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ココロの森

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第8話(NEW)



     第8話  行きはよいよい、帰りはコワイ




  長い列に並び直したおかげで、すっかり遅くなってしまった。
 暗くなる前に夕食をとりたかったのだが 外に出るともう既に薄暗かった。
 とりあえずテルミニ駅周辺は夜は危ないらしいので、ホテル近くでレストランを探すことにする。

  が、日曜日のレストラン探しは難しい。
 ローマ中心街とはいえ、ホテル近くはビジネス街のど真ん中なので、バール以外の飲食店は開いていないのだ。
 基本的にイタリアでは、日曜日はどこの店も営業したがらないらしい。
 それはレストランに限ったことではなく、ショップなども同様である。
 サービス業だとか、そんなことは関係ない。
 日曜は仕事をしない、『休息の日』なのだ。
 それでも最近は、観光客用にとローマなどの都市部では、日曜営業の店も増えてきているらしいが、それでも数はとても少なく、開いている店を探すのは一苦労だ。

  イタリアのレストラン(食事が出来る場所)は、大体3つのランクに分けられる。
  ひとつは『リストランテ』といわれる、フルコースが出てくるような本格的なレストランで、
服装も正装とはいかないまでも、きちんとした服でないと入れない。
  2つ目は『ピッツェリア』(ピザ屋)や『トラットリア』(大衆食堂)。
 単品でも料理を注文でき、(リストランテで単品しか頼まないのはマナー違反)値段も手頃、服装も普段着でOKである。
  3つめは『バール』。
 軽食のとれるスタンドカフェで 夜はBarになる。
 これは町中、至る所にある。
 仕事中や食事の後にふらっと立ち寄って、気軽に一杯飲んでいく、といったお店で、地元のひとは大抵『立ち飲み』だ。
 座って軽食も取れるが、パニーニ(サンドイッチ)やドルチェ(デザート)程度、日本で言うコーヒースタンドだ。

  私達が探しているのは、2番目の『トラットリア』なのだが
 探し回ってやっと開いている店を見つけても『リストランテ』であったりして、私達のような小汚いジーンズ姿では入れない。
  ぐるぐるぐるぐる30分以上歩き回った末に、ようやくトラットリアとピッツェリアが2軒、並んで開いている所を発見。
 早速、比較的空いているトラットリアの方に入った。


  比較的空いている、とはいっても、ようやく見つけた日曜営業の貴重なトラットリアだ。
 40近くあるテーブルの半分以上は既に埋まっていて、私達が席について30分もしないうちに満席になっていた。
 どうやらいいタイミングで店に入れたようだ。
 店の雰囲気は明るく、オープンキッチンなので、店中にいい香りが漂っている。
 入り口近くはオープンテラスになっていて 夜風も少し入ってくる。
 なかなか雰囲気のいいお店だ。
 私達はピザとワインを注文した。
 ワインは安いものをオーダーしたのだが、わりあい美味しい。
 あまり飲めないやまだも、2杯目をおかわりするほどだ。
 うーん、イタリアはワインが美味しいって本当なんだなあ・・・。

 さっきの駅での出来事を振り返り、思いだしわらいをしたりしながら、ちびりちびりと飲んでいたものの、料理は一向に来る気配が無い。
 ハーフボトルのワインも空になりそうである。
 レストランで30分以上待たされるのは、イタリアでは当たり前らしいのだが、それにしても遅すぎる。
 やまだにそういうと、
 「そりゃそうですよ。
  藤紫さんの後ろの厨房にピザ作ってる人が見えるんですけど
  その人ひとりだけみたいだもん。料理してる人。。。」

 振り返ってみて、なるほど、納得した。
 イタリア人は、本当に、日曜日になんか働きたくないのだ。
 日曜日は休みたいのだ。休息の日なのだ。
 シェフの顔には、はっきりとそう書いてあった。


  そんなわけで、ようやっと食べ終わった頃にはもう午後9時を回っていた。
 ホテル近くの店にしておいてよかった。
 明日も早いし、このまま真っすぐ帰ろう、と店を出た。


  ところが店を探すときにぐるぐる歩き回りすぎ、方向感覚がすっかり狂ってしまっていた。
 どれがホテルに通じる道なのか、駅に戻る道なのか、さっぱりわからなくなっている。

 「あ、あの門、見たよ。確か」
 「じゃあ、あの看板を右だね?」
 などとやっているうちに、何だか見覚えのない所に出てきてしまった。


   んっ?? あれれれれ?


 こんなときには、早めに地図で確認せねば。
 夜道で地図を広げるのは、『狙って下さい』といわんばかりの危うさだが、この際致し方ない。
 あまり人目につかなさそうな明るい場所を見つけて広げてみる。
 通りの名前で確認すると、案の定、ホテルとは反対の、かなり遠くまで来てしまっていたらしい。
 これからあまり地図を広げずに済むように、とりあえず目印となる建物や通りの名前を覚えて、足早に歩きはじめた。

  この道を右、突き当たりを左・・・
 といくつかの交差点を曲がると、今度は何故だかテルミニ駅が見えてきてしまった。


   あれ? なんで?? 目印になるはずの建物は??


  とりあえず、駅周辺は危ないので 慌ててUターンする・・・
 と、そこに警官が2人、パトカーの側に立っているのが見えた。
  『やった!!ラッキー!!』
 警官にあえるとは運がいい。
 急いで駆け寄り、パトカーのボンネットに地図を広げてホテルまでの道を尋ねると
  『ああ、この通りを真っすぐいって、左にいって・・・』
 と身振りも交えて教えてくれた。

 「やっぱりイザというときは警察だよね!」
 「うん、ほんと、ラッキーだったね!私達」
 などと話ながら教えられた道を行く。


  ・・・と、今度は明らかに一度も通った覚えの無い、見たこともない所にきてしまった。



  ここは違う。絶対違う。ホテルの周りはこんなじゃなかった。

 「・・・やっぱりイタリアの警察だよね・・・」
 「・・うん、アンラッキーだったんだね、私達」

 断っておくが、私達は決して酔っぱらっていたわけではない。
 警官に言われた通り、歩いてきただけだ。
 なのに全く違うところに来てしまった。。。


  辺りを見渡すと、さっき通ったような気がするような路地がある。
 やまだが「ああ、ここですよ。こっちこっち!」という。
 ほんとかよ?と半信半疑で付いていくと、案の定、これまた全く見たことも無い広場に出てしまった。

 「全然違うじゃん! あ、あの建物、見覚えない?あっちだと思う!」
 今度は私がいぶかしげなやまだを引っ張っていく。
 大分歩いて着いた所は、見覚えの無い地下鉄の駅・・・

  そんなことを繰り返すうち、もう自分たちがどこにいるのか、さっぱりわからなくなっていた。



    ・・・ ここは、どこ?



  かなり広い広場に出た。目の前は大通りである。
  でも、どこだかわからない。
  通りに必ずついているはずの名前を示した看板も、どこを探しても見当たらない。
  人に聞こうにも、誰も通らない。
  もしかして、ヤバイ場所にきてしまったのであろうか??



  風が冷たい。

 昼の暑さはどこへやら、朝晩は嘘のように冷え込む。
 右側には、古ぼけたレンガの塀がそびえ、建物を高く囲む木々が夜風にざわめいている。
 左側の建物は使われていないのか、枯れた蔦がからまっている。
 どちらも大きな建物なのに灯もついておらず、あたりはひっそりと静まりかえっている。

  時計はもう10時を回っている。
  酔いなんかとっくに醒めている。
  周りは真っ暗、ひとっこひとり通らない。
  心細さが身にしみる
  とにかく人通りのある通りに出たい。
  早くお部屋に帰りたいよお・・・


 レンガの壁沿いにしばらく歩くと、ネオンの緑色の明かりが見えてきた。
 どうやらちゃんと営業しているホテルのようだ。
 よし!ここで道を訊こう!
 「警察で懲りてるんだから、やめましょうよお」とやまだが言ったが、それはそれ、これはこれ、である。
 これ以上2人で歩き回っていても、ラチが明かない。
 地図を堂々と広げられる明るい場所も他にないし、
 ここで騙されたとしたら、もう仕方ない。

 止めるやまだを半ば無視して薄暗い狭いロビーに入っていくと、フロントに眼鏡をかけた老紳士が腰掛けて新聞を読んでいた。

 「Buona sera(こんばんは)」
 「Scesi,・・・I’m lost. ・・・Dove siamo?」(すみません。道に迷ってしました。ここは、どこですか?)


  疲労困憊の中、地図を広げ、片言の英語とイタリア語をごちゃまぜに使って何とか会話を試みる。
 こんなんで通じるかな。なんとかわかってくれるといいんだけど・・・
  しばらく私を見つめていた老紳士は、視線を地図に移し、じっと見つめて、一点に印をつけた。
  「qui?(ここ?)This hotel?」
  『si(そう)』
 なるほど。そうか。
 どうりで地図を見ても居場所がわからなかったはずだ。
 私達は駅から見て、丁度ホテルと対角線上に、東西全く逆方向に来ていたのだ。
 しかもこのホテルのあるエリアは、日本語ガイドさんに「ココ、アブナイデスヨ」と釘を刺されていた地域である。
 背筋が凍った。
 あの警官が「ここをまっすぐ」と言ったのが、そもそも東西逆方向だったのだ。
 ・・・あの嘘つき警官め!! 今度会ったらタダじゃおかない。

 「Voriamo andare in Hotel MEDICHI 」
 (私達、ホテル・メディチに行きたいんです)

 自分たちのホテルの場所を指し示しながら、この例文がまさかこんなところで役立つとは、と思わずにはいられなかった。
 この「Voriamo andare in~」(私達は~に行きたい)は
 行きたい教会や広場などを探すときに使う例文だとばかり思っていたのに・・・
 それにしても、これだけは、と覚えておいてよかった。
 役に立ったよ、ありがとう!NHKラジオ講座。

  老紳士は親切にも、フロントからホテル前の道路に一緒に出てきて、地図の向きを確認し、道順を教えてくれ 
 『駅の方は危ないから、こちら側からこういうふうに行きなさい。
  ここを通れば迷わないはずだよ。遠回りだけど。』
と目印に印をつけながら、身振り手振りとやさしい英単語で帰り道を教えてくれた。
  感動した。何ていい人なんだ!!警官よりよほど親切だ。
  イタリア人も、いい加減なひとばかりではないのだ(当たり前だ)。

 「Grazie!! molt gentile.」(御親切にどうもありがとう!)
  ふたりで何度もお礼を言って教えられた道を歩いていくと
 20分ほどで確かに見覚えのあるホテル近くの大通りに出た。

 嗚呼、ありがとう!おじさん!!
 おじさんのことは 一生忘れないよ!!

  やっとこさっとこ「ホテル・メディチ」に辿り着いた頃には、時計はもう11時すぎ。
 2時間以上もローマの夜道を散策してしまったらしい。
 あな、おそろしや、おそろしや・・・





                     第9話 『ジプシーの餌食』につづく


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