多いが、『アエラ』というパブリッシュ・ペーパーでやった以上、言い訳がきかない。 この人の仕掛けた論争で、はたして、まともなものがあったのか。 こんなやり口では、門外漢の人間に、不信を感じさせるだけだろうに。


▼    「猫を償うに猫をもってせよ」で、佐藤優批判の予告めいたものがあった。 佐藤優を全面否定しているような雰囲気だった。 そうなると、否が応でも『アエラ』を期待するだろう。 ところが、あけてびっくり玉手箱。 佐藤優は「言論キムイルソン」「みのもんた」といった、悪口のみ。 肝心の佐藤優批判は、天皇を重要視して『神皇正統記』を称揚するけど現在の天皇は北朝系じゃないか、9条改憲すれば天皇がなくなり、天皇がなくなればファシズムになるなんて論理はおかしい、というもの。


▼    なんだかねえ。
 
     「つまらん」としか言いようがないだろう、これでは。


▼    佐藤優なんて、ソ連崩壊ものを立読したことがある程度だが、「戦争放棄」ならぬ「天皇放棄」を唱えるおいらでも、小谷野敦の批判はまるで体をなしていない、と感じざるをえない。 今の天皇至上主義者たちは、今上天皇が北朝の子孫であることなど、「都合が悪いから無視している」なんてレベルではなく、心底、「どうだって良いから無視している」「なんでそんなことが問題になるのか分からないから無視している」に決まってるじゃないか。  


▼    だいたい、『神皇正統記』が「南朝」のみのイデオロギーを指していたのは、南北朝時代だけだろう。  南北朝の時代が終われば、南朝正統を立証する以外にも、転用可能性が開かれる。 そもそも、後醍醐天皇に対する批判的見解ものっている『神皇正統記』は、「南朝イデオロギー」とすら言いがたく、純粋な「北畠親房イデオロギー」なんじゃないの?  『神皇正統記』は、「南朝の正統論のはずで、だとするといまの皇室は北朝の系統で、それについてはどう思っているのか」と聞かれても、誰だって「はあ?そんな勝手な理屈、誰が決めたのですか」としか言いようがない。 実際、佐藤の回答も、木に鼻をくくったようなシロモノだった。 


▼    まあ、天皇制を廃止するとファシズムになる、という佐藤に対して、『そもそもファシズムの原点であるイタリア・ファシズムは王制の下で生じているし、では米国、第三共和制以後のフランス、第二次大戦後のドイツ、イタリア等、共和制の国でどの程度ファシズムが生じたのか、実例をもって論じてもらいたい』と言いたい気持ちは分からないではない。 しかし、肝心の小谷野敦は、 「未来を予測するなら、過去の歴史を根拠にしなければならないはずだ」と、「飛躍」「論証なしに議論」していることに気づいていないのだから、まったく始末におえない。 


▼    それ以上に致命的なのは、小谷野敦の評論家としての「地頭の悪さ」、が露呈してしまった点かもしれない。 


▼    しばしば小谷野は、天皇制を批判する自分こそ左翼、みたいなことを嘲弄まじりに左翼に向け語っているが、真の左翼なら「共和制でファシズムになる、という以上、今の日本がファシズム状況下でないとでもほざく気か!!佐藤優!」くらい言わなくてどうするんだ。 小谷野は左翼を舐めすぎである。


▼    だいたい、未来予測に厳密な根拠(それも歴史)を要求するのは、「共和制はファシズムにならない」と反証できないからにすぎまい。 だからこそ、相手に根拠を求めるのだろうが、政治の未来予測に対して、歴史を根拠に議論せよなんて、どう考えても辻褄があっていないだろう。 歴史は繰りかえすから、などと非科学的なことを言うつもりではあるまい。 もっと他に反論方法はなかったのか、と愚痴りたくなる。


▼    そもそも小谷野敦は、「共和制は、ファシズムの苦難をくぐり抜けても、実践されなければならない」と、何故、啖呵を切れなかったのか。 どうして、「共和制は、ファシズムになるかならないかに関わらず、たとえファシズムの可能性があろうとも、断じて実現すべき価値を有するものである」ことを力説できなかったのか。 ほんとうに共和主義者ならば、極論すれば、「ファシズムの試練を潜らなければならないからこそ、共和制は素晴らしい」と、言っても良かったはずである。  「たとえファシズムになったとしても、共和制は、ファシズムの危険性なんて問題にならないほど、固有の価値がある」といえない小谷野に、共和主義者を名のる資格があるとは、到底、おもえないのだが。 


▼   「素朴な実証主義者」と山崎行太郎が「好意的」に書いているが、要は「実証」に逃避しているのである。 批評家としては、致命的なまでにつまんない。 そんなことでは、マルクスどころか、とっくに「過去の作家」になりさがっていた、高橋和己の読み直しまで連載してしまう佐藤優に、勝てるはずがないではないか。 


▼   佐藤の「圧力」もあって、小谷野は『文学界』の連載を降板させられてしまったらしいが(幸運なことに、と言うべきか、私は読んだことがない)、なんともむべなるかな、といった所である。


▼   なお、表題の佐藤優『自壊する帝国』新潮社は、なかなか面白い著作。 足で稼いだ人間にしか理解できない皮膚感覚で論じているので、客観性にはいささか難があるものの、崩壊直前のソ連社会の様子が、くわしく描き出されていてとても面白い。 とくに、ブレジネフ政権下のソ連社会の分析は白眉に近い。 一応、一読をお薦めしておきたい。


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Last updated  Aug 2, 2007 12:04:09 PM
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May 10, 2007
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▼    文春新書の歴史関連書といえば、「ゴミ新書」の代名詞にほかならない。 「君子危うきに近寄らず」。 座右の銘にしていた小生であるが、「図像学」の題名に釣られてしまい、とうとう「外れ籤」を引いてしまった。 空前絶後。 驚天動地。 本書は、「受け売り」と「誇大妄想」「幻想」、ならびに「間違い」のみで構成された、ほとんど何のために出されたのか首をひねるばかりの、凄まじい新書である。 あまりの酷さ。 くわえて、こんな本に金を投じてしまった悔しさのあまり、本来、紹介する順番を無視して、飛び級であえて本書をこのブログで採りあげさせていただく。 怖い物みたさならいざ知らず、こんなものに一銭も出してはならない。


▼    そもそも、なぜ乾隆帝を採りあげるのか。 
     むろん、秦の始皇帝から始まる、伝統中国の皇帝権力の栄光の卓尾を飾る存在だからである。 


▼    さすがに有益な知見も多い。 所詮、想像にすぎないだろうが、雍正帝の太子秘密建儲制度は、ペルシアの皇位継承制度をモデルにしたらしい。 また乾隆帝は、易の繋辞伝(ホントはちょっと違う字の「けい」)に由来する、「天数」である「25」という数字に運命的なものを感じ(そもそも即位は25歳の時)ていて、後継者の嘉慶帝は、乾隆25年生まれだという。  蘇州・獅子林の創設者は、元代の大画家倪さん(=王賛)。 「市民ケーン」の映画の字幕に出ていた「ザナドゥー」が元の上都。 ムガール帝国の夏の都はカシミール。 


▼    ダライ・ラマの「ダライ」とは、「大海」を意味するモンゴル語とはご存じであろうか。 第3世ソーナム・ギャツォ(1543-88)が、アルタン・ハーンから称号を贈られたらしい。また、ダライ・ラマは観音菩薩、タシルンポ寺院の住職パンチェン・ラマは阿弥陀仏の化身というのも初耳であった。 ほかにも、乾隆帝が漢族のコスプレをするのを好んだというのも面白いし、熱河離宮(避暑山荘)にあるという江南庭園もぜひ見てみたいと思わされる。 西洋人の青花磁(染付)にいだくエキゾチズムは、「風俗への興味→自力生産→相手の風俗を西洋画的に画かせる」という段階に進んだが、みな乾隆帝が先回りしていた、というのも、ただの「あてはめ」とはいえ、面白い考え方であろう。


▼    しかし、他の箇所は、もう、本当に、どうしようもない。 


▼    とにかく修飾語がまったく意味不明で、文章そのものに理解できない部分が頻出していて読むことに耐えられない。 いろいろな香妃像があることについて、「皇胤の空間化という皇帝の密かな欲望(72頁)」だという。 いったい、これ、なにが言いたいのだろう。  トルファン・ウイグルの帰順を描いた、とても西域とは思えない絵画(西欧人に描かせた)について(221頁)の議論にも、唖然とさせられるほかはない。 たしかに、左上の一部には、よくみると、四角い方形の煉瓦でできたような建物があるのだが、「高昌故城」の「イタリア式」イメージがあるのではないか、といいだすのだ。  なんでいきなり「高昌故城」???  「高昌故城」を出典と判断できるのは、中野美代子氏くらいのものだろう。 『わたし、「高昌故城」を知ってるわよ』とでも、吹聴したかったのだろうか。 まさか。 「三希堂のだまし絵」と「平安春信図」にいたっては、なにを議論しているのか、何度読み直してもまるで理解できない。 とにかく、頭の中に議論がすーっと入ってこない。 


▼    おまけに本書は、ウー・ホンなる学者の議論の転用をのぞけば、「誇大妄想」「幻影」としか思えないような解釈しか存在していない。


▼    たとえば、様々な階層・身分・民族(ラマ僧からヨーロッパ貴族まで!)の衣服を身に着けた、雍正帝の絵画についての議論は、その格好の例であろう。  現実に仮装したかは定かではない雍正帝に対して、「扮装癖」呼ばわりするのもすさまじいが、それだけにとどまらない。 「かれの秘めたる外向きの欲求の絵画的な表現(132頁)」は、別の絵画『十二美人図』を「征服者」「彼女の美や彼女の空間、彼女の文化のあるじ」(ウー・ホンの議論)とする解釈になぞらえて、「敗北した文化と国家にたいし権力を行使する欲望」とするのである。 みたことのない民族・階級・身分の人々(かれは紫禁城をほとんど出なかった)の衣服・文化への「憧憬」、と解釈して、何が問題なのだろう。 そもそも、皇帝以外、誰も観るものもいない絵画に、「敗北した文化」に属する人々の風俗を描かせることで、中野美代子氏は、雍正帝が「誰に対して」「権力」を行使しているといいたいのか。 男がアイドル画像を持っていると、アイドルに対して権力を行使していることになるのか。 バカも休み休みいうがいい。 


▼    ダライ・ラマのかわりに乾隆帝が中央において描かれた、ラマ教の軸装仏画「タンカ」の中野解釈も、これまたすさまじい(カラー挿絵あり)。 満族は四夷の一つだから、四夷を制圧するには、「漢族に仮装したうえでのラマへの仮装という二重構造を意識的に設けざるをえなかった」(178頁)のである、とする。 むろん、タンカには、ラマの衣服を着た乾隆帝しかいない。 どこにも漢族の仮装なんてない。 漢族に仮装した上で、とはいったい何を意味しているのか。 乾隆帝の漢族コスプレ癖を言いたいのか。 ならば、乾隆帝の漢族コスプレが蛮夷ゆえのコンプレックスであることくらい証明しなければなるまい。 ところが完全にスルー。 


▼    ほかにも、誕生日を明示しないことで神秘化を図った(160頁)とか、円明園の細長い区画の意味として、イスラムと西欧文明を「夷狄」として閉じこめたのだとか、意味不明な議論ばかりで、どこに図像「学」をなのる資格があるのか、はなはだ疑念に感じざるをえない。
 

▼    しかも、上記のトンデモ解釈以外は、それがどーした、と言いたくなるようなものばかり。 熱河(ジョホール)の離宮にラマ教寺院を大規模に建立したのは、モンゴル族とチベット族の宗教的融和を利用して、遠隔地チベットを皇帝の届くところに移し変えたのだ、なんて言われても、だから何だと言うのですか?としか言いようがない。 


▼    おまけに、「あおり」もまたひどい。 乾隆帝は「スペルマの行方を気にしていた」と書いてあるから、いったい何のことかと思えば、ただの「皇太子になるべき皇子の行方」にすぎない。 しかも、ある特定の時点では存在していない皇妃たちが、ひとつの連作絵画の中に描かれていることについての、乾隆帝が考えていたこととして、秘められた意思として提示されているのだ。 「平たくいえば(54頁)」なんて書いてあるが、平たく言おうが言うまいが、どうして皇妃たちが年齢を無視して描かれることがスペルマの行方を気にしていることになるのか。  おそらく精神病患者でもない限り、理解不能であろう。
 


▼    おまけに、初歩的なミステイクも多くてどうしようもない。 イギリスのビクトリア女王は、在位年数64年で、最長在位年数を誇る帝王(本書31頁)なんて、いったいどんな資料を読んでの戯言なのか。 フランス国王ルイ14世は、在位72年。 ハプスブルク家最後の国王(と言っても過言ではない)、フランツ・ヨーゼフは在位68年だ。 ヨーロッパですら、ビクトリア女王は最長在位ではない。 史実かは定かではないらしいが、ササン朝ペルシアのシャープール2世は、在位70年だという。 康煕帝の61年なんて、世界の5本の指にすら入らんぞ。  バカか?中野美代子。 それで北海道大学の名誉教授らしいから、笑わせてくれる。


▼    ひどいのになると、ネパールを「チベットと同じラマ教国」視(本書217頁)する始末。 むろん、「世界でただ一つのヒンズーを国教としている国」である。 こんなの、少し調べれば誰でも分かるはずだろう。 編集ともども、いったい何をしているのか。 私の気づかなかった間違いまで含めれば、気が遠くなるほど瑕疵があるに違いない。


▼    読みおえたあと、乾隆帝は何だったのか、乾隆帝の時代とはどんなものだったのか、本書の内容を思い出そうとしても、まるで分からない。 正直いえば、注釈魔にして記録魔である乾隆帝が、あらゆる所で詠みまくった、5万首もある詩を通じて、乾隆年間の社会を活写した方が、はるかに良い本になったのではないだろうか。 総じて、乾隆帝エッセイの域をこえておらず、武侠小説の金庸『書剣恩仇録』(邦訳 徳間文庫)の方が、乾隆年間の入門書としては、はるかにマシである、と断言したい。 中野美代子ほどの地位になれば、どんなクズ本を刊行しようが、裸の王様ならぬ、「裸の女王様」。 周りには、だれも諫める人がいない、という典型的事例ではないだろうか。 少なくとも、金返せ。 これだけは確かである。 もっとも、金かえせ!と罵るようなお前が「君子」を自称するな!と、言われるのは困りものだ。 


▼    もはや、私の言えることは1つしかない。 本書は、中野美代子氏の名誉のためにも、「絶版にされるべき書物」である。


▼    文春新書編集部の、すみやかな、良識ある対処を期待したい。



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Last updated  Jul 12, 2007 05:01:53 PM
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Feb 9, 2007
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▼  小熊英二『民主と愛国』に関する星の数ほどあるレビューの中でも、あまりの最低さに吹き出しそうになったものは、読売新聞編集委員が執筆したものをおいて他にはない。 曰く、「保守思想の動向がほとんど触れられていない」


▼  保守思想家といえば、小林秀雄、江藤淳、福田和也……数だけは、一応、あげることができるだろう。しかし、彼らには、いったいどのような違いがあるというのだろうか。 まあ、「目的」なき所に、歴史叙述など生まれようもないわけで、ほとんどイチャモンだよなー、と思った次第。


▼  それはそうと、『月刊 仲正昌樹』状態と化して、年間10冊以上も本を出す、いささか粗製濫造気味の仲正昌樹氏。 今回の本は、ポストモダン思想の解説書だ。 なかなか良い本を出されている。


▼  1980年代、脱体系化・脱中心化を図る思想として、一世を風靡した現代思想。 学問間の相互乗り入れと脱アカデミズムも実践は、なかなか回答を出さないそのスタイルもあって、不真面目な思想とおもわれがちであった。 また近年、価値観からの解放、ライフスタイルの多様化などのポストモダン的状況に疲れ、経済的条件の悪化もあいまって、現代思想は急速に流行らなくなってしまった。 今では、何それ?食べられるの?てな感じである。 そこで、日本の戦後思想を俯瞰した上で、現代思想の何を後世の遺産として残すべきか、考えてみたのだという。


▼  1章は、「空回りしたマルクス主義」。 ドイツ・フランクフルト学派とは違って日本のマルクス主義は、倒すべき敵であるはずのアメリカから、学問の自由など、戦後民主主義が与えられたという事実について、深く考えることはなかった。 そのため、資本主義のイデオロギーを最後まで批判しきれるのか。 批判しているつもりでイデオロギーの再生産に寄与してはいないか?について、思考することがなかった。 「マルクス主義」を掲げたまま、ラジカルではないという意味しか持たぬ「市民派」の仮面を使い分け、マルクス主義の内容が極めて曖昧になった。 高度成長は、マルクス主義革命を何の必然性のないものにかえ、職能的利害集団でしかない保守の前に空転をくりかえし、マルクス主義を空疎化させていく。 唯一、丸山真男だけは、西欧近代そのものを批判的にとらえ、疎外論的な問題関心も持っていたが、とりあえず西欧近代に適応することを説いた。 また、「理論の物神化」についても、西欧近代に内在する矛盾とは捉えず、日本における近代的思考の未成熟さにおいてしまった。


▼   第2章は「大衆社会のサヨク思想」。 「1968年」以降、世界では、旧来の2項対立図式で世界を描ききることは困難であるという哲学的認識が浸透して、カウンターカルチャーを活用して大衆に浸透しようとする動きが広がっていった。 しかし、日本の新左翼は、「美」によって資本主義的日常の中で見失った「真の自己」「主体性」を取り戻すことは考えても、「美」を通して見える「近代的主体の終焉」には関心を持たなかった。 彼らは「革命=目的=終焉」そのものを美学主義に表象する、「黙示録的革命主義」に走ってしまう。 広松渉は、ルカーチ以降、「疎外」「物象化(=呪物崇拝)」を同じようなものとしていたのに対して、すべての人々を拘束する「物象化=共同主観性」にこそ、シフトするべきだ、と説き、ポストモダンとの橋渡しをおこなう。


▼   第3章と第4章は、「ポストモダンの社会的条件」「近代知の限界」である。 大量消費社会の到来は、消費に絶えずいざなうべく、新たな差異=モノ=記号の産出による幻惑作用 ――― ベンヤミンのファンタスマゴリー(幻灯)論、「主体(精神)-客体(物質)」の対立において、主体を無意識的に規定にしているとする、記号論的パラダイム(ボードリヤール)への転換 ――― の支配する社会の到来である。 ただ、マルクス主義が象徴する近代哲学への挑戦であったポストモダン思想は、「構造主義VSマルクス主義」の構図 ――― 主体を無意識レベルで規定する「構造」を摘出して普遍的進歩史観を相対化する構造主義に対して、歴史の中での主体的な実践を重視するサルトル流の実存主義的マルクス主義  ――― が理解されず、1970年代まで日本では、「おフランスな思想」としての受容にとどまっていた。 文化人類学・精神分析という「人間を前提としない」領域から始まった動きは、「生権力」(フーコー)、構造主義の「構造」がなぜ発見されうるのか、その「構造主義」(レヴィ・ストロース、フーコー)の構造そのものを批判した、ポスト構造主義(デリダ)へと進む


▼   第5章と第6章は、「日本版『現代思想』の誕生」と「『ニューアカデミズム』の広がり」である。 マルクス主義者が居座った人文系アカデミズムに一撃を与えた人として、2名が採りあげられている。 バタイユを援用して「蕩尽する人間観」(人間もその対象内)へパラダイムシフトさせた栗本慎一郎。 蕩尽は象徴秩序が機能する社会でのみ可能。 「熱い社会」では、日常生活そのものが「蕩尽」化し、絶えず新しい差異が産出されて崩壊を先延ばししているだけにすぎない。 われわれは、エディプスの三角形が人々に強いるパラノ・ドライブから、「スキゾ・キッズ」として「逃走」しなければならない ――― いうまでもなく、浅田彰である。 とくに、文化人類学者の系譜が重要らしい。 山口昌男もそうだが、とくに中沢新一。 宗教的信念と、検証可能な合理的知識との区別を前提とした近代知の限界に挑戦する彼の試みは、東大駒場「中沢事件」を引き起こしてしまう。


▼   第7章と第8章は、「なぜ『現代思想』は『終焉』したのか」「カンタン化する『現代思想』」という表題がついている。 終焉したのは、フランス現代思想の中心が次々と死んでしまい、「近代の限界」の意義を認めない、英米の分析哲学にもとづく正義論・責任論にシフトしたからであるとされる。 また、唯一残された観のあるカルチュラル・スタディーズも、文化政治に限定されていて、「近代」そのものを否定していないため、いっそう現代思想は死んだ観がある。 また、不況による社会不安で、ベタな危機意識が復活。 そんな中で、「郵便的不安」は確実に増殖し、もはや「コミュニケーションを通した普遍的な合意に到達するのは無意味」というポストモダン的状況がますます強まってしまった。 


▼   そこに、ポストモダン左派がマルクス主義の退潮を埋めるように、進出しているのが現状であるという。 かれらは「ポストモダン的」であっても、「近代的思考枠組ではないもの」としての現代思想、という特色を持っているとは言い難い。 今の思想業界は、1970年代の「左右対決」に逆戻りした観があって、左の思想家のスター化&「水戸黄門化」&「知的権威低下」と、叩く相手がわからない右の迷走が、いっそう「カンタン化」スパイラルを促進させている。 あろうことか、どちらも「大きな物語」を作りはじめる始末。 今こそ、世界を切り分ける「道具」としての現代思想は有効である、として本書は終わる。


▼   保守の方が革新よりも新しい。 吉本隆明は、階級意識に還元できない、「共同幻想」の強さを指摘して、新左翼の教祖どころか、マルクス主義者ですらない。 「サルトル=レヴィ・ストロース論争」。 2項対立図式を免れて、純粋に真実を移し出せるエクリチュールは存在しない。 法も道徳も、「蕩尽」するために存在している。 面白い議論がどんどん提起されていて、飽きることはない。 


▼   ただ、問題はあまりにも多い。 


▼   仲正昌樹の著作だけでなく、東浩紀にしてもいえるが、どうして哲学とか社会学を語る奴は、「歴史」をないがしろにするのだろう。 とかく、自分の知っている時代(=パラダイム)を特権化しがちな奴が多すぎる。 私的領域におけるエディプス的主体の再生産と、公的領域における労働主体=市民の再生産がうまく合致したため、資本主義を壊すことが不可能になったなどは、もろに「カンタン化」された議論としかいいようがない。 今現在、進行している、「脱社会化」「脱制度化」の現状をどうみるつもりなのか。 そもそも、仕事と家庭の性別分業が日本で成立したのは、団塊の世代以降、というのは常識に類する話だ。 近代日本においては、エディプス的主体や近代的な労働主体の形成は、1960年代以降にしか当てはまらないのであって、ただのバカ親父の妄言に過ぎまい。 


▼   さらに、何かといえば、得意気に持ち出す、「ポストモダンの左旋回」も、かなり疑問な概念である。 実際、柄谷行人以外、ポストモダンな人が旋回した例は、どこにも挙げられていない。 高橋哲哉にしても、もともと左の人ではないのか。 また現代思想は、本当にフランスから「直輸入」されたものとするなら、どうして日本では、「ラカン派精神分析」がそんなに影響力を持っていないのか。 ポストモダンの左旋回は、フランスではなくアメリカの影響とされるが、本当は「フランス現代思想もアメリカ経由で密輸されたもの」のような気がするのは僕だけだろうか。 実際、社会学では、1980年代、フーコーとアーレントが全盛であったが、それはアメリカで英訳されたのが、1980年代だったということと密接な関係がある(日本では70年代に翻訳されている)。


▼   何よりも、本書の致命的な弱点は、思想が押しなべて「つまらない」ものになっていることであろう。 頭の良すぎる人が、さらさらと整理してくれるため、一発で分かることは確かなのだが、戦後日本思想史の流れを知らなかった人は、こんなにつまらない思想しかなかったのか、と呆れかえるしかないだろう。 むろん、面白そうな人なのになぜか除外されている人も目立つ。 宇野弘蔵や大西巨人などは、その典型だ。 筆者が救出したいはずのポストモダン思想も、仲正昌樹の魔の手から逃れることができていない。 救い出して蘇らせたいポストモダンの精神は、「のりつつしらけ、しらけつつのること」だ、と言われて、ポストモダン思想を学びたい、などと思う奴がどこにいるのだろう。 そんな思想なら死んでもよい、と思うのが普通ではないか?


▼   仲正の書くモノは、とかく相手に内在しないため、異様に見通しはよくても、つまらなくなることが多い。 そんなことを百も承知、という人にすすめたい。


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Last updated  Apr 24, 2007 10:56:57 PM
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Jan 17, 2007
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(この日記は1からの続きですので、こちらからお読みください)


▼   ジジェクは、明快だわ。 ゾーエーとなったとき、その人の人権は古着と同じで、海外に送られ、「人道的介入」が行われることから分かるように、「人」とは市民権を具体化する一連の政治行為によって創出されていることは、確かなのね。 だから、「人権の普遍性」と現実の市民的権利の落差は、たしかに存在するし、「普遍性」と「特殊性」(政治的領域)の落差と捉えてしまうかもしれない。 しかし、それは違うの。 「人権の普遍性」こそ、政治的主体が固有のアイデンティティにおいて非偶然性を主張する権利、社会それ自体の普遍性の行為者として自らを措定する権利を定めるのであって、ひいては「市民の政治問題化」という過程を通して市民的権利を創出をもたらすものなのよ。 政治をどこまでも、見失ってはならないのね。
 

▼   とくに示唆を受けたのが、キリスト教・ユダヤ教を家父長的庇護を与える宗教であるのに対して、イスラムとは「孤児」であり、アイデンティティが見つからない場合、共同体をたちあげるのに最適な宗教、という議論よねー。 ジジェクの箴言として、『「多神教―ユダヤ教―キリスト教」のトリアーデは、西洋哲学史で2度反復された、「スピノザ―カント―ヘーゲル」と、「ドルーズ―デリダ―ラカン」である』というものがあるわ。  『仮想化されざる残余』で展開されていた議論だけど、これを思い返すたびに、それではイスラムはこのトリアーデなら何処に入るのかしら?と毒づいていたの。 しかし、イスラムについてのジジェクの新境地が、切り開かれるかもしれないと期待感を抱かせるわ。 楽しみよね。 また、民主主義は相互互換可能であるがゆえに「評価」が欠かせない、そして評価は「公正」であることが問題である、という議論も、面白かったわ。


▼  意外だったのが、ジジェクにとっては、NATOへ肩入れすることは、ヨーロッパを支持してアメリカと対立することらしいのよ。 あと、面白かったのは、文化人類学批判ね。「現地文化を理解しよう試みる人類学者は間違っている、その文化が自らを分かっていない様子をきじゅつしなければならない」………  マルクスにかぶれたような人なら誰しも使いたくなる箴言に、この本は、満ちているわ。 


▼  「この法律は実践に即しているかもしれないが、理論的水準に到達していない」 「理想的な社会でこそ、死刑制度は―――貧困者を死刑にするなどのバイアスがかからないため―――必要な制度である」 「唯物主義とは、物質的発展へのナイーブな信頼ではなく、現実の完全な偶然性を受け入れることである」 「回転寿司とは、マルクス主義的革命である。なぜなら、生産過程が隠されていない(笑)」 「黒人の暴力やレイプにまつわる噂が、すべてが事実であることが証明されても、人種差別に基づいて広まったなら、「病的な人種差別によるものであって、事実にみせかけたウソなのだ」


▼  雑学も面白かったわ。 さすが知の巨人。 ハイデガーは、ある自著の和訳を日本語も知らないのに好んでいて、なぜだ?と突っ込まれると、「特攻隊員出身だから、私の思想が分かるはずだ」と答えたんですって。 レーニンの愛人と未亡人に対するスターリンの話も、面白かったわ。 アルゼンチンのガウチョ、デリダ本人のデリダ理解、アイデンティティはみーんな、他人が付与するもの……というのも、強調していたわ。 龍安寺の石庭は、石が一度に全部見られないように配置してあるって、修学旅行で見たはずなのに、インタビュアーに言われるまで気づかなかった。 ショックよねー。


▼  でもさ、不満も多いのよね。 「本質」を否定するラカン派精神分析で、本書でも散々、「外見」こそすべて、といってるのに、この表題はいったい何考えているのかしら?  あと、どうしても、肝心の2つの評論は、ただのアジテーションに読めてしまうのよ。 ジジェクの『厄介なる主体 1 ―政治的存在論の空虚な中心 』青土社の議論を読んでいないと、パディヴ、ランシエール、バリバルの批判者でもあることが分からなくて、たんに援用しているだけに思えるのではないかしら。 あと、インタビューが、面白い爺なのか、バカな爺なのか、わけが分からなく感じさせてしまうのも、難点かしら。


▼  ジジェクの仕事は2つに分かれるわ。 『イデオロギーの崇高な対象』に代表されるラカン派理論の哲学史への適用と、現代政治へのアクチュアルな理論提起。 むろん、この2つは、完全に分かれる訳ではないけれど、前者の「黒ジジェク」が難解でわかんない、という人には、後者の「白ジジェク」としてお奨めできるのではないかしら。  


▼  ただ白ジジェクに止まらず、黒ジジェクにいくと、もっと面白い、とだけ言っておきたいわね。 入門書には、立派なもの、という評価はゆるぎないわ。 お薦めかしら。


評価  ★★★☆
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Last updated  Feb 23, 2007 10:48:59 PM
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