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書評日記  パペッティア通信

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サブカル・小説・映画

Nov 1, 2007
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2007-10-30 愛国戦隊大日本

 製作当時、『アニメック』で、池田憲章の連載のパロディーとして書かれた文章で知ったとき以来、初めて現物を見た「愛国戦隊大日本」である。
 しかし時は流れた。もはや、右翼といえば反共という図式が成立しない。ロシヤはもはや社会主義国ではないし、佐藤優のようなロシヤのスパイの右翼も登場した。

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▼   ミスの多い方ですな、小谷野氏は。


▼   「愛国戦隊大日本」は、1982年8月14日、日本SF大会「TOKON 8」で放映。 製作されたのは、当然、1982年ということになる。


▼   そして、池田憲章の「特撮ヒーロー列伝」のパロディ、「ゼネプロ講座」番外編は、『アニメック』28号、すなわち1983年1月号に載っているんだから、「製作当時」では、どう見てもおかしい。


▼   と、小谷野氏流の「重箱の隅」をやってみたが、ホント、嫌らしいね。 こちらにまで人格の悪さがうつりそうだ(笑)。 つーか、本当に「ゼネプロ講座」のパロディを読んでいたら、2005年まで読売新聞解説部次長やってた、波津博明記者率いるイスカーチェリSF倶楽部との大ゲンカのことまでさりげなく触れられているんだから、およそ「製作当時」なんてマヌケなことを書くはずがないと思うんだけど。


▼   だいたい、「時は流れた」と言って書く内容が寒い。


▼   「愛国戦隊大日本」をめぐる論争では、「イスカーチェリにダイダロス・アタックを!」なる題名で、ゼネプロ陣営として参戦。 これが山形浩生の鮮烈なデビューであり、小谷真理や宮崎哲哉に対する、後の「売られてもいない喧嘩を勝手に買う」芸風の出発点、と考えると、まことに感慨深い。 山形浩生の書いた『新教養主義宣言』なんて、この人のデビューを知っている人なら、とても買う気はおきませんよ。 何が悲しゅうて、山形浩生なんぞに、教養のなんたるかを教わらなきゃならんのだ …… 時代は変わった、と思ったね。 まあ、クルーグマン本のお世話になった、この私が言うのも何ですが。


▼   「反社会主義的だ!!」「東欧のSF作家からSF大会宛に祝電までもらいながら、その社会主義を侮辱するフィルムをSF大会で上映するとは、いったい、何事なのか!」と吼えてから、はや、20年。 波津博明記者は、2000年の「ゴア VSブッシュ」の大統領選では、パンチカード式投票にみられる「アメリカ草の根民主主義」を「未熟」と、嬉々として断じる記者になっていた。 わたしは情けなかった。 草の根への蔑視。 これは、社会主義者として首尾一貫した言説なのか。 それとも、読売的保守主義への変節とみるべきなのか。 現在、大妻女子大の教授にトラバーユされた波津博明氏は、読売新聞を追放されたのか? それとも読売新聞と主義主張があわなくて退社したのか? せめて、自己の言説については、はっきりさせる責任があるだろう。 SFが政治であった、最後の世代の責任ではないか?


▼    時が流れたとは、こーゆー、「有為転変は世の習い」を感じさせるものをみせつけられたときに言うべきセリフであって、福田和也や松本健一等、昔からあるものについて使う言葉ではないだろう。 どうみても誤用だよなあ。


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Last updated  Nov 2, 2007 09:53:05 AM
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May 29, 2007

写真右:松岡利勝



▼    松岡利勝農水相の自殺の一報を聞いたとき、一瞬、安倍晋三がお涙頂戴のためにヒットマンを放って殺害したのかもしれないな、と思ったが、似たようなことを考える人はいるらしい。 山崎広太郎ブログでも、案の定、書かれていた。 やるなあ。  


▼    ほりのぶゆきの傑作4コマ漫画、『江戸むらさき特急』の中で、切腹する武士に対して、介錯人が峰打ちをおこない、

峰打ちじゃ、安心せい

とのたまうシーンがあった。 さしずめ今回の安倍晋三首相は、まさにこの介錯人にあたるだろう。 松岡利勝のような、裸一貫からのしあがった汚職政治家は、割と好みなだけに、かえって腹が立つ。 


▼    切腹ならぬ、不明朗な企業との癒着を問いただされて、もだえ苦しむ松岡利勝。 「党の方針だから突っぱねなさい」「守り抜くから」と要請され、「大臣職を続けさせる。安心せい」と国会答弁しつづけた安倍晋三。 漫画なら笑いですまされるが、現実には冷血このうえない、羞恥プレイ。 動揺する熊本の支援者たちの声は、かれの耳元に届いていたにちがいない。 最後に緑資源の官製談合事件において、1億3000万円の政治資金をもらっていたことが判明して、絶命してしまった。 


▼    内閣が持たないから松岡利勝を擁護して、内閣改造でやめてもらう腹。 政権維持を最優先して相手の都合は考えない、という安倍スタイルは、参議院選挙比例区で、サッカー選手三浦知良を擁立しようとした姿にもかいま見える。 苦悶の表情を浮かべながら答弁する松岡。 辞職させて引導を渡してやればいいのに。 ひどいことをするなあ。 何度思わされたことだろう。  


▼    所詮、小泉~安倍政権下で激増し続けた自殺者(3万人突破、おめでとう!)が、とうとうお膝元の大臣にまで現れたというだけのことかもしれない。 自業自得というべきか。 しかし、マスメディア、とくにテレビと政権との癒着ぶりには、呆れはてた。 なんだよ、「お悔やみ申し上げます」って。


▼    ここは、政府自民党がイラク人質事件で傲然とのべたように、「自己責任」以外のどんな言葉を彼と遺族にかけてあげる必要があると言うのかね。 イラクで人質になった無辜の人に言えて、松岡利勝・農水相に言えないとは、どういうことか。 ダブスタの極み。 


▼    ほりのぶゆきの漫画は、『江戸むらさき特急』の最初の2冊が大傑作である。 江戸の時代劇を舞台とした爆笑4コマ漫画なので、ぜひ一読することをおすすめしたい。 ちなみに、絶版状態なので、ブックオフの「ワイド版 100円コーナー」で探すしかない。 ただ、かれの他の漫画は、あまり大したものがない。 かれは山のように4コマ漫画を書いているものの、「荒川道場」を始めとして、あまりにもマンネリ化してしまった。


▼    ギャグマンガ家の寿命とは、政治家同様に儚いもの、なのであろうか。 




評価: ★★★★
価格: 古本屋の時価で


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Last updated  Aug 2, 2007 11:59:23 AM
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Apr 1, 2007
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▼   感動のあまり、言葉も出ない。 


▼   ながらく、「戦後文学第一等」とされながら、ドストエフスキーもかくやと思わせる、超重量級のヘビーな作品。 そのため、多くの読者の挑戦をはねのけてきた、日本文学史に屹立する金字塔、大西巨人『神聖喜劇』。 この傑作の漫画化が、今年1月末、堂々完結した。 この快著と思想を世に広めるためにも、一文を草しておきたい。 


▼   大西巨人作『神聖喜劇』とは、なにものぞ。 1942年、対馬砲台へ入営した、東堂太郎2等兵による、日本陸軍内務班にあらわれた日本社会の悪しき体質との3か月間の抗争をえがく、一大長編小説である。 もともとは、野間宏『真空地帯』への批判であったが、もはや見る影もない。 内容は、みるみる脹れあがって、脱稿まで25年の歳月を費やすことになった。 1979年、全5巻完結。 ちくま文庫や光文社文庫などで、手に入れることができる。


▼   主人公東堂太郎は、無政府主義者(=アカ)であった。 かれは、大日本帝国の遂行する「聖戦」のオゾマシイ性格を知り尽くしている。 ところが、病気もちということで、即時帰郷、入営しなくて済むように取りはかろうとした、軍医の好意を拒絶してまで、彼は軍に入営するのだ。 「私はこの戦争に『一匹の犬』として死すべきである」と ………    


▼   この作品は、超人的記憶力の持ち主、東堂太郎二等兵のおこなう、軍隊内での合法的闘争の数々を追うかたちで、話がすすんでいく。 旧日本陸軍は、「無法地帯」(=シャバの論理の通じない真空地帯)では、断じてない。 陸軍のバカバカしいまでの規則遵守体質は、コミカルに描きだされている。 「知りません禁止」「忘れました強制」から、天皇を頂点とした「責任阻却の論理」を丸山真男ばりに暴きだす姿は、共感する人も多いのではないだろうか。 日本陸軍とは、日本社会の縮図だったのである。 シャバと同じように、学歴や身分が幅を利かしている陸軍。 そこでの合法的闘争を通して、もうひとつの主題である、部落差別の悲惨さ、人間の卑小さ、がこれでもかとえがきだされ、容赦がない。 


▼   そして、感動の5巻。 部落出身者であるがため、周囲から暴力に巻きこまれ、事故死でありながら殺人犯として服役していた、冬木照美。  部落出身者にして前科者。 2つのスティグマは、招集された先の皇軍内においても、冬木をつかまえ、決して逃してはくれない。 さまざまな事柄や事件で、冬木は嫌がらせを受けてしまう。 しかし、「模擬死刑の午後」において、冬木照美の苛烈なまでの決意が、上官にむけて吐露されたとき、それはほんの束の間、皇軍の秩序まで瓦解させるのだ!!!  「連帯」の輪の神々しさ!  その光明。 しかし、たちまちのうちに暗転してしまい、秩序はふたたび取り戻されてしまう。 その悲しさ。 最も美しいものこそ、実は闇をも産みおとすのか!!!



▼   ただの反戦小説ではないのか?  
    そのような本になぜそこまで??
  


▼   こうした疑問は、浅はかな思いこみに過ぎない。 この書では、チャンコロを焼き殺した農民下士官も、武士道を体現したような士官も、東堂二等兵という作者の分身を圧倒するほどの異様な存在をもっている。 陸軍への抵抗を通じて出会った、さまざまな人々との交流によって、かれは「この戦争で死ぬべきである」から「この戦争を生きぬくべきである」へと改心をとげていく。 主人公東堂太郎は、日本陸軍ともども、根本的に否定されてしまうのである。 その弁証法的「回生」の過程は、ぜひ確認してほしい。 


▼   『神聖喜劇』の「凄まじさ」は、逆説的に聞こえるかもしれないが、以上のストーリーにある「のではない」 。 


▼   いわば、日本社会との戦いの物語を「縦糸」とすれば、東堂二等兵の脳内で「俳句」「和歌」「近代詩」「外国文学」「マルクス主義文献」が縦横無尽に呼びだされる、「横糸」の信じられないほどの豊饒さこそ圧倒的なのである。 物語は、引用の凄まじさの前に、遅々として進もうとはしない。 しかし、ストーリーを遅々として進ませない、この「引用」の群れこそ、読者にとっての「よろこび」に他ならない。 いってしまえば、京極夏彦を圧縮したようなものとおもえばいい。 電話帳を上回る厚さが、「よろこび」にかわる一瞬が、貴方にもきっと訪れるだろう。 読者諸賢の聞いたこともがない詩人、文学者たちの作品の断片が、圧倒的な内容をもって、われわれの眼前にせまるのだ。 わたしは、この作品を読んだときくらい、日本に生まれ、日本語を話すことのできる喜びを感じたことはなかった。  


▼   おもえば、『神聖喜劇』ぐらい、読み終えることが悲しかった作品は、ほかになかったのではないか、とさえおもう。 家にこもること3日。 ひたすら読み続けた至福のひととき。 こんな本には、2度と出会うことはできないのではないか。 読んでいるうちに、確信めいたものが脳裏をよぎって、わたしを離さない。 クライマックスに近くなって、読むことの「至福」と読みおえることの「悲しみ」がないまぜになり、滂沱の涙を流しながら読む、奇怪な精神状況に陥ったことを覚えている。 


▼   読了直後、わたしは、文学を専攻していた後輩に電話をかけた。 むろん、謝罪のためである。 「これまで俺は文学をなめていた。 悪かった。 ごめんなさい」 


▼   この本を読めば、文学とは、世界認識を根底より変容させる可能性を秘めた営みであり、意味の政治学をめぐる戦いの最前線でもあることが痛感できるだろう。 そして、読み終えてしまったわたしは、この感動を2度と体験することができない。 わたしは、今からこの小説を読める人が、本当に羨ましくて仕方がない。   


▼   そこに「絶対無理」と思われていた「神聖喜劇の漫画化」の断行である!!!  なんという暴挙。 だが、心配御無用。 漫画は、その素晴らしさをあまり損なうことなく、みごとにまとめあげている。 無骨なキャラクターデザインは、到底、今の漫画ではメインとはいえない。 しかし、読みすすめていくと、このチョイスは、最善であったことがわかるだろう。 もっとも良き理解者たちによる、もっともよき漫画化。 まことに、良い人をえた、というしかない。 われわれの眼前に、『神聖喜劇』小説版という、偉大な作品を読む「手がかり」が与えられたのである。


▼   むろん、『神聖喜劇』のエッセンスすべてを漫画で再現することは、不可能であるし達成されてもいない。 とりわけ、引用の「横糸」は、再現不可能である。 田能村竹田も、斉藤史も、壊滅状態にちかい。 面白さは、およそ小説版の3割程度といったところか。 とりわけ、全五巻の最後をかざる、敗戦直後の茫然自失さを圧倒的なまでに表現しているといって過言ではない、齋藤彰吾「序曲」が小説版にもたらした雰囲気は、漫画版では再現されていない。 漫画や画像というメディアにも限界がある。 「漫画」では再現できない、「詩」学のみ持ちうる領域は、確かに存在するのであろう。 しかし、それでも圧倒的な面白さであることは、なんら揺るがない。


▼   大西巨人は、社会主義者である。 かつて、中野重治とともに新日本文学会に属し、60年代、日本共産党を除名された、純正な社会主義者である。 そして、今もなお、社会主義の未来を信じてやまない。  鷲田小弥太は、語る。 大西巨人は誰ともちがう社会主義者である、と。 「目的は手段を正当化しない」「個人の幸せこそ、大事」 …… そこから帰結した、途方もない「克己」を要求する、かれの思想の一端は、もちろん、漫画版に収録された原作者インタビューでも読むことができる。 たとえば、かれは憲法9条を守ろうとしている。 むろん、「自らが死ぬことを厭わずして」である。 すさまじい潔癖さから、『神聖喜劇』の奇怪ともいえる書は、生まれているのだ。 いやしくも、「保守」と自己規定する人物ならば、豊穣な日本文芸の香りともども、一読しておくべき作品である、といってよい。


▼   日本は右傾化している、といわれている。 とくに、小林よしのり『ゴーマニズム宣言』などの影響もあって、若者世代の右傾化が激しいという。 中沢啓治『はだしのゲン』だけでは、持ちこたえられないのだろう。 しかし、何も危惧するにはおよばない。 右傾化を懸念する諸君は、小学校~高等学校のあらゆるクラスに、あらたに『神聖喜劇 漫画版』を並べるだけでよい。 「部落差別」から、「責任阻却の論理」まで、あらゆる日本社会の暗部はえぐられる。 そして、ただ真っ直ぐに生きることだけが、束の間の解放をもたらす「光」たりうることが語られるのだ。 これほど素晴らしい教材など、この世のどこに他にあるというのだろう。


▼   このブログを読んでいる諸氏は、ぜひ購入してほしい。 

    そして、いつか必ず訪れる、絶対譲ることができない局面では、
    勇気を振り絞って唱和しようではないか。


    「○○二等兵も同じであります!」



 






≪小説版≫ 全五巻

評価: ★★★★★(∞)
価格: 各1,100円 (税込)

≪漫画版≫ 全六巻

評価: ★★★★
価格: 各1,470円 (税込) ただし3巻のみ1,365円


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Last updated  May 31, 2007 04:34:49 PM
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Mar 8, 2007
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▼   吾妻ひでお三部作、ついに完結。


▼   もともと、吾妻ひでおはギャグ漫画家ではないのではないか、彼の作品の面白さは、もっと別の所にあったのではないか。 そんなこと書いただけに、開くのは怖かった。 ギャグ漫画だったら、どうしましょうか。 


▼   ところが。 いきなり、冒頭の漫画では、「皆さんこの本を買わなくていいです、漫画だけ立ち読みしてください」とのたまう。 


▼   「ナンセンス漫画」をやめた吾妻ひでおが、浮き世のしがらみで断り切れなかった、『失踪日記』の「便乗本」らしい。 いったい、どういう版権になってるのか。 知りたくて仕方がない。 まーねー。 買うまでは、ビニール袋に包まれて、中身は確認できない訳だし、後の祭り。 帯に書いて欲しかった。 


▼   『失踪日記』の落ち穂ひろい。 書けなかったこと。 書かなかったこと。 『失踪日記』を買われた方は、買っても絶対損はしない。 表紙裏、巻頭カラーでは、『失踪日記』の現場の写真が入れられていて、臨場感あふれてよい。 東伏見の竹藪なんかは、今頃武蔵野にこんな森が残っているのか、と驚愕させられるほど鬱蒼と生い茂っている。 武蔵野は広い。 失踪したら、なかなか見つからないわけである。 


▼   落ち穂ひろい

    # 酒が切れると自殺する気がなくなる
    # シケモクは、家庭ゴミの中から  # 酒の前は麻雀
    # 『失踪され日記』の企画が奥さんに  # なぎら健壱はウソつき
    # 2度目は、東伏見から石神井公園まで毎日かよう
    # 日本酒はすぐに酔いが回る(そうか?)

    # アルコールで肝硬変寸前までなると、歩いてもフラフラらしい
    # 失踪もアル中も、「鬱病」であったことと関係が
    # 詐欺師のA川さんは、「失見当識」で空間認知できない人らしい
    # 漫画家協会は、失踪すると退会処分になるらしい
    # アトムのブロンズ像。  # 伊藤理佐っちが気になる吾妻先生

    # イソジンもユンケルも、アル中治療を受けている人は飲んだらダメ
    # 断酒会の創始者は、高知県社会党書記長、松村春繁さん
    # 肝臓やられてるんで長生きできないアル中
    # お嬢さんがアシスタント  #  西洋タンポポは食べられる
    # 石ノ森先生に憧れ   # 「ガロ」派ではなく「COM」派

    # 「カムイ伝」には批判的  # まったく残らなかった「劇画派」
    # 下手でもいいからデビューせよ  
    # 秋田書店は作家を使い捨て  # アニメ顔、劇画顔のエロは嫌い
    # 鴨川つばめの面白さが分からない
    # 編集によって、ネーム素通し、勝手に改稿など違うらしい

    # ロリコンは、先進国でしかありえない
    # ロリコン同人誌『シベール』は、50部
    # 『失踪日記』『うつうつひでお日記』以外、売れていないらしい
    # ホームドラマに転向画策中
    # 後悔していることは、「ファンの女の子に手を付けなかったこと

    # 鴨川つばめが他誌で復活した際、
       秋田書店の編集曰く、「あのとき潰しておけば良かった
    # 「日本漫画家協会大賞」「文化庁メディア芸術祭マンガ部門大賞」
      「手塚治虫文化賞マンガ大賞」の3賞制覇者は、
       吾妻ひでお、ただ1人
 


▼   こんな落穂拾いで、なにか面白そうだと感じられたら、ぜひ購入すべきだと思うな。


▼   ただ、面白いことは確か何だけど、やっぱり『失踪日記』と比べると、なんか今一だね。 誰がしたのかは知らない。 でも、今回のインタビュアーと、『失踪日記』のとり・みき御大との力量の格差は、いかんともしがたい。 吾妻や彼が生きた時代を理解している人であることは、分かるんだけど、無難なだけ。 つっこみもボケも中途半端だった。


▼   ところで、「セミの抜け殻」を食べたことがある、ゴールデン小雪のメイド服姿を撮った妄想劇場(カラー)は、かなり萌えた。 ゴールデンダンスって何?


評価  ★★★☆
価格: ¥ 1,260 (税込)





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Last updated  Mar 10, 2007 12:21:58 AM
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Feb 4, 2007
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▼   お会いしたこともないのに、勝手に「先生」と呼びならわして、私淑・傾倒している人は、みなさんにも何人かいるだろう。 私にもそんな「心の師」は、2名いる。 1人は由貴香織里先生、1人は大西巨人先生である。 ウソのような本当の話だ。  いや、マジで。


▼   それで悪名高い本書を読んでみることにした。


    読んでみた…


    読んでみた…


    読んでみた…

    …
    …
    …


    何だ、これは!!!!!


▼   「AMAZON」の読者レビューのひどさは、ひろく知られたことだけど、誉めている奴をつるし上げてやりたいよ。 まったく。 てか、巨人先生を甘やかすのも、お前らいい加減にしろ!!。 可愛さ転じて憎さ百倍、であろうか。


▼   そもそも、冒頭から不吉な予感が漂う。 いきなり、大西巨人の既刊小説から引用される一点からして、「堕落」の臭いを嗅ぎとれる訳だが、その予感は最後まで離れずに、とうとう、実現してしまう。 自作を引用してはいかんでしょう、大西先生。


▼   なによりも、小説としても、完全に破綻しているのがイタイ。 母子草(御形)から始まる、樋口一葉の引用も、何ひとつ効果的ではない。 破綻を隠蔽するため、最後「題意」において、付け足しのように付け加えられるのは、以下の文章である。
 

    大方の読者の中には、本編の表題『縮図・インコ道理教』を「インコ道理
    教という宗教団体の縮図」と読解(誤解)した向きも、なかなかあるらし
    い。そのような人々は、『なんだ?インコ道理教のミニアチュアーなんか、
    ほとんど書かれてないじゃないか!』その他肩透かしを食らったような
    違和感的読後感を持ったとみえる。(中略)。そもそも、本編の表題は、
    『「皇国」の縮図・インコ道理教』であった。しかし、それでは、あまり
    に説明的な・曲もない表題、と作者ないし語り手は、考えたので、現在の
    形にきりつめた。
     「皇国」すなわち天皇制国家は、神道系であり、インコ道理教は、仏教
    系である。神道系と仏教系との相違ならびに規模の大小の差異はあれ、
    両者は、いずれも宗教団体・無差別大量殺人組織であり、前者の頭
    首は、天皇にほかならず、後者の頭首は深山秘陰にほかならぬ。
     かくて「宗教団体インコ道理教は、『皇国』日本の縮図である。」とい
    う命題と、宗教団体インコ道理教にたいする国家権力の出方を、人が、
    ≪近親憎悪≫なる言葉で理会する。」という命題とは、いかにも彼此照応
    する。



▼   笑うべし、というしかない。 この一文は、まったくもって、的確にこの小説の主題を表現している。 アルファにして、オメガ。 この小説には、他に何も残らない。 みごとな、というよりも、「身も蓋もない整理」という他はない。 もともと、オウム真理教を題材に、日本社会に巣くうものを摘出しようとする、気宇壮大な構想なのだが、それなら何も、小説にする必要はないのであって、最初から評論にしてもかまうまい。 しかし、これが評論のすべてだとすれば、あまりにも、貧相かつ使い古しになってしまう。 だからこそ、小説にしようとして、大失敗した、とみるしかないわけだ。


▼   「題意」における補足は、小説としての表現の失敗を自覚してのことだと思うが、どうせ、生活保護を受けているのだし、絶版にしても何も問題は無かったのではないか?。 金を惜しむより名を惜しめ、とはよくぞ言ったものである。 昔、『三位一体の神話』を読了したときにも思ったが、いくら何でもあんまり、である。 大西先生は、こんな本を書いてはいけない。 


▼   とはいえ、何も収穫がない訳ではないのだ。 以下は、中野重治が島崎藤村『破戒』を評した一節の引用であるのだが、部落差別問題の本質を言い当てていて、涙がでるくらい素晴らしい。


   『新しいということは、現代では恥づべき何者をもいみしない。さういふ中に
    あって独り新しい平民のみが特別の眼をもって見られて来たのは何故で
    あるか。』 それは、古いということが誇るべき何物をも意味しない
    ときに、古いという理由での誇りを暴力的に基礎づけねばならない
    『現代』そのものの性質から理解される
のであろう
 



▼   これだから、大西巨人は止められない。 鷲田小弥太は、中野重治について、「俺こそ、より正しき革命的主体!」という欲望に囚われた人物と断じている。 そのためか、近年はとみに評価が低い。 中野重治は、古本屋に行けば、宮本百合子、野間宏とともに山積みにされているが、読むに値するものもそれなりに多いのであろう。 天皇制の永続は、ライ病への偏見、被差別部落の偏見と同様、その卓越性、有意義性、有益性の証明ではない、という言明と同様、心して起きたい一文である。 きちんと小説となっていれば、どれほど面白い作品だっただろうか。

    
▼   一ファンとして、心を鬼にして評価した。 次回作を神にも祈りながら期待する他はない。 とにかく、お体を大切にしてほしい。


▼   なぜなら今年、大西巨人先生は、88歳になられるのだ。


評価  ★☆
価格: ¥ 1,365 (税込)


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Last updated  Apr 1, 2007 12:37:22 PM
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Dec 6, 2006
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もー、許せない。 ぜ~ったい、許せないわ。 
もちろん、ドラマ版『のだめカンタービレ』のことよ。


これまで私、ドラマ版『のだめカンタービレ』って、見てこなかったわ。 なぜなら、私は大の『のだめ』ファン。 指揮者ミルヒーが、竹中直人って、許せるわけないじゃない。 おまけに主演が上野樹里。 たしかに、映画『スイング・ガール』は良かったわ。 で、「ジャズの夢よ、もう一度!」とでも言いたいわけ? あんまりじゃない。 


そうなの。 私、見ると、絶対怒っちゃうって、分かっていたのよ。 だから見るのを我慢していたの。 ところが、周りから聞こえてくるのは、雑音ばかりなのよ。 

「のだめカンタービレは、とても面白いね」
「竹中直人に味があるんだよ」
「原作をきちんと踏まえて作られて好感が持てる」
「原作が生かされている」

 
嘘よ!嘘だといって!お願い!!


それでも、私、半信半疑だったわ。 ミルヒーは、どうやらドイツに帰ったみたい。 これで竹中直人を見なくてもすむわ。 そろそろかな、と思って、FMラジオで、とうとう、音声のみだけど、ドラマ番組を聞いてしまったのよ。 


もー、ちょー、最悪。 
死ね、って感じ? 


どうして、番組内で使われるBGMが、みんなクラシック曲ばかりなわけ?  『銀河英雄伝説』アニメ版で、ドラマにクラシックが似合わないことは、とっくに知られたことじゃない。 古典期ハリウッド映画だって、BGMは通俗クラシックばかりよ。 クラシック音楽は、存外、使われていないのよ。 クラシック音楽を使いまくるのは、それこそ田舎モノのコンプレックスでしかないの。 私、見ていて、とても恥ずかしかった。
 

それでも、ガーシュウィンや、ロマン派音楽なら、私、耐えられたわ。 ドラマチックだし、素敵な曲も多いわ。 それなのに、どうしてバロック音楽の最高峰、バッハ『マタイ受難曲』最終コラールを使うわけ?!!  十字架で死んだ後、復活したキリスト。 死と救済への、喜びと悲しみ。 その気持ちが渾然一体に謳いあげられる、崇高な合唱。 


いったい、視聴者をどういう気分にさせたくて、使ってるのよ?
マタイを使うなんて、どーゆー、シチュエーション?。  
あんなダサい使い方は、許せないわ! キリスト教への冒涜よ!


そもそも、「R☆S(ライジング・スター)オーケストラ」そのものが変よ。


原作では、シューマン「マンフレッド序曲」、モーツアルト「オーボエ協奏曲」、ブラームス「交響曲第一番」の3本立て演奏会。 シューマンとブラームスの重なりは気になるけど、バランスのとれた演奏会だわ。 それなのに、マンフレッド序曲が削られてるじゃない。 いったい、どういうことよ。 今年は、シューマン没後150周年だというのに、シューマンに喧嘩を売ってるのかしら、脚本家は。 これでは、片肺演奏会じゃない。


ちょー、最悪なのは、ブラームス『交響曲1番』よ!!!!


私、ブラームス交響曲1番は、ブラームスのラブソングだと思ってるの。 ブラームスの師匠、ロベルト・シューマンが残した、若き未亡人クララ・シューマン。 その彼女に、ブラームスが永遠の愛を誓った、ラブソングではなくって? 


第4楽章。 もし、ブラームス交響曲1番を持っている方なら、「ホルン-木管-金管」と引き継がれる「クララ・シューマンのテーマ」の使い方をよーく見てくれないかしら。 少しも先の見えない、絶望の淵にたつブラームス。 そこに、クララ・シューマンが訪れる。 その姿に打たれるブラームス。 そこからおもむろに、第4楽章の主題が流れ出し、ブラームスは、絶望の淵から帰還するのよ。
 

むろん、それだけじゃないわ。 その希望さえ打ち砕かん、と荒れ狂い襲いかかる「絶望」から、救い出すのも「クララ・シューマンのテーマ」。 そして、第4楽章最後、救済への階段を登っていくブラームスを、天上にあって祝福するのも、「クララ・シューマンのテーマ」じゃない。 そうよ。 「クララ・シューマンのおかげで私は救われたのです」と告白するベタベタな作品こそ、交響曲1番。 これがラブソングじゃなくて、なんと言うのかしら。 


それなのに何よ。

 
「このオーケストラは美しい」。 おまけに千秋真一。 きっと、ギュンター・ヴァント指揮北ドイツ放送響のように、颯爽と高速かつ高密度に、第1楽章のテーマを処理してくれるに違いないわ。 そう思って期待していたら、まったく逆で、漫然として緊張感のない、第1楽章じゃない。 肩透かし、失望もいいところよ!  おまけに、いきなり第4楽章の再現部手前に飛んだ後、また飛んで今度は第4楽章コーダ(終結部)よ。 「クララ・シューマンのテーマ」も、「ベートヴェン第九交響曲のパクリ」といわれた第4楽章の主題も、演奏しないなんて許せると思う?  これでブラームス交響曲1番でござい、なんて断じて認めないわ !!!!! 


それだけじゃない。


第4楽章コーダで、千秋の言うセリフがまたひどい。「悲劇から希望へ」よ。
いったい、脚本家は、なにを考えてるのよ!。 原作では、「悲劇から希望と救済へ」になっているわ。  当たり前よ! 第4楽章のコーダでは、とっくに希望を通りこして「救済」されている段階じゃない。 どうして、ドラマの中で現に流れている音楽と全然あっていないセリフを千秋に言わせるわけ?


もちろん、簡単なことだわ。 『のだめカンタービレ』の脚本を書いている人間も、音楽をつけている人間も、監督も、クラシック音楽を何も分かっていないのよ。  「原作をきちんと踏まえて作られている」「原作が生かされている」なんて、ウソよ。 「原作をそのまま使わなければ、クラシックの無知がバレてしまう」からだわ。 もう、テレビ番組紹介を初めとしてウソばっかり。 『スイング・ガール』の良い思い出が台無し。  こんなものに騙されてるのは、よほど音楽経験のないバカなのね、としか言いようが無いわ。 もう、失礼しちゃう。 プンプン!!


あまりにも怒って疲れちゃった。 『のだめカンタービレ』の「口直し」に、ブラームス交響曲1番を聞きなおしてしまったわ。 聞いたのは、チェリビダッケ指揮RSOシュツットガルト、ヴァント指揮北ドイツ放送響、クルト・ザンデルリンク指揮ドレスデン・シュターツカペレね。  良かったわ。 とくに、意外と良かったのが、かつては「名盤」と呼ばれたこともある、クルト・ザンデルリンクよ。 昔から好きだったけど、聴きなおして、さらに好きになったわ。 燻したような東ドイツのオーケストラの音色が、ブラームスにとても合うのよね。 ザンデルリンク指揮『ブラームス全集』(ドレスデン・シュターツカペレ)は、1700円前後でタワーレコードで売ってたとき、買ったのだけど、今も手に入るのよね。 世の中、モノの価値が分からないバカ、って多いのよね。 これは、安さと質に関しては、比類ないCDだから、探してぜひ聴いてあげて。 お願い。 


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あと、興味があるなら、ザンデルリンク引退演奏会のCDが、絶対お薦めだわ。 モーツアルト「ピアノ協奏曲24番」の内田光子の演奏には涙が零れ落ちるほど感動させられるの。 もう、一音、一音が天上の音楽。 わたし、これでモーツアルトの音楽の素晴らしさをやっと理解できたわ。  これを聴かないで、「モーツアルトの音楽は心地よいわ」なんていってる人間になってはダメよ。  


内田光子は、ザンデルリンク引退コンサートで、本当に素晴らしい仕事をしているわ。 他の彼女のCDと聴き比べても段違いよ。 欲しい方は、ぜひ、ゲットしてほしい。



ブラームス交響曲全集
評価  ★★★☆
価格: ¥ 1,290 (税込)


ザンデルリンク引退CD
評価  ★★★★☆ 
価格: ¥ 3,500 (税込)


追伸  お姉さま言葉は疲れました. もうしません. 許してください

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Last updated  Feb 23, 2007 07:11:12 PM
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Nov 28, 2006
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▼   早川書房から、一通のアンケート依頼が後輩の所に届いた。
    来年2月刊行の『SFが読みたい! 2007年版』に載せるものだという。


▼   一つは2006年度(2005年11月~2006年10月)に出版された本の中から、海外・国内それぞれベスト5を選ぶもの。  もう一つは、2000年代前半(1999年11月~2005年10月)に出版された本の中から、海外・国内それぞれベスト10を選ぶもの。


▼   21世紀初頭のベストSFかあ。 そういえば、読んでないなあ、SFなんて。 最近、売れてるんだろ。 それなら、読まなくてもいいし、ジジイの出番でもあるまい。 そう思いながら、茅田砂湖『スカーレット・ウィザード』が面白かった、そういえば佐藤大輔『地球連邦の興亡』はどうなった、とか考えていた所、天啓のように閃いた。  


▼   「そうだ、『マリア様がみてる』があるじゃないか!!!!!!」


▼   あれは、「シスター・ファンタジー」、略して、SFだ。

    なによりも、あれはサイエンス・フィクション(←こっちが正しい)だ。



▼   暗黒の近未来社会、日本。 その社会では、もはや監視の主役はカメラではない。 もはやカメラは必要ではないのだ。 「銀色のロザリオ」こそ、女性を監視・束縛して訓練を施す主役である。 ロザリオは、学園内において、女子高生の手を転々とわたってゆく。 その過程の中で、「お姉さまに好かれる女性になりたい」、という意識が内面化され、「喜び」とともに、思想改造が施されてしまう ………


▼   ああっ!!! なんという巧妙! なんという悪辣! そしてなんという華美!!  暗黒にして甘美な近未来社会を描いた、スペキュレイティブ・フィクションではないか!!!!!! (笑) 


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▼   こう書いてみると、その怖さは、オーウェル『1984年』の比じゃないぞ。 同じスペキュレイティブSFなら、バラード『結晶世界』よりも何十倍も面白いじゃないか。 バラードがつまんないだけだって?。 ええい、畜生。 なんとなく、ブラッドベリ『華氏451度』を感じさせる、問題意識さえ漂っている作品、でどうだ!  


▼   そうだ、『マリみて』は、「権力SF」だ!!  『マリア様がみてる』は、「権力がいかにして従順な身体を生産するか」を描きぬいた、「権力SF」というジャンルを創出した作品なんだ!!! 21世紀の最初の5年を飾る、ベストSFには、『マリみて』こそふさわしい!!! 


▼   ……と以上のように一人、悦に入ってしまった。 後輩に薦めておいたんだけど、どうなったのだろう。 はたして、来年2月、早川書房『SFが読みたい! 2007年版』に乗せられているかどうか。 ボツにされないことを祈るしかない。 剋目して待て、諸君!


▼   閑話休題


▼   最近、吉野朔実先生にはまってしまった。 
    本当にはまってしまった。 
    ああ。


▼   たまたま、手にした「haRmony」に度肝を抜かれた。 凄い。 幸せな結婚を支えていたのは、まったく関係の無いように見えた音楽にからむ「思い出」であった。  その「思い出」がずたずたに壊されたとき、結婚そのものも破滅に向かうのか ………。 違う。 そうではない。 その「結婚」「思い出」、2つの否定態たる「子ども」によって、高次の次元で2名があらたに結ばれあうという、衝撃の結末。 すげえ。 


▼   あまりの凄さに、一度リアルタイムで読んでおきながら、「わかんないや」と投げ出していた『恋愛的瞬間』全3巻(小学館文庫)を買いなおした。 もう、涙が止まらないほど凄い。 全20話。 ひとつひとつがまったく違う。 そんな20もの恋愛の「切断面」が、止血措置を施されることなく、血があふれ出して滴り落ちている、そんな作品だった。 


▼   なぜ、10年前、この面白さを理解できなかったのだろう。 あまりにも幼かったためなのか。 自分の不明を悔やむしかない。 『いたいけな瞳』全5巻も、本当に素晴らしい。


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▼   吉野朔実は、決して「恋愛」を縫合しようとしない。 痛みを和らげるようなハッピーエンドを用意しない。 意表を突くようなギャップが開かれて、読者に提示される。 傷口は、開かれたまま閉じない。 ただ恋愛にからむ「傷」が、ひたすら羅列されるだけだ。 ハッピーエンドなのか、悲劇なのかすら、定かではない。 


▼   そんな彼女には、短編が良く似あうのだろう。 あまりの凄さに驚愕して、かつて否定的な評価をあたえたことのある、『少年は荒野をめざす』を読み直した。 その評価は、変わらない。 あいもかわらず、荒野にポツンと置いてきぼりにさせられたような、そんな読後感が残る作品だった。


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▼   そんな彼女の長編作品で唯一、凄いと感じたのは、『ジュリエットの卵』全3巻(小学館文庫)である。 これが、もう、掛値なしに素晴らしい。 あまりにも鮮やかな、吉野朔実の絵柄とともに、これを機会に皆さんにお勧めしておきたい。


▼   双子の兄と妹。 父はいない。 母だけの母子家庭。 母からすべてを受け継ぐ兄。 女であることを呪う妹。 しかし兄と妹は、恋愛感情を抱いていて………。 あまり詳しく描きたくはない。 ラストへ向けた怒涛の展開がすさまじい、と記しておくことにとどめたい。 そして、「ジュリエット」=女性が生まれ落ちてゆく。 


▼   呪われたもの、としての女性。 


▼   今の時代だと、ピンと来ない人も多いかもしれない。 しかし、それは確かに存在したのだ。 1959年生まれである吉野朔実にとって、そしておそらく、1960年代生まれまでの女性にとって、この種の感覚は、納得しうるものだったに違いない。 「女だてらに」「女性たるもの…」「お前が男だったら」 … どれだけ言われていたことだろう。


▼   そのような中で女性は、どのようにして生まれ落ちて、どのように孵化していったのか。 この双子の間に引かれた「断絶」をめぐる物語は、その美しい絵柄のみならず、今は失われた「時代の思潮に規定された物語」であるが故に、断固として語り継がなければならない。 そんな稀有の価値をもつ作品である。  


▼   今や女性は、呪われていない。 スタイルの悪い女性など、繁華街には、ほとんどいない。 どの人も、とても美しくて、幸せそうに見える。 しかし、『マリみて』では、「幸せ」や「喜び」こそ、女性的身体を再生産する装置ではなかったか。 


▼   もはや権力は、抑圧するものでもなければ、呪いを与えるものでも、苦痛を与えるものでもない。 そんな「姿」で、権力が現れることはない。 われわれは、「幸せ」「喜び」を通して、操られているのではないか。 われわれは「幸せ」や「喜び」を通して、狡猾にも支配されているのではないか


▼   『ジュリエットの卵』から『マリア様がみてる』へ。 1980年代と21世紀。 女性的身体を生み落とすものを描きぬいた2つの作品は、権力の編成原理の違いを的確にとらえている、というしかない。  冗談ではなく、「権力SF」にふさわしい。 否、今や「権力SF」こそ、時代の最先端ではないか。


▼   秋の夜長。 ぜひ、お試しあれ。 
    てか、お願い。 
    読んで。



評価  ★★★★☆ (ジュリエットの卵)
価格: 1巻・2巻¥ 620  3巻¥ 590  (税込)



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Last updated  Nov 29, 2006 05:56:28 PM
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Nov 15, 2006
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▼   「萌え」なる恥ずかしい単語が、「おたく界」で市民権を得たのは、いつ頃からだろうか?。 おいら的には、「ルリルリ」全盛の頃、初めて耳にしたような記憶があるのだが、すでに定かではない。


▼   『萌える英単語』が増刷を重ねる、現在。 この世には、『萌えるマルクス主義』ならぬ、『まるくすタン』と名のる「天下の奇書」が存在しているらしい。 カール・マルクスを美少女にして、マルクス主義の歴史を百合ラブコメ学園ものにしてしまえ!  マルクス主義の登場人物は、すべて美少女。 下部構造は、「下半身の欲望」の別名になる。 むろん、「百合」にはエッチシーンあり。 「神をも恐れぬ所業」と帯書には書かれてあるが、この文句、ダテではない。
 

▼   小説のネタバレになるかもしれないが、面白さを損なわない程度に紹介しておこう。 とにかく、全編、爆笑もの。


▼   主人公は、理屈っぽく身もふたも無い、「まるくすタン」と呼ばれた美少女、丸楠かおる。 中学生のとき、新聞部に入ったものの、その顧問の美しい女性教師に、優しく手ほどきされるのが、「ヘーゲル左派」の思想、、、、、ありえねえー!  


▼   そんな女性教師がいるものか!  というなかれ。 やがて、放校された美少女・まるくすタンは、女子高に入ってしまう。 そこで、偏屈な彼女に恋をして支えてあげるのが、えんげるすタン。 女子高で繰り広げられる、百合な世界。


▼   冷静に社会構造を分析するまるくすタン。 人形レンシェンで秘密の行為をおこなう、えんげるすタン。 なぜか、ユリ同人誌を作っている同志の女子高生たち。 万国のモテざるもの、団結せよ!  「恋愛の自由」を唱え女子高で革命を起こした跳ね返りに、「革命の堕落だわ」という、まるくすタン。 う~む。 いちいち出典が分かる人には、たまらない小説だろう。 


▼   まるくすタン卒業のあと、この女子高に入ったのが、瓜谷しのぶこと、れーにんタン。 PNは「尼港玲」。 美少女中の美少女で、女性をくどきまくるというのも、本物を考えるとお約束のうちかもしれない。 「打倒!生徒会長!」「打倒!津在!」を唱え、まるくすタンの思想をうけついだ、れーにんタン。 れーにんタンは、すべての女子を自分のものにしたい欲望そのままに生きている。 まるくすタンと会ったことのある、ぷれはーのふタンを、まずは熱い抱擁とキスで篭絡してしまう。 反省室に入れられても、「恋愛の自由」を唱えるれーにんタンは、風紀委員を篭絡してしまうのだ。 挙句の果てに、れーにんタンのSMプレイの激しさに耐えかねて、逃げ出してしまう、とろつきータン。 なんなんだ、この小説は (笑)


▼   まるとふタンが出てきてれーにんタンを糾弾するは、れーにんタンはひそかにすたーりんタンを頼りにしながらも邪険にあつかうは、けれんすきータンはれーにんタンに手篭めにされるは、、、、「タン」ばかりで本当に疲れてしまうんだけど、コレ。  


▼   れーにんタンが、「完全な自由恋愛を行うには、心身の美しさが足りないわ。革命の前衛である私たちのグループがすべてを管理するようにしなければならないのよ」というのには、キター!!という気分である。  しかし、れーにんタンの同志で後の最大の批判者になる、「るくせんぶるく兄貴」がいないのは、百合小説だからだろうか。 善哉のように甘い本書に、兄貴のきつい一言は、「一つまみの塩」になったかもしれないのに。


▼   なによりも苦笑させられるのは、れーにんタンが、おともに連れるのは、勝気なポニーテールのとろつきータンと、ダブダブのオーバーオールの口数の少ない謎の少女すたーりんタン、の設定だろうか。 「アスカ/アヤナミ」的キャラをこういう様に配分されると、トロツキー、スターリン像が完膚なきまでに粉砕されてしまい楽しい。 


▼   マルクスの著書、『経済学批判』『資本論』『共産党宣言』が別の言葉に置き換えられているばかりか、オナニーにいちいち「下部構造の矛盾を解決している」という言葉をあてはめていく作者の根性には、アッパレという他はないだろう。 シベリア流刑地や牢獄は、「反省室」。 歴史の事件は、みーんな、学園百合ラブコメの事件に置き換えられていて、アホにしかみえない。 ってこれホメ言葉ですよ、念のため。  

 
▼   惜しむらくは、まるくす主義、じゃなかった、マルクス主義の萌え萌えストーリー(歴史)を描きながら、彼らの最大のライバル、「ばくーにんタン」にまったく触れられていないことだろうか。 「ばくーにんタン」が存在しない、まるくす主義なんて、大根おろしと醤油なしで食べる、サンマの塩焼にひとしい。 


▼   さらに、これはマルクス主義をそれなりに知っている人には面白いだろうけど、百合目当ての人は楽しめるのか?という疑念がぬぐえないことであろう。 はっきりいって、百合のレベルは最低に近い。 おまえら、同じ百合で革命なら、つだみきよ『革命の日』(新書館ウィングス)でも見習え!!!! ・・・・・ウソです、ごめんなさい。 つだみきよ名義ではマトモなもの描いてます。


▼   そんな愚痴とも紹介ともつかない話はさておき、『まるくすタン』の次回作だが(あるのか?)、できれば『はいでっがータン』か、『ふろいとタン』というのはどうだろう。 ひとらータンに一目ぼれする、はいでっがータン、というのもオツなもんではないか ?


▼   シャレや冗談が分かる人はむろんのことだが、それよりもむしろ、本気の方にこそ、お勧めしたい。 


▼   残部僅少。 欲しいものは、ただちに書店に走れ!



評価  ★★★
価格: ¥ 997 (税込)


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Last updated  Apr 1, 2007 12:19:27 PM
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Oct 23, 2006
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▼  人は、しばしば、過去の自分と対決しなければならないらしい。
    とりわけ近年、その頻度がずいぶん増しているように思えるんだけど、
    私が年をとったからだろうか。
    私の気のせいだろうか。


▼  『Zガンダム 劇場版』3部作

    辛かったなあ。
    富野作品とすごした青春が、走馬燈のように思い出されて。
    セリフの一つ一つを克明に覚えているし、
    そのシーンまで思いだせるものだから、
    榊原良子と、島津冴子のいないZガンダムは、殺意さえ覚えました。
    
    僕は、とうとう、最終作を見に行かないことにしたんだけど、
    ホンッと、行かなくて正解だったと思う。


▼  『時をかける少女』
    ゆうきまさみや、とり・みきたちの、下北沢ブルースじゃないけど、
    思い出ある作品なんで、パスした。知世主義者としては許せない。


▼  『日本沈没』
    映画版「日本以外全部沈没」の方が面白そうというのならまだしも、
   『日本ふるさと沈没』(注)の方が面白そうというのは、反則だろう。


▼  『セーラー服と機関銃』

    薬師丸ひろ美……じゃなかった、薬師丸ひろ子の物悲しい歌声。
    僕にとって思い入れのある、とっても好きな歌なんだけど、
    昭和歌謡曲の傑作でもあるらしい。

    それを、長澤まさみが歌うのは、どうよ。
    演じるのは許すが(許すのかよ!)


▼  おまけに、『エヴァンゲリオン』まで、劇場で復活するという。
   「魂のルフラン」の旋律で、僕にとっては終わっていたというのに…
    これで『うる星やつら』まで復活したら、身が持たないゾ、と思ってたら
    『クランプ ニュータイプ』のお出ましである。


▼  過去の亡霊との対話はつらい。


▼  『東京BABYLON』は面白かったなあ、
    説教くさいと批判されたけど…
    実はすんごく、こった設定で、最初から最後まで大川七瀬が、
    コントロールしていたものだったらしい。へー。


▼  『レイアース』は、つまらなかったなあ…
    獅堂ひかるは、キャラが最後まで不鮮明すぎたとおもう。
    可愛くて元気なキャラは難しい。


▼  『カードキャプターさくら』かあ…過去の病気が、ぶりかえしそうだ。
    「大道寺知世×木之本さくら」本だしてる同人誌ないかなあ…


▼  『X』かあ…劇場版は悶絶したなあ。血が飛びまくったし…
    おや、18巻の続編まで収録されているぞ、どれどれ…
    線が入りすぎて良く分からないや。
    そもそも、どんな話で終わっていたんだっけ。


▼  『つばさ』
    絵が汚いので見てないや。


▼  まあ、CLAMPファンにとっては、素晴らしい、
    そしてCLAMPを卒業したものにとっては、忘れたい。
    そんなすてきな作品に仕上がっているのではないでしょうか。


▼  そんな、卒業した僕でも許せないのは、
   『わたしの好きな人』に言及されていなかったこと。
    素晴らしい佳品が集められていて、
    CLAMPの最高傑作だと思うのになー。



評価  ★★★
価格: ¥ 680 (税込)


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名古屋を沈没させる話と、鶴田謙二の作品が、なかなか楽しめて良い。

評価  ★★★☆
価格: ¥ 680 (税込)


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たいへん乙女チックかつメルヘンな童話。絵がすき。

評価  ★★★☆
価格: ¥ 483 (税込)

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追伸 (10月27日付)

こんなのが出てた。
むー、どうしよう…

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Last updated  Oct 24, 2006 08:55:59 AM
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Oct 12, 2006
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  諸君 私は革命が好きだ
   諸君 私は革命が大好きだ

     産業革命が好きだ
     国民革命が好きだ
     フランス革命が好きだ
     フェルキッシュ革命が好きだ
     農業革命が好きだ
     勤勉革命が好きだ
     8月15日革命が好きだ
     太閤検地封建革命が好きだ
     少女革命が好きだ



▼  なんか違うものまで、交じっているような気がするが……… というわけで、このブログを愛読している方には、まったく意外に思われないかも知れないが、内容がなんであれ「革命」と名前がつくものが大好きな私は、いつだって火の出るように熱い小説を好む。そんな人にお勧めしたい小説は、笠井潔『バイバイ、エンジェル』である。


▼  死んだはずの人物から届いた手紙。パリのアパルトマンに転がった、首なし死体。ラルース家をめぐる連続殺人事件。これを解決するために立ち上がる、日本人留学生、矢吹駆。かれはいう。

 集められた諸事実は真実にたいして権利上同等である無数の論理的解釈を同時に許す

そう嘯いて、「本質直観」による「現象学的推理」を駆使して、有機的全体から、全体の支点にあたるものを見出して、解決に導いていく………本書における支点は、首無し死体。首は、なぜ切り落とさなければならないのか? 


▼  とにかく意味不明に格好いい。「認識論的還元を超えて、私の生そのものの還元を企て」る矢吹の生活は、「あらゆる剰余を剥ぎ取って、もっとも単純な生の形を露呈」させるため、家には暖房も友人も恋人も所有物もない。そして、近代精神のグランメール、観察と推論と実験の操作が真理への唯一の道、という考えを批判する。反ナチ・レジスタンス、フランス共産党員の父(警視)をもつ、女子大生ナディア・モガールを道化師(ピエロ)として、本書は怒濤のクライマックスを迎える。未読の方は、以下、ネタバレもあるので、ブログを読むのをやめて、本書を読んで確認して欲しい。応援してくれれば言うことはない。


▼  なによりもこの書の熱さは、かつて新左翼の革命運動に従事していた著者・笠井潔が、「ヘーゲル=マルクス主義」と呼ぶものを打倒・清算するために書いたことに起因しているだろう。最後、矢吹駆は、このラルース家殺人事件の真の黒幕、世界革命組織「ラ・モール・ルージュ(赤い死)」の幹部と対決するのだ。その詳細を転載しておこう。 

お喋りは終わりにしましょう。わたしたちは必要な話をしなければなりませんわ。あなたは組織の統括者になるべき人間です。組織の中央委員になるべきなのです。……… わたしの組織は…究極の革命組織です。人類史が生み落とした最後の革命組織なのです。


その綱領は?


私たちはあらゆる革命の敗北の、その究極の根拠を発見したのです。なぜ、一切の革命は常に絶対に敗北するのでしょうか。歴史は、破れた革命の残骸に埋め尽くされているではありませんか。なぜ、革命はいつだってまるで悪い運命に呪われているかのように絞殺され続けてきたのでしょうか


なぜです?


理由は、そう、わかってしまえば実に簡単なことなのです。それは、革命の中にいつも解きがたい矛盾と背理が含まれていたからです。革命は、胎内に、敵対者の罠をはらんでいたのです。その罠とは、<革命は人民による人民のための事業である>という愚昧な命題です。この命題こそが、革命の敗北の根拠なのです。革命そのものとこの命題のあいだにあるものは、決して解くことのできない矛盾と撞着だけです。

そうです。革命と人民とは本質的に無関係です。いいえ、あらゆる歴史の現実が露骨に示しているのは、革命の最悪の敵が人民そのものであったという事実なのではありませんか。革命の真の敵は、刑務所や軍隊や政治警察や武装した反革命ではなく、…人民という存在だったのです。……………

<人民>とは、人間が虫けらのように生物的にのみ存在することの別名です。日々、その薄汚い口いっぱいに押しこむための食物、食物を得るためのいやいやながらの労働、いやな労働を相互の監視と強制によって保障するための共同体、共同体の自己目的であるその存続に不可欠な生殖、生殖に男たちと女たちとを誘い込む愚鈍で卑しげな薄笑いに似た欲情 …。この円環の閉じこめられ、いやむしろこの円環のぬくぬくした生温かい暗がりから一歩も出ようとしないような生存のかたちこそ<人民>と呼ばれるものなのです。つまり人民とは、人間の自然状態です。……………

だから人民は、本質的に国家を超えることができないのです。国家とは、自然状態にある個々の人間が、絶対的に自己を意識しえない、したがって自己を統御しえないほどに無能であることの結果、蛆が腐肉に湧き出すように生み出された共同の意志だからです。制度化され、固着し、醜く肥大化した観念、生物的存在と密通し堕落した観念、これが国家だからです。


あなたの理論によれば…人民と国家は永遠の共犯者なのですね。人民とは、国家の足元で、窮極のところ生物学的な殺人に還元される利害抗争に明け暮れ、ある時は飽食して眠り、ある時は飢えて暴徒化し、この両極を無意味に機械的に往還するだけの自然状態にあるような人間たちの別名なのですね。……… 


政治こそが革命の本質を露わに体現する場所です。組織は革命が棲まう身体です。私たちは、最後の、決定的な放棄を準備するための武装した秘密政治結社なのです。社会を全的な破滅へと駆りたてる武装蜂起こそ、観念の激烈な輝きが世界を灼きつくす黙示録の瞬間の実現なのです。


けれども、蜂起はいつも、あなたの憎悪する人民の反乱の頂点で、なんらかの政治スローガンを掲げて組織されたものです。


平和、土地、パン、自由ですか。いいえ、スローガンになど本当の問題はないのです。それは、季節に合わせて適当に着け替える衣服にすぎません。どんなスローガンでもいいのです。問題はただ蜂起が体現する観念の激烈さと純粋さだけにあるのです。………


しかし、蜂起の現実的目標は、権力です。


権力……。あなたは、わたしたちがあの愚かな髭面のユダヤ人やその使徒たちのように国家に身を売るとでも考えているのですか。あらゆる革命は、人民に拝跪することによって国家に粉砕されるか、国家に拝跪することによって人民を奴隷化するか、つまり敗北か堕落かのいずれかに逢着したのでした。しかし、これはただ、人民と国家とが革命にとって二重の敵であることを理解しなかったために惹き起こされた結果にすぎません。わたしたちは、違います。


すると、あなたたちの窮極の目標はなんなのでしょう。<赤い死>の最大限綱領は…


わたしたちが介在しなければ、どのように激しい反乱であろうといずれ沈静するものです。国家と人民は二本の脚のように互いを必要としているのですから。諍いは一時のもの、暗黙のうちに将来の和解を計算しながら、国家と人民は争うのです。

しかし、わたしたちは、この予定調和の円環を噛み破ってしまう。あらゆる詐術と陰謀によって、後戻り不能の場所にまで人民を駆りたて、暗黒と腐敗と<赤い死>の、混乱と暴力と破局の一時代を現出するのです。………そして革命は、内に向かっては社会の永続的な破壊を推し進め、外に向かっては、国際社会の秩序をずたずたに切り裂くための策謀を絶え間なく実践しなければなりません。その最大の武器が、そう核兵器です。あなたは、わたしたちが核戦争だけは避けねばならないといった迷妄に毒されていると思いますか。いいえ、全面核戦争こそが、世界革命の本当の中身です。核の炎となかで世界が焼け落ちることによってのみ、社会と文明は決定的に破壊されるのです。

私たちの最大限綱領は、国家と人民の廃止です。それはまた、文明と社会の窮極の、最終的な破壊でもあります。文明そして社会とは、国家と人民の永遠の共犯体制の別名なのですから。………全面核戦争を頂点とする世界革命戦争は、世界人口を少なくとも現在の4分の1以下、うまくいけば10分の1以下まで引き下げることでしょう。そして、1世紀にわたる混乱の時代から新しい集団が成長してくるのです。 ………

破局を生き延びた一握りの人々は、性によっても、労働によっても強制されることのない、ただ観念と意志にのみ依存した自由な集団を築くことになるでしょう。必然の罠はついに永遠に追放されるのです。………そのとき、全人類は単一の結社の成員になるのです。全人類はただ厳格な論理と理性によってのみ結合される。



▼  凄い。 あまりの熱さに火傷しかねない。 これほどまで、ヘーゲル=マルクス主義のもつ醜悪な側面を徹底的に戯画化した作品を、私は知りません。 なぜ推理小説という形態をとって、こんなやりとりを描くのか。 議論を巻きおこしたことは、ある意味当然。 本格推理小説としての体裁があまりにもキチンと整えられているだけに、かえって不気味なまでに革命というテーマがうきあがってしまう。本格推理小説として完成されたものが読みたい方は、『サマーアポカリプス』の方がお勧めです。


▼  とはいえ、カリカチュアにすぎないはずの、「国家と人民の廃絶」という政治綱領に、正直、かなり萌え萌えになったことは、告白しておかねばなるまい。 世界全面核戦争っすよ、旦那。 その結果、理性と論理にもとづくアソシエーションができるんでっせ。 なんか、「うる星 2」みたいに感じられていいじゃん、という訳で、これで何とか北朝鮮の話題に持っていける(笑)。 


▼  そんな私だから、北朝鮮が核武装しても、なんか面白そうなことが、待ちかまえていそうに感じられてしまう。 アメリカ相手に、良くやるよなーというのは、無論のこと、世界が終わるんなら文句言わない、って優香、核で焼け落ちて国家にかわってアソシエーションになるっつーのが萌えを刺激して止まないのですね。


▼  いったい、なに騒いでるんですか、皆さん。 とくに、北朝鮮は核実験できない、とかバカにしていながら、いざ核実験に成功するとあわてたのか、ならば日本も核保有だと、騒いでる皆さんは醜悪ですよ。 日本が核武装してもしなくても、北朝鮮が打ってくればどーせ死ぬんだし、核武装しても喜ぶのは、相互確証破壊を口実に核シェルターに待避できる、安倍ちゃんとそのお仲間たちだけじゃん。あなたは、どーやったって、死ぬんです。ジタバタしたり、チマチョゴリ切っても、チキンに見られるだけでっせ。 


▼   制裁、大いに結構。戦争、大いに結構。むろん米朝妥協で、日本右翼がハシゴ外され大困惑するのも大いに結構。小泉首相じゃないけれど、「勝って良し、負けて良し」。そんな気分で、核実験騒動を楽しんで見てはいかがだろう。どうせ、かわんないんだし。


▼  退屈しないからいい、と思うのは、ライトスタッフだと思うんだが。


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Last updated  Dec 14, 2006 12:46:41 AM
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