052120 ランダム
 HOME | DIARY | PROFILE 【フォローする】 【ログイン】

ぶらび★のエキセントリックに行こやー日記。

PR

全11件 (11件中 1-10件目)

1 2 >

考え事。

2017.09.05
XML
カテゴリ:考え事。
http://haou.jp/sigotogadekinai.html

『8割の人は普通以下なんです・・・


新しいこと教わったけど、全く理解できない。何回も同じこと聞くから、怒られてばかり。応用もきかないから、聞いたことしか出来ない所か、聞いたことの何とか半分くらい出来る感じ…

陰口たたかれ、「使えない奴」と言われ、職場でも居心地が悪い。

ここで、仕事を辞めて、転々とするか、何とか居続けるかは、その人次第かもしれません。

辞めたところで、結局は同じ壁にぶつかります。違う職場でも、同じ壁にぶつかる可能性は高いです。

辞めた所で、根本的な解決にはなりません。フリーターで生きていくなら、それでもいいかもですが、社員として生きていくなら、プライドを捨てることも必要になってきます。

ポジティブ思考とは反する所があります。適度(てきど)なポジティブはとても効果的ですが、過度(かど)にポジティブに考えるのは心の負担になってきます。

人の期待に応えるのはやめましょう

別に仕事なんて出来なくていいんです。諦められたっていいんです。とりあえず会社行ってれば、なかなか首はきられません。

ウツになったっていいんです。その環境でウツにならない方がおかしいんです。でも、適当に考えたら別にウツにすらなりません。

少し真面目をやめて見ましょう。自分のペースで働いて見ましょう。

今の会社の給料が低いなら、辞めた方がいいと思います。フリーターと一緒なら辞めるべきでしょう。

平均以下の年収でも、全然結構だとおもいます。フリーターと比べて時給換算して、給料が高いなら続けた方が金銭面では有利でしょう。

続けると決めたなら、後はどう考えるかだけです。楽に考えていきましょう。

「陰口」、「仕事出来ない」は当たり前。「そうですけど何か?」開き直って見ましょう。

職場の人は、基本陰口叩きまくります。利害関係で成り立ってるので、他の人のちょっとしたことも不満になります。悪口、批判、噂話の嵐です。そんな暇な人を相手にしていては、体が持ちません。

割り切って考え、自分の悪口は「言われまくっている」と考えて過ごしましょう。

そして、言っている人は、それ以上に言われていることもすぐにわかることと思います…

…仕事なんて結局は2割の人が8割の仕事をこなすように出来ています。2割の人が優秀で尊重され、2割の人はぶら下がる。残り6割は普通の人。2対6対2。2割8割などとよく言われます。』



今日は仕事で深く落ち込んで、自分の存在価値が心底感じられなくなってモヤモヤしてた時…

仕事ができない(できなくてもいいんです)

という内容の記事を読んで、少し救われた。。。

私は仕事ができない8割の中でも、その下の方の2割の人間なんだ、でもそれでもいいんだ。
よくないかもやけど、、、笑

でも、仕事は真面目に、考え方は楽に。


また、自分のペースで頑張ろう。






Last updated  2017.09.05 23:51:53
コメント(0) | コメントを書く


2016.01.17
カテゴリ:考え事。
何であんな頑張ってブログ書いてたのか。


楽しんでたのもあるけど、当時のうちは彼になりたかったのだろうな。


彼の生き方が格好良くて、キラキラ輝いてて。


そんな彼の背中を追っかけていたように思う。これからもずっと、彼を目標に生きて行くんだろうなーと信じて止まなかった。


それが彼の死によって、この先自分がどう生きてったらいいのか、急に道が塞がれたような気持ちになった。


それからずっとずっと、不器用な私は地面に這い蹲りながら、情けなくもがきながら、目指す方向を模索してきたように思う。


時の流れも、もちろん大きな助けだったけど。


うちはまだ。あの頃の整理がつき切れてないらしい。



さてさて、洗濯干さなきゃ。


霜の降りる寒い朝です。








Last updated  2016.01.17 08:02:22
コメント(0) | コメントを書く
2009.04.24
カテゴリ:考え事。

3月25日で24歳を迎えましたぶらびです。


20代もそろそろ折り返し地点が見えてきた~。






今年の3月の末は、激動の時だった。




私は自らの意思で、
人生のレールをねじまげてやったのです。





昨年に契りを交わした婚約を、破棄しました。



実はずっと、結婚することに対して、
モヤモヤとした気持ちをぬぐいきれないでいた。


でも、もう何もかもが億劫で流れに身を任せていたので、
深く考えず、ぼーーっとしている間に時間だけがたっていった。



けど、やっとここにきて、答えが見えたんよね。


自分の理想像とか、
自分のやりたかったこととか。


ある時から、急に見えはじめてきた。



そして、「このまま結婚したらきっと離婚するな」と察したが早いか、
その日から行動を起こした私。


相談できそう人に片っ端からアポをとり、
話を聞いてもらって、意見を聞いた。


そしてまた、自分でも毎日毎日考えた。
「今度こそハッキリさせよう。自分がどうしたいのか。」と。




3年前、恋人を亡くすというめちゃくちゃヘコむ出来事があってから、
自分が自分の主人になることから逃げてきた。


軽度だったとはいえ“うつ病”という、
全く未知なる最低サイアク体験をしたけど、
もうあとは自分次第、というところまでは、
もう早い段階で漕ぎ着けていたんだと思う。



しかしそこから浮かび上がる手段もまた、未知なる経験。



他人の力を頼りに生きてきた私は、
こればっかりはいろんな人に相談しても共感を得ることは期待できず、
どうしていいかわからず、わかろうと特に行動することもせず、
ウジウジだらだらと、ただ時の流れに身を任せてきた。



でも実は、ただ時の流れるままにだらだらと過ごすことこそが、
自分にとってすっごいプレッシャーで、重荷で、ストレスやったんやね。



人生に責任を負うことは、恐ろしくて、めんどくさい。



でも、現実に目をつむって、
時間の経過に引きずられるように生き長らえるのは、
それよりずっとはるかに脅威やったんや。






「できない難しいこと」じゃなく、
「できる簡単なこと」を大切にする。



ある病気をきっかけに引きこもりになり、
何もかもにやる気を失っていた男性がいた。


しかし彼はセラピストとの約束をし、
「トイレのスリッパをそろえる」ことだけは必ず実行することにした。


一週間後、「コレだけでは物足りない」と、彼はセラピストに言ってきた。
また新しい課題を決め、実行していった。


そんなことを繰り返して、半年後。
彼は、営業の仕事に見事復活したそうだ。



できないことにばかり心を注いでしまうメンタリティから、
「この状況にあって、何ならできるのか?」
と考えられるメンタリティに変えること。
これが重要。



スリッパを揃えることから、社会復帰をするなんて、
とんでもなく長い道のりに思う。



確かに、長い道のりではある。



しかし、実はこれが一番の近道なのだ。


なぜか。


「できないこと」に無駄なエネルギーを浪費しないということは、
寄り道をしないということだから。



自分の全身全霊を「できること」に注ぎ、
「ないもの」にエネルギーを無駄遣いしないなら、
実際、目標の実現は思ったよりもずっと早く訪れるもの。



成長の速度は、なかなか目に見えた進歩が感じられないけれど、
継続するにつれて速度は加速していくのだ。















・・・という、最近読んで劇的に影響を受けた本の抜粋です。





うちは、以前とは意識と方向性は変わった。


でも、弱くて甘っちょろくて億劫がりで常に逃げ腰な自分は、
まだ全然変わってない。


ちょっと気を緩めると、
「もうダラダラでなあなあに過ごしてしまえよ、前向くのめんどくせーじゃん」
という悪魔的な自分が誘惑してくる。


負けそうになるけど、
でも、後ろ向きのに世界には地獄が広がってることは、身をもって経験した。


あきらめたら、また同じ事を繰り返すだけや。
また寝ても覚めても闇の日常を彷徨うんや。


そっちの方がもっと怖い。


なぜなら、自分と向き合い、惰性で過ごさない今の方が、
断然開放感にあふれ、すがすがしいから。


・・・なのに、それでもまた元に戻ろうとする自分。


人間って、そういうふうにできてるらしい。
人間の潜在意識が新しい経験を恐れて、
元にあった通りに戻ろうとするんやって。



3年間そういう非理想的な時間を過ごしてきたわけやから、
強い意識を持たなくても、自然と自分の人生に責任を負えるようになるには、
それぐらいか、それ以上の時間はかかるやろう。




しかし、自分には理想がある。ささやかやけど夢もある。



24歳の自分は、“自由”になろう。



他人に流されず、自分の意思で選択できるようになりたい。




できることをやる。


細くてでもいいから、とにかく長く、ね。






Last updated  2009.04.24 22:53:21
コメント(43) | コメントを書く
2009.02.16
カテゴリ:考え事。


今年流行のインフルエンザといえば、ソ連A型。
(香港A型に続いて2番目に多いらしい)


こちらはワクチンもタミフルも効果が見られず、
また2008年の冬から、10代の者にはタミフル服用が禁止された。


そこで、今ニュースですこぶる『リレンザ』が話題となってます。
これは、パウダーを吸入して喉の粘膜に直接作用する薬なのだそう。


リレンザでも高校生の自殺者が出てしまいましたが・・・
ま、実際の因果関係はわからんそうですがね。



12月から薬局の事務として仕事をはじめたぶらびです。



仕事は、非常に楽。
まぁ、楽なら楽なりのお給料ですよ。


何の為に4大行かせたんや金返せと親にはなじられ\(^○^)/


反論の余地がなく「ほんまにやな」と言うとため息つかれ\(^○^)/



職場の常勤の女性にも、
「なんで4大卒でココきたん?って、みんな言ってたよ」



4大卒がなんぼのもんなんや( ̄_ ̄)



うちは正社員の仕事にありつけただけでラッキーと思ってたが、
4大卒という肩書きは、もっと給料いいとこで働けるのか?


ふー、世の中がワカラン。。



まあ、ここはいずれにせよ、今秋か冬までの腰掛け。


今年9月には、相方と結婚するのが決まりまして。


確かまだブログでは書いてなかったよーな・・・。


というわけで、とりあえず記載しておくことにします。w



人生の半分以上は親のスネカジリによって構成されたぶらび、
お互い貯金のないカップル、果たしてやっていけるのかどうか・・・


今度こそ改めて社会の荒波に放り出されるのだ。


泳いでいるうちに筋肉もつこう、と、最近そんな風に考えたり、
が、しかし、突如「むりむりむりむりむり~」という不安に襲われたり。


我が人生24歳という地点での、なんか早いんちゃうんて気もしなくない結婚に、
人として不完全不安定なぶらび、オタオタしています。



そして、もうすぐ実家も新築というビッグなイベントがあり、
引越し作業(といっても、2件隣に借家できたというありえない幸運さ)にも、
めんどくさがりーなので、ギリギリになってオタオタ。



4月に神戸で就職して半年で引き上げて、
実家帰ってきて半年で借家へ引越しで、
また半年したら結婚して再び神戸へ。


なんて軽快なフットワーク\(^○^)/


念願の新築に住めないのは、しゃーないです。こればかりは。



なーんか、ばたついてるようで、
それでも前職よりは時間があって、
その時間をどんなことして埋めるべきなのか・・・



だりぃな~と思って何となくダラダラ過ごしてしまうと、
生活にハリが出ーへんくて余計モヤモヤしてしまうことがわかった。


けど何となくじゃない何か、
生活にハリを持たせてくれる何かってなんやねんと、
いつも模索して、何かてきとーに過ごして、
まぁそれなりに満足したり、イマイチやったりして、
気がついたら毎日それなりに時間が経ってる。















しかし、うち、どこに向かっているのだろうか。
















足元は見えてるけど、
向かうべき通過点や目的地をわかってない。




そんな気がして。















悩めるお年頃やろ。


だって、20代。
この中途半端な若さが、また悩ませる。
子供でも、大人でもなくて。


けど、みんな大人になろうと必死で階段上ってるんやと思う。たぶん。
そういう世代やと思う。


やから、30代40代50代から見たらかなり非現実的非日常的なテーマで、
うちらは悩んでいるんじゃなかろうか。


自分の人生の意味って?
自分の夢って?
自分の存在価値って?

って。


そういうテーマで悩めるんて、
ある意味幸せなんかもって、ちらっと思う。


若さゆえであり、
それ以前に、衣食住、健康、衛生、
なんじゃなんじゃと満たされてるがゆえ、
高貴な(?)テーマで悩めるわけではないのか。


けど、人間は欲深く、
あー満たされてるがゆえ悩むのかー、自分って幸せー、
なんて思えへんのよな。
どこまで満たされても悩みはつきひん。
次から次へと悩みを見つけ出しては悩み続ける。
人間は考える生き物やからしゃーないねんな。
















・・・けど思うわ、
ウツがひどかったり、あちこち関節が痛かったら、
あれこれと考えられへんのよな。こんなふうに。


苦しいー、しんどいー、痛いー、
なんとかしてくれーて、
それしか考えられへんもんなぁ。


12月にレミケード(点滴)治療をはじめてから、
リューマチの調子がぐぐぐぐっとよくなって、
かなり心に余裕が出てきたもんな。




そう思うと、うち、まじ幸せなんやけどな。




健康を手にして色々と考えられるようになれた今、
でもこれは、神様が与えて下さった束の間のキャンペーン期間かもしれん。





今のうちにいっぱいいっぱいいろんなことを、
考えて考えて考えよう。
悩んで悩んで悩もう。






Last updated  2009.02.17 02:16:30
コメント(9) | コメントを書く
2007.08.18
カテゴリ:考え事。
午後の紅茶レモンティ、焼酎のボトル、
小さなお皿に盛られたおばあちゃんの手料理。


仏前に座ると、懐かしいような、
不思議な感情がこみ上げてくる。


8月15日、お盆。
お盆で帰ってきているはずの、前の彼氏に手をあわせた。

家にお邪魔するのは、一回忌を迎えた3月以来。


私とちょうど入れ替わりで、彼の友人たち4人が帰っていった。
笑って私に、「あっきたきたー」なんて。

4人ともお葬式で出会った人たちばかり。

現在会うことはほとんどないけれど、
大切だった人が大切にしていた人たちだから、
私にとってもやっぱり大切な人たちだ。
これからも。



彼のお母さん、おばあちゃんが、いつものように暖かく出迎えてくれた。
3月以来の再会に、会話に華が咲く。


話していて何故こんなにも心がなごむのか、
こんなにもどんどんもっと話したくなるのか、
本当に不思議に思う。


でもそれはやはり、自分がかつて、
この人たちと家族になりたいと強く願っていたことが、
決して軽薄なものではなかったのだということなのだと思う。


未だに「こんなええ子を残してあの子は・・・」
と涙する二人を見て、複雑な思いを抱かずにはいられない。


家族というのは、全面的に、真正面から、
悲しみや辛さと向き合わなければならない。
毎日毎日、いるはずの彼はいつまでたっても帰ってこず、
あるのは遺影と小さな仏壇・・・


現実から逃げて、時には彼と付き合っていたことすらうやむやにしたり、
気を紛らわせ、忘れることで、
私は悲しみや辛さから逃れてきた。


そんな私には、彼の家族にかける言葉が見当たらなかった。





また秋には、彼の妹も一緒に、温泉旅行に行こうねと約束をし、
地下鉄の改札まで送ってくれた彼のお母さんに、
電車の窓から大きく手を振った。



いつも、お別れするたびに思う。
やっぱり、逃げられないって。


こんなに大好きな人たちとの、彼の家族との関係は、
もはや切っても切れないものなのだろう。


切っても切れない何かから逃げようとするから、
余計自分の首をしめていたのかもしれない。





フラフラと半分自暴自棄に毎日を生きる私を、
彼は天国から見て、あきれているかな。
もっとしっかり、地に足ついて生きなあかんやんって。
「もっと強くなって、自分に自信を持って」って、
言ってくれてたもんな。


強くなれる日、くるかなぁ。









とりあえず、おととしの彼の全面的な協力があったにもかかわらず、
4年で卒業はおろか、5年の9月卒業も逃したことは、
心から詫びの気持ちをこめて、手をあわせておきました。雫

ほんと、ごめんね。。。下向き矢印下向き矢印






Last updated  2007.08.19 14:05:28
コメント(7) | コメントを書く
2006.03.26
カテゴリ:考え事。
朱子像.jpg
↑朱子像

少年老い易く学成り難し

【読み】しょうねんおいやすくがくなりがたし

【意味】月日がたつのは早く少年もすぐに老人になってしまう。
しかし、その逆に学問はなかなか成し遂げられない。

若いうちはまだ先があると思ってのんびりしていると、
いつの間にか年をとっていて、
結局何も達成できずに終わってしまいますよという意味。


似た意味を表す英語のことわざに、
"The day is short, and the work is much."
"Art is long, life is short." がある。







あぁ、今の自分に捧げるにぴったりの言葉・・・。







Last updated  2006.03.27 01:34:22
コメント(1) | コメントを書く
2006.03.11
カテゴリ:考え事。

「この2つはバラバラよなーー」って、めずらしくマジメな話をオカンとしていたのが、帰国して2日目の昨日の事であった。


晴れた空を窓から眺めながら、一日中ノートに向かって何やら色々思いにふけっていた。
フィリピンで出会った人たち、
そして貧しくても力強く生きる子供たちの事を頭に浮かべながら。

というか、頭から離れへんねん。。。


うちがこうしている間にも、学校に行けずに、
危険を冒しながらもゴミ山で物を集めて生活の糧にする子供たち、
道路でお菓子やタバコを売る子供たちがうちと同じ時を生きている。


実際うちは、このフィリピンスタディツアーで、
そんな子供達と触れ合いました。
言葉こそあんまり通じ合えなかったけど、、、
それでも、手をつないだり、うちがだっこしてあげたり、
抱きついてくる子もいたり。


あの子達は笑顔で、そして元気でいたけれども、この先もずっと途切れずにいるんだろうか・・・。
この子達の為に、貧しい人たちのために、自分にできる事はないか。


帰国してから3日間、スラムに暮らす人々のことを思わずに今の生活するのが罪であるように感じ、日々「何か行動するべきじゃないのか」という焦燥感にかられている。


けど、やはりそれにはお金がいる。

うちは今就職を決める時期に立たされているけれど、
何らかの形で、世界の困っている人達(特にやっぱり子供達)に支援できるような仕事に就ければ・・・って考えている。

でもそれってどんな仕事かな(>_<;)

青年海外協力隊とかで求められるようなキャリアや能力は、うちにはない。こういうキャリア・能力を持っていれば、「できる事」の幅は広がるんやけど。


今の何も持たないうちが、貧しさで困っている人達を目の前にしても、何もしてあげる事はできない。
自分の無力さに、ただ苦しむだけやと思う。
今回のツアーのように。


長い目で見たとしても、今うちができる事はなんやろう。



今は、とにかく忘れたくない。このやりきれない気持ちを。


この先の毎日の生活で、フィリピンの記憶が遠ざかるにつれて、
忘れていくのが怖い。
忘れるなんて、罪や絶対・・・・・・


この混乱した気持ちのままでは何も解決しないんやろうけど、
平静になるっていう事は、うちの見た・感じた貧しい人々の記憶が消え去っていくって事じゃないんやろうか。
そう思うと、平静になんてなりたくないよ。



やりたい事と、できる事。


この2つの距離を縮めるのは、きっと一筋縄ではいかないのだろうなと思います。






Last updated  2006.03.12 02:41:01
コメント(2) | コメントを書く
2005.12.18
カテゴリ:考え事。

もし、入院してなかったら、
カバンのチャックがあいていなかったら、
カバンからうちの日記が転がり出て彼氏がそれを発見していなければ、こんな展開にはならなかったのだろう。

人の運命ってのは、様々な偶然がぶつかりあうことによって、ときに誰も想像しなかった方向へと動くものですね。



入院中日記をつけていたのだが、その日記をひょんな事から、彼氏が見つけてしまった。

日記には、Mという男性の名前があった。



私は彼氏に半年間、隠し事をしていた。


それは、一番最初に付き合ったMの存在。


私はMと一年前に別れたのだが、その後も色々とありながらも交友関係を保っていた。


Mと別れたのは、簡単に言えば恋愛感のズレが原因だった。

しかし、恋愛関係でなければMとは一緒に盛り上がれたり楽しめる関係だったため、別れてほとぼりがさめてからは、時々遊ぶようになっていた。


しかし、今の彼には言わなかった。言えなかった。
Mが元彼じゃなければ、多分言えていたのかもしれない。


それは、元彼だからというのもあったが、Mがまだうちの事を好きだったからというのが特に大きかった。



Mはうちの中で、友達として大切な存在だった。
だから友情関係として、関係を保っていこうと思っていた。
やっぱ3年間の付き合いがあったわけやし、その3年共に歩いてきた関係はムダじゃなかったって思いたかった。

Mがうちの事好きなのはわかってたけど、二人で遊んでいてもそんな素振りは一切見せないし言わないので、うちらはこのまま穏やかな関係でやっていけるんやろうなって信じていたし、Mもそう思ってるはずと信じていた。



けれど今回の入院中に、とある出来事によりこの友情関係に歪みが生じた。


Mは入院したうちを気遣って、何度かお見舞いにきてくれていた。

しかしある日、とあるつまらないキッカケから口論になる。
それに熱が入ってきてしまって、その時、Mの口から非常にショッキングな一言が発せられた。


「お前、俺がお前のこと好きやと思ってうぬぼれてるんちゃうんけ」


うち自身、全くそんなつもりはなかった。

うちとMは、堅い友情関係が成り立ってるって信じてた。
たとえMがうちの事女として好きでも、それでも友情は成り立つんやって思ってた。思いたかった。



やっぱ無理なのかもしれん。
そんな願望は単なるうちのワガママに過ぎんのかもしれん・・・


Mが発した言葉が、うちの頭を離れなかった。




偶然にも、彼氏がうちの日記を読んだのは、この事件の起こる前日の出来事だった。

今晩、Mの事をちゃんと彼に話さなければいけない日がきたのだなぁ・・・と思っていた日の昼、例のMとの事件があったのだ。



そして彼氏には、Mとの今までの事も、昼間の事件も、全て話した。

うまく話せなかったと思う。
何からどう話していいのかわからなかったし、きっと軽蔑されるだろうと思ってらたから。

それでも彼は、うん、うんと、間髪入れる事なく最後まで、うちの整理のついてない説明を聞いてくれた。
そして、全部を受け入れてくれた。



本当に驚いた。
何故なら、Mの事や、うち自身の事を問い詰められるやろうと思ってたのに、何も聞いてこず、うちの言う事を全て飲み込んでくれたからだ。

同時に、こんなにもうちの事を信じてくれている彼に対して、隠し事をしていた自分を恥じた。



そして、そんな彼から一つの答えを得た。



信頼関係というのは、ただ共に過ごしてきた年月の長さが、それを強めるのではないということ。

相手を許してあげる気持ち、信じてあげる気持ち、理解しようとする気持ち──つまり、思いやりの強さこそが、信頼関係の強さなのだということ。




Mとの口論の時もちろん、うちはうぬぼれていると思われた事に対して否定した。
でも、うまく伝えられなかった。多分伝わらなかったと思う。

それはうち自身信じてもらえるかどうか、明らかに怒りが見え隠れしているMに対して、びびっていたからだろう。


結局、うちとMは話し合いではなく、生産性のない単なる口論に終始してしまった。
うちも全然言いたい事が伝えられなかったし、Mも聞いてくれなかったし、Mの言いたい事も怒りに隠れて全くわからなかった。


友情関係だって信頼がなければ、相手を理解しよう、信じようとする気持ちがなければ、成り立つはずもない。
少なくともうちはそうだと思っている。

けれどMは、怒りによって、自分自身にフタをし、うちの伝えんとする言葉に耳をふさいでしまった。




"三年間"という年月に、堅い信頼関係を信じたくてしがみついてた自分に、ようやく別れを告げることを決心した。

そこには"信頼"なんてない。そう思ったから。


そして、付き合いは半年であっても、うちと真っ向から向き合って信じよう、理解しようと努力してくれる彼と、もっともっと向き合っていこう。疑う事なく何もかも信じてついていこうと、そう決めた。



うちも、彼の全てを許したい。理解してあげたい。信じてあげたい。

彼が、うちにそうしてくれたように。






もし、入院してなかったら、
カバンのチャックがあいていなかったら、
カバンからうちの日記が転がり出て彼氏がそれを発見していなければ・・・・・


信頼とは何かという今の一つの答えに行き着くことは、彼の存在の大きさ大切さに気づくことは、もしかするとなかったかもしれない。












Last updated  2005.12.18 22:35:29
コメント(5) | コメントを書く
2005.11.15
カテゴリ:考え事。

今日妹がやってるブログ(楽天ではナイ)をコッソリのぞいてみた。
コッソリと言っても、別に嫌がりはせんとは思うが。


その内容からは、楽しそうな妹の中学生活がよく見て取れる。


特に、部活に関してはことさら。
部活仲間ともカナリ仲がいいようやし、皆真剣に取り組んでいて、相当
充実しているようだ。


7年前、私も全く同じ部に所属してたわけなんスけど、こんなんじゃなかったよ・・・・。

皆意気投合して自主的に朝練に行くとかさー、絶対ゼッタイありえんかったって!


しかもNBAのDVDとか見とるしよ・・・・・

多分中・高バスケやってきたうちより、妹の方がバスケ知っとんちゃうかコレ。。。笑



もしも、うちの時にブログというものがあって、開設してたとしたら、
とても妹とは血が繋がってるとは思えん程に異質なブログになってたであろう。


何せ、うちの記憶が確かならば、うちが中学時代常日頃思考を巡らしていた事といえば、


“人は何故生き、そして何故死ぬのか”

“宇宙に果てはあるのか”

“孤独から解き放たれるにはどうすればよいのか”



こんなことばっかだった。



要は、変わり者だったということなのでしょう。

うちはあくまで真剣やったけど。ホンマ悩んでた。
ぶっちゃけこの20年間生きてきた中で、一番「死」に近い時期やったかもしれん。とにかく、人間がこの世に生を受けているその意義が、全くわからんかった。そして考え悩みまくった。今でもわからんけど。


結局、「これは誰にもわからん事なんや」という結論に終止したため、
不可解なうちの苦悩は幕を下ろす事となる。


高3になってからある先生から聞いたのだが、一昔前には、「人は何故
生きるのか」という事に悩む大学生が、飛び降り自殺するケースが毎年必ず何件かあったらしい。

その線は越えなくて本当によかった。。。


んでも未だに、掘り起こして考える事はある。
特に、孤独というテーマに関しては考えが尽きず、答えが見えていない。


やっぱりうちは変わり者なのか?皆そういう根本的な事って考えへんのかなぁ。



とにかくこのような妙な事を考えていた当時、ブログなんてハイテクなもんはないので、ひたすらノートに筆を走らせ、そんな思考にふけっていた。

あっワープロやったかもしれんわ(時代やな~)。





とにかく、同じ屋根の下に住んでる兄弟とは言え、ここまで思想や性格が違うものかと思わせられました。


いいなぁ~~~しかし、何かうらやましいなぁ妹。

何で自分の妹に嫉妬しなあかんねん・・・・・くそ~~~↓↓


うちより、成績はるかにええくせしてよーー(情けない姉分)






Last updated  2005.11.16 03:01:23
コメント(2) | コメントを書く
2005.11.06
カテゴリ:考え事。

昨日、幼なじみのマ~子と四条でお買い物して、彼女の下宿先にお泊りをした。


余談ですが、ハンジロー(古着屋の)って、いいよね!!!
安くてカワイイし、あの相当な品揃えはすばらしいっす(☆O☆)
新たなMYお気にショップにエントリー決定!!

勝手にしとけよって感じですな、すみません。


いやーしかし、四条でも、彼女ん家でも、始終トークしあってた。
地元ネタをはじめ、今の学校の話や、たわいもない話etc。積もる話は多い。


んで、将来の話も出るお年頃ですわなやはり。
今年から来年にかけて、お互いjob hunting(就活)の年。
(お前は再来年ちゃうんかと言う声が聞こえる気がする....ま、後期の単位取得次第)


彼女はホンマに将来に対して明白なビジョンを持っている子で、
それに向かって、地に足をつけた努力をしてる。

しかも羨ましい事に、彼女はまれに見る、自分の特技を存分に生かせてる人。少なくともうちはそう思う。
小学校ん時から彼女の得意分野(少なくとも大いに関係ある)やし。


彼女が目指す仕事は、まぁいわゆるスペシャリスト。
決して誰もがなれる職種ではないけど、でも、彼女ならきっとなれそうな気がするんよね。

単なる、親バカならぬ友達バカか??いや、あの子はやるよ。


けどね~そんな彼女をよそに、うちはというと....

「自分は何目指してるの??」って聞かれても、答えられない( ̄_ ̄)

いつものことです....いつも、聞かれて困る。めっちゃ困る。将来の夢・仕事。


未だ自分のやりたいことがわからないのです。
たまに(イヤよく??)いますよねこーいう人。


やりたくない仕事は、ある。
フリーター・パートはもちありえへんし、正社員でも、パチ屋とかスーパーとかは、ちょっと...かな。


しかも、ネット上の簡単な適性検査によると、

「OLなど、環境の変化に乏しい仕事は、長くは続かないでしょう。」

間違いないな~多分。うち、常に動き回ってたいしな。


ほいでまぁ、今バイトで接客業してて、自分に接客向いてなくはないなーって感じるし、“接客業”というジャンルは、うちの中でアリやね。


でも今みたいな、浅い「自分対お客さん」は、何か違う。もっと、お客さんと深く関わりたい。


何つーか、お客さんが求めてる何かを提供できれば、んでお役に立てればって思う。


といって、セールスレディとかは嫌だっせ。
巧みなトークで商品をお勧めして、客がもともと欲しくもなかったモノを買わせるなんて、そのうち良心の呵責に耐え切れずやめてまうわ。




深い「お客さん対自分」、役に立てる、単調でない。そんな仕事。



ま、ちょっとは見えたかな~。そんなスペシャリスト。


もうちょっと考えてみるか~うちコロコロ気変わる性分やしな★








Last updated  2005.11.06 23:24:23
コメント(0) | コメントを書く

全11件 (11件中 1-10件目)

1 2 >


Copyright (c) 1997-2020 Rakuten, Inc. All Rights Reserved.