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ココロの森

ココロの森

 
     『 河 』





 

 ごめんなさい

 ごめんなさい


私は泣きながら廊下を走った。
縦縞の着物の裾がからみつく。







 ごめんなさい

 ごめんなさい


だんなさまを 突き落としてしまった。
河の急流に飲まれて
だんなさまの姿は じきに見えなくなった。
 






 ごめんなさい

 ごめんなさい



息をのんで あとずさりして
振り向きもせず 走り出した。
こうするしか なかった。
こうするしか 生きられなかった。








 ごめんなさい

 ごめんなさい




涙がとめどなく 溢れ出る。
だんなさまは 恩人だった。
私は 恩人を裏切った。

どうしてなのか わからない。
本当に こうするしかなかったのか。








 ごめんなさい


 ごめんなさい





走って走って 目茶苦茶に走って
目の前の 黒い影の胸に飛び込んだ。
「よくやった」
男が言った。

私は泣いていた。
他にどうしようもなかった。









暗い影の胸の中で
ただただ ひたすら泣いていた。

胸の中で 手を合わせながら
影の肩を抱いて 泣き崩れていた。

 





 闇の中で

 きらりと 光るものが見えた。







わたしの 涙だったのか

わたしの 簪(かんざし)だったのか

わたしの 懐刀だったのか




その一瞬の光明は

   男の 刃(やいば)だったのか…


 





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