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書評日記  パペッティア通信

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スポーツ・ゲーム

Aug 22, 2008
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カテゴリ:スポーツ・ゲーム
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私はTBSの放送の中で、本塁打数の4倍も三振しながら、ろくに3割も打てない3塁手が日本代表の4番を打っているのを目の当たりにした。かれはもはや広島市民球場以外ではろくに本塁打を打つことができず、韓国の投手陣に弱点をつかれ、凡打の山を築くだけだった。

日本代表がこのような恥ずかしいクリーンナップしか作れなかった原因は、アメリカ大リーグへの最近の選手の流出がある。日本プロ野球は、魅力にとぼしく、イチロー、松井、井口、城島、福留と日本を代表する野手陣が流出していった。セ・パの下位に低迷するチームと比べても見劣りがする「3番青木・4番新井・5番稲葉」といったクリーンナップでは、韓国に勝てるはずもなかった。大リーグにこえることを願った正力松太郎の夢むなしく、日本プロ野球は大リーグの下請に甘んじて、何の手も打ってこなかった。

ついに私は、日本野球は、韓国に負けたのではないという結論に達した。
日本野球は、恥辱のために崩れ落ちたのだ。

「世界一」を掲げながら、新井程度の選手が全日本の4番にすわることを恥じ、パワーの大リーグに対して「スモール・ベースボール」を構築して対峙しようとした、自らの偉大さなど何の足しにもならないと知って砕けたのだ。








Last updated  Aug 23, 2008 10:54:52 AM
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Nov 13, 2007
カテゴリ:スポーツ・ゲーム



▼     稲尾和久が死んだ。 信じられない。 


▼     親父が西鉄ファンだった。 親父はいつも西鉄の話をしてくれた。 神様、仏様、稲尾様。 プロ野球最高の選手。 金田正一なんて、自分が調子がいいときにしか投げなかった。 稲尾は調子が悪くても投げたんだ。 チームを一人で優勝させ、大舞台に強くて、記録に残るスーパースターだった。 いつも夜飯のとき、酒を飲みながら語るのだった。 たぶん、息子を野球選手にしたかったはずだ。 不肖の息子になってしまったけれど。


▼     今でも西鉄水爆打線の打順をいえる。 南海400フィートも。 大毎ミサイル打線も。 『こち亀』の「光の球場」東京スタジアムの話のとき、本来なら葛城隆雄のポジションに両さんの思い出の選手が入れられていることに気付いた人間は、たぶん、僕だけだと思う。  


▼     今はなき平和台球場で、ロッテ監督時代の稲尾和久をみたよ。 周りはみんなロッテファンだった。 それなのに、阪急との首位攻防戦なのに、ロッテが負けた試合なのに、みんな試合なんてどうでもよかった。 みんな「おらが稲尾」の姿を見に来ていた。 あの雰囲気は本当に忘れられない。 


▼     ダイエーホークスが福岡にきたとき、親父も伯父さんも、一様に微妙だった。 なんで、西鉄と鎬を削った南海が…。 喜びと不満がないまぜだった。 優勝したシーズン、毎日スクラップを作っていたという伯父さん。 ソフトバンクホークス一色に染めあげられたかのようにみえる福岡。 それでも、西鉄ファンにとっては、ダイエーは代替物ではなかっただろう。   


▼     豊田泰光も、もう74歳なんだね。 『サンデー毎日』に「豪打一筆」を書いていた頃なんて、40代半ばだったのに。 梶本も、大杉も、杉浦も死んだ。 王も死んでしまうのか。 もう嫌だよ。 次はだれが死ぬのか。 山本浩二が死んだ日には、自分がどうなるのか、分らない。 パ・リーグに、「稲尾賞」がないなんて、パ・リーグ最大、否、プロ野球最大の偉人への侮辱ではないのか。


▼     とりあえず、喪に服したい。 


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Last updated  Apr 18, 2012 09:03:29 PM
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Feb 27, 2007
カテゴリ:スポーツ・ゲーム
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▼   25日の日曜日、NHK総合は、ラグビー日本選手権を放映していた。 ポテトチップスを食べながら、白熱したスポーツ中継を眺めるのは、わたしにとって至福のひとときである。 しかし、その日はちがった。 スポーツ紙・一般紙では、トヨタ・東芝両チームの監督が、この試合で退任することを伝えていた。 なによりも、トヨタの総監督、朽木英次の老けた顔に、時の流れの残酷さと、なんとも言えない感情がわきあがるのを感じた。 


▼   朽木英次の現役時代。 それはもう、日本ラグビー史に残る名選手でした。 歴代ベスト15を選ぶなら、かならずCTBで選出されるくらいの大選手ですよ。 


▼   ラグビーの様に、肉体の「素の力」のウェートが圧倒的な競技では、白人・黒人などには、勝てっこありません。 そんでも、戦術と技術でなんとかギャップを埋めて、欧米列強諸国と互角に戦う …… 細かいことは省くけど、早稲田出身の大西鐵之祐は、日本オリジナルのラグビーを創造した。 1968年、オールブラックス(ニュージーランド)Jrを屠り、1971年、イングランド相手に「3-6」まで追い詰める。 


▼   徹底したフィットネスで、集散の早さによるディフェンス。 消耗戦を回避するため密集から遠い所で勝負。 必殺のサインプレーで、トライをうばう。 そんな日本オリジナルの戦術を遂行する鍵は、バックス、とくにCTBのパス能力にあった。 現役時代、朽木英次は、ハードタックルによるディフェンスの素晴らしさだけでなく、芸術的なパスをとばす選手だった。 そんな日本オリジナルな戦略を遂行するキーマンだった。 1989年、日本が欧米列強に唯一勝ったスコットランド戦を始めとして、数々の栄光に彩られた選手だった。


▼   でも、僕にはもう、彼のプレーを思い出すことができない。 今も思い出せる朽木英次のプレーは、1996年1月、「トヨタ-三洋」の社会人選手権準決勝で、必殺のパスをとばそうとしたとき、トンガの怪物、セミイ・タウペアフェのタックルで吹っ飛ばされ、こぼれたボールを拾われて独走トライを奪われたシーンのみ。 よりによって、肉体的格差を埋めるため鍛錬を積み重ねた技術が、圧倒的な肉体を前にして、木っ端微塵に粉砕されたシーンしか覚えていないのだ。 


▼   そういえば、この頃までは、バブルがはじけても「残業が減って良かった」などの、のほほ~んとした空気が支配的だった。 グローバル・スタンダードにジャパン・オリジナルが木っ端微塵に粉砕された、あの1シーンは、前年(1995年)のラグビーW杯における「17-145」のカタストロフィ的大敗北もあいまって、「失われた10年」をビジュアル的に表現してくれていた。 ある幸福な時代の終焉を確かに告げていた。 だから、僕は忘れられなかったのだ。 以後、坂道を転がっていくかのような日本社会の荒廃と凋落ぶりは、あえて語る必要もあるまい。 私にとって、朽木英次の敗北と引退とは、日本がグローバルスタンダードの前に敗れ去ることと同義だったような気がする。 


▼   閑話休題。


▼   パスを出せるCTBは、朽木英次を最後にして、日本ラグビーから絶滅した。 あの難波英樹(相模台―帝京)がトヨタにくる! それを聞いたとき、朽木英次が手ほどきをして後継者になってくれれば、と心から期待した。 しかし、結局、芸術的なパスを出せるセンターにはなれなかった。 もはや、日本オリジナルなど、どうやっても遂行できやしない。  いつのまにか、私はラグビーを見るのをやめていた。 本当に久しぶりにみた、ラグビーの試合だった。 


▼   敵役、東芝の薫田真広監督もまた、日本ラグビー史に残る名フッカーだった。みなさん、本当にご苦労様でした。


▼   前ふりが長くて申し訳ない。 そんで本書。 もう15年近く、毎年1冊、日本ラグビー狂会(Japan Rugby Fool-boy Union)の名義で、日本ラグビーについての本が刊行され続けている。 たいへん、ありがたいことだ。 この本も、久しぶりに買ったが、あいかわらず、火をふくほど熱い、ジャーナリストの憂国というか、憂「ラグビー」の熱情が伝わってくる。


▼   あいもかわらず迷走する日本ラグビー界。 エリサルド日本代表監督は、フランス・クラブ・チームの監督を兼任するというなめた態度をとっているのに、何もできないラグビー協会。 希望の星だった宿沢広朗の死。 そこに世界的なラグビーの巨人、ジョン・カーワンが、日本代表監督を引き受けてくれたことで、やっとこさ、まともなラグビーになってきたようだ。


▼   中尾亘孝は、2015年W杯招致を唱え、梅本洋一は2007年ラグビーW杯のホスト国、フランスの現状を報告。 時見宗和は、早稲田黄金時代を築いた清宮監督の後釜、中竹監督が主将だったときのインタビューを掲載。 生島淳は、鹿島アントラーズの社長、大東和美にインタビュー。 わたしは、同姓同名の別人かと思ってた。 まさか70年、早稲田日本選手権優勝時の主将本人だったとわ ……。 「ラグビー畑でつかまえて」は、人気がないスポーツであるはずなのに、マスコミや政界などに強力なコネがあるため、やたら発言権があるラグビー界の人脈図として見れば、かなり面白い。 


▼   とはいえ、今年のW杯で2勝をあげるのは、いかにカーワン監督とはいえども、本当に難しい。 期待度は、マイナスからの出発。 ジーコ・サッカー代表監督とはちがい、監督としての実績はあるものの、なにぶん、選手に足りないものが多すぎる。 カーワンは、オシム代表監督のように、「日本代表を日本化する」ことを唱える。 しかし、朽木英次の後継者は、もはや地上にはいない。 走れてパワーがあるロックもいない。 ゲームをコントロールできて、ディフェンスができるスタンドオフもいない。 てか、キッカーは、だれよ。 FB有賀か?? 個人的には、日本代表のFBのディフェンスの弱さこそ、日本が勝てない原因の一つに思えます。 キックを蹴られるたびに、わたしゃ、恐怖なんですが … 戻りも遅いし、走れないし。 ましなFBはおらんのか。  


▼   そういえば、最近、中尾亘孝氏の本が4年近く出ていないけど、なぜだろう? やっぱり売れないんでしょうか。 かれの本は、毎年買っていたんだけどなー。 ブログがあるそうなので、いってみよ。


▼   また、ラグビーW杯の季節がやってくる。 さまざまな思いが去来する。 ラグビーはやる分にはともかく、見るには本当に面白いスポーツです。 一度、このような本をお取りになって、ラグビーの試合にテレビのチャンネルを回してみてはいかがでしょうか?


評価  ★★★☆
価格: ¥ 1,785 (税込)


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Last updated  Apr 24, 2007 10:58:12 PM
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Nov 2, 2006
テーマ:囲碁全般(730)
カテゴリ:スポーツ・ゲーム
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▼  とりあえず、おめでたいので、コッソリと祝福します。 おめでとう!


▼  実力制第6代と書いたけど、正確にいえばちがう。 家元制の本因坊は、実力のない人間がつくことがあっても、江戸時代以来、すべてを定先以下に打ちこまなければならない「名人碁所」の地位は、隔絶する実力がなければ就任できない。 


▼  江戸時代は、本因坊算砂、中村道碩、安井算知、本因坊道策、井上因碩道節、 本因坊道知、本因坊察元、 本因坊丈和の8名。 明治以降、名人碁所はなくなった。 でも、「名人」は残った。 明治の名人は本因坊秀栄、大正~昭和にかけては本因坊秀哉。 21世本因坊秀哉が本因坊位を返上、引退をおこなって、現行のタイトル戦が始まった。 名人位になれなかった悲運の棋士は多い。


▼  すべての碁打ちの理想、名人にして本因坊は、実力制以外にない。 でも、『坂田一代』などを読むと、名人位がタイトル戦の名前になって以降、初代の実力制名人・本因坊になった坂田栄男の喜びが伝わってきて、やっぱり「実力制」と呼んでおきたいなあ。


▼  名人・本因坊は、高尾で6人目。
   坂田栄男以降、林海峰(台)、石田芳夫、趙治勲(韓)、張栩(台)の5名。 


▼  趙治勲以降は、読売棋聖戦が始まってからになるし、「棋聖・名人・本因坊」の3つを制覇することを「大三冠」といって、趙治勲が2度達成しているけど、歴史や伝統の重みがまるでない。 だからこそ、名人本因坊はメデタイ。 小林光一なんて、3度も「大三冠」を狙って、本因坊戦に挑戦したけど、とうとうなれなかったものね。 小林光一なんて、歴代最強棋士の一人なのに。


▼  以前の4名の棋士は、囲碁史に残る最強棋士揃い。 張栩だって、世界タイトルをとってるし、絶対囲碁史にその名を残す………高尾大丈夫なのか??


▼  国際戦、高尾は本当に弱い。 中・韓の若手棋士に負けてばかり。
   弱ったなあ。


▼  これまで日本の名人といえば、小林光一、依田紀基、張栩と、
   国際戦に強い棋士だらけだったのに…


▼  それに、本因坊位にせっかくついたのに、自ら雅号を決めて「本因坊○○」を名乗る慣例が蔑ろにされているのはどうなのよ。 本因坊坂田栄寿、高川秀格、加藤剣正とか、みんな名のっていたのになあ。 林海峰・趙治勲先生を始めとした、「雅号」を決めない棋士の天下が長すぎたのか。 高尾紳路には付けてほしいよお


▼  書評サイトなので、こっそりと応援。 
   本当は11月5日に書いてるけど、2日に入れました。 メンゴ!


▼  明日は、キオスクで『週刊碁』買わないと……


▼  それにしても、それにしても……


▼  依田に名人本因坊なって欲しかったなあ……2年前……


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Last updated  Nov 5, 2006 10:20:21 PM
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Oct 26, 2006
カテゴリ:スポーツ・ゲーム


▼  どうも、中日は、日本シリーズでは勝てないねえ。
   思うんだけど、戦略がないんじゃないか。


▼  だいたい、日本シリーズの歴史は、3期に分割されると思うのよ。
    第1期は、1950年~1977年。
    第2期は、1978年~1994年。
    第3期は、1995年~。


▼  第1期は、戦略なしの時代。 とにかくエースが、先発にも、リリーフにもまわる時代だった。 監督はエースと心中するのが当然の時代。 1958年の日本シリーズ。 第3戦から5連投して、西鉄奇蹟の「3連敗の後、4連勝」を達成させた稲尾和久は、シリーズ成績は「4勝2敗」だった。 翌年の南海の杉浦忠は、4連投「4連勝」。 なにも、稲尾・杉浦クラスでなくても、南海のスタンカは、1964年の御堂筋シリーズで、第6戦・第7戦を連続登板、連続完封して日本一に導いている。 スタンカは、最後の日本シリーズ3勝ピッチャーである。 以後、日本シリーズでは、3敗ピッチャーは現れても、3勝ピッチャーは、現れていない。


▼  むろん、投手に分業制が導入されていなかったせいだ。 稲尾は1961年、42勝をあげた年、半数はリリーフで稼いでいる。 晩年の国鉄の金田正一は、同点で勝てそうだなと思うと、登板志願して、勝ち数をずいぶんと稼いだため、オールドプロ野球ファンには、たいへん評判が悪い。 そんなファンが神のようにあがめ奉るのは、「サイちゃん」こと、稲尾和久である。 「8時半の男」、板東英二、星野仙一だって、完全なリリーフピッチャーとはいえなかった。 連投、先発・抑え兼任は、とくに日本シリーズでは常識だった。1975年の日本シリーズでは、山口高志が阿修羅のごとき快刀をみせつける。


▼  第2期の画期は、1978年の広岡達朗の登場である。 ここで初めて、日本シリーズにおいて、短期決戦を戦略でのりきろうという考え方があらわれてくる。 「第7戦で勝つこと」から入って、そこから逆算する形で、戦略を編み出していく。 第5戦で3勝2敗と勝ち越しても、第6戦で「3-12」と一方的に負けても、慌てない。 第7戦で、満を持してエース松岡を投入。 途中大杉の疑惑の本塁打で中断したものの、日本シリーズを制覇する。


▼  以後、西武ライオンズの全盛時代の到来とともに、この方式は洗練される。 日本シリーズは第3戦を重視。 エースは3戦と7戦に登板させる。そして経験があって安定感のあるベテランピッチャーは、2戦と6戦に登板させる。 なぜなら中5日で投げられるから回復が期待できるから…こんなことが真顔で言われていた時代があったのだ。 7戦で4勝をあげるために周到な計画を!  第2期の日本シリーズは、総力戦にほかならない。


▼  これを吹き飛ばしたのが、第三期の野村克也の登場ではないか。 オリックスを叩きつぶした1995年の日本シリーズは、最初に外国人ブロスの剛球でねじ伏せて、そのままの勢いであっさりと勝ってしまった。 「短期決戦は勢い」という今の流れができたのは、明らかに野村ヤクルトの鮮やかな勝利が原因だろう。


▼  しかし、この副作用が効き過ぎていないか。 たしかに野村ヤクルトは、勢いで4勝1敗で制した。 しかし、このときの野村ヤクルトは、ヤクルト史上最強チームだった。 イチローのオリックスとは総合力で歴然とした差があった。 たとえ「勢い」を外されたとしても、2の矢、3の矢をつぐことができた。 15勝ピッチャーが、山部と石井一久、2名も残っていたのである。 1995年日本シリーズ第五戦は、豊田泰光が解説をしていたが、オリックスのレベルの低さを酷評する異様な解説ぶりは、忘れられない。 野村は決して勢いで野球をしたのではない。


▼  どうも今回の日本シリーズというか、ここ10年ほどの日本シリーズをみて不思議に思うのは、「勢い」のかけ声は良いとしても、「総力戦」という感じがしないことだ。 力が出せないまま、一方的に終わってしまうシリーズが急増している。 日本シリーズをデザインしようとする強靱な意志が感じられない。 


▼  だいたい、第1戦に川上、第2戦に山本昌を投げさせたとして、第7戦までもつれた場合、誰に投げさせるつもりだったのだろう。 朝倉に、最後を託すのか? その辺、武田勝が残っている日本ハムとは違う。 外されると、ケアできていない。 山本・朝倉・中田が倒されると、川上でも支えきれなかったという所だろう。 「7戦で4勝」といいながらも、どのように勝ちを取っていくかについて詰められていない感じ。 プレーオフを勝ち上がってきたパ・リーグのチームと漫然と戦い、「勢い」で負けてしまう。それの繰り返しという感じがしてならない。


▼  今となっては、「森西武VS野村ヤクルト」の、秘術を出し尽くした老監督対決が、懐かしく思い出されてならない。



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Last updated  Nov 4, 2006 02:49:31 PM
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Sep 20, 2006
カテゴリ:スポーツ・ゲーム
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▼  将棋名人戦 共催、新たな試み 連盟を支え、条件協議

2006年09月19日(朝日新聞)

 朝日新聞社と毎日新聞社が19日に協議入りを表明した将棋名人戦の共催は、七つある将棋のタイトル戦や、囲碁のタイトル戦でも、全国紙同士では過去に例のない形だ。将棋界最古のタイトル戦での新たな動きに、日本将棋連盟の米長邦雄会長は「両新聞社の読者が一番喜ぶことになるよう願っています」とコメントした。

 日本将棋連盟と主催社との間で結ばれるタイトル戦の契約は、七番勝負や五番勝負で行われる「挑戦手合」と、挑戦者を決める予選などの棋譜を独占使用するため、その対価を契約金などの形で将棋連盟に支払う内容となっている。

 名人戦では、第36期(78年)以降、朝日新聞社に代わって再度主催社となった毎日新聞社が第65期まで3期ごとに契約を更新。第64期の契約金は3億3400万円だった。

 一方、米長会長のもとに設けられた経営諮問委員会から名人戦契約の移管を打診された朝日新聞社は今年3月17日付で(1)契約金は年3億5500万円(2)将棋普及協力金は年1億5000万円(3)朝日オープン将棋選手権に代え、契約金が年4000万円の棋戦を実施する――という5年契約の条件を提示した。

 5月になって米長会長は朝日、毎日両新聞社に名人戦の共催を提案。棋譜を使用する観戦記などは両社で独自に掲載する▽両社の関係は対等である▽契約期間は5年間との基本線を示したほか、共催する両社の拠出額の合計が、現在の名人戦の契約金と朝日オープン将棋選手権の契約金の合計(約4億7000万円)を上回るよう求めていた。

 毎日新聞社が共催の協議入りを表明したことを受け、米長会長は「5月の(共催)提案をたたき台にして話し合っていきたい」と述べた。契約金の分担や棋譜使用などについて将棋連盟を交えた3者で協議するとともに、朝日新聞社が提示していた将棋普及協力金や朝日オープン将棋選手権に代わる棋戦についても、改めて話し合う。


     ◇

 〈毎日新聞社社長室広報担当の話〉 日本の伝統文化である将棋の振興に寄与することを第一に考えたうえ、将棋界の将来を担う現役棋士の皆様からの強い要望などを考慮し、対等の立場での名人戦共催の協議を始めることを決めました。

 〈朝日新聞社広報部の話〉 将棋はわが国が誇る伝統文化です。毎日新聞社と対等な立場で共催し、より多くの読者に名人戦を伝えることは、将棋文化の発展・振興に寄与することにつながると考えます。実りある話し合いにしていきたいと思います。



▼  さすがに呆れかえるほかはない。 毎日新聞が「名人戦共催」を受け入れるという回答を将棋連盟によこしたことについて、である。 毎日新聞は、記者が署名記事を原則とする、良い意味で「記者に個性」があるため、政治的立場が「あいまい」になりがちだが、「懐の深い」メディアと高く評価してきた。ここまで、節操・志操、信義というものがない新聞社が、かりにもジャーナリズムを名のっているとは恥ずかしくて仕方がない。


▼  そもそも伝統ある名人戦は、ファン、棋士、スポンサーといった、ステークホルダー全体にまたがる、パブリックな財産にほかならない。 あろうことか、その財産を「毎日新聞の名人戦を守ります」と、毎日新聞の一所有物に貶めた挙げ句、将棋連盟と朝日新聞に対して、ネガティブ・キャンペーンを張りつづけたのだ。


▼  そのネガティブ・キャンペーンのひどかったこと、ひどかったこと。 他社の週刊誌を使い、米長の女性関係疑惑をかきたてさせ、自らの紙上では「将棋連盟を金の亡者」呼ばわりした。 中原誠副会長が、契約更新しない旨を記した通知書を渡しに、毎日新聞社を訪問したときの態度について、ネチネチと非礼よばわりしたことは、心底、その陰湿さには怒りさえ覚えた。非礼を理由に文書を「撤回しろ!」として、引き下がらない。 むろん、文書を撤回させないと、毎日名人戦を継続させることができないためだ。 中原の非礼など、「言いがかり」にすぎない。 とはいえ、いくら林葉直子への「突撃」で名を落としたとしても、かりにも「棋界の太陽」とよばれた人格者、「大名人」中原誠に対してする仕打ちか!!!


▼  その将棋連盟から「共催」を提案されても、蹴ったのは当然の見識だろう。名人戦は主催新聞社のものだ、という論理なら、「共催」なんてありえない。 「単独開催」のみに賭けて、失敗したらおりるのが、筋を通すというものだ。かくいう私は、「毎日新聞は王将戦をビッグタイトルにすべき」派ではあるし、「名人戦を守る」など偉そうにほざきながら、100万円アップ「3億3500万円×7年」契約というシミッタレにはあきれた。 だが、さすがに「棋士総会」で受け入れられければ、名人戦主催社から降りるのだろうと思っていた。 毎日新聞の歴史的「所有権」なるものを「総会」で否定されてしまえば、毎日新聞が名人戦をやる根拠はどこにもない。 さすがに恥というものを知っていれば、共催を断って、王将戦に金をつぎ込むかするだろう。


▼  それがこの体たらく。 あきれるのは、「日本の伝統文化である将棋の振興に寄与することを第一に考えたうえ、将棋界の将来を担う現役棋士の皆様からの強い要望などを考慮し、対等の立場での名人戦共催」のくだりだ。 そもそも毎日新聞は、5月16日付社説において、朝日新聞から名人戦を自分たちが強奪したことに触れることなく、「一方、共催案に前向きな朝日新聞は将棋と囲碁の名人戦を共に主催するのを強く希望してきたと聞く。…… 自前の棋戦を知恵を絞って日本一に育て、相応の資金を棋界に提供するのが文化貢献のあるべき姿なのではないだろうか」とタンカきったのである。


▼  さすがに、言いだしっぺ。 自前の棋戦、王将戦を知恵を絞って日本一に育て、相応の資金を棋界に提供するのか?と思っていたら何のことはない。 毎日は名人戦に固執してもいいし、共催にのってもいいが、朝日は共催にのってはダメ、日本一棋戦を棋界に提供しなければならないらしい。 ダブスタメディア、毎日新聞。 いったい、どこまで根性が腐りきった新聞社なのか。 こんな恥知らずは、今まで見たことがない。


▼  むろん、将棋連盟には、心よりお喜びをもうしあげたい。 まったくの部外者であるが、実は名人戦問題を解決する、腹案があった。 それは、名人戦は朝日新聞に移すが、順位戦は毎日に残して、順位戦を母体とした大型新棋戦(順位戦のトップを王将にしてもいい)を立ち上げることである。 名人戦は、A級順位戦をそのまま新規名人戦に移すが、もっと降昇格の自由度の高いリーグにする。どうせ朝日は名人戦が欲しいだけ。 しかも竜王戦を主催する読売新聞にとっても、「名人戦の権威」が低下する分、利点は大きい。 そう考えていた。 むろん共催でもそれなりに良いだろう。 双方、それぞれ2億5000万は出さなければならない。 従来よりも余分に金が入る。連盟としては、それでいい。大事なスポンサー様なのだから、強気にでるのもヘンな話である。


▼  また、朝日新聞には、よく罵詈雑言に耐えた、と心より感謝したい。 本来、棋譜の独占掲載権がない、共催なんかに何の利益もありはしない。 それを「棋界の発展」のために、「共催」受入とは …… ウソからでたマコト、「断ると思ってたのに…」という気分かも知れない。 正直、朝日新聞がアマ棋界にお金を使っていることを知っている人間からすれば、今回名人戦単独主催してしまうと、アマ棋界に使った金が、何か不純な、名人戦を手に入れるために使われたような気にさせられてしまう。 こんなもんで良かったのかも知れない。 とにかく、ありがたいことだ。


▼  だがファンとしては、断じて毎日新聞を許すわけにはいかない。 最初から毎日新聞が共催を受け入れていれば、将棋界がここまで毎日新聞のネガティブキャンペーンで傷つくことはなかった。 共催よりも新棋戦で貢献せよ!と他社に要求したことをケロリとなかったことにする毎日新聞の変節漢ぶりを徹底的に糾弾しなければならない。 将棋ファンをなめるにもほどがある。


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Last updated  Nov 4, 2006 02:50:21 PM
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Jul 18, 2006
カテゴリ:スポーツ・ゲーム
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▼  W杯は、イタリアの優勝とともに幕を下ろした。終わってから1週間になるけど、ひるむことなく、よしなしごとを書いてみたい。


▼  82年W杯以降、優勝できなかったのは、タルデリとコンティの後継者に欠けているためではないか?という日記を書いてしまいながらの、イタリアの優勝である。イタリアは、長年応援していたチーム。準決勝の時点では、「イタリア以外のチームが優勝するのは、W杯への侮辱だろう」とさえ思っていた。だから優勝はとても嬉しいのだが、微妙に違和感が残る。82年と比較すると、マテラッツィがジェンティーレ役、カンナバーロがシレア役といった所。カンナバーロ、ブッフォンの超人的守備には、驚愕するしかありません。ランパード、ロナウジーニョが大失速した以上、エトーと並んでバロン・ドール、FIFA年間最優秀選手が狙える位置につけているとも思うのだが、どうだろう。ブッフォンになっちゃうのかなあ…


▼  マルコ・タルデリ役をこなしたのは、結局、ローマのペロッタでしょう。不十分ながら、攻守にダイナミックに動いていて素晴らしかった。ただ、不世出の右ウイング、コンティ役がおらず、華が欠けた印象が否めない。ボールキープ力で相手を圧倒するポゼッション・サッカーを繰り広げながら、ジダン退場劇のマテラッツィの悪行のみ、クローズアップ。ダーティヒーローの役回りしか与えられなかったのは、そのためでしょう。


▼  今回、優勝するに足る人材をもったチームが、志半ばで去っていった。とても残念におもう。94年W杯以降、常々感じるのだが、アルゼンチンは中盤に人がいない。ボランチ・攻撃的MFの人材は、帯に短し、襷に長し。ベロンも、リケルメも、アルメイダも、カンビアッソも、すごくいい選手だけど、イマイチ迫力に欠けるんだよなー。断言してもいいが、リオネル・メッシクラスの身長の選手を揃えている限り、アルゼンチンに優勝は訪れないだろう。ブラジルは、順当負け。イングランドは、監督負け。オランダは、そもそも若すぎた。ドイツは、機能的な中盤の反面、理不尽なゲルマン魂が姿を消してしまった感じで、順当に負けてしまった。日本代表については、mocokoさんのブログでほとんど言われてしまっているので、あらためて言うことはない。「日本代表は大和魂を発露させよ!」「大和魂をなくしてしまった日本!」とか騒いでいたアホ右翼がいたが、無策のままいさぎよく散ってしまったことは、大和魂の発揮以外の何者でもあるまい。


▼  相変わらず、日本人のさもしい根性には、嫌気がさす。むろん、韓国のトーゴ戦勝利を喜ばない、それどころかクサしてしまう、ゲスな根性のことだ。マスコミが好意的にとりあげたため、「マスコミは、日本の勝利よりも、韓国の勝利を喜んでいる」「また審判を買収したか」など、またしても周囲から、意味不明なやっかみを聞かされてしまった。てか、いい加減、韓国はアジアサッカーの犯罪者・加害者であり、韓国のW杯勝利は、アジアサッカーへの贖罪である、という風に捉えればいいじゃん。ドーハの悲劇は、武田が時間稼ぎをしなかったためでも、オフトが試合を壊すことを教えなかったためではない。あり体にいえば、韓国が弱かったから。「アジア枠が2」しかなかったから、にすぎない。


▼  1954年、W杯スイス大会で、ハンガリーに「0-9」、トルコに「0-7」。当時のトルコに7点差負けだぞ? 「W杯にわざわざサッカーを学びに来る必要はない」と酷評されたのが、韓国チーム。62年チリ大会では、南米・ヨーロッパ以外、アジア・アフリカ諸国が本大会に進出できなかったのはまだいい。58年スウェーデン大会では、イスラエルが韓国を倒して本大会出場権をえたのに、急遽FIFAは、ウェールズとプレーオフさせて剥奪するという、信じがたいアンフェアがおこなわれたのである。今も続く、FIFAのアジア・アフリカ諸国軽視。その一端は、スイスW杯の韓国の不甲斐なさにあるのだ。「贖罪の一環」だと思えば、別に腹が立つこともないだろう。日本が出ても結果は似たようなもんだし、所詮、現実逃避の慰めにしかならないのだが。


▼  そんでもって、中田英寿の引退である。


▼  あまりにも「いろいろ語られ」尽くしたこのニュース。その批評のバリエーションも、ある程度決まっていて、読む気がしないくらい。誰も言わない領域から中田引退を語るとなれば、「やおいと中田英寿」しかあるまい。そういえば、俺って「やおい変換」「腐女子妄想」できるしな…ということでやってみた。


▼  やってみた…。


▼  やってみた…。


▼  ダメだった。


▼  この敗因(?)は、一体、何に起因するのだろう…って、冷静に考えてみると、カップリングが思いつかないことに尽きてしまう。そういえば昔、「中田英寿×城彰二」のやおい本があった記憶があるけど、それって「ジョホールバルの奇跡」の頃、あったにすぎないよなあ……  今更「中田英寿×川口能活」というのも、とても「ケンコジか!コジケンか!!」に類するバトルには、なりそうもない。中田英寿は、カップリングの対象がない位、隔絶した位置にいたんだなあ… あらためて驚嘆してしまう次第。稲本潤一や小野伸二などの99年ワールドユース組とは、存在のあり方がまるでちがう。


▼  そういえば、2002年日韓ワールドカップのとき、中国の某夕刊紙で「W杯、不細工ベストイレブン」という特集が組まれていた。スペインの闘将カルレス・プジョールと並んで、堂々ランクインしていたのが、なにあろう、わが日本代表、稲本潤一である。曰く、「日本人は彼をハンサムだと思っているが、世界的に見ればどうみても不細工の部類に入る」。稲本潤一をハンサムと感じるのは、ひょっとしたら「やおい」に犯された人間、「やおい」的感性なのではないか ……… なによりも、中田英寿には無理でも稲本潤一なら腐女子妄想ができる、この私が言うのだ。おそらく、間違いあるまい。嫌だなあ……


▼  閑話休題


▼  結局、このW杯は、「ジダンが決勝で退場したW杯」として、記憶されてしまうのだろう。前回のW杯が「誤審のW杯」としか記憶されなかったように。


▼  こんな語られ方が横行してしまうのは、試合自体にあまり魅力がなかったからではないか。欧州のクラブチームこそ最先端、代表チームは組織力・熟成という点でクラブチームより劣るから ……… 。あまり言われていないようだが、今回のイタリアの優勝は、90年イタリア大会のドイツ以来、16年ぶりの純正白人チームの優勝でもある。今回のW杯とは、「テルミドールの反動」であったことはあまりにも明らかだ。


▼  美しきブラジルサッカー。それは、黒人の技術や身体能力をサッカーに初めて導入した、「世界最初のブラックパワー」であったことと無縁ではない。ブラジル以外、黒人を主体とした強豪といえる代表チームは、長らく存在しなかった。美しきブラジルの神話。88年オランダ、98年のフランスがそれに続いた。魅力的なサッカーには、黒人は欠かせない。今回、ひどく退屈にみえたのは、存外、そんな所に原因があるのかもしれない。2010年W杯は、南アフリカで開催される。魅力的なサッカーの復権が見られるのではないか?


▼  よしなしごとを書き連ねてきた。ここまで読まれた方、ご静聴ありがとうございました。




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Last updated  Nov 4, 2006 02:52:52 PM
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Jun 13, 2006
カテゴリ:スポーツ・ゲーム



▼  スポーツを観戦して、感涙にむせぶことなんて滅多にない。だからこそ、そんな瞬間に立ち会える幸せをもとめ、ついついスポーツ番組を見てしまう。しかし、それは稀にしか訪れることがない。サッカーを観戦して、もう何十年になる。しかし、そんな瞬間は、今まで前回W杯の「韓国-イタリア」戦だけしか体験したことがない。


▼  あの日、僕は友達と外国にいた。だから、不満・鬱憤がネットにぶちまけられることになる、日本におけるテレビ中継の「韓国贔屓」とは縁がない。あの試合、とある大画面のテレビの前に、韓国人が百名近く集まっていた。彼らは、赤いユニフォームを着て、「テー、ハン、ミング!」と大合唱していた。その様子を、周囲の日本人と同じく、不快に感じながら眺めていたことを覚えている。サッカーファンで、韓国チームを応援するような奴は、日本人にはいないだろう。サッカーファンにはあるまじき、「ドイツサッカーファン」の私であっても、当然の様にイタリアを応援していた。


▼  ところが、である。先制すると、早速、ゴール前に鍵を掛けたイタリア。その鉄壁のカテナチオに、韓国サッカー選手は、突っ込む。守備では手荒いファウルを浴びせ、全局面で走りまくり、技術的に上回るイタリアを自陣に押しこめて、土壇場で同点に追いついてしまう。おまけに、トッティ王子は退場。なんたる凡戦。なんたる判定。イタリアには、敗色さえ漂う。とても、マジメに見ていられる試合ではない。ふざけんな。


▼  そう思った瞬間、韓国人サッカー選手が、テレビ画面をよこぎった。凄まじい形相。つった足。ビッコを引き、苦痛に顔をゆがめながら、転びそうになりながら、それでもゴール前に走ってゆく。精神が肉体を超越するさまを目撃したとき、涌きあがる言葉にならない感動が私を襲った。このふざけきった試合は、私にとって聖なる試合に変わった。その直後のことだった。安貞桓が決勝ゴールを決めたのは。爆発する韓国人サポーターの歓喜に交じることなく、私は茫然となりながら自室へと引き揚げる。なすすべなく敗けた、同W杯の日本-トルコ戦、昨日の日本-オーストラリア戦とは、対極にある試合といって過言ではない。


▼  感動とは、言語化できないもの。否、言語の効果として立ち現れる、言語で説明できない剰余なんだろう。韓国-イタリア戦は、技術的にも、戦術的にも、フェアプレイの観点からも、何一つ誉められる試合ではない。もっと素晴らしくて美しい試合はいくらでもある。ところが、よりによって、こんな試合に感動を覚えてしまった。モレノ審判員の買収話を書き立てる『週刊誌』や2ちゃんねらーをみるたびに、憫笑していたものだ。対ポルトガル戦や対スペイン戦では、韓国に憎悪すら覚えているものの、「韓国-イタリア」戦をみることができたことは、今でも感謝している。


▼  イタリアは韓国に完全に力負けをした。それだけは間違いない。アイデアのない中盤。意図のないカウンター。守備的なだけの選手たち。負けて当然。そんなサッカーの質しか、イタリアには備わっていなかった。疑うものがいるなら、1982年スペインW杯のビデオを見るがよい。ブラジル-イタリア戦だけでなく、決勝のイタリア-西ドイツ戦、イタリア-アルゼンチン戦も見てほしい。残酷なまでに、美しいカウンター。守備だけでなく、攻撃があまりにも素晴らしかった。82年に比べれば、02年W杯のイタリアなど、出来の悪い模造品でしかない。


▼  まったく破綻することのない、マンツーマンディフェンスと、それを締めるシレアのカバーリングのすばらしさ。今みても、まったく遜色がない。日本がお手本にしてほしいくらいである。それぐらい美しかった。


▼  何よりも、マルコ・タルデリと、ブルーノ・コンティの活躍は筆舌に尽くしがたい。大会6得点、ジーコ・ファルカンのブラジルを沈めるハットトリックを決めたロッシ。40歳の主将、鉄壁のGKゾフ。この千両役者2名に隠れて目立たないが、イタリアの中心は明らかにタルデリとコンティだった。タルデリは、フィールドの全域に出没して攻守をつなぎ、コンティは独楽のように踊り回りながら、ドリブルで堅陣を切り崩す。西ドイツ、アルゼンチンは、この2名にやられたといっても過言ではない。タルデリは、サッカー歴代ベストイレブンに選びたいぐらいだ。


▼  結局、イタリアが20年間、W杯に優勝できなかったのは、タルデリとコンティの役目を果たせるプレーヤーがいなかったためだろう。ロッシの代役はいた(バッジョ)。ゾフの代役もいた(ブッフォン)。アントニオーニの代役もいる(ジャンニーニ、ピルロ)。グラッツィアーニの代役もいる(トニ、ビエリ、ビアリ)。シレアやカブリーニや、ジェンティーレの代役はいなかった時がない。バレージ、ネスタ、マルディーニ、コスタクルタ、カンナバーロ…  ましてや、オリアリに事欠かない。しかし、タルデリとコンティの代役だけは、1982年以降、見つけることができなかった。この2名だけは、どうしようもないのだ。デ・ロッシとカモラネージでは、とてもタルデリとコンティの代役は果たせそうにない。


▼  圧倒的なブラジル優勢が囁かれている2006年ドイツW杯。イタリア・イングランドなどの、ヨーロッパ勢の健闘がもとめられている。イタリアが歓喜につつまれるとき、それはタルデリとコンティの代役が、見つかった時であろう。永遠を思わせるコンティのドリブルと、神出鬼没のタルデリの走力・判断力。2名にかわるサプライズが、イタリアに訪れることを願ってやまない。




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Last updated  Nov 4, 2006 02:53:47 PM
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May 16, 2006
カテゴリ:スポーツ・ゲーム


毎日新聞が、とうとうメディアを総動員して牙をむき始めた。名人戦主催権に関して社をあげてのネガティブキャンペーンは、とうとう毎日新聞の今日付社説にまで及んだ。本ブログで予想した通り、名人戦を失うなら将棋界そのもの、将棋文化そのものを根絶やしにしてもいい、的な決意をしたに違いない。そして、名人戦主催を降りた時のための、周到な読者への言い訳であろう。これらのことは、すでに以下のブログ(1)(2)(3)において詳細に論じてあるが、今回の毎日新聞の社説は、特に醜悪にして不愉快なものである。徹底して批判されなければならない。腐臭をはなつゴミメディア、毎日新聞。そのプロパガンダを逐次徹底的に検証していこう。

■ 社説:名人戦問題 まずボタンのかけ直しを

将棋名人戦の主催を毎日新聞社から朝日新聞社へ移そうという日本将棋連盟(米長邦雄会長)の理事会の動きが明るみに出て1カ月余がたつ。この間、多くの読者から名人戦を守るという本社への励ましをいただいた。

名人戦目当てで毎日新聞をとっている読者は多いのだから、「利己的」な読者が励ますのは当たり前のことだろう。読者をダシにした自己の正当化を図っているに過ぎない。

 連盟から名人戦の第66期以降の契約解消をする旨を伝える「通知書」が送られてきたのは3月末だった。それと前後して本社を来訪した中原誠副会長はこの「通知」が、朝日新聞との間の隠密裏の交渉を踏まえての連盟理事会の「苦渋の選択」だと説明した。

あのさ。毎日の社説子よ。たとえば企業買収にしても、オープンにしておこなう人が、どこにいるんだね。ふつう隠すでしょ。将棋連盟は、契約主体であることを理解していないのか?親にでもなったつもりかね。「隠密裏」というイメージ操作をする、そのセコさ、ちょっと許せない。

 もともと現在の名人戦は本社の前身の東京日日新聞社が世襲名人位を買い取り、それを連盟に寄贈して創設した史上画期的な棋戦だった。戦後、契約更改紛糾につけこんだ朝日が連盟と毎日との交渉中に別契約を結んだことで朝日主催で行われた時期もある。しかし76年には連盟と朝日の交渉が決裂、連盟の懇請を受けた毎日に復帰した。この際毎日は、堂々と朝日の契約終了を確認し、通告した上で交渉を開始している。

また、毎日新聞のプロパガンダか。
この記述は、3点、読者を騙すためのウソが散りばめられている。一部重複するが書いておく。

A 世襲名人位買い取りと連盟寄贈

当たり前のことだが、一番最初のタイトル戦、「名人」と名をつけたいので、関根十三世名人を引退させるために渡した「名人」の代金のことにすぎない。分かりやすく今風にいえば、タイトル棋戦創設に払う契約金のことである。契約金と書いたら、格が下がるので、毎日新聞は「名人位買い取り」「寄贈」とプロパガンダしているのだ。こんなウソに騙される人もいるんだろうね。

B 「契約更改紛糾につけこんだ朝日」「連盟の懇請 毎日」

「契約更改紛糾につけこんだ」と朝日新聞を批判しながら、76年の移行に関しての毎日新聞に行動には「連盟の懇請」という表現を使う、プロパガンダ攻撃。だがよ、毎日新聞さん。あんたが始めたとはいえ、戦中戦後の混乱期、15年もたたぬうちに、朝日新聞に移ったのではないかな。その後、毎日新聞よりもはるかに長い、25年にも渡っての、朝日新聞が名人戦を主催する「歴史的経緯」があったではないか。76年当時の毎日新聞への移行は、「毎日新聞の論理」では「強奪」であって「復帰」ではない。自社と他社では、ダブルスタンダード。「連盟の懇請」というなら、現在の朝日新聞でも、一貫して「将棋連盟の懇請」を強調しているだろう。なぜ、「連盟の懇請 朝日新聞」と書かないんだね?

C 「毎日は、堂々と朝日の契約終了を確認し、通告した上で交渉を開始」

あのさ。朝日との交渉のあと、読売新聞と将棋連盟の交渉の一件はどうなったのかな。読売との交渉に決裂したから「契約終了を確認」できただけだし、朝日新聞が将棋連盟に訴訟をおこそうとしていたから、「通告」しとかないと、毎日新聞が困っただけだろう。今回の一件とは、何の関係もない。毎日新聞の一身上の都合にすぎない行為を「信義」なる美名でプロパガンダするな!

 契約上はもちろん、こうした歴史的経緯に照らしても信義にもとる「通知」に対し、本社は一貫して撤回を求め、その上で66期以降の契約内容について誠実に話し合う意思を示している。しかし連盟理事会はこれを拒んだまま新たに名人戦の毎日・朝日共催という提案を行った。身勝手な構想を一方的に突きつけてくる非常識はともかく、不可解なのは米長会長ら理事会がこの間、ファン注視のこの問題について社会的な事情説明や意思表明をほとんど行っていないことだ。そればかりか朝日移管案をめぐる理事会決定や、本社とのやりとりについて、従来の説明や事実と異なる発言が飛び出し、その信義誠実への疑念まで呼び起こしているのはどうしたことか。

おかしいね、毎日新聞さん。
信義誠実がないのは、毎日新聞では?

「自動更新しないため通知書を送った」と、将棋連盟が弁明したとき、毎日新聞は通知書撤回しても、第66期以降の契約内容は「連盟の懸念するような、自動更新されるようなことはない」と、将棋連盟棋士を集めて説明会を開いていたよね。違ったかな? 毎日新聞の説明が本当ならば、自動更新されることはないのだから、朝日新聞に移すことは「契約上はもちろん」「信義にもとる」「通知」のはずがないだろう。 将棋連盟は「永遠に毎日新聞以外には変更できない」けど、「自動更新されることはない」契約っていったい、どんな契約なんだよ(笑)。毎日新聞の言うとおりだと、毎日新聞の名人戦契約料提示額が嫌でも、他社に絶対変更できない、奴隷的な片務契約になっちまうだろ。そんな詐欺じみた契約を結んだのかい?それは絶対ないよな。棋士に説明したように「自動更新されない」のか、社説で言うように「自動更新される」のか(朝日に移すのは、もちろん契約に反する)どっちなんだい? 

ここまで「撤回」にこだわる以上、撤回させないと契約上、将棋連盟は、朝日新聞に移行させる権利が保留していることを意味しているのではないのかな。つまり、「契約上はもちろん」という毎日新聞の社説は、ウソだってことだ。


連盟理事会は棋士には連盟の苦しい財政事情を訴えたという。だが、これまで本社はじめ棋戦を主催する新聞各社はみな経済動向を踏まえて契約金の上積みをしてきたではないか。なのになぜ財政難が生じたのか。またそれをどう克服しようというのか。その説明もせずに、まるでアメ細工のように勝手にスポンサーをすげかえたり結びつけたりして収入増を図ることができると思い描いたのならば、公益法人の運営に責任ある者として安易にすぎよう。


キタ━━━━(゚∀゚)━━━━ッ!!
泥棒ウソつき新聞社、毎日新聞社の居直り、極まれり!!!

名人位が格式の頂点である以上(賞金の頂点ではない)、名人戦タイトル料が押さえられている限り、他社主催棋戦のタイトル料は絶対あがらない。そのことは、読売囲碁名人戦騒動でとっくの昔に実証済である。将棋界タイトル戦価格のプライステイカー毎日新聞社によって、経済動向を踏まえない、雀の涙の契約金の上積みが横行していたのだ。将棋名人戦の契約料は2倍しか増えていない。しかし囲碁棋聖戦だとタイトル料は2・5倍、囲碁名人戦だと3倍近い。財政難が生じたのは、囲碁の場合は日本棋院にあっただろう。しかし将棋の場合、毎日新聞が名人戦にまともに金を払わない上、王将戦すら「まともに育ててこなかった」ことが原因であることは、断じて間違いではない。悪いのは、毎日新聞、おまえであって、公益法人なる理屈をつけて、将棋連盟のせいにしないでほしい


(1万字超えたので<2>に続きます。応援ありがとうございます)

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Last updated  Nov 4, 2006 02:54:38 PM
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Apr 20, 2006
カテゴリ:スポーツ・ゲーム


(承前1)
(承前2)

囲碁名人戦の契約料1億円!
これは将棋連盟の関係者を激怒させることになりました。

なにせ囲碁と将棋は、対等とされています。これが実は囲碁にとっては困りもの。歴代プロ棋士数は、囲碁の方が将棋より2~3倍多い。現在も日本棋院・関西棋院は、将棋連盟の3倍近いプロ棋士を抱えています。ちなみに囲碁は、将棋の倍、手数がかかります。NHK杯「囲碁」「将棋」の放映時間は均等なので、ほとんどの場合、囲碁では対局後の棋士の検討シーンを見ることができません。ファンの不満は募るばかり…失礼。とにかく、将棋と囲碁はワンセット。安く将棋名人戦を主催しておきながら、囲碁名人戦に高値を付けるのは何ごとか!!!

将棋連盟は、当初、朝日新聞に契約料3億円を要求しました。この後の成り行きは、ご存じのことでしょう。むろん、将棋名人戦は順位戦というオマケもあるので、囲碁1億円とどう折り合いをつけるかが問われるのですが、将棋連盟の要求する1億4000万円弱と、朝日新聞の提示額1億1000万円の間がどうしても埋まらない。朝日新聞は、長い間、奨励会員など若手棋士を大事にしていなかったこともあって(「牛丼の怨み」といわれた)、若手棋士を中心に朝日新聞への反発が高まっていました。この頃、読売新聞は塚田正夫、朝日新聞は升田幸三、毎日新聞は大山康晴を抱え込んでいました。名人戦開催問題は、将棋連盟の派閥紛争に飛び火します。とうとう将棋連盟と朝日新聞は決裂。朝日新聞は、1961年の読売名人戦誕生のとき、それまでの「大手合」の契約打ちきり通告を行ったように(後に十傑戦を開始)、1976年で名人戦主催打ちきりに対しても、大型の新棋戦を創設をするようなことはしませんでした。「全日本プロトーナメント」「朝日オープン」は、毎日新聞・スポニチ主催の王将戦よりずっと賞金・契約料の高い棋戦ですが、7大棋戦ではありません。

名人戦契約打ちきり。
77年の1年間、名人戦予選と名人戦のタイトル戦を開くことができませんでした。
将棋連盟は、財政に大穴をあけてしまったのです。

そこで満を持して手をあげたのが、毎日新聞でした。将棋連盟は、毎日新聞への大山康晴のコネを使い、78年から名人戦を毎日新聞に移管することになります。毎日新聞は、朝日新聞から移管された名人戦のみならず、王将戦も主催しているのはそのためです。なによりも、朝日新聞と決裂して同社が将棋から撤退した以上(一時アマ棋戦を載せていました)、将棋連盟の財政は、毎日新聞が埋めないとならないのです。将棋名人戦に対する、「毎日新聞の恩義」。そう語る将棋関係者はいるでしょう。しかし、それは事実として正しいのでしょうか。

こちらに毎日新聞の声明を引用しているので確認して欲しいが、毎日新聞の声明は自己欺瞞に満ちたもので、ちゃんちゃら可笑しい。

まず第一に、すでに指摘してあることですが、毎日新聞は王将戦を将棋連盟とともに最高レベルのタイトルとして育ててこなかったのです。このことについて、口を拭って知らんぷりをしている。王将戦に2億から3億の契約料を出しているならともかく、3大棋戦の一角を7大棋戦の最末席、契約料8000万円に値切っていて言うセリフではない。人をなめるのもいい加減にしてほしい。

第二に、毎日新聞は名人戦の契約金を将棋連盟の要請に応じて徐々にアップしてきましたと書いてあるが、毎日新聞のプロパガンダにすぎない。そもそも、「アップしなかったこと」で囲碁名人戦が読売から朝日に移転、さらにそれが将棋名人戦に飛び火した以上、「徐々にアップ」するのは当たり前でしょう。毎日新聞に「アップしない」選択肢など、最初から与えられていない。与えられていない権利を、持っているかのように書くな!

第三に、「日本の伝統を大切にする将棋連盟が信義よりも損得を重視するのでしょうか」「毎日新聞は復帰交渉に入ることをあらかじめ朝日新聞に通告したうえで連盟と契約しました。毎日新聞はきちんと手順を踏んだ」と併置させることで、毎日新聞が「信義」を守って、朝日新聞・将棋連盟が守っていないことを匂わせようと画策しているのです。ちゃんちゃら可笑しい。

そもそも30年前、復帰交渉に入ることを通告し、「手順」を踏んで、信義をまもったことで誰が得をしたのか、よく考えてみてほしい。皆さんが転職を考えたとき、失業してから次の職場を探すのと、在職中に次の職場を探すのと、どちらを選ぶだろうか。どちらが有利であるか一目瞭然だから、貴方は迷うことはない。むろん、在職中に探すのがベター。失業して会社回りをしても、足下を見られ、転職先に安く買いたたかれてしまう。交渉力がまるで違ってしまう。

毎日新聞の卑劣極まる声明の中で何よりも許せないのは、「信義」「手順」を守って得したのは毎日新聞であって、将棋連盟でも朝日新聞でもないことを意図的に隠蔽していることです。30年前将棋連盟は、読売新聞との交渉に失敗してしまう。将棋連盟は、1年間、看板棋戦である名人戦を開けず、財政に大穴を開けている。交渉力は、朝日新聞ともめている時と違い、決裂の後は圧倒的に弱くなっています。このような手法をとる毎日新聞の、一体どこが「信義」で、どこが将棋界の「恩人」なのか?。実際、毎日新聞は朝日新聞と大してかわらない金額しか提示していません。将棋連盟の「毎日新聞移管決議」は、大山康晴のテコ入れがあってさえ、2票差で通過するほどの大荒れだったといいます。このことからみると、値切り放題だったといっても過言ではないでしょう。毎日新聞に「手順」を踏み「信義」を守って欲しいと思ってるのは、値切り放題をやった、毎日新聞以外のだれがいるのか。将棋連盟にしてみれば、「信義」を破ってでも高値で買って欲しかったに決まっているでしょう。どす黒い自社利害の追究を、「信義」なる美辞麗句でカモフラージュ。誰も頼んでいない「信義」を守る毎日新聞。ここまで不愉快極まるプロパガンダは、聞いたことがない。

将棋名人戦は、朝日から移る際、36期名人戦2億円(35期休止)、37期1億4500万円、38期1億6000万円で妥結したことになったとされています。毎日新聞が「恩人」の地位をどれくらい徹底的に利用し尽くしたか、あまりにも明らかでしょう。王将戦の没落だけではありません。今期の将棋名人戦契約料は、3億3000万円。そう。ここ30年間で2倍しか、値上げされていない。ちなみに囲碁は契約料が公開されておらず、タイトル料しか判明しないものの、それでも読売新聞の囲碁棋聖戦のタイトル料は、1700万円から4200万円と、2倍半にはなっているのです。毎日新聞は、交渉力の極端に落ちた将棋連盟に「恩」を売って、その「恩」を盾にとって価格交渉を有利に進め、将棋連盟の財政を悪化させた主犯の一人といってよい。被害者ぶるな、といいたい。

「信義」とは、他人のために果たすべき「義」のことを言うはずだ。自分の利益を増進させるために尽くしたにすぎない「手順」を、「信義」などと言いくるめるバカが、いったいどこにいる!!! ジャーナリズムの自覚があるなら、寝言いうのもいい加減にして欲しい。

こうなると当然だが、第四に、長い間お世話になり、感謝している。名人戦の運営には何の問題もなく、あのような通知書を出して恐縮しているの一文を引用して しかもその運営には何の不満もなかったパートナーに対して、社会通念上も許されない行為などと抜かすのは、あまりにも不愉快な難癖としかいいようがない。どうみても、社交辞令ではないか。名人戦・王将戦の契約金を抑え続けた以上、運営に問題があったに決まってる。今後とも、王将戦を引きうけてもらわねばならないスポンサーだから、毎日新聞に対して強くいえないだけだ。どれくらい、恨み辛みが将棋界でたまっていたか、想像に難くない。一応、将棋連盟が大ぴらにはいえないから、読者の皆さんが分かるように代弁して書いているのだけれど、相当、毎日新聞にカチンと来ていたに違いない。ましてや、自分の利益の追求を「信義」と言いくるめ自分が被害者に治まろうとするばかりか、名乗りをあげた新スポンサーの朝日新聞を悪者にしてのネガティブキャンペーンは、断じて許されるものではない。

なぜなら、毎日新聞の筋書きはあまりにも明らかだからです。

朝日新聞を悪者にしてつむじを曲げさせ、名人戦引きうけを躊躇させる。
名人戦価格は暴落。毎日新聞は契約料値上げどころか、値下げに成功。
「罪」を全部将棋連盟になすりつけ、ウハウハ
ついでに王将戦負担の見直しまで呑ませる腹もあるのではないか?

たとえ将棋連盟が突っぱねても、「悪いのは将棋連盟」と、ファン納得の上、名人戦・王将戦から足をあらうことを考えているかもしれない。そのための布石として、将棋連盟を悪者にして、絶縁やむなしを盛り上げようとしているように見える。どっちに転んでも、毎日新聞に損はない。損をするのは、将棋連盟だけ。ここまで考えての強硬姿勢であることは、毎日新聞の取りあげぶりを考えても明らかでしょう。

結局、読売新聞社が日本囲碁界を衰亡させたように、毎日新聞は栄誉ある名人戦を失う位なら、将棋界はどうなっても良いとでも考えているのではないでしょうか? 手際の悪さや、表面的に礼儀を尽くしていない不備が目立つ将棋連盟。とはいえ、毎日新聞の思惑に従えば、いずれにせよ将棋界に破滅が待ちかまえています。そもそも、30年前の名人戦移管騒動がキチンと収まっていれば、囲碁3大棋戦のようなものができたのです。あの時の掛け違いが、今の財政状況を生んでいます。将棋界は、毎日新聞に土下座しても死、蹴っても死。もはや、ここまで来た以上、前に進むしかありません。

将棋名人戦は、朝日新聞移管しかない。
たとえ王将戦が廃止されようとも。チキン・レースで張り合うしかない。

そして、囲碁・将棋両名人戦を主催を引きうけた以上、朝日新聞はもう少し平日の囲碁・将棋欄を充実させて欲しい。解説のいっそうの充実だけでなく、旧・新名人戦を統合して、読売にはできなかった呉清源の名誉名人位の贈呈など、囲碁名人戦を将棋名人戦に匹敵する格式の高い棋戦に育てて欲しい。

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